脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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今回独自解釈が含まれます。

これは閑話のようなものだと思ってください。
このやり取りがあったとして、彼は物語に何も影響を与えません。
貴方の知るエデン条約、その結末は変わらない。


I ■■■■ you.

 

 私の第一印象は、「ロボットみたいな奴」だった。

 

 全く動きを見せない表情に、男性としては折れてしまいそうなほど細い体躯。鋭く細く開かれた瞼から覗くのは此方を見透かすみたいな澄んだ蒼い眼球。ストレートな髪は肩に届きそうなくらいにまで雑に伸ばしてるくせに、私より……というか、その辺の女生徒よりずっと綺麗。

 上手く言えないけど、そう。身体のパーツが、まるで「そうあれかし」と最初から意図を持って作られ、組み上げられているーーそんな感じだ。

 

 でも、当たり前だけど、あいつはロボットじゃなかった。

 私が知っている誰よりもロマンチストで、貞操観念が古臭くて、本や映画、ゲームが好きで。実は口が少し……いや、結構悪くて。こんなロボットが果たして何処にいるだろう?

 

 気がつけば、もう目的地は目の前だ。

 鉄錆に古ぼけた扉が耳障りな音を立てて左右に開き始めて、隣をすり抜けて前へと向かう背中に思わず手を伸ばしてしまって。

 

 

「戒野さん」

 

 

大丈夫って笑い掛けたその顔に、どんな表情を返せば良かったんだろうか。

 本当にあんたがロボットなら良かった。

 だって、それなら、私は。

 ……………………私は。

 

 

「…………こんな時に笑わないでよ」

 

 

誰にも聞こえないように小さな私の独白には、私にさえ分からない感情が乗っていた。

 嗚呼、たった一度だけのあの体温。それが忘れられなくて、なのにこの手を引っ込めてしまう私は。

 

 きっと、ちょろくて馬鹿な女だ。

 

――――――――――――――――

 

「結論から言いましょう。――今のままでは、貴女は間違いなく先生に敗北するでしょうね」

 

 

 今にも崩れてしまいそうな廃墟の中。打ち捨てられ、見放された建物の奥深くに優雅な格好で鎮座するのは異形の大人。頭部に翼のような、或いは花のような部位に多眼が存在する赤肌の女だ。彫刻を気取っているのかどうかは知らないが淑やかさを演出してこそいるものの、直立すれば僕よりも背が高いだろうことが窺える。

 

 口元を扇子で隠す彼女の表情の全ては窺い知れないが、彼女の少し後ろに控えている水色髪の生徒が肩をびくつかせたことから相当に御機嫌斜めらしい。

 態と彼女の不興を買う台詞を吐いたのは僕の方なのだが、その不機嫌を他人に隠し切れないのであれば扇子なんて無意味ではないだろうか。まさか扇子本来の用途を使う訳でもなし。

 

 

「…………ふむ。そのお話、詳しくお聞きしても?」

 

「勿論。こうして貴女と話をするために、……いいえ。貴女と交渉の場に立つために、わざわざあの黒服にお願いまでしたんですからね」

 

 

 こいつと会話の場に立つ為だけに、ただでさえ忙しいミレニアムの査定の最中、黒服に渡す数十ページもあろうかという書類を作り上げたんだ。此方の足元を見やがって……ただで引き受けるとは微塵も思っていなかったとはいえ、本当にあの黒服(クソ)にはいつか痛い目を見せてやらないと気が済まない。ベアトリーチェと交渉の場に立つために、黒服と交渉するという二度手間になってしまった。

 尤も、お陰で僕にとってもプラスなことは多くあったわけだが、この辺は感情の問題だ。特にアビドスでの事――小鳥遊さんへの所業を考えればどう転んだって黒服相手に好感情なんか湧くわけがない。…………もうこの際、自分のした事については棚に上げさせてもらう。そのくらいには僕はあいつが嫌いだ。

 

 黒服のことを思い出して黙っていた僕に焦れたのか、早く話せとばかりに扇子の音をかちんと高く鳴らす対面の女。他の生徒から「マダム」と呼ばれている彼女は、堪え性が僕の想定よりもさらに無かった。

 

 ……これ、少しでも思い通りにならないと直ぐに癇癪を起こすタイプだな。冷静振ってそれっぽく雰囲気を出しているだけで、中身は子供よりも子供かもしれない。臍を曲げさせてやれば、その時はどうなってしまうものか。

 考えてみたとはいえ、本当に臍を曲げられても困るのが今回の交渉の厄介なところだ。これ以上機嫌を損なわれる前に、いい加減に口を開いてやろう。

 

 

「ベアトリーチェ。……先生の切り札、それは"大人のカード"。貴女もご存知ですね?」

 

「…………直接目にしたわけではありませんが、存在自体は勿論耳にしています」

 

「僕も同じく伝聞のみでしか知りません。しかし、それでも断言させてもらいましょう……あれは反則(チート)です。真っ向から挑んだ場合、このキヴォトスでは誰一人として勝てはしないでしょうね。僕は勿論、黒服や貴女も含めて」

 

 

 そう。言葉の通り、僕も直接この目で先生の「カード」を見たわけではない。だが、黒服から「カード」について多少聞いただけでも相当以上にイカれている武器だということは理解できた。

 

 あれは、別世界と接続して「()()()()()()()」を引っ張ってくる武装だ。

 

 例えるのなら「そこに空崎ヒナが居た可能性」「そこに小鳥遊ホシノが居た可能性」「そこに聖園ミカが居た可能性」etc……そんな可能性を現実に無理矢理に引っ張り出してくる。しかもその可能性は常に最高値と来たものだ。

 

 想定外の戦力が一人二人増えるだけでも戦闘は傾くというのに、先生は最適解となる可能性をより多く引き出してくる。

 流石にカードには何かしら制約はあるだろうが、それにしたってちょっとやそっとの制約で釣り合うわけがない。

 

 僕だけではなく、例え誰が聞いても無茶苦茶な武器だと言うだろう。ゲーム開発部的にいうのであればまさしく「バランスブレイカー(ぶっこわれ)」。先生みたいな大人だからこそ、あの「切り札(カード)」が許されているだけにすぎない。

 

 そんな「切り札(カード)」に加えて超高性能な指揮補助装置である「シッテムの箱」を扱うのだ。ただでさえとんでもない指揮能力を持つ先生が「カード」と「箱」を携えて一人構えているだけで、戦場の状況なんかどれほど優位であろうが何もかも丸ごとひっくり返される。

 

 ベアトリーチェが一人居たところで、アリウススクワッドが居たところで、どうにもならない理不尽の塊。

 それこそが先生が持つ「切り札(カード)」。

 

 これに関しての見解は、所属を同じくゲマトリアとするマエストロと名乗る男性とも黒服とも一致した。恐らく、まだ僕の知らないゲマトリア達も同じ結論に至るだろう。

 

 

「……あの者たちのことを信用するわけではありませんが、彼らも先生の武器をよもやそれほどのものだと?」

 

「ええ。……貴女は慎重で賢明な大人だ。少なくとも今の話を聞いてこのまま計画を強行する、なんてことはしないでしょう?」

 

「…………まあ、一考に値する話だということは認めましょう」

 

 

 ――――驚く程に分かり易いなこいつ。

 

 これもまた予想通り。なんて()()大人なんだろうか。

 

 仮にベアトリーチェが計画を早く進めたがっていたとしても、強行するとなった場合、この言葉があることで僕から見た彼女は「賢明な大人」ではなくなってしまう。

 どれだけ見え透いた誘導であったとしても、虚栄心の塊であるベアトリーチェは頷くしかなく、さらに言えば周囲に置いた護衛のアリウス生にもこのやり取りは見られている。

 絶対的な存在としてアリウスに君臨する己のカリスマ性を守る意味でも、ベアトリーチェは頷かざるを得ない。身を守る為に他の生徒も人数こそ多くはないとはいえ、此処に配置しているその生徒達にも会話は聞かれているのだから――少しでも「賢明な大人」としての体裁は守りたいはず。 

 

 僕みたいな戦闘能力ゼロの生徒を警戒して護衛を配置したのが裏目に出ているが、僕から言わせればこんな警戒は水鉄砲で怪我したくないと言っているようなものだ。

 

 こいつ「慎重」なんじゃない。「臆病」だ。

 もしくは本当に単なる見栄張りの阿呆。そのどちらかなのだと理解できてしまった。

 

 …………流石に罠をこっちが疑うが、これで一旦の時間稼ぎは何とかなりそうか。少なくともなんの準備も無しに真っ向からのぶつかり合いはしなくても済む、か。

「本」の内容は確定しているとはいえ、描かれていない部分は相当に曖昧だ。この先の未来を知っているとはいえ、それでもベアトリーチェが計画を新たに進める為に「一考」する時間が出来たのは大きい。こいつが動き出すその前に、小細工を一つでも多く仕込んでやる腹積りだった。

 

 先生はベアトリーチェには()()()()。負けないと「本」が定めている、これは例え天地が返っても揺らがない。

 だが、「ベアトリーチェに勝つこと」は僕の目的とはまた別だ。先生は先生の戦いが、そして僕には僕なりの戦いをしなくてはならない。今回、僕は先生に頼れないのだ。

 

 

「しかし何故、という疑問は残りますね」

 

「……疑問、というのは?」

 

「生徒である貴方が、何故私に与するのかということです。聞けばアビドスでの一件で貴方は寧ろ先生に恩がある身なのでは?」

 

 

 …………はは、『私に与する』か。

 『私達』ではなく、『私』。

 『アリウスに与する』ではなく、『私に与する』。

 

 この言葉だけで、マダムの本性がよく分かるというものだ。いや、今更か。こいつが生徒のことなど手駒以下の何かとしか思っていないとは戒野さんの口から聞かされていた。 その情報が、より強固なものとして理解できただけ。

 

 正直、腹芸に関していえばマダムは何も怖くない。底が読めない黒服や、独特の価値観を持つマエストロの方が舌戦では余程大変な相手だった。

 そしてこの返しも、想定の範囲内だ。

 

 

「僕が、貴女に就く理由はひとつだけ。……貴女の計画の中で、欲しいものがあるからです。恩が無いとは言いませんが、しかし人の欲に善悪限り無し。貴女なら分かるでしょう?マダム・ベアトリーチェ」

 

「…………交渉に来たと言いましたね。貴方から、差し出すものは」

 

 

 いつもの肩にかけた小さな鞄。その中から取り出すものなんて、決まっているとも。

 何を取り出されると思ったのか警戒をあらわにしたベアトリーチェ。――鞄から顔を出したのは、薄汚れた一冊の「本」だった。

 

 

「未来の話を、しましょうか」

 

 ――――――――――――――

 

「ククク……宜しかったので?マダム・ベアトリーチェ」

 

 

 かつん。

 宙に舞う埃を雑に払いながら、喉から搾るようなお決まりの笑声を出してベアトリーチェに近寄る影――便宜上、「黒服」と呼ばれている人物は先のやり取り、その一部始終を見届けていた。

 よもや彼にとっての切り札である「本」を賭けに出すとは思わなかったが、それだけ彼も本気なのだろう。だが正直に言わせてもらうと、取引そのものはやはり子供――。確かにベアトリーチェに隙を突かれないようにはしていたが、その代わり隙を突くのも下手くそだった。

 

 やはり合法的に他人を陥れる行為に慣れていない。

 仕方がないとはいえ実に惜しい。マエストロも話していたが、彼なら「こちら側」になる素養自体は充分あるというのに。

 

 

「……一先ずは様子見ですね。リスクはありますが、未来視……そもそも我々では得ること自体が難しい情報との引き換えです。彼を完全に信じるつもりは毛頭ありませんが、それでもリターンを考えれば決して悪くはない。彼自身は全く脅威にはなり得ないでしょうし、何か企んでいたとして、蝙蝠が羽ばたいている程度のものでしょう」

 

「さて、果たしてどうでしょうかねえ……」

 

 

 先生があらゆる盤面を覆すジョーカーならば、彼はクラブの3。局所的な逆転を起こすスペードですらない、はっきり言えばベアトリーチェに取っては言葉通り取るに足らないカードでしかない。

 だが時に、そのクラブの3を以て容易く破産する事がある。黒服もベアトリーチェも互いに仲間意識など存在しない故、取引のセッティングをしただけの黒服はちょっとしたギャンブル感覚で楽しんでいた。

 

 

「特に彼がキヴォトス内では非常に珍しい男子生徒というのが大きかった。内に引き込んでおけば、仮に今回の計画が頓挫したとしてセカンドプランが立てられるわけですからね」

 

「…………セカンドプラン?」

 

「ええ。純度は下がりますが……ロイヤル・ブラッドの()()が作れるかも知れない。……あくまでセカンドプランではありますが、取れる手段は多いに越したこともないですからね」

 

 

 扇子に覆われた口元を歪めるベアトリーチェに対して、流石の黒服もいつもの笑いもせずに黙って首を振る仕草を見せるのみ。

 道を踏み外せども、踏み外した先の別路すら踏み外すと最早笑えなくなるのだ。




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