脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達 作:ぽけぽっぽ共和国
追記:話の矛盾点が発覚したので大幅に変更を加えています。大変申し訳ございませんでした。そしてヘイローについてですが、彼はヘイローが『見えて』いる事を此処に明記します。そして散々言われておりますが、時系列についてはもう少しわかりやすいよう、何処か区切りがついたら年表みたいな形で出せたらいいなと考えておりますので今はお許しください……。
「…………君と出会うのは、現実で一回。そして、これで二回目だな」
鼻腔を抜けるのは柑橘系の柔らかな匂い。唇を濡らす液体の色は普段愛飲している珈琲に比べるべくもないほどに薄いが、上品な苦味が心地良い。流石はティーパーティーのホストだ、いい茶葉を
小さな音一つも立てることなくソーサーにカップを戻した目の前の狐耳をした少女は、紅茶のせいかやや熱の籠った吐息を溢して背を白の椅子に深く預け、胡乱げな視線をこちらに寄越す。
「此処には我々しかいない。誰も此処には来ることができない。だから、単刀直入に聞こう」
ここは、トリニティ内に於けるシスターフッド近くの庭園を模した夢の中。滅多に招かれることのないこの場所へ、わざわざ己の「神秘」を利用してでも僕を呼んだのは彼女――狐耳に細い体躯、知的な雰囲気を纏わせた彼女の名前は「百合園セイア」。
××ヶ月前、何者かの襲撃によって
……実際に僕の前にいる彼女の頭上には剣を四つ逆向きに並べたような形状のヘイローが浮いているし、身体にも怪我一つないが……まあ、それはそうか。神秘を司るヘイローが砕ければ当然、神秘は使えない。今この夢の中に僕を呼び込んでいる事実そのものが、百合園さんのヘイローは砕けていないという事実に繋がる。
何故、トリニティ内外の人間をほぼ全員欺いてまで姿を眩ませているのか。そしてそんな行動を取っている百合園さんが、僕というトリニティ外部の人間を夢に呼び込んでまで何を話したいというのか。その内容には、だいたいの推測がつく。
小さな呼吸音の後、薄桃色の唇を突いて出てきた言葉に僕は一秒の躊躇いもなく頷いた。
「――――君、未来が
「ええ、未来を
随分諦めが早いと思われるかもしれないが、遅かれ早かれ百合園さんにはバレると思っていた。というかトリニティ内でティーパーティー経由の許可証を得て古書館に寄ったり、或いはシスターフッドに頼んでカタコンベの事を調べたり。自分でもあからさまに怪しい動きはしていた自覚はある、お互いに未来を知るのであればバレて当然か。……トリニティに居ない彼女が何故僕の動向を知っているのかという話もあるが、トリニティ内に彼女と通じている人間がいてもおかしくはない。決してその数は多くないはずだが、それでも外部の人間である僕のことは尚更注目されていただろう。
幾ら僕が「この事は内密に」と口止めしたとしても、トリニティは一枚岩ではない。元々学生同士の派閥争いが激しかったり宗教色の強い学園だ。そんな中で学園のトップに座ることを許されているだけあってか、ティーパーティーの面々は腹の探り合いがやや強い傾向にある。……聖園さんは例外だが。
羽沼さんとは別種のカリスマで他者を惹くのが桐藤さん。内包した神秘によるトリニティ随一の武力と性格の明るさで他者を惹くのが聖園さん。だとすれば、百合園さんは知力と計略で他者を惹くのだろう。
百合園さんは、僕と似て非なる形ではあるが「先の事象」を知る予知能力を持つ。「そこまで融通のきく能力ではない」とは言っているし、事実として彼女の神秘には未知の部分が特に多い。それでもその気になれば夢ですら手繰る彼女相手に出し抜ける気はとてもしないのはお分かりだろう。
ならいっそ、隠しも遠慮も無しに僕のやりたいことをさせてもらうまで。尤も、彼女は「未来視」で僕の情報源は「本」。厳密には違うが大差などないんだ、訂正も面倒だしスルーさせてもらおう。
「聞いたのは私の方だが……君、もうちょっと取り繕いたまえよ」
「貴女相手に隠しても無意味ですから」
「……剛気なのか何なのか……その性格が、悪しき未来を回避する手立てになることを願うよ」
僕が「本」で読む運命と彼女が「神秘」で知る未来。何処まで、何処に違いが存在するのか。いや、果たして違いそのものが存在しないのか。それこそ未来にいかなくては分からないことだ。
だが、何かを憂うような、或いは何かを期待するような百合園さんの眼差し。そして「回避する」と言う言葉でたった今確信できたことがある。
百合園さんの「神秘」は、
未来は――いいや、運命は変わらない。
例えキヴォトスの天地がひっくり返ったとしても結末は必ず一つに収束する。そこに至るまでの経路は多少違えども、結末は変わらない。変えられない。百合園さんが「未来が変わること」を期待した顔をした時点で、どうするべきか僕の方針も固まった。
未来が変わって欲しいと願う人間の顔ならば、アビドスの頃に腐るほど鏡で見せつけられてきた。その感情だけは、僕が読み違えるものか。
恐らく彼女達の神秘は「因果視」に近いもの。確定した未来の出来事ではなく、波のように揺れて曖昧な確定した未来に至るまでの道筋。つまり、存在する「過程」をヘイローか何かを介して視認しているのかもしれない。視えるものや頻度を百合園さん自身でコントロール出来ないというのも、因果が揺れると言う性質に由来している可能性はある。……夢に渡る能力の説明は付かないが、この辺りの話はまた別のことか。少なくとも今はどうでもいいことだ。
今度は僕が思考に耽る番になってしまったが、その思考は百合園さんから唐突に脈絡もなく投げられた質問によって浮上する。
「君は、楽園の存在を信じるかい」
それは、百合園さんにしては随分と曖昧な質問だ。
だが曖昧な質問だとは理解していて尚、僕の答えは一つしか有り得ない。躊躇うことなく僕は首を縦に振る。
「…………ええ、僕は存在すると信じていますよ」
「では楽園とは、なんだ?今此処で、楽園の存在を示して欲しい」
指を組み、意味深に手の甲に顎を乗せて此方をじっと見つめる百合園さん。その視線は、先程までのものとは異なる――僕を試すような視線だった。
この質問におそらく答えらしき答えはない。
楽園の存在証明。楽園とは何か、楽園とは何処か……そもそも楽園という単語の定義自体がまず非常に曖昧だ。僕は楽園に対する解釈を持っているものの、しかしそれは結局解釈。万人がこうだと呼べる定義はこの世になく、故に楽園の形など千差万別。
だからこれは思考実験だ。楽園に対する僕の考え方を聞きたいだけなんだろう。……普通に聞けばいいものを。人の事は言えないが、百合園さんもわざわざややこしいことをする人だ。
「……楽園とは何か。楽園の定義そのものを『楽園を知る人間』に問えばいい。その答えがそのまま、百合園さんへの回答になります」
「……では、この世界の誰も楽園を知らなかったとしたら?」
「作れば良い。誰も楽園を知らないのなら、作ったその場所が楽園である事を誰も否定出来なくなる」
人間は、知らないものを否定できない。
物に、場所に、生き物に意味を与えるのは定義だ。その定義に百パーセントは不必要というのも人の曖昧な部分だろうか。どうか考えてみてほしい、百人のうち九十九人が「これは楽園だ」と答えることができる場所があるのなら、それは「楽園」だ。残る一人のことなど世界は見向きもしないまま廻り続ける。
世界の誰もが形を知らないのであれば、自分が楽園だと感じる場所に楽園の名を与えてやればいい。これが簡単に楽園を証明する方法――――。
「――――と、いうのが思考問題としての答えです」
「…………ふむ。あくまで思考問題としての解釈が先程の答えで、君個人の楽園に対する解釈とはまた別だと?」
「そう受け取ってもらって結構です」
怪訝そうな顔をする百合園さんに肩を竦めてみせる。百合園さんが「勿体ぶるな」と言っているのが態度で理解できるが、不意打ちで問題を出されたぶんくらいは意地悪をしたっていいだろう。
わざと一呼吸置くように紅茶を口に運んで焦らしてから、下らない理想論を語るだけ。
「そうですね……『争い事の発生しない世界』こそが僕が信じる楽園でしょうか。トリニティとゲヘナで結ばれようとしている条約が、まさに
「…………確かに、それは楽園の形としてあり得る一つだろう。だが、現実にはとても無理な話だ。我々に限らず、生き物は大なり小なり争う事で進化してきた。争いを肯定するわけではないが……生きている限り、必ずそれは発生するのではないかな」
「ええ、百合園さんの言う通り、争い事を完全に止めるというのは不可能でしょうね。それが分からないほどロマンチストでもありません」
エデン条約を結んだところで急激に人が変わるわけがない。表面上では仲良くしているように見えても、その実、足元は蹴り合いをしているかもしれない。今の今まで手を取り合えなかった
確かに前者が叶うと本気で信じているならロマンチシズムも行き過ぎだ。だが同時に「はいそうですね」と、その願いを簡単に諦め切れるほど現実主義者なわけでもない。
そんな人間が大真面目に「
現実にあるのはたいていバッドエンドなのだから、願うことくらい許されたい。綺麗事と言われても上等だ。
綺麗事で世界が廻るなら本当はそれが一番良いに決まっている。
「百合園さん。今度は此方から質問ですが……貴女は今、僕と争う気がありますか?」
「……?勿論、あるわけがないよ。そもそも夢の中、此処で傷付いても現実には影響が何処まであるものか。……尤も、我々が喧嘩したところで子供の喧嘩以下にしかならない気もするがね」
それは言わないで欲しい。
お互いにその感情は同じだったのか自虐混じりの苦笑を浮かべて――僕が何を言いたいのか気づいてくれたのだろうか、笑みは引っ込んだ。変わらず察しが良くて助かる。
僕も百合園さんも、お互いに傷つけ合うことのない時間。ここが、今この瞬間に於ける夢の庭園こそが、争いの存在しない場所なのだと。
「貴女と僕だけがここにいる瞬間。今この二人きりの時間は、僕が定義した争いの無い『楽園』と言えるのではないでしょうか」
これが僕なりの『楽園の証明』だ。
確かに屁理屈だ。こじ付けだ。だがそれでも、学園の所属も性別も何もかも違う百合園さんと僕が手を取り合えているのなら……トリニティとゲヘナもいつか、時間は掛かったとしても、必ず手を取り合えるのではないか。
「
その金眼と狐耳大きく広げて驚いたような表情から一転、呆れたような顔つきになった百合園さんは「ごん」と音を立てて机に顔を突っ伏した。なんともらしくない仕草だが、こんな馬鹿な理想論を語れば呆れられても仕方あるまい。
「………………成る程……これは、ミカが気に入るわけだ……。一応聞くけれどもね、その台詞、他に言ったりしたことは?」
「あるわけないでしょう。そもそも楽園の話を持ち出したのは百合園さんなんですから。というか何故、聖園さんの名前が?」
「そうだね……うん。この話、他の人間にしてはいけないよ。私も知り合いが血に塗れるのは見たくないからね」
「どういう意味ですか!?」
「言葉通りだよ。もう既に被害者は出ている気もするが……まあ、せいぜい刺されないようにしたまえ」
本当にどう言う意味なんだ。
まさかこんな「お互い仲良くしましょう」みたいな話をしただけで襲いかかってくるほどトリニティも、……ゲヘナも多分……恐らく……蛮族ではない、と、思いたい。いや、どうかな……風紀委員は大丈夫として……他で大丈夫な面々が思い浮かばない。僕の方も頭を抱えそうになったところで、備え付けの大時計から大仰な音がした。
それは、きっとこの場所を使える時間の限界が来たという合図なのだろう。……これが彼女と話す最後の機会にならないことを祈る。
「時間だな。夢の外までは見送ることができなくてすまないね。……最近はトリニティ内でも物騒な出来事も起こっている、どうか気をつけてくれよ」
「ええ、勿論。最近はちゃんと護衛になる人も一緒にいるんですよ」
「そうか、いや、それならいいんだ。
僕の荷物は夢の中でも相変わらず小さな鞄一つだけ。荷物というほどのものでもないが、それを掴んで立ち上がる。
百合園さんは僕が甘味が苦手なのを知っているからか、菓子類を以前からテーブルには載せなかった。僕が食べないぶんは今日世話になったシスターフッドの人たちで分けていたと聞く。またシスター・マリー達にも会いたいものだ。今度、トリニティに寄る際には声をかけてみようか。
そうして百合園さんに別れを告げれば、庭園の扉を引いて――夢の中から、眼を覚ます。
――――――――――――――――――
「………………おはよう。いい夢見れた?寝坊助」
「……それなりには、いい夢だったと言っておきましょう」
意識が引き戻された先は、瓦礫だらけの廃墟の中。埃が雑に舞っており、とても寝心地がいいとは言えなかった。
柱に背を預けて座り込んで寝ていた僕の隣に居るのは一人の少女。首と両腕に包帯を巻き、黒マスクをしたダメージジーンズ。脇には馬鹿でかいランチャーを携えており、翼も角もないその出立ちはトリニティでもゲヘナでも珍しいだろう。事実、彼女はどちらの所属でもない。……勿論、ミレニアムでも。
「そろそろ行かなきゃまずいけど。
「ええ、欲しかったものは手に入りました。……それに、アレだけは少し特別なんですよ」
賽を投げることを選択した以上、もう後戻りは僕に許されない。百合園さんの手を握るか、それとも今、差し出された包帯だらけの彼女の手を握るか……僕が選んだのは、後者だった。
廃墟から出てすぐ側に停めていたバイクに跨がれば、何も言わずに後ろに乗って手を回してくる彼女。ランチャーのぶん重心がズレる、普段より気をつけて運転しなくては。これから行く先は、ただでさえ複雑な道なのだから。
「――――では、ここからの道案内はお願いしますね……
「…………バイク、乗るのこれがまだ二回目なんだから。手加減してよね」
「
必ず貴女達を辿り着かせてみせる。
『Stories of the Expansion!』は最上部に加えます。
追記:夢渡りについても細かい設定が本編で出されていないので、ある程度此方の解釈で使っております。ご了承下さい