脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達 作:ぽけぽっぽ共和国
ゲーム開発部とセミナーのいざこざがあってから数日のこと。「本」の記録通りにゲーム開発部は早瀬さん達から大脱走を成功させ、今頃はミレニアム・プライスに出すためのゲーム開発に勤しんでいる頃だろう。
そして先の戦いで最も重症を負ってしまったのは、勿論天童さんにレールガンをぶち込まれた一之瀬先輩。その一之瀬先輩は今どうなっているのかと言うと――。
「ねえねえ後輩くん、また冷蔵庫空っぽー。お昼と晩御飯、食べたいものあったらアスナちゃん作ろっか?お買い物しなきゃだけど」
「あんまり動き回らないでください、一之瀬先輩。貴女、昨日までベッドの上だったことを忘れないように」
けろっとした顔で僕の家に遊びに来ていた。
なんでレールガンが直撃した人間が、たった数日で回復して他人の家の冷蔵庫を漁っているんだ。
いや、天童さんのレールガンのことは「本」で知っていたので事前に対策としてブレスレットに拡散装置を仕込むという小細工はした。小細工はしたが、だからと言って正直引く。
改めて思うが、やはりヘイロー持ちの耐久力はどうかしている……。僕や先生がレールガンを食らったら間違いなく跡形もなくなるというのに。
「アスナちゃん、食べるならお肉が良いけど後輩くんはそれでいいー?」
「……台所を使うつもりなら好きに使ってくださって構いませんが、買い物に行く時は着替えてくださいね。その格好はあまりにも拙いですよ」
きょとんとした顔で自分の格好を見下ろす一之瀬先輩だが、誰がなんと言おうとその格好は駄目だ。
そう、流石にいくらなんでも許されない――光を絶妙に反射するような、きらきらのエナメル製バニーガール姿で買い物に行くやつがあってたまるか。
……玄関の扉を開けた時、バニーガールが立っていた僕の気持ちを誰かわかる奴が果たしてこの世にいるのだろうか。バニー姿の彼女を見るのはぶっちゃけ初めてでは無いのだが、だからと言って慣れるものでもない。変な噂が立たないか心の底から不安になる。下手をしたら既に噂になっていてもおかしくないが、もうそれは知らん。本人は大真面目にこの格好をしているのだから、僕が頭を抱えるのも許されるだろう。
「一之瀬先輩、公序良俗って言葉をご存知で?」
「えー。でも可愛いよ?」
「否定はしませんが、駄目なものは駄目です」
「そんなこと言ったってこの前の戦闘でメイド服焦げちゃったんだもん。制服は……、持ってくるの忘れちゃった!」
「………………他の服は?」
「ないかも!あ、でもパジャマはあるよ!」
どっちもアウトだ。バニーも寝着も駄目に決まってるだろ、そんな格好で外に出るやつがあるか。ていうか泊まる気で来たのか?一言も聞いていないんだが。
…………一瞬、脳裏をよぎったのはほぼ下着となんら変わらない格好で出歩くミレニアム唯一の
「というか、もし泊まる気だったとして。もはや逆に何を持ってきたんですか」
「んーとね、銃とー、弾薬とー、後輩くんの言ってたゲーム機とー…………。…………それだけかも?」
「せめて生活用品くらい持ってきてください……僕の家、ホテルじゃないんですからアメニティなんか何にも無いですよ」
「あ、下着は持ってきたかも!水色のやつ!」
「それはなかったら大問題どころではありませんが。……あと色の情報、僕に伝える必要ありましたか?」
「え。後輩くん、水色好きでしょ?」
愛らしく小首をかしげる一之瀬先輩と、それと対照的に頭を抱えてしまう僕。頼むから誰か助けてくれ、具体的には美甘さんあたりに助けて欲しい。そろそろツッコミが追いつかないのだ。
僕が水色が好きなのは事実だが、それはあくまで清涼感のある「色」として好みというだけだ。僕の名誉のために言っておくが、断じて下着云々はまるで関係が無い。
一之瀬先輩は友人
勿論本気で嫌がれば帰ってくれるだろうが、多分その時は捨てられたゴールデン・レトリバーみたいな顔をされるので僕の罪悪感が半端ではないことになる。
……まあ、当たり前だが寝室やその他諸々は分けているし気は使っているのでギリギリ許されると思いたい。以前友達云々の話をした手前、カズサ達に知られたら色々と突っつかれそうな話だが、どうせカズサと一之瀬先輩に接点なんかないんだ。気にしない方がいい。
ともかく、どのみち生活用品がないのではもう外に出向かざるを得ない。食事だけなら適当に出前を頼むと言う手もあったが、仕方がない。流石につい先日レールガンを受けた人間を一人で買い物に行かせるほど僕も鬼では無いし、バイクくらい出してやろう。
それにどうせ外に出るなら同じことだ、D.U.まで赴いてデパートにでも行ったほうが手間がかからないで済む。ついでに欲しい本や弾薬の補充もさせてもらおう。ああ、後は偶に様子を見にきてくれる先生や早瀬さんを誤魔化す用のレトルト食品も適当に買っておいた方がいいだろうか。
頭の中で何を買うべきかどこに行くべきかとぐるぐる考え込んでいたら、もしや自分がほったらかしにされたと思ったのだろうか、不意に一之瀬先輩が僕を後ろから引き倒してきた。……かと思えば、そのまま頭を撫で回し始めた。
体勢もまずいし、なんなら格好もまずいので「とっとと離せ」と言おうとした。が、顔を上げた途端に目が合った一之瀬先輩は大層ご満悦な表情を浮かべていた。
なんだろう、今日はいつも以上に好き放題だな。
好き放題は普段からではあるが、心なしかスキンシップが激しい気がするのは僕だけだろうか。
「よしよーしッ!よーしよしよし、いい子いい子ッ。疲れてる顔してる時は、これが一番だよね〜」
「……一之瀬先輩。もしかして、僕のことをペットか何かだと思ってますか?」
「ん〜……部分的には?」
「嘘だろ……」
貴女には言われたくなかった。先も言った通りゴールデン・レトリバーな彼女によもやペット扱いされる日が来ようとは。妙に撫でるのも上手いのが、逆になんだか腹が立つな。
元々ここ数日、忙しさや寝不足で疲労していたのは事実だ。横になっている――と言っていいのか微妙な体勢ではあるが、それでも確かに力が抜けていくのを感じる。
「まあ、疲れているとしたら半分は貴女のせいですね……」
常に予測不能な行動を取る彼女に振り回されて疲れないわけがない。微かに息を吐き、目を閉じかけてなんとか堪える。心地良い微睡に身を委ねてしまいそうになったが、ここで寝たら多分朝まで起きられない気がしたのと――それから、ああ、そうだ。
普段なら「後輩くんひどーい」だとか、そんな軽口を叩く一之瀬先輩が黙っていたことに違和感を覚えてしまった。だから、僕は僕の目を閉ざすことを許さない。
「………………あのブレスレット、私のために作ってくれてたから?」
それは、先程までの笑みとは色が違うもの。僕が今まで一度として見たことがない一之瀬先輩の表情だった。
憂い?罪悪感?それとも、そのどちらでも無い言葉として表現するのが難しい何かだろうか。彼女の表情が表すそれがどれに当たるのか、情けないが僕には分からなかった。普段の一之瀬先輩なら軽く流すような言葉のはずなのに、何が彼女に引っかかったのだろうか。
僕には、分からない。
「……アレは僕がやりたくてやったことですので。というか、ブレスレット一つくらい大した時間はかかりません。そんな本気で捉えないでください、冗談です」
「嘘吐き」
ノータイムで飛んできたのは否定の言葉。
頭ではなく、頰に触れる微かに冷たい手。気温の上がり始めてきたこの季節には、それがやけに心地いい。
「悪い子だー。お姉さんに嘘吐くなんて」
「…………モモイさん達が喋ったんですか?」
「ううん。あの子達からはなーんにも聞いてないけど、でも、私には分かるよ」
「分かるんだよ」と微笑む一之瀬先輩に少しだけ胸が高鳴るのを自覚した。
つい、モモイさん達がブレスレットの制作時間について吐いたのかと思ったが、どうやらいつもの一之瀬先輩の勘だったらしい。相変わらず酷い話だ。勘の一つで隠し事を見抜いてくるのだから。
間違えてはいけない。間違えるな。履き違えるな。
僕が、貴女の特別なわけではない。
貴女が、僕の特別なのだと自分に言い聞かせ、上半身を起こしてから彼女に見えないように今度こそ眼を閉じる。
『ふむふむ。では、そんな君にアスナちゃんから良い提案があります』
『…………良い、提案?』
『うん!――――私が、君の
瞼の裏に浮かぶのは、あの一瞬。天井をぶち抜いて一之瀬先輩が空から降ってきた夜のこと。忘れはしない。
一之瀬さん、ではない。アスナさん、でもない。
たった一人、彼女のことだけを僕は一之瀬『先輩』と呼んでいる。
月光が後光となる砕けた部屋の中、僕に手を伸ばした貴女の表情がどれだけ輝いていたのか。今でも僕は、その記憶を僅かにでも褪せる事なく覚えている。相変わらず、彼女はその時も屈託のない笑顔だった。
振り返ると、きょとんとした表情の一之瀬先輩。一瞬だけ百面相をしたかと思えば、何を考えていたのか結局元通りの笑顔になっている。……貴女にはその表情が一番似合うから、なんの文句もないけれど。
「…………はあ。全く……一之瀬先輩。出かけるなら僕の服を使ってください。似合うかは知りませんが、少なくともバニー服で出歩くよりは余程マシでしょうから。サイズが多少合わないのは、我慢してください」
「およ。いいの?」
「ええ。僕は先にバイクの用意をしてくるので、外で待っています」
「はーい!じゃあ着替えてくるねー!」
実のところ、身長や体格に僕と一之瀬先輩では殆ど差がない。いや、勿論男女の差はあるけれど、服が着れないということはないだろう。
部屋の方へ小走りに去っていく一之瀬先輩を見送ってから、バイクのキーを手に外へ出る。日差しがやや強く、虫の鳴き声が微かに響いているあたり季節が感じられる時間帯だ。……ただでさえ薄い食欲が、暑さのせいで更になくなっていくのが分かる。
とはいえ一之瀬先輩は肉が良いと言っていたしな。偶には僕も、頑張って何か固形物を食べるとしようか。
そしてキーを回した途端、携帯に何かの通知音。それは、とあるアプリが送られてきた通知。アプリの内容を見てから――はは。思わず、苦笑がこぼれてしまった。
「………………まったく。村人で良いって言ったのに」
みんな、お人好しばっかりだ。
ゲーム開発部は中途半端にしか関わらなかった僕のことを責めの一つもしやしない。セミナーも、C&Cもそうだ。早瀬さんは「立場的にどっちの味方もしづらいでしょう」と済ませてくれた。それは、彼女だって同じはずなのに。
先生なんか「"君が『逃げる』選択肢を覚えてくれて、私は嬉しいな"」と言ってくれた。逃げてはいけない選択肢も世の中には幾らでも存在するのに、先生はそのことには一切触れなかった。
一之瀬先輩も室笠さんも、角楯さんも、美甘さんも何も言わなかった。その優しさが少しだけ嬉しくて、とても苦しい。
これから先、
「………………めずらしー。後輩くん、そんなにはっきり笑うんだ」
声にハッと振り向くと、そこには僕の服を着た一之瀬先輩が立っていた。……味気のない白のシャツとデニムズボンでさえ、この人が着ると様になるのがちょっと狡い。帽子でもあればもっと似合っていたのだろうが、バイクに乗る以上はヘルメットもあるし邪魔になるか。珍しい、というのなら一之瀬先輩こそ珍しく、目をぱちりと開いて驚いた表情だった。
しかし、まあ――。
「…………そんなに顔に出ていましたか?だとしたら、余程これが楽しみだから、でしょうか」
傾けた携帯に表示されていたアプリの名前は、「テイルズ・サガ・クロニクル2」。ただし、先行体験版という言葉は付くけれど。
どうにか形になるまでにはなったらしい。宣伝の約束もした手前、また忙しくなりそうだ。好きなゲームが理由で忙しくなるなんて、それは贅沢な話かもしれないが。せめて彼女達に手助けをしてやれなかったぶん、宣伝には力を入れさせてもらおうか。
「帰ってきたら、朝まで付き合ってもらいますよ。一之瀬先輩」
「いひひ。後輩くんが寝かせてくれなーい」
「…………台詞の意味、分かってて言ってますね?」
僕の問いかけには何も言わず、にぃっと笑いかけてからバイクにさっさと跨ってしまった一之瀬先輩に肩を竦める。
あと、何回。あと、何日。
僕は穏やかな日々を過ごすことが許されるのか。
そんなささやかな感傷さえも、「本」は許してくれない。だから、……今はこの時間を、可能な限り楽しもう。
夏の訪れた音が、バイクのエンジン音に紛れていった。
ED:『わたしたちのクエスト』
ちょっと難産でしたが、これにてミレニアム編一章は終了です。
ところで、RPGの主人公にはデフォルトネームがありますよね。
もしかしたら、画面の向こうでは『脇役』ではない世界があったのかもしれませんね。皆様も、ただの子供ではなく勇者として世界を冒険していたことがあったのではないでしょうか。
Next.『19th.補習授業部な彼女達と僕』