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宇宙に名を残す天才が打ち上げた宇宙ステーション「ヘルタ」では、美しいバイオリンの音色、その幻聴が鳴り響いていた。
実際に、バイオリンが奏らている訳ではないのだろう。
だが、しかし。理由は不明だが、バイオリンの綺麗な音色がまるで本当に流れているかの様に、酷く鮮明に聞こえてくるのだ。
不快感は無い。寧ろ聞いていて心地が良いと、その宇宙ステーションの2階のソファに腰を下ろして眠り掛けている男は思っていた。
男の名前は、
今や滅びた星、今や潰えた大地―――出雲と呼ばれる土地の生まれであり、ある目的を果たす為に様々な星を転々としている、所謂
そんな彼は現在、とある列車が目的でこの宇宙ステーション「ヘルタ」まで訪れ、足を休めている最中だった。
彼が為そうとしている目的はあまりにも規模が大きく、彼一人の足では途方もない時間を経る事となる。
それ程までに大きく、しかし必ず達成しなければならない目的なのだ。彼にとって、その目的を果たす事こそが今の生きる指針でもある。
少しでもその目的を果たす為の効率を良くすべく、『星穹列車』と呼ばれる宇宙空間を航行する事が出来る列車に、自分も乗せてもらえないかを相談する為、彼はこの宇宙ステーションにやってきたのだ。
……のだが。
ドゴォォォォォォッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
突如として轟く爆発音に、眠りに入りつつあった村正も目を覚ました。
「……戦か」
空間が歪み、生物ではないであろう異形達が姿を現し、理性が無い様に暴れ回っているのを目視する。
反物質レギオン。
この世界に数多と存在する、人間には見る事の叶わない『運命』を歩み、神秘を行使する超越的存在―――『
その内の一体、宇宙の全ての生命を征服し、壊滅させる事を目的とする『壊滅』の運命を司る星神「ナヌーク」が率いる軍隊である。
彼らはただひたすらに壊滅という運命を歩んでいる。目に映るもの全てを悉く、ただ破壊し尽くすだけの存在だ。
村正としては、ここで大暴れされては些か困る。星穹列車が必ず必要という訳ではないのだが、しかしそれが無くなるのは困ってしまう。
何より、このまま放置しては無辜の民も犠牲となってしまう。何も知らぬ、何ら関係のない人々が無残にしんでいく様を見るなど―――
「―――斬る」
見過ごす事は出来ない。
助走も付けずに2階から飛び降りながら、親指で鍔を切り、鞘を走らせ刀身を抜いて一直線に壊滅の奴隷へと振り下ろす。
刃が肉体を斬り裂き、一体のレギオンを絶命へと導く。脆い、まるで豆腐の様にレギオンの体は撫で斬られ、そのまま消滅した。
驚く様に仰け反りながらも、しかしすぐに彼が敵である事を認識してレギオン達は、村正へと立ち向かった。
「無益な…」
斬る、斬る、斬る。ひたすらに、敵を斬り捨てる。
僅かな動作で攻撃を躱し、その隙を縫うように一撃で胴を分かつ。
レギオンの動きは俊敏だ。膂力も申し分ない。だが、ひたすらに技が足りなかった。
戦闘という幅広い行為の中に、必ずとして必要となるもの―――技術と呼ばれるそれが、レギオンには不足していた。
村正はあらゆる面において、レギオンよりも優れていた。
それもその筈。
村正は出雲の人間だ。高天原と呼ばれる神々が住まう世界から降臨する神々―――その内の一柱、
剣士としての技量も、戦士としての実力も―――何もかもが村正に劣っていた。
「荒れた
一閃。空間に直線の形をした歪みが生まれた瞬間、立ち塞がった敵の悉くが斬首されて斃れ伏す。
静寂が一帯を包み込み、ただ一人、村正だけがその場に立つ。
付いていない血を払う様にし、丁寧に鞘へと刀を納めて周囲を見渡していると―――背後から、小さな拍手が鳴り響いた。
「流石ね。反物質レギオンが、ものの数分で全滅だわ」
『やっほ、久しぶり』
「……星核ハンター」
蜘蛛の意匠が刻まれたコートを羽織った、蘇芳色の髪の女性―――カフカからの賞賛を流し、村正は呟く。
星核ハンター。文字通り、星核を
万界の癌―――ただ其処に有るだけで環境や生物だけでなく空間にすら深刻な汚染を及ぼす
エリオと呼ばれる、未来を視る事が出来る脚本家を筆頭として活動する彼らとは、村正も何度か相見えた事がある。
訪れた星でその日の暮らしの為、自らの剣技で以て雇われの護衛を務めていた村正は、そういう仕事柄、彼等の様な存在と関わる事が多かったのだ。
「久しぶりね、
「…俺は、エリオの脚本には載っていなかったのか?」
『一応あった。システム時間23時45分30秒、ステーションで
「重要な事なのか」
『分かんない。それ以上の事は何も書かれてないから』
「そうか…」
モニター越しから、彼の質問に答えた少女―――星核ハンターの一人「銀狼」の返答に、村正は考える素振りを見せて、すぐにそれを止めた。
「この騒動は、お前達の差し金か?」
納めた刀の鍔を抑えた親指を離しながら、感情が感じられない表情でカフカへと問う。
もし、彼女達がこの宇宙ステーションを落とすべく来たのならば、戦闘は避けられない。
彼としては、この宇宙ステーションを落とす、或いは破壊されては非常に困るのだから。此処で再び、剣を交える事となるだろう。
忌避はしない。嫌気もない。戦わなければならないのなら、そうするだけだ。それ以上も以下もない。
だが、どうやらそれは的外れだった様だ。カフカは、違うわと首を横に振って否定した。
「私達は目標を
「だが、死者を生む」
「そうならない為に、貴方が動いているんじゃない。私達はそこには関わってないわ。ただ目的地に向かって、目標を入れる。それでお終い」
「……」
「なら、こう言いましょう。
「…!」
それは、エリオの脚本に記された事なのだろうか。或いは、カフカ本人の予想なのか。
言葉に嘘はない。本気であり、本当の事を彼女は述べていた。
彼女達の目標、それと出会う事が―――己が果たす目的の近道となる。
村正は鍔から親指を離し、太刀を左手から右手へと持ち替えた。戦意はない、そういう証明だ。
「嘘は無いな」
「勿論。貴方とは戦いたくないもの」
「……であれば、それを信じよう。民に手を出さないのなら、好きに進むと良い」
『どーも。あ、またゲームしようね。次も負けないよ』
「俺に出来るものであれば……な」
そうして、星核ハンター達を見過ごした後―――村正は、再びソファに戻って眠りについたのだった。
それから、暫くして。
彼は、邂逅を果たす。