有終之美   作:全智一皆

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序章「無辺三身皆苦に非ず」

■  ■

 かつて、出雲という土地があった。

 かつて、高天原という世界があった。

 高天原は神の国。出雲は人の国だった。

 ある日、記録にも残されていない歴史の最中、高天原から八百万の神が降臨し、人々を害した。神の名を持つ獣は空を傾け、海川を燃やし、大地を崩壊させた。

 だが、人々は抗った。

 神と人。その力量の差など、泥雲に等しい。それでも、人々は諦めなかった。人類は絶望しなかった。

 犠牲なんて承知の上で、出雲は国を挙げて神を狩る事を決意した。その道を歩んで行く事を決めた。

 長い征討の旅。無数の犠牲を払って神を殺し、その神の(かばね)を用いて剣を鍛えた。

 人々は神々に抗う為に、折れた七万三三本の刀と多くを犠牲にして討った神の屍を用いて、「世守(よもり)の刀」十二振りを造った。

 

 一振り、「真」。都牟刈神(つむかりのかみ)を斬って鍛えられたその刀は、人々に真理を見せ、万象を分解して神跡を再構築した。

 

 二振り、「天」。天之常立尊(あめのとこだちのみこと)を斬って鍛えられたその刀は、高天を壁に変え、禍津の諸神の行く手を阻んだ。

 

 三振り、「鳴」。建御雷神(たけみかづちのかみ)を斬って鍛えたられたその刀は、雷空で空を裂き、星流の雷撃で天罰を下した。

 

 四振り、「嵐」。志那都彦(しなひつひこ)を斬って鍛えられたその刀は、風で大地を砕き、雲を走らせて雨を轟かせた。

 

 五振り、「霜」。天之冬衣(あめのふゆきぬ)を斬って鍛えられたその刀は、時を凍てつかせ、凍土を永遠のものとした。

 

 六振り、「命」。石長比売(いわながひめ)を斬って鍛えられたその刀は、不毛の墓から花を咲かせ、生と死を流転させた。

 

 七振り、「烈」。迦具土命(かぐつちのみこと)を斬って鍛えられたその刀は、業火で俗世を燃やし、天を燎原へと変えた。

 

 八振り、「覚」。八意思兼(やごころおもいかね)を斬って鍛えられたその刀は、水鏡で過去を映して未来を知り、永遠に虚実を見せないようにした。

 

 九振り、「礎」。大山津見(おおやまつみ)を斬って鍛えられたその刀は、列島を天辺に浮かび上がらせ、山や地面を突き崩した。

 

 十振り、「千」。大己貴命(おおあなむちのみこと)を斬って鍛えられたその刀は、人々を繋げ、無数の風を起伏させた。

 

 十一振り、「束」。久那止神(くなどかみ)を斬って鍛えられたその刀は、間違った道をことごとく籠に入れ、邪悪を一掃した。

 

 十二振り、「喰」。八十枉津(やそまがつ)を斬って鍛えられたその刀は、常世を朽ち果てさせ、神鬼の区別をなくした。

 

 彼らは戦った。戦って、戦って、戦って、その果てに終わりは訪れた。

 幽世は一掃され、戦いは終わり、世界を守った十二振りの刀がすべて折られた。

 ―――誰もが知っていた。既に世界は終わりに近付いているのだと。

 鍛えられた十二振りの刀の全てが、世界を守る為に造られた筈だった刀の全てが、世界を守り抜いていく間にも世界を破滅に近付けていた。酷い皮肉だ。

 勝利の代価は、この世の全て。しかし遂には、それら全てすらも底を尽きた。

 荒魂だげが騒ぎ、黒き太陽は明るく輝き、最後には世を負う二刀が鍛えられた。

 朽ち果てていく出雲は折れた十二振りの刀で、「世負いの刀」二振りを造った。

 「始」と「終」。人に始まり、鬼に終わる。

 出雲には何も残されてはいない。声は途絶え、花は枯れた。敗者は無に帰し、勝者はついぞ空へ至る。

 七万四七振りの中で、出雲を救えるのは一振りだけだった。

 けれど―――出雲を救う刀なぞ、ありはしなかった。

 

 勝者は独り。虚無の空を斬り捨てた。

 結果の背後に、何も残らなかった出雲にもう一人、剣士が居た事を知らぬまま。

 その男は一人で戦っていた。出雲が幽鬼に満ちる前から、ただ一人で一柱の神と死闘を繰り広げていた。

 人は神と戦い、勝利し、友となり、鬼と化した。

 人が神を討った。神も人を討った。友は共に斬られた。

 人は神が朽ちる事を望まなかった。神は人が墜ちる事を忌み嫌った。互いが、友を想っていた。

 一人は二人へ。二人が一人へ。神は人に溶け、人は人でなくなった。

 一振りの刀を握り、人で在りながら神の力を持つ男は宇宙を往く事を決意する。

 

 すべては、一つの虚無を斬る為に。




十三振り、「生」。素戔嗚尊(すさのおのみこと)が自らで鍛えたその刀は、万物を両断し、あらゆる生命を救う。ただ一つ、虚無を除いて。
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