お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
アルレッキーノのさんの口調バカムズい。
「ーーー召使っ!?」
突如尋ねてきたファデュイの執行官に千織屋の中で緊張が走った。口ぶりから顔見知りらしいナヴィアや旅人でも少し身構えたのを確認して千織も気を引き締め直す。
「…そんなに構えなくても良い。少し話をしに来ただけだよ。…弟が世話になっていたようだしね」
「……つまり、追い出した千織屋に報復にでも来たってことかしら?」
「いや、私もクレイからなにも聞かされていない状態でね。情報交換をしないか?こちらも君たちが知らない情報を持っているのだが」
とりあえず目立つから入れてくれないか?と聞いてくるアルレッキーノを前に顔を見合わせた一同は、千織に視線を向けてくる。
「…わかったわ。そっちの家のリネとリネットもお得意様だし、どうぞ入って」
「ああ、感謝する」
千織が許したことで、身構えていた旅人は姿勢を楽にした。シャルロットはまさかの大物にあわあわしている。
「…う、ううう、こんな凄い人達の集まりに私が居てもいいのかな…?」
「むしろ、この中で一番マスメディアの世界に詳しいだろう?居てくれて助かるよ。そう固くならなくてもいい」
震えるシャルロットをフォローして微笑むアルレッキーノにまたあわあわし出したのは置いておいて、お互いに情報交換を始めた。
「…こ、ここまで話しちゃって今更だけど…、クレイの正体知って、後でなんかあったりしないよな…?口封じに消されるとか……?」
「クレイが許可を出したのなら良いとは思うよ。あまり広まると任務遂行に影響が出ると言うだけさ。……ナヴィア殿がいる時点で、クレイのだいたいの素性は知ったのだろう?」
「…ええ。驚いたけど、その片鱗はところどころで見せていたし納得したわ。……今から彼に会いに行くところよ。さっき聞いた時は黙られてしまったけど、今はもう私たちもアイツの素性を知っているわ。これなら話になると思う」
「そういえば、壁炉の家にはクレイは来てないの?」
「クレイは仕事の時以外でこちらにはあまり顔を出すことはない。……そうだな。私の方から提供する情報は、クレイの家に行ってからの方が良さそうだ」
顎に手を当ててそういったアルレッキーノは「案内するよ」と踵を返す。
「ちょっと待って。クレイの家なら午前に行ったわよ?」
「履歴書から住所を見たのだろう?あそこは偽造の家だよ」
何でもかんでも偽造かとため息を吐いた千織はアルレッキーノにビビってバックヤードに引っ込んでいたエローフェに留守番を頼むと彼女の後に続いた。旅人やナヴィア、シャルロットもそれに続く。
千織屋から見てフォンテーヌ邸を半周したところに彼の家はあった。アルレッキーノがドアノブをに手をかけると抵抗なく開く。
「か、鍵かかってないぞ!」
「おそらく、もうこの部屋を捨てた後だね。自分の素性が発覚した事での襲撃を恐れてのことだろう」
扉を押し開け中に入る。初めて見た彼の部屋の中は物が少なめで殺風景な印象を受けた。…………奥にある机を見るまでは。
「………これ……」
「全部、服?」
立ち止まった千織の視線を追って、それぞれ驚きの声をあげる。机の周りにたくさんの服が置かれていた。ジャンルや部位も様々で、果ては小物まである。千織がひとつを持ち上げて見てみると、千織屋でも売り物にできるレベルの出来だった。
「これ全部、クレイが作ったの…?」
机の横の本棚を見るとヨレヨレになった裁縫の本が何冊も出てきた。それぞれ付箋も貼ってあり、なにやら大きな紙が挟まっている。それを取ってみるとそこには「千織屋を支えるために」と彼の字で書かれていた。
「……っ」
目を通してみると、千織屋を支えるために、彼女の負担を抑えるためにクレイのやるべき事が分析されていた。そして「俺も服を作れるようになる」というところに二重丸で囲まれてある。
彼の裁縫の腕の上達が早いのは、覚えがいいのは才能だと思っていたし、少しだがユーサーの元で、なんてことも考えた事がある。……しかし、それは大きな間違いだったのだ。
影の誰も見ていないところで、クレイはとてつもない努力をしていた。それも全て千織屋、…千織の為だけを想って。
千織は胸がきゅうと締め付けられるような感覚を覚えた。確かに察しはいいし、自分や店を持ち上げてはくれるが、ここまで千織屋の事を大切にしてくれていたなんて。
「しかもこの布、高い奴じゃない…。練習で使うものじゃないわよ…バカ」
「…アクセサリーまである。こんなに作るの、すごい時間かかったんじゃない?」
「そういえば、前にクレイと布屋さんで会った事あったけど…全部練習に使ってたのね…」
千織に続いて、旅人とナヴィアも感嘆の声を漏らした。ふと、千織は机の横のゴミ箱に、くしゃくしゃに丸められた紙が入っていることに気がつく。丸められた端からから少し字が見えるそれを失礼を承知で拾い上げて広げてみる。
「お、男の人の部屋のゴミ箱漁るもんじゃないよ?」
「別に普通の硬い紙よ。…ナヴィア、何想像してるわけ?」
ちょっと頬を染めて注意してくるナヴィアにそう返しながら広げてみると、何やら文字か書いてあった。それを読んで固まる一同に予想が当たったとばかりにアルレッキーノは息を吐く。
「やはり、本質はコレのようだね」
「な、なに…これ」
手紙には、5日間のうちに千織屋が襲撃されるという旨の内容の手紙と「止めてみろ、白影」と挑発的な文が書かれてある。
「千織屋、襲撃されてたのか?…でも、店はいつも通りだったぞ!?」
「……5日間、というのは恐らくファッションウィークを意識したものだろう。だとすると、期日は昨夜までだ」
「そして今朝、千織屋のデマが新聞で流れ始めたってことは……」
「しかも、今日まで千織屋に傷1つ付いていないのよね、……じゃあ全部、クレイさんが…!」
真実を知って目を見開いている千織に、アルレッキーノが語りかける。
「これが、私から提供する情報のひとつと関係する。この5日間、毎朝警察隊の駐屯地に裏社会で悪事を働き指名手配中の組織の者や傭兵、宝盗団や盗賊に至るまで、たくさんの悪人が気絶して縛られた状態で置いていかれてあった。そして、その者たちは全員『白影にやられた』と供述している」
「…っ」
「特巡隊隊長が話せないのも無理はないよ。連日白影にやられた犯人たちが届けられて来る、となればなにかの作戦中だと判断してもおかしくは無い」
「……クレイは、この5日間、ずっと、千織屋を守ってくれていたのね」
「ああ、恐らく彼は5日間一睡もしていないはずだ」
「そ、そんなことしたら倒れちゃうぞ!?」
食べて寝ることを心情にしているパイモンが5、日間不眠に震え上がる。事実、昼間にファッションウィークの仕事をこなしながら夜は千織屋の警備と戦闘。何せいつ襲撃に来るかわからない状態だ。油断する隙もないだろう。そこにシャルロットが手を挙げる。
「で、でも、大抵襲撃は夜でしょう?それまで寝るとか、出来なかったの?」
そんな彼女の問いに頷く者もいたが、アルレッキーノが「いい質問だが」と返す。
「逆に聞くよ。…今まで正体を隠していたが、顔や勤務先、家が全てバレた状態の暗殺者が、寝て隙を晒すなんてことをすると思うかい?それも、自分がやられれば大切なところが無くなるという状態で」
「……」
クレイは自分たちに悟られないように戦っていた。そりゃあ昨日はほとんど仕事が出来ないはずだ。無理もない。
「…恐らく、常に尾行されている可能性を考えながら過ごしていたのだろうな。…この5日間で、クレイは他の者と過度に接触はしなかったはずだ」
「確かに、綺良々が来た日から私に事務的なこと以外で話しかけてこなくなっていたわね」
最初はただ集中しているだけかと思っていたけど、あれも全て千織達を思ってのことだった。
そう考えれば考えるほど、わからないことがある。気付けば、千織の口からそれがぽつりと零れていた。
「……それなら、なんで話してくれなかったのよ。……だって、アイツ、全然悪くないじゃない。…むしろ、私たちのために戦ってくれてたのに…」
「…千織」
「千織殿」
アルレッキーノに声を掛けられ、顔を上げる。
「…彼が、クレイが私のところにエージェントを辞めると言ってきた時、安堵したのを覚えている」
「……安堵?」
「ああ。成り行きからああいう職に就いてしまったが、クレイには本当は自由に暮らして欲しかったんだよ。…だから、初恋だと知ってとても驚いたものだ」
その言葉に唯一知らなかったシャルロットが頬を染めて声を上げそうになるが、間一髪パイモンに口を塞がれた。
「……だから、貴方には話せなかったのではないか?大切な人にほど、迷惑はかけなくないと思うものだ」
「……そう、なのかしら」
「大方、襲撃や妨害のことは全て、自分のせいだと思ったのだろう。あの子は責任感が人一倍強いからね」
「……そう。………はぁ…ふふ、私とそこも同じなのね」
アルレッキーノの話を聞いて、千織の中で決心がついたようだ。手紙を再度丸めてゴミ箱に叩き込むと。アルレッキーノにお礼を言ってみんなの前に立つ。
「千織、どうするの?」
「……当然、連れ戻すわ。私が優秀な人材を。……千織屋をここまで思ってくれる人を手放すわけないでしょ?」
ナヴィアの問いかけにいつもの憮然とした顔で返す千織。
「……それに、まだアイツと本心で話をしてない。…私らしくないわよね。だから、勝手に店を背負った気でいるアイツに、誰が千織屋の店主か直接言って教えてやるのよ。………お願い、協力してくれないかしら?」
千織は腰を追って一同に深く頭を下げた。彼女たちの返答は当然一つだ。
『任せて!』
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「…えと、なんすかこれ」
「おはようクレイ。よく眠れたかい?…ほら、よく焼けているから沢山食べるといい」
「いや、あの、アルレッキーノさん?今日、なんかお祝いの日でしたっけ」
千織屋を出て部屋の必要な荷物だけ持って壁炉の家に来た俺は、その日の夜まで爆睡をこいた。快く部屋を貸してくれた家の子供達にお礼を言おうと部屋を出ようとしたんだけど、部屋に入るなり焼いた肉や野菜が乗った皿を自分の姉から差し出された。俺は困惑する。
外を見ると庭で子供たちがバーベーキューをしていた。
「…君の退院祝いと映影祭のフリーナ賞祝いをしていなかったからね。……具合はどうだ?」
「……正直、意外と平気です」
と、嘘をついてみる。好きな人に失望した目を向けられて、居場所がひとつ無くなったんだ。今回は任務とかじゃなくて肩入れしてたからよりダメージも大きい。
「……クレイ、姉に嘘をつくものじゃないよ」
「……げ、バレてんの」
隣に立ったアルレッキーノさんに頭にぽんと手を置かれて少し驚いた。
「これからどうするんだ?」
「とりあえず、また戻るよ。もう顔バレてるから表は歩けなくなるけど」
「……そうか。……未練は無いのか?」
「めちゃくちゃあるよ。叶うなら、まだ千織屋で働きたい。……でも、俺がいると、みんなの……千織さんに迷惑がかかる」
クレイは皿を部屋の机に置くと窓からはしゃぐ子供たちを見た。それを取りまとめるリネや、黙々と肉を食べるリネット、あわあわしてるフレミネを見ながら項垂れる。
「……そうかい?」
「ああ。……だから、まぁ、いい夢だったよ。この3ヶ月。俺の人生で一番と言って良いくらい充実してた」
「私としては、クレイに技を仕込んだのを、今少しだけ後悔しているよ」
「…え?」
項垂れていた頭を上げると……ペルヴィ姉がクロスの入った瞳で静かにこちらを見てくる。
「そうでなければ、クレイはもっと普通の人生を歩んでいたのかなってね」
「それは、ないよ。この体とこの目で怪しまれ無いなんて事はなかったからさ。本当に感謝してる。……ねぇ、今来てる仕事ってない?」
「一応、戻るのを止めてるつもりだったのだけどね」
「ペルヴィ姉から貰ったこの力。余らせて置くのは嫌なんだよ」
ペルヴィ姉は「そう言うと思ったよ」と懐から依頼書を出して渡してくる。その内容を見た俺は目を見開いた。
「……どうだろうか?なかなか君にピッタリな依頼だろう?」
「……ほんとに、敵わないな」
俺は、「ユーサーの工房の不正調査」と書かれた依頼書を力いっぱい握りしめた。