お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
静まり返った工房のロビーに、肩に重りを乗せられたような重圧感が降り注ぐ。
「…クレイ」
ーー落ちたはずの試着室から出てきたのは千織の店員、クレイ・ウィンドルだった。…だが、彼の纏っている雰囲気は千織の知っているそれと全く違う。
「…ぅ、……ぐ…」
「…ァ……ァァ…」
よく見るとクレイは右手の指に挟むようにして2本の片刃の剣を持ち、もう片方の手で人間ふたり分の襟首を掴んでそれを引きずりながら歩いてくる。虫の息と言ってもいい様子の2人の男は血だらけで、千織は後ろでパイモンが息を飲む音が聞こえた。
「く、来るなっ!」
「あっ!」
ゆっくり迫る威圧感の恐怖にユーサーが止めるまもなく銃を発砲した。
ーーーしかし、飛んで行った弾はクレイの手前で不自然に停止する。よく見ると紅い渦のようなものが彼の体に絡みついていて、銃弾を止めるという前代未聞の展開に皆が目を見開く中、空中で静止した弾が来た時より遥かに超える速度で来た道を逆戻りした。
「ひ、ヒィっ!」
帰ってきた弾はユーサーの頬を掠め、家具も巻き込み奥の壁を跡形もなく吹き飛ばす。これを顔に食らっていたら、と恐怖で尻もちを着くユーサーに、クレイは手に持った男を投げ捨てた。
「……ったく。面倒なことしやがって」
数日ぶりに聞いた彼の声、しかし喋り方も、それに雰囲気も千織の知るものとはかけ離れていた。
「き、貴様っ!なぜ生きているっ!言われた通り工房内の空気を薄くしておいたのに!コイツは2人かがりでもダメだったのか!?」
「…あぁ、なんてことしてくれんだよ。隔壁も閉めやがって。酸欠でマジで死ぬとこだったぞ」
紅いクロスの入った黒い瞳を煌めかせて言うクレイに、千織は言葉に詰まる。…が、直ぐに声を上げた。
「クレイ!」
「………」
一応、反応はあった。ただ、こちらを静かに一瞥したクレイはユーサーに向けた視線と大して変わらない、冷めた目で千織を見てくる。
「……やっぱり、アルレッキーノさんの差し金か」
「そ、そうだぞ!あいつから今日お前がここに来るって聞いて話に来たんだ!」
「……クレイ、もう一度私と話をして。今度は貴方と正面から話をつけたいのよ」
千織にまで真っ直ぐに目を見られ、クロスの瞳が少しだけ揺らいだ。…そして彼の双剣に風が集まる。
「……姉さんが仕向けたってことはなんかあるか。
……ならひとまずここから出ましょう。時間は押してますよね」
「なっ、行かせるか!」
再度、後ろから発砲音。鉛玉は真っ直ぐに千織に向かって飛んで行く。防ごうと刀を抜こうとした千織を追い越すように、クレイが瞬間移動と見紛う速度で移動した。
直後、刀を抜いた千織の両脇を両断された弾が通り過ぎる。それと同時に、場を一陣の風が吹き荒れ、千織達を取り囲んでいた警備ロボットが全機、動力部を斬り飛ばされ壁に猛烈な勢いで叩きつけられた。突然全ての警備ロボは大破し、あまりの速度と威力に旅人も目を見開いている。
「く、クソォ!!」
ユーサーの方に振り返ったクレイに銃を撃つが風で防がれて銃を弾き飛ばされた。そしてそのまま無様に投げられる。床に転がったユーサーは千織たちの前に倒れ込んだ。
「…後始末は自分で?」
「…いや、いいわ」
気遣いのつもりか提案してくるクレイに首を横に振ると、紅い風がユーサーの関節にまとわりつき、自由を奪う。
これでひとまず敵は片付いた。はぁと息を吐く旅人とパイモンをよそに千織は静かに佇むクレイに近付く。
「……クレイ」
「……時間、いいんですか?」
「…っ」
時計を見ると開始まで30分ほど。今から戻れば間に合うが、クレイと話をしている時間は無さそうだ。
しかし、せっかく会えたのだ。歯噛みする千織にクレイが声をかけようとしたところで。
『侵入者を特定しました!駆逐モードを最大稼働します』
またもや響いたアラートに千織が顔を上げる。聞こえた笑い声の方を見るとユーサーがポケットにでも入れていたらしいスイッチを入れてニヤリと笑う。
直後、工房の出口が閉まった。
「あっ!出口が!」
「くっ、やってくれたわね」
一応、クレイは彼の体をサーチしようとしてたのだが、千織に話し掛けられた隙にやられてしまった。奥から夥しい数の警備ロボがやってくる。
「…本当にそのモラ服に使えよ」
出口を塞いでいる扉は倉庫と同じもので千織と旅人の攻撃ではビクともしない。となれば、出来るだけ早くこのロボット達を倒すしかないと武器を抜いた2人をクレイが手で制した。
「な、なにを…」
「3人は先に行ってください。ここは俺が」
「…で、でも扉が…」
『…命の契約を』
すると、クレイの纏う紅い風が吹き荒れた。それが彼の双剣に集中していく。
「……2人とも攻撃準備を。扉を壊します。……シッ!」
短い裂帛の気合いと共に紅い風が螺旋状に突き出された。地面を削りながら直進した横向きの竜巻は、出口の扉に食らいつく。
「…くっ!」
室内での急激な空気の動きに中の気体が掻き乱された。吹き飛ばないように踏ん張り、扉を見ると半壊し、ヒビが入っている。これなら突破できそうだ。
「…クレイっ!」
攻撃を叩き込み扉を破壊。そこからでる千織は振り返って彼の名前を呼んだ。20を超える量の警備ロボを正面に据えながら、首だけ振り返って目線をくれる、
「……最後に、少し役に立てて良かったです。…これからも陰ながら応援してます」
彼のその言葉と、ようやく見せてくれた笑顔に千織の胸が締め付けられた。少し所ではない。彼がいなければ店が無くなっていたことだって有り得た。ファッションウィークの準備すら出来なかったかもしれないのだ。
千織はクレイの言葉を否定した。
「ダメよ!そういうことは全部終わって、一件落着してから言いなさい!……後で必ず来て。ファッションショーが終わったあと、店で待ってるから…!」
千織の言葉に、クレイの目が見開かれる。
「…すっぽかしたらどうなるんです?」
「…君の姉のところに直談判しに行くわ」
「それもバレてんのかよ…姉さんめ。……わかりました。…後で必ず」
「…うん」
「い、行かせるか!」
ユーサーがスイッチを押すと、2枚目の扉が閉まり始めた。それを外に転がるようにして出た千織は、再度閉ざされたユーサーの工房をじっと見る。そこに先に出ていた旅人とパイモンが駆け寄ってくる。
「千織!」
「クレイとは話せたの?」
「…うん、少しね。……今はファッションショーが先よ。行きましょ!」
2人と顔を見合わせて頷き合うと、外に出るために走り出した。
『ーー時代が代わり世界が変わっても「千織」は変わらない。
相手が誰だろうと、どんな壁に阻まれても「千織」は屈しない。
ーー例え時代が相手でも。「千織」はファッションの先端を駆け続ける。……最後にお忘れなきよう。
ーーでは、夢を追う全ての友人へ。ファッションウィークをどうぞお楽しみ下さい』
そう言い、千織の衣装を着た友人達と共に頭を下げると、会場は歓声に包まれた。
ひとまず、ショーで結果は残せた。あとはクレイだけだ。
顔を上げた千織は、ステージの上から彼を探した。
ステージから降り、辺りを見回すがそれでも居ない。もしかしたらあのまま…と不吉な考えが脳裏を過ぎるが、頭を振って振り払う。
そこに、衣装を着替えて元の姿に戻った協力者のリネとリネット、ナヴィアに綺良々がやってきた。
「お疲れ様。みんな、ありがとうね」
「ううん、わたしは楽しかったよ?…ナヴィアさんと一緒に落ちた時は心臓が止まるかと思ったけど…」
「あははっ、でも凄い注目を浴びてたよ?」
「千織さんの服、これ本当に頂いてもいいんですか?」
「いいわよ。売り物にするにはちょっと派手だしね」
「ん、大切にする」
衣装が余程気に入っていたのか、ぎゅっと胸に抱きしめて離さないリネットに笑顔を向けた千織は、尚も辺りを見回してクレイを探しているようだった。
「千織、あたし達は打ち上げの準備してくるから、あんたは行ってきなって」
「うん、連れ戻しに行ってきて」
「クレイさんをよろしくお願いしますね」
ナヴィアに引き続き、旅人とエローフェにまで言われる。後ろを見ると他の面々も頷きを返してくれた。
「……ええ。レストランの予約、ひとり増やしといてね」
千織はここまで協力してくれた大切な友人達へお礼を言うと、千織屋に向かって駆け出した。
少し走って千織屋に着いた。恐らく先に来ているのだろう。店の照明がついていた。
千織は深呼吸をして、扉を空けた。
「…先に来てたの?早いわね」
「10分前行動は社会の基本ですよ」
紅いクロスが入った瞳を千織の方に向けてそう言うクレイの身体には怪我らしいものは無かった。安堵の息を吐いた千織はとりあえず彼に近づく。彼は千織から目線を外すと、すっからかんになった店内を見渡した。
「……やっぱり、店内の既製品を転用したんですね」
「…メーカーからも発注止められちゃったからね。お陰で準備に3日もかかっちゃったわ……さて、…クレイ。話したいことがあるの」
「奇遇ですね。俺もです」
千織は、身体の正面を彼に向けると、腰を折った。深々と頭を下げるとずっと言いたかったことを口にする。
「…あの時はごめんなさい。…貴方にいらない疑いをかけてしまったわ。……あの時、私は貴方にすぐに事実確認をするべきだった。あんな尋問のような真似は不要だった……貴方を追い詰めるようなことをして、本当に…ごめんなさい」
「……」
千織は誠心誠意、謝罪をした。ここまで謝ったことは人生にないんじゃないかと言うくらいには頭を深く下げる。
千織は彼の言葉を待った。………が、いつまで待っても返答が帰ってこない。
「……クレイ?」
顔を上げた千織。下から上に映り込んでいく視界の動きの中の、かなり早い段階で彼を見つけた。
つまり、クレイは低い体勢ということで。
「……なに、してんの?」
「……誠心誠意を見せてます」
千織は、自分の前に膝を着いて座り、地面に額を擦り付ける稲妻発祥の最も深い謝罪姿勢…土下座を敢行しているクレイに目が点になった。
「……え、ええ?なんで貴方が謝る必要があるのよ」
「そりゃもう、今回の件は全部俺のせいだからです。俺が素性を隠してなければ、……俺が千織屋に入ってなければ、こんなことにならなかったはずですから」
「……とりあえず顔を上げて。貴方は悪くないの。悪いのは店を潰そうとしたユーサー達よ」
「……それを言うなら千織さんだって悪くないです。千織さんの立場を考えれば、あの質問が妥当です。…だから俺が全部悪いんです。……申し訳ありませんでした」
「…っ!、貴方っ!」
それでも自虐と謝罪を辞めないクレイに、千織の我慢が限界を迎えた。彼女の張り上げた声にクレイの肩が震える。千織は彼の頭を無理やり上げさせると、両頬をパチンっと手で挟んだ。そのまま自分の顔の前まで持って来る。
「貴方はもっと、周りを頼りなさいっ!」
「…ぇ?」
「召使から聞いたわ。ずっと、千織屋を守ってたんでしょう?ずっと寝てなかったんでしょ?……ずっと、店の為に裁縫の練習をしてたんじゃない!……それで全部自分か悪いんだって謝られたら……私たちが、辛いのよ…」
「…千織…さん」
「だから、謝る前に私の言葉を聞いて。
ーーーありがとう。店を、私の大切な場所を守ってくれて。…本当に、ありがとうね」
「…ッ」
紅いクロスが入った目が最大限まで見開かれた。
「……でも、千織屋が襲われたのは、俺の正体が敵にバレたからで…」
「貴方はフォンテーヌを守ってたんでしょ?それこそ私に相談しなさいよ。自分の店に降りかかる災難くらい、自分の手で払わせて」
「……でも、俺、千織さんに正体を隠してたし…」
「そりゃ隠すでしょ。エージェントなんで仕事、バレる訳にはいかないもの」
「…でもっ、俺は…」
「まだあるの?それも全部、私が否定してあげる。貴方は悪くない。……強いて言うなら私に相談しなかったことよ。それならすれ違うことも無かったんだから」
「……許してくれるんですか?」
「ああもう、普段はあんなに物分りいいのに、なかなか面倒くさいわね」
千織はゆっくり頬に当てた手を離す。クレイの顔は今まで見た事ないくらいに弱々しい。そんな彼に腰に手を当てた千織は連絡事項を言い渡した。
「いい?私は貴方がしたことを全て、全部許すわ。よしっ、この話はこれでおしまいね。……今日から店は2日くらい休みになるから、それまでにしっかり身体を休ませてちょうだい」
「…え、ん?はい?えっ?」
「…ん、何?もう1日休み欲しいの?」
「いやいやいやいや、え、俺クビになりましたよね?」
さっきまでのシリアスはどこへやら。目をパチパチさせているクレイに、笑みを浮かべた千織。
「やっぱり気づいてなかった。君に渡した解雇届、私のサイン入ってないわよ?」
「え、まじすか!?」
「だから、貴方をそもそもクビにする気は無かったの。……でも、そんなことをする前にちゃんと聞くべきだったわね」
「…いや、いいんです謝らなくて。ありがとうございます。……え、じゃあ俺、まだ千織屋の人なんですか?」
「そうよ。だから勝手にエージェントに戻らないでよね」
まだ千織屋で働ける。そう考えたクレイの瞳が揺れる。
「…で、でも俺…」
「なにを言い出すのか予想ついてるけど、もう、私はあなたを逃がさないから」
「へ」
千織はクレイの腕を掴む。正面から顔を見あげて、本心を言い放った。
固まるクレイに構わず口を動かす。
「…家に置かれていた貴方が作った服を見たわ。よく出来てた。一からあそこまでの腕になるのはかなりかかったはずよ。私の店の為にそこまで頑張ってくれる人を手放したくはないでしょ?」
「…い、いいんですか…?俺が働いても」
「いいのよ。店主がいいって言ってるんだから」
千織はもう一度クレイに手を差し伸べながら、頭を下げた。
「……クレイ、千織屋でもう一度…働いてみないかしら?」
「……喜んで」
千織の手を取ったクレイが見せた笑顔は初めて見るものだった。
「これからも、よろしくお願いします」
「…うん」
「…千織さん」
「なに?」
「大好きです」
「っ」
いつも言われている、聞きなれた言葉。…そのはずだった。
前までだったら「はいはい」とか言って流していたであろうそのセリフは、この数日間で見てきたクレイの千織屋に対する愛と、千織への想いと共に千織の胸に突き刺さった。
「…ぁ、……」
思わず一歩下がってしまう。顔を見られないようにくるりと後ろを向いた。
「…ん、千織さん?」
「…ふ、復帰早々気が早いわね?」
「それが取り柄ですから」
久しぶりのやり取りで舞い上がっていたクレイは千織の変化に気が付かなかった。
「ほら、ナヴィアが貴方の分までレストラン予約してくれたわよ。行ってきなさい」
「わ、わかりました。千織さんはどうするんですか?」
「ちゃんと後から行くから。今ちょっと賞を撮った余韻に浸らせて」
「え、一緒に行きましょうよ」と言うクレイの背中を押して外に出し、後ろ手で扉を閉める。
「……う、……うそ」
頬に手を当ててみると、熱が出てるんじゃないかというくらい熱い。千織はそのまま扉にもたれ掛かるとずるずると座り込んだ。
心臓の音がうるさい。その奥で、自分の手をとって笑った彼の顔や、家に残された努力の跡。5日間も店を守ってくれていた事実がどんどん溢れて止まらなくなる。
千織は店内の鏡で自分の顔を見た。
「…な、なによ……これ…?」
鏡に写っていたその顔は、まるで恋に落ちた様に。………真っ赤に染まっていた。
やっと始まった……!糖分の宴が……!