あれから少し時間が経過し、大体30分くらいだったころだろうか。夜の亡霊が響かせる音は増々増長の一途をたどり、俺たちを取り巻く状態は希望こそ見えどそれも悪化していく中。俺は、今隣で俺の肩に頭を乗せているカノに話を振っていた。そう、先ほど回収することのできた例の部隊についてだ。
「カノ......実は、この状況から脱せそうな一手が見つかったんだ。」
「......本当ですか?それは......一体なんですか?」
カノはそうちょっとだけ明るさを取り戻した声で俺に質問してくる。だが、今からカノに告げる俺の言葉は、カノにとっては中々に堪えるものがある言葉かもしれない。あの時あの部隊を回収した時にも思ったが......自身の最愛の妹を奪った敵を、今度は味方として利用しようというわけだから。何を言われてもおかしくはないだろう。それでも、言わなくては。
「.....実は、正規軍の廃棄小隊を鹵獲することが出来たんだ。それで、その......それを使って、ここから抜け出せるかもしれないって......」
「......そうなんですか?じゃあ、そうしましょうか。」
そういうとカノは立ち上がって、少し埃を払うような仕草をしたかと思うと、出口の方へと向かい始めた。......えっ?ちょ、ちょっと待て、何も思わないのか?それにシノの身体はどうする......そんなに早く見切りはつけれないだろうに、ちょっと待って......え?
「あっ、えっと、シノは......シノはどうするんだ?」
「......シノは、確かにワタシの大切な妹です。でも、こんな状況になっているのに、指揮官......いえ、アナタが危険になってしまうリスクを冒してまで、連れて帰ることはできません。ワタシは......アナタの傍にいたいんです。だから、アナタが少しでもワタシから離れてしまうようなことは......」
「......そう、か。」
「でも、シノが生きていたという証は、せめて、せめてワタシ達だけでも覚えておかないといけませんから。ですから、これを。」
そう言ってカノはシノのカチューシャとマントを丁寧に身体から外したかと思うと、カチューシャを自身につけて、そしてそれからマントを俺の方に渡してきた。今まで丁寧に扱われてきたのだろう、肌触りは大変よく、戦場で扱われてきたとは思えないほど綺麗で美しい。......これを、俺に?
「本当に......いいのか?」
「はい。だって、指揮官がそれを使ってくれるなら、シノもきっと喜んでくれるでしょうから。」
カノは俺の腕の中にあったマントを手に持ったかと思うと、慣れた手つきで俺の背中にマントをつけ始めた。そしてそれがつけ終わった頃、何かまだ思うところはあるように再びシノの方に一瞥したかと思うと、少し迷いを振り切ったような表情で立ち上がった。
「じゃあ指揮官、行きましょう。早くこの窮地を脱して、安全な場所に行かないと。」
「......あぁ。そして、シノも弔ってやらないとな。」
そうだ。俺たちはこの場をまず脱しないといけない。失った大切な仲間、残してきてしまった大切なパートナー達、気軽に話し合える仲だった友人......惜別するのが惜しくてたまらないさまざまな心残りと未練は、この地に数あるほど残っている。でも、今はそれらを想う場面じゃない。それらを想えるようになるのは、生き残った時か、死ぬ時だけ。
まだ、まだその時じゃない。カノと一緒に生き残って、いつかその残してきてしまったモノを、いっぺん残らず全て集められる時が来るまで......絶対に......
「なんか、結構肌寒くなったな......」
外に出ると、なんだかさっきと違い風が吹いており、まさに冷たい夜風が頬を撫でるといった表現が最も適切な表現になる天気をしていた。周囲には砲弾の跡で廃墟になった建物群と、先ほどからこの周囲を警戒するように動いていた俺が鹵獲した廃棄小隊の面々だけが存在している。
これから先に俺が向かうところは、やはり当初の作戦と変わらず軍の通信ステーション。あの廃棄小隊が持っていたマップを見たところ、それなりの距離はあるがたどり着けそうな場所に存在することを確認できた。あの通信ステーションをちょっと借りて、通信を図れば......なんとでもなるはずだ。
「指揮官、これからどこに向かうんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ......えぇと、軍の通信ステーションに向かう。少し距離はあるけど、歩いていけばたどりつけない距離ではないはず。」
「軍......正規軍のですか?それはその、かなり危険では?」
「いや、確かにそうではあるんだけど......おそらくだけど、あの通信ステーションは廃棄されてる。この廃棄小隊がいた所は、正規軍も鉄血も見当たらない、おそらく完全に封鎖されきった場所。そこにある通信ステーションなんて、もうとっくのとうに使われていなくなっているはず。」
そう、俺はそのステーションこそが鍵だと考えている。いくら廃棄されていようが、通信用の設備とかその他もろもろくらいは残っているはず。そうしたらそれを利用して通信回線を開くくらいは造作もないし、通信する相手がだれかにもよるがパラデウスの部隊が残っていればアデリン、アリーナに連絡を......いや、やっぱり撤退していて欲しいな。じゃあ、正規軍以外の助力してくれる勢力を......
アデリンもアリーナも、いくら俺たちパラデウスが機甲戦力を整えてかつ仮想敵を正規軍として訓練を重ね動いてきたとはいえ......数が多すぎるしあまりにも突発的だった裏切り行為だ。おそらく対処できたにしても少しが限界だろう。こんな状況になったからには、俺の事なんか見捨てて、グリフィンの指揮官と早いところ退避して欲しいものだが......
遠いところでは未だ砲火が鳴りやんでいないことから、まだ援軍の芽は残っていることが分かる。残存勢力が生き残っているなら、少しでもそれが助けに来てくれる可能性に賭けるべきだろう。
「......って、どうした、カノ?」
「えへへ、指揮官が思い悩んでいる様子でしたから......あとは、ワタシが純粋に、指揮官にハグしたかっただけです。」
「......そうか。」
色々と考えていると、不意にカノがこちらへと抱きついてきたのでどうしたのかと思うと、ちょっと予想外の返答が返ってきてかなり内心驚いた。まぁ、この肌寒い状況で、カノの暖かい体温と一緒に暖まれるのなら、こっちとしては幸福というか......口元から笑みが出そうなほど嬉しいというか。......こんな絶望的な戦場なのに、なんだか心が満たされそうだ。
「ありがとう、カノ。おかげで元気が出たよ。」
「こちらこそ、ですよ。指揮官!」
なんとも微笑ましい会話を繰り広げながら、いざ先ほど廃棄小隊を回収した通信ステーションがある方向へと歩みを進めていく。万が一の時が起こった時のことを考えて、カノ以外の信号は全て正規軍の信号パターンに偽装してある。先ほど鹵獲する際に信号パターンの解析は済んだからな。カノだけはどうしようもなかったが、いざとなったら廃棄小隊の発信源をぶっこ抜いて持たせれば多少なりともは効果が出るはずだ。
しかし、それなりには安心できる武力を手に入れたこと、自衛手段を手に入れたこと、そして、本当に頼れる人......カノが傍にいてくれることで、なんというか......こう、安心感というか。とにかく、もうカノさえいれば大丈夫という信頼感が、俺を勇気づけてくれているような気がする。
「って、ん?」
そう考えていると、何かポケットから落ちて行った感覚がして、少し足を止める。あれ、なにかポケットに入れてたっけな......あったとしてもほとんどをあのジャッジとの戦いで喪失してしまったはずだし......って、これは......
「写真......まだ残ってたんだ......」
いつか前にアリアとグリフィン内のカフェで撮った写真。二人でコーヒーとスイーツを嗜みながら撮った、今では懐かしい平和な時間を想起させるモノだ。あの時は、アデリンもアリーナもちょっと不穏な雰囲気こそあれど、特に身の危険を感じることもなく、他愛のない話もできて幸せだったな......まさか......あの苛烈な戦いでも失われず、まだ残っていたなんて。
「ハハハ......こりゃ、なんと......」
「.........ソレ、貸してください。」
「えっ、カノ?どうしたんだ?」
などと考えていると、不意にカノがこちらに冷え切った声で話しかけてきた。先ほどまでの優しさと暖かさを感じさせる声と様子とは一変して、今は心底から氷のように冷えた目線をこちらへと送っている。その視線の先は、俺が手に持っている写真に向けられていて、かつそれに酷く嫌悪感のようなものを感じている様子だ。......何か、琴線に触れてしまっただろうか......
「いいから、早くしてください。ワタシが預かっておきますから。」
「えっ、待って、なんで......ちょ、ちょっと待ってくれ。何か怒らせたなら謝るから......」
「......ずっと一緒って言ったのに、その間に他の人形なんか必要ないでしょう。ワタシとアナタは一心同体、もう絶対に離れない、いや、離れてはいけない、ただ一つの存在。唯一ワタシとアナタの仲に入っていいのは、シノだけ。でも、そのシノも、もういないですから。だから、もう誰もワタシ達の間に入ってはいけないんです。アナタが過去に率いていた人も、アナタが昔大切に思っていた人も......当然、同じです。ですから、その写真を早く渡してください。捨てはしませんから。早く、早く。」
「......あ、あぁ......分かった。」
少し震えながらも写真を差し出すと、カノはそれをひったくるかのように手に取ると自身の胸ポケットへと突っ込んだ。......そうだ、確かに俺も認識を間違えていたのかもしれない。カノに言われて改めて気付かされた。今俺の隣にいてくれるのは、他の誰でもないカノだけだ。そこには誰も挟まることはない。アリア、アデリン、アリーナ......確かに俺にとって大切な人たちだけど......今会えるような状況じゃない。頼れる状況でもない。頼れるのは、隣にいてくれるのはカノしかいないんだ。カノだけなんだ。
「カノ、俺が間違ってた。ごめん。」
「フフッ、そう、それでいいんです。それじゃあ、しこりもなくなったことですし、いざ進みましょう!」
「あぁ、そうだな。」
再びあの時のような陽気さを取りもどしたカノと一緒に、砂埃が舞う廃墟の間を進行していく。微かに見えた夜空の雲の隙間からは、燦燦と月明かりが射していた。
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