脇役な僕と先生と予測不能な彼女と姫君達   作:ぽけぽっぽ共和国

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感想や評価も含め本当にありがとうございます。

さて、今回は一人目の姫君ですね。皆大好き、あの方です。


5th.お嬢様な彼女と直情的な姫君と僕

 

 紙を捲る小さな音と、それよりも更に小さなティーカップとソーサーの重なる音が響く。書類に不備らしい不備がないことの確認が終われば、僕の役目は終了だ。リストを閉じて、持ってきた鞄に破れたり折れたりしないように仕舞い込む。

 

 

「…………はい、確認終わりました。確かにリストの方受け取らせて頂きましたので、後日担当の者がトリニティに修理品の回収に伺います」

 

「ええ、宜しくお願い致します」

 

 

 椅子に座ったまま、人間はこんなにも綺麗なお辞儀ができるらしい。紅茶を飲む仕草といい、書類を渡す仕草といい、一つ一つがやたらと丁寧だ。今でこそ慣れたものの、初めてトリニティに来た時は学園の雰囲気や桐藤さんの「お嬢様」感に気圧されていたのを覚えている。お嬢様というものに理想があるのかどうかは知らないが、大抵の人が想像するお嬢様をそのまま取り出したような人物だ。何より趣味が菓子作りだとか紅茶だとか、女子力というものを感じずにはいられない。

 

 偶によく分からない語彙を使った叱責が飛んでくるが、欠点らしい欠点といえばそのくらいしか思いつかない程度には優等生な生徒。それが桐藤ナギサという少女だ。高嶺の花、とでもいうべきか。

 成る程、「ティーパーティー」──トリニティ総合学園の生徒会、その代表の一角なだけはある。

 

 

「しかし、結構な数ですね。いえ、此方としては有難い話ですが」

 

 

 桐藤さんから渡された修理品のリストは中々の量だ。ゲヘナで渡されるリストの()()と言えば、どれだけ()()のかがお分かり頂けるだろうか。こうして交流するまでは、言ってはなんだがトリニティはお高くとまっているイメージが強かった。もっと尊大な感じで対応されるかと思っていたが、実際には勿論そんなことはない。非常に理知的で礼儀正しく、僕としてもやり易いことこの上ない。

 まあ、全員が全員上記の特徴に収まるかと言われればそんなこともないのだが。

 

 

「ええ、正義実現委員会が動くことが最近少し多かったので。治安は我々も出来るだけ維持出来るように努めておりますが、こんな事も偶にはありまして……。トリニティ区内の修理業者は決して多くはありませんし、ミレニアムとの交流は此方としてもかなり助かっています」

 

「正義実現委員会、ですか。僕はまだ正実──前述の略称──に属している方とは誰ともお会いしたことが無いので存じ上げませんが、余程真面目に活動なされているのですね」

 

 

 正義実現委員会とは、トリニティ自治区に於いて治安維持活動を担う委員会の一つ。なんとその活動範囲は学園内だけに留まらない。口にこそ出さないが、トリニティ版のゲヘナ風紀委員のようなものだろう。口に出さなかった理由なら、まあ、……単純にゲヘナとトリニティ、双方の都合とだけ言っておこう。何れ分かることだ。

 

 何はともあれ、僕の仕事はこのリストを受け取って確認するまでが最後の業務だった。後はこれを期日までに連邦生徒会に渡せばいい。久しぶりに羽を伸ばせる時間を取れるかもしれない、何かトリニティで買い物でもして帰るかと考え始めたところ──装飾付きの扉が、音を立てて勢いよく左右に開かれた。

 先日の砂狼さんといい、キヴォトスにはノックの文化がないのかと勘繰ってしまう。

 

 

「ナ〜ギちゃんっ!少し遅れちゃった、ごめんねぇ?なんだか髪のセットが上手くいかなくってさ〜」

 

 

 呑気な声色で登場したのは、薄桃色の髪を揺らした少女。「ナギちゃん」とは目の前で紅茶のカップをカタカタと震わせている桐藤さんのことだろう。能天気な顔は世間知らずのお姫様を彷彿とさせ、何よりも浮かんだヘイローの形が特徴的だ。まるで、星がそのまま浮かんでいるような形状のヘイローとなっている。

 彼女の名前は「聖園ミカ」。彼女もまた「ティーパーティー」の一角である。……まあ、真面目度合いには随分と差があるようだが。

 

 

「…………ミ〜、カ〜、さぁあぁぁぁんッ!?」

 

 

 桐藤さんの雷が出会い頭に早速落ちた。彼女はなんだか早瀬さんと仲良くなれそうだ。出来たら次からトリニティで対応するのは早瀬さんにならないだろうか。

 軽く意識を逸らしている僕の目の前、怒られた本人である聖園さんはなんで怒られたのか分かっていないように驚いていたが当たり前だ。「少し遅れた」と聖園さんは言っていたが、ばっちり一時間遅刻している。そりゃあ桐藤さんの雷も落ちるというもの。しかし馬耳東風、何事もなかったかのように此方に手を振ってきた。怒られても気に留めない、この能天気さは見習いたいものだ。

 尤も、それは桐藤さんと聖園さんが「幼馴染」という距離感だからなのかもしれないが。

 

 

「うわぁ!?なになにいきなりなにナギちゃん!?……あっ、そうそう、君が来るって聞いて慌てて準備してたんだよね。元気してた?」

 

「それなりには。貴女も相変わらずですね、聖園さん」

 

「あは、なに、いつも通り可愛いって?も〜、口が上手いんだから。褒めても何も出てこないのにね」

 

 

 一言も言ってないが。随分とお花畑な思考をしているが、これが嫌味に聞こえな――いや、まあ嫌味に聞こえるのは聞こえるのだが、敵意を素直に向けられないのはこの底抜けに明るい人柄のせいなのだろう。この辺りは一之瀬先輩と違う明るさではあるものの、聖園さんの明るさにはある種の「今、他の女の子の事考えた?」怖いが。

 あからさまに溜息を吐く聖園さん。頼むから眼のハイライトを消して顔を陰らせるのはやめてくれないか。冗談でもなんでもなく本当に怖い。

 

 

「ダメだよ零点。女の子褒める時に、他の女の子の事考えるのは絶対にダメ。も〜、なってないな〜」

 

「すみません、うちのミカさんが…………」

 

「あれ?これ私怒られてる?」

 

 

 盛大に遅刻した挙句、他校の生徒にこんな振る舞いをしていれば怒られるに決まっている。僕は別に怒っていないのだが、桐藤さんには間違いなく怒られている──というか、どちらかと言うと呆れられているだろう。トリニティはミレニアムとは別の方向で閉鎖的な一面があるため、表に出ないだけで桐藤さんもこのキヴォトスでは相当な苦労人に違いない。事実、その独特な閉鎖感のせいなのか他学園とは違い「分派」というものがトリニティには存在する。確か、パテル、フィリウス、サンクトゥス……だったか。まあ、この辺りはトリニティ在籍ではない僕には関係のない話か。

 しかしいったい、聖園さんは何しに来たんだろうか。

 

 

「あっ、そうそう。それで今日のミレニアムとの交流は?」

 

「…………もう終わりましたよ、ミカさん……」

 

「えっ」

 

「一時間も遅刻したのですから当然でしょう。先程の書類のやり取りで、今日のミレニアムとの会合は終わりです」

 

 

 呆けたようにぽかんと口を開く聖園さん。そんな顔をして僕に視線を寄越されても事実は変わらない。

 数秒して聖園さんは僕たちの言葉をようやく飲み込んだのか、がたんと音を立てながら椅子から立ち上がり、その綺麗な声を張り上げた。

 

 

「えーっ!?じゃあナギちゃんの手作りロールケーキは!?紅茶はー!?」

 

「遅れてくるミカさんの自業自得です。残念ですが、用意していませんよ」

 

 

「そんなぁ〜」とへなへなと椅子に背を任せる聖園さん。この女、本当に何しに来たんだ。時間にルーズで奔放な部分が聖園さんらしいと言えばらしい部分だが、毎日これに付き合い切れるかと言うと付き合いきれない自信がある。

 だが、今日に限っては少し都合がいい。以前にも話した通り、僕は甘いものが非常に苦手だ。勿論、ロールケーキも例に漏れない。

 しかし他所で出されたものを食べないのは失礼だ。頂くのは帰る前にと引き伸ばしていたが、そのおかげで桐藤さんにもてなしとして出されたロールケーキにはまだ一切手を付けていない。桐藤さんには悪いが、これを少し都合良く使わせてもらおう。こっちは猫の手でもなんでも、聖園さんの知恵でも借りたい悩みを抱えているのだ。

 

 

「良ければ食べますか、聖園さん。勿論、まだ手はつけていませんよ」

 

「…………えっ、ほんと!?いいの!?」

 

 

 喜色満面、と言った様子で身を乗り出してくる聖園さん。近い。なんでキヴォトスの女は距離感が偶にバグっている奴がいるんだと思ったが、そりゃキヴォトスの男女比率ではバグってもおかしくないと一秒で自問自答は終わってしまった。男女比率に関しては99%を超えていても不思議には思わない。

 ご機嫌に悦ぶ聖園さんとは反対に、桐藤さんは眉間を押さえて僅かに顔を俯かせていた。

 

 

「いえ、それはミカさんの為にならないので……」

 

「勿論、ただとは言いません。少しばかり相談事がありまして……ああ、ミレニアムではなく、僕個人の相談事です」

 

 

 少し言い回しが良くなかったか、深読みをされたのか桐藤さんの顔が引き締まったのをみて首を振る。相談事という文言で、どうにもミレニアムとトリニティの政治的な話をすると思われてしまったのかもしれない。

 

 相談事というのは他でもない、アビドスに向かう事についてだ。まだその予定は来週で時間は残っているというのに、もう既に胃と頭が痛くなってきた。自分ではポーカーフェイス、というより出来るだけ平静に努めていたつもりだが、他人から見てそんな事もなかったらしい。聖園さんはともかく、目を丸くさせた桐藤さんの表情はかなり珍しい。

 

 

「…………貴方の困った顔、初めて見た気がします」

 

「…………そんなに顔に出ていましたか?」

 

「というより、貴方は普段が顔に出なさすぎるので。それで、悩みというのはなんでしょう」

 

 

 紅茶で唇を僅かに濡らす。綺麗な色をした紅茶を飲み下すと、僕には物足りないが心地のいい苦味が鼻を抜けて行く。流石は桐藤さんだ、いい茶葉を選んでいるのだろう。熱を含んだ息を小さく吐くと、少しだけ背を椅子に任せて力を抜く。こればかりは、多少行儀が悪くとも背を伸ばして語る気にはなれなかった。

 

 

「…………実は来週、三ヶ月ぶりにアビドスで友人……達に会うのですが」

 

「まあ。そういえば貴方はアビドスからミレニアムへの転校生でしたね。久々に友人に会う……それだけ聞けば良いことのように思えますが、何かあるんですね?」

 

「………………その友人達とは、かなり盛大な喧嘩別れをした状態で転校してしまったんですよ。なので、彼女にどんな顔をして会えばいいのか、分からない」

 

 

 今でも、彼女の声が鮮明に思い出せる。

 あの時は本当に悪いことをしてしまった。素直に憤りを受け止めるのならばまだしも、売り言葉に買い言葉……というより、もう言葉にすらなっていないやり方でつい返してしまった。完全に馬鹿の所業だった。誰がどう考えたって間違えていたのは僕の方だったのに、冷静になれずその場の勢いで子供みたいな真似を。

 

 

『──────……アビドスに、……あんたなんか、来なきゃ良かったんだ……!』

 

 

 ………最悪だ。カッとなってしまったのはもう仕方ない事だったとしても、それでも、あの時、すぐに頭を下げるべきだった。あの優しい後輩を相手に、あそこまで言わせてしまったのが何よりも心苦しい。喧嘩などと称したが、実際は僕の我を貫いてしまったから起きた我儘による不和だった。思い返すだけで顔から火が出そうなほどに恥ずかしい。

 桐藤さん達の目の前だとはわかっているが、それでも溜息が堪えられない。そんな自分にもまた嫌気が差して気が重くなる負の連鎖だ。いい加減に切り替えよう。

 余程酷い顔をしていたのだろう、桐藤さんの声は明らかに此方を気遣ったトーンになっていた。

 

 

「…………本当に深刻なお悩みのようですね」

 

「お恥ずかしい話です。この歳になって、仲直り一つ出来ないんですから」

 

 

 しかし、どうすればいいのだろうか。

 いっそ土下座でもするかと本気で考えてみたが、彼女の性格上、逆に拗れる予感しかしない。かと言って何もしないという選択肢はないし、僕が無理だ。あの喧嘩の後で何事もなかったかのように堂々と振る舞えるわけがない。僕の胃が死ぬ。

 というか、こと此処に至っても僕が考えているのは自分のことか。違うだろう。他に考えるべきことは腐るほどあるはずだ。

 

 また思考が負の色一色に染まりかけた所で、ロールケーキを飲み込んだ聖園さんがあっけらかんとした口調と共に首を傾げた。

 

 

「え、そんなの簡単じゃんね。仲直りしたいなら、仲直りしよって言えば?」

 

 

 投じられた言葉は、聞く人によっては馬鹿にされているとさえ思えるだろう。それが出来れば苦労はない。というか、それが出来ないからこうして他者の知恵を借りようとしているのが現状だ。桐藤さんも同じことを思ったのか、眉間による皺は先程よりも更に深くなっている。

 

 

「…………ミカさん。貴方という人は……」

 

「え、何か変なこと言ったかな。ああ、強いて言えばそうだなぁ……何かお土産にお菓子、持って行ってみたらどう?仲直りの印。それで素直に、はいごめんなさいって言って、終わりじゃない?」

 

 

 心底不思議そうな表情で、愛らしく首を傾げている。聖園さんは桐藤さんに比べて童顔で、ロールケーキを頬張っているからか尚更幼く見えてしまう。発言の内容も相俟って、今だけは本当に初等部の子に諌められている気分になる。

 聖園さんは「何を当たり前のことを」とでも言いたげで。もう一口、苺のクリームをふんだんに使ったロールケーキを齧り取りながら言葉を続けていく。

 

 

「君がどう思ってても、相手がどう思ってても。まずは口に出してみなきゃ伝わんないし、始まんないよ」

 

「…………………………それは……」

 

 

 少し、単純過ぎる話だ。全員がそれを出来るのであれば、世界はもっと楽に生きられるものになっているはずだ。しかしなんというべきか、単純だからこそ、核心をついている言葉でもある。

 言葉にしなければ伝わらない。人の考えていることや感じたものを、何もかも察することが出来る人間などほんの一握りしかいないのだから。

 

 

「…………確かに、そうかもしれません。ありがとうございます、聖園さん」

 

「わお。言っておいてなんだけど、君が素直にお礼言ってくれるとは思わなかったな〜」

 

「偶には聖園さんのように単純な考えも必要なのかもしれませんね」

 

「あれ?私、褒められてる?貶されてる?」

 

「褒めてます」

 

 

 これは本当だ。まさか桐藤さんではなく、聖園さんに助けられるとは思っても見なかった。

 桐藤さんも僕と同じく物事を深く悪い方に考える節があるのだが、同じタイプの人間に相談するよりも全く異なる思考回路を持った人間に聞いた方が良い結果を生む事があるという知見を得た。

 

 僕としてはかなり本気で褒めたつもりなのだが、聖園さんはなんだか納得いかないような表情だ。が、一秒後には頭に電球を浮かべてにんまりと笑みを深めてみせた。何故だろう、嫌な予感が加速していく。一之瀬先輩ではないが、こういう時の僕の勘は当たるのだ。

 下手なことを言われる前に帰ろうと思ったが時すでに遅し。ロールケーキの屑さえ皿に残すこと無く綺麗に食べきった聖園さんは、器用に指先だけでフォークを回してその先を僕に突きつけた。明らかに悪巧みをしている時の顔だ、絶対に碌でもない。

 

 

「じゃあ、そんなに感謝してくれてるなら。上手くいったら──私と一日、デートしてくれるよね♡」

 

「は?」

 

 

 嘘だろ。

 

 眼を限りなく鋭く細め、唇に付いたロールケーキのクリームを取るために舌舐めずりをしている聖園さんは初等部の子供どころか獲物を狙う大蛇にさえ見えてしまった。

 桐藤さんの前でそれを要求するあたり、確信犯。事実、桐藤さんはロールケーキを強請った時の聖園さんのように口を開いて固まっているし、聖園さんはそれを見てまた面白がる始末。どうやら、姫君の知恵を借りるにあたってロールケーキ一つでは不足だったらしい。

 

 一つ悩み事は解決したが、その為にまた悩み事が増えては意味がない。vanitas(ヴァニタス) vanitatum(ヴァニタートゥム)とは誰が言った言葉だったか、人生はままならず虚しいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追記。デートの日には、白馬に乗ってくるようにと言われてしまった。輝夜姫に無理を言われた男達の気持ちが、今ならばレポートにして出せるだろう。




実は今回、時間が物凄く足りない中で書いたので、誤字脱字など酷かったらすいません。その時は後々修正かけていきますので……。

それぞれのキャラクターとの過去話もしながら、ストーリーも進めていく。思った以上に大変で、書いててとても楽しいです。
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