脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達 作:ぽけぽっぽ共和国
時系列についてあらすじの方に載せましたが、一話前書きにも追記しました。彼が「脇役」である理由についてはおいおい分かってくるかなって感じです。多分。
がちん、と金属がぶつかる音。ガソリンの独特な匂いに軽く顔を顰めながら、必要な配線をつなげて使えない配線を外し、フィルターを引っこ抜き新しいものに取り替えて。今日の太陽は随分とご機嫌らしく、真昼間という時間帯のせいもあって相当暑い。本日の
髪を濡らす汗を軽く拭う。全ての配線を繋ぎ直し終わって、ようやくボンネットを閉じることができた。
「ど、どう?大丈夫そうかな……直る……?」
顔を上げた先、不安げな紅い眼と僕の視線がばっちりとぶつかった。トレードマークは良く似合っているエプロンに三角巾。ツインテールにできるほど長い黒髪を立派な
ゲヘナ学園給食部部長であり、この数千人を抱えるゲヘナ学園の給食をその一手に引き受けているという尋常ではないイカれっぷりをした人物だ。もう一人、「牛牧ジュリ」なる人も給食部らしいが、やはりエースといえば愛清さんに他ならないだろう。
「なんかすごく遺憾なナレーションが流れた気がするんだけど」
「気のせいでしょう。車の方は直ります……というか、もう直りました。配線の一部が衝撃で切れていただけなので、それを取り替えれば問題なし。軽く掃除もしておいたので、暫く大丈夫だと思います。すぐにでも走れますよ」
「ほんと!?よ、良かったあ……これから配達なのに車無かったらどうしようかと……」
胸に手を当てて、へなへなと座り込む愛清さん。確かにあの量の弁当を足で運ぶのは不可能だろうと、クーラーボックスが山積みになっている日陰へと眼を向けた。あれを今から全て配ってゲヘナを回るというのだから、恐ろしい話だ。僕なら絶対、やりたくない。
せめて荷台に乗せる手伝いくらいはしようと、クーラーボックスをせっせと運ぶ愛清さんに倣った。尤も、ヘイローのない僕では愛清さんの半分も運べなかったのだが。
「大変そうですね、相変わらず」
「大変なのは君もでしょ?最近、前にも増してあちこち飛び回ってるって聞いたよ。ミレニアムは勿論、シャーレ、ゲヘナ、最近はトリニティにもお呼ばれしてるんだっけ」
「よっと」と掛け声と共に最後のクーラーボックスが荷台に積み込まれる。雪崩れないようにきっちりワイヤーで固定されているが、中々不安定だ。これでクーラーボックスの中に入っている弁当を崩すことなく運び切るのだから、運転技術もとんでもない。F1に出てもやっていけるんじゃないだろうか。
「呼ばれてると言っても、トリニティは殆ど形だけですよ。桐藤さんから修理物のリストやミレニアムへの決算書類を受け取るだけなので」
「でも、ミレニアムからトリニティとか……あとは、アビドスなんかは遠いでしょ?ゲヘナだって近いわけじゃないんだし。君も車、使えばいいのに」
「車ですか……」
悪くないかもしれない。キヴォトスは公共交通機関もしっかり発展しているが、やはり限界がある。免許の問題で使うなら大型の
なに、普通の乗用車ではないのかと。……それは、僕も男だと言うことだ。車も格好いいものがあると理解しているが、バイクへの憧れで其方の免許を優先した。大型にした理由も言わずもがな。それでも今に至るまで乗る機会はないわけだが、その辺は乗ってない、というよりも、バイクを持っていないから。理由は至極単純。
「
「あ〜……そっか、そうだよね……。この車は給食部の部費で買ったやつだから、その辺考えてなかった……」
なんとも言えない表情をする愛清さん。
ちなみに、愛清さんが配達車に使っているのはイエローカラーをしたオープントップの四輪駆動車だ。ボンネットには大きく「給食」の二文字が描かれており、誰がどう見ても給食部のものだと理解できるだろう。荷台には配達用の弁当が入ったクーラーボックスのほか、ご丁寧にも調理用の機材が幾つか積み込まれている。下手したらこれで屋台でも開けそうな徹底ぶりだ。
状態を見るに何度かぶっ壊れていそうなものだが、それでもしっかり直して走っているあたり中々根性のある車らしい。ペットは主人に似るというか、車も乗り手に似るのだろうか。あの
「……まあ、ミレニアムにはそもそもバイクを作るという人もいますから。時間がある時にでも相談してみますよ」
「うわ、流石。ゲヘナじゃ絶対出来ないやつだ」
それはどう言う意味での言葉なのだろう。ゲヘナには乗り物を一から作れるような人間が居ないという意味なのか、それとも、作ろうとしたところでトラブルによって破壊されてしまうから物作りなど出来ないと言う意味なのか。少し迷ったが、どうにも愛清さんの眼が半分死んでいるので後者かもしれない。
それよりも。
「愛清さん。配達の時間、大丈夫なんですか?」
「……はっ、そうだった!?そ、それじゃあもう私行くから!車、直してくれてありがとうっ、またね!」
死んだ眼から帰ってきた愛清さんの眼。まるで扉が閉まる一秒前に駆け込むサラリーマンのような形相で直した車に乗り込むと、そのまま振り返りもせずに発進していった。相変わらずとんでもない苦労人だ、苦労人ランキングというものがあったとしたらキヴォトスでも5本の指に入るだろう。一位?誰がどう考えても"先生"だ。シャーレの手伝いに行ってみればいい。一度でも行けば、ミレニアムの仕事がどれだけ楽か実感できるはずだ。
さて、ゲヘナでやるべきことはもう終わった。さっさと帰ろうとしたところ、モモトークの通知。差出人は、愛清さんだ。
『食堂に余ったお弁当あるよ。ジュリに言えば渡してくれるから、良かったら持ってっちゃって』
どうやら、今日の仕事は極上の昼飯というご褒美付きだったらしい。炎天下の仕事も、たまには悪くないものだ。
――――――――――――
食堂に顔を出してみれば、意外。誰もいないかと思っていたのだが、奥の厨房で何やら作業をしている人影がある。多分、彼女が牛牧ジュリなる人物なのだろう。
しかしどうしたものか、作業中のようだし邪魔にならないよう何も言わずに去るべきか……しかし、愛清さんの弁当を逃すのはあまりにも痛い。少し悩んだが、やはり声をかけることにした。恨むなら美味すぎる愛清さんの弁当を恨んでほしい。
「あの」
「――はわぁっ!?あれっ、えっ、部長!?もう帰ってきて…………、……どなたですか……?」
随分難しい顔でフライパンを振っているその人に声をかけてみたらこっちが驚くほどに大袈裟に驚かれた。そんなに怖かったのだろうか。やっぱり悪いことをしたかもしれないが、これも愛清さんってやつの仕業なんだ。違うか。
兎に角、愛清さんとのモモトークを見せれば此方の意図は伝わるだろうとスマホのモモトーク画面を牛牧さんに見えるように掲げる。
「すいません、驚かせるつもりはありませんでした。愛清さんから、残っている弁当を持っていっていいと言われたもので」
「部長から……?でもその制服……ミレニアムの方、ですよね。どうしてゲヘナに?」
「…………言いたくないですが、美食研の被害者として関わりがあったので。愛清さんとはその時に知り合って、時々車とか電子レンジとか、そういうのを直すのに呼ばれてます」
「あぁ……」
嵐のように現れて嵐のように拉致をして嵐のようにボコられるあの集団はなんなんだろう。過去に一度、僕は愛清さんの巻き添えで拉致られたことがある。そして特に用がないからと三秒くらいで放り出された。走行中の車からヘイローのない僕を放り出すやつがあるか。
その時は同行していた一之瀬先輩に受け止めてもらったから事なきを得たし、車のスピードも乗っていなかったから大怪我にはならないと踏んでの行動だったのだろうが。絶対に許さんぞ、黒舘ハルナ……と言いたい所だが、ちゃんと一之瀬先輩にボコられていたのでまあいいだろう。二度目はないが。
閑話休題。
キッチンに乗せられている材料を見て、牛牧さんが練習していたものが何なのかを察する。
「パンケーキ、ですか」
「はい。その、私、部長に比べて料理がとても下手くそで。特にパンケーキ……。部長がいる時に練習すると迷惑かけちゃうので、いない間にと思いまして」
成る程。だから最初、愛清さんが戻ってきたと思ってあんなに慌てていたわけか。別に僕個人が怖がられたわけではないらしい、ちょっとだけ安心した。
材料は卵に砂糖、牛乳、薄力粉にバター。見慣れない白い粉は……ベーキングパウダーか?隣にあるのは、フライパンに敷くための油か。なんの油なのかは正確にはわからないが、匂いからしてオリーブオイルかもしれない。特に分量も間違えているような気はしないし、これで不味くなるというなら手順を間違えているか、火加減を間違えているとかそんなものだろう。
仕方ない、ここはミレニアム生らしく行こう。
「良ければ、お手伝いしましょうか?」
「えっ?で、でも、それこそ初対面の方にそんなご迷惑を……」
「曰く、料理は科学だそうで。僕はそこまで言う気はありませんが、料理と科学に関係があるのは確かです。おかしな材料は見当たりませんし、きっと何か間違えているだけですよ。勿論、此方こそ差し出がましいようでしたらすみません」
「…………本当に、いいんですか?私、お礼とか何も……」
お礼も何も、たかがパンケーキ作りを手伝う程度でそんな重く考えなくてもいいだろうに。それに彼女の料理の腕前が上がるなら、結果として愛清さんの手助けにもなるはずだ。しかし、そうは言ってもこの手の人間は何か「お礼」が目に見える形でなければ必要以上に遠慮をすることを知っている。だから、気は進まないがこうしようか。
「では、上手く出来たらパンケーキを一口だけいただけますか。お礼ならそれで充分ですので」
一瞬、眼をぱちりと瞬かせる牛牧さん。数秒だけ沈黙が流れた後、綺麗にお辞儀をして「お願いします」の言葉をいただけた。なに、帰るのは少しばかり遅くなるが時々差し入れてくれる愛清さんへのちょっとしたお返しだと思えば安いもの。
しかしこれが、地獄の入り口だとはこの時の僕に想像などできるものかよ。
一回目。どう言う理屈か全く見当もつかないが、何故か焼き上がったパンケーキの側面からは禍々しい触手が二対現れた。ついでに紫色の煙が吹き上がり、酸で鉄を溶かすような音まで聞こえてくる。意味が分からない。
「…………物理的にあり得ないだろ、どうなってんだ……。いえ、失礼。多分……こう……なにか、よくないものがフライパンとかに付着していたのかもしれません。一度全て取り替えて、もう一度やってみましょう」
二回目。一回目と同じ結果に終わる。眩暈がしてきた。
「どこからその触手は生えてくる……!?卵か!?動物性タンパク質なんて卵くらいしか入れてないんだぞ!?……もう一度、もう一度やってみましょう牛牧さん。卵を使わないと言うわけにはいきませんから、使う数を出来る限り抑えて――」
三回目。悪化した。生えている触手の数は倍に増え、挙げ句の果てにはフライパンを飛び出して食堂の中を飛び跳ね始めたではないか。牛牧さんと二人で銃火器を使い討伐したものの、まさか自分が室内で銃を撃つ側になるとは思わなかった。今後、一之瀬先輩に文句を言えなくなってしまうではないか。
「クソッ、なんだこれ!?どっちだ、どっちが原因だ……!『神秘』か、『因果』か……前者なら僕にはどうにも出来ないが後者ならどうだ。牛牧ジュリが料理を作ると言う前提のもと、この触手が生まれているのなら……そもそも前提を書き換える必要がある、か。馬鹿みたいな話だがこれしかないか……?」
少々
「牛牧さん。今からいうことをよく聞いてください」
「貴女には、料理の最中『愛清フウカ』になってもらいます」
「………………はい?」
――――――――――――
「牛牧ジュリ」が「料理をする」結果があの怪物というのなら、料理をするのが「牛牧ジュリ」でなければいい。何を当たり前の話をと言われるかもしれないが、特別な力も何もない僕にはこの程度のことしか出来ないのだ。根本的になんとかしたいのなら"先生"を呼んできてくれ。
つまるところ、僕が提案したのは「自己暗示」だ。
牛牧さんへの暗示は、「自分は料理が凄まじく上手な給食部の部長、愛清フウカである」というもの。こんな子供騙しが何処まで通じるのかは未知数だ、馬鹿みたいな発想の通り馬鹿みたいな結果に終わる可能性は大いにある、というかその可能性の方がデカい。料理をするのが「牛牧ジュリ」ではなく「愛清フウカ」であるのならば、あの理解不能なパンケーキ怪物化現象も起こらない、はず。
本当にこれで科学の勝ち負けが決まるのかと言われたらそんなことはない。そんなことはないと冷静になればわかる話だが、僕の方も今更引っ込みがつかなくなっていた。
牛牧さん本人には「自分を別人と思い込むことで、実際に腕前を上げる心理学に基づいた方法」と適当すぎることをでっち上げて信じさせたが、どこまで通用したものか。
「わ、私は部長……私は部長……じゃなくって、愛清フウカ……!なんかこう……すっごい、料理が上手な愛清フウカ……!」
駄目かもしれない。
眼をぐるぐると回しながら、必死にフライパンを操る牛牧さんを――いや、「愛清さん」を見てそう思った。いつフライパンの上で踊るパンケーキが紫に染まり、異形の触手が生えてくるのかと気が気でない。制服の内側にある銃を出しておくべきか悩んだほど。
しかし意外や意外。こんな馬鹿みたいな方法が功を奏したらしい。「愛清さん」の作ったパンケーキは紫色でもなければ、触手も生えてこない。それは皿に移しても変わらずに、綺麗な焼き目のついたパンケーキがそこにはあった。傍目にもちゃんとできているし、美味そうにも見える。見えるのだが。
「…………で、できた………………本当に出来た……!」
……とんでもなく嫌な予感がする。具体的にいうとオーラみたいなものがパンケーキから立ち上っているのだ。煙でもなんでもない、
しかし、これだけ喜色満面に喜んでいる牛牧さんに余計なことを言うのは流石に僕でも躊躇われる。まあ、本人が納得しているのならいいだろう。これ以上僕が出来ることは何もない、大人しく愛清さんが作ったお弁当をもらって帰るだけ――
「で、では!……どうぞ、食べてくださいっ!」
「えっ」
パンケーキの乗った皿が、僕の方に差し出された。嘘だろ。それもいつの間にかホイップとチェリー、メープルシロップまでかけられて完璧な陣形を取っているパンケーキに進化しているではないか。ご丁寧に、皿の両脇にはナイフとフォークまできっちり添えられている。
いや、貴女が作ったんだから貴女が食べればいいのでは。そう言おうとしたが、自分の発言を思い出して頭を抱えそうになった。上手くいったら一口食わせろと言ったのは僕の方ではないか、この馬鹿者。
断ろうかとも思ったが、澄んだ眼差しを此方に向けて感想を待っている牛牧さんにそんな事が出来るわけもない。
……きっと大丈夫、これだけ綺麗な見た目なのだ。嫌な予感と言っても所詮は予感。そう、考えすぎなだけ。
意を決してパンケーキを切り分け、口に含む。ホイップの上品な甘味とシロップのやや強い甘味、海産物の風味と柔らかなパンケーキの生地の口当たり。なんだ、やはり考えすぎだったか。ホイップにチェリーと蛸の味が微かに移っており、程よい酸味とコリコリとした食感がアクセントになっている。おや、なんだか珈琲に似た苦味が溢れてきた。ははん、さてはこれ以外にビターチョコレートでもホイップに仕込んであ――
牛牧さんの悲鳴を最後に、僕は気絶した。
――――――――――
成る程、確かに「見た目」は改善された。が、改善されたのは見た目だけ。外装の部分を取り繕うことにこそ成功したが、その中身は紫一色。相変わらず触手も中にはきっちり生えていたので、やはりこんな子供騙しの方法では相応の結果しか生まないらしい。どれだけ「愛清フウカ」になりきったとしても中身が「牛牧ジュリ」だから、パンケーキの中身だけこんなことになったのかもしれない。
酷い目にあったし、牛牧さんにも申し訳ないことをしてしまった。
牛牧さんによると小一時間ほど気絶していたらしいのだが、この後ミレニアムでもまだ用事がある。僕は出発前の愛清さん以上に大慌てで帰り支度をする羽目になった。
「ごめんなさい、他校の方にやっぱり迷惑をかけてしまって……」
「…………いえ、……僕の方こそ。力になれるかと思ったんですが、あまり役には立てませんでしたね。申し訳ありませんでした」
「そんなこと――」
そんなことはある。改めて確認できたことだが、やはり僕に何かを変えることはできないらしい。自分は別段、特別な人間でもなんでもないというのに、未だに何かその特別なことができる人間なのではないかと自惚れてしまったようだ。我ながら女々しいし、恥ずかしい話だと思う。結果として、料理を食べて気絶するという失礼なことを牛牧さんにしてしまったのだから猛省しよう。
鞄を肩にかけ、ゲヘナの門を出た所でわざわざ見送りに来てくれた牛牧さんに呼び止められた。なにか、まだあるのだろうか。
「あの、………………パンケーキ……作るの、また、付き合ってくれますか?」
「いいえ」
途端に悲しそうな表情を浮かべる牛牧さん。いかん、今のは流石に言葉足らずが過ぎた。これでは「お前の料理なんか二度と食うか」と言っているようなものではないか。確かに気絶するような料理を出されるのは御免被るものの、それ以上に牛牧さんのパンケーキ作りには付き合えない理由が僕にはある。
「………………………………甘いもの、苦手なので」
「えっ」
なんとも、締まらない。
パンケーキに限らず、僕は洋菓子も和菓子も、なんなら蜂蜜さえ駄目なのだ。
ジュリ「……………甘いものが苦手なのに、なんで一口食べさせろなんて言ったんでしょう……」