お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
さてさて、私が1番得意な展開にとうとうなりましたね。ほら、砂糖を吐くんだよォ!
地下工房での戦いから数日後。千織屋に戻った俺はいつものように仕事をしていた。
ユーサーや俺を狙っていた裏組織の元幹部達は当然逮捕。スチームバード新聞から出された千織屋の記事によってデマの噂も払拭され、いつもの日常が戻ってきたと言ってもいい。
……ひとつだけを除いて。
「……どこまで進んだの?」
「…っ、今はここまでですね」
「さすが、速いわね」
「ありがとうございます」
後ろから聞こえる綺麗すぎるお声。ふわっといい匂いが鼻に通り、俺の肩に彼女の髪が少しかかる。
「クレイの家で見たけど、裁縫技術は独学なの?」
「ど、独学なところもあるんですけど、大体は千織さんの作業を見て真似させてもらってます」
「あー、だからやたらと聞いてきたのね」
そう言いくすりと笑う千織さん。思わず横を見ると、目の前に千織さんのご尊顔があった。
え、近くない?
これがココ最近千織さんに思うことだった。
今までこうやって作業の進捗を見るに来ることはあったけど、その時は机の反対側に周り込んで聞いてくることがほとんど。でもここ数日はなんか、やたら俺の肩越しに覗いてくるというか、今みたいに千織さんの髪が肩にかかって本当にヤバイです。なんかめっちゃいい匂いするし。
「そういえば、布を切るのも上手だったけどあれもエージェントの?」
「あ、はい。殺し屋時代のアレな理由なんですけど、ターゲット着てる服や仕込んでるプロテクターに配慮して斬らなきゃいけなかったので」
「なるほどね。……君、前から自分の前の職のこと『殺し屋』って言ってるけど、どうしてそんな悪い印象を与えるような言い方をするわけ?」
何故か机の横に椅子を持ってきて座った千織さんに聞かれたことに、俺は目を泳がせる。
「……殺したって事から目を逸らさない為ですよ。いくら悪人でも人殺しなのは変わらないので。エージェントなんてかっこいい呼び方で呼ばれるのはなんかなぁと」
「…でも、貴方はフォンテーヌを守ってたんでしょ?そう自分を下げることはないわ。……それに、前にも言ったわよね?」
「あ、そうでしたね。千織さんに嫌われないように気をつけます」
そう彼女の目を見て微笑むと、何故か彼女はぷいっとそっぽを向いた。
「……そう。せいぜい励む事ね」
「悪の王様みたいな言い方ですね!?」
千織さんはそのまま顔をこちらに向けずに椅子を立ち、向こうへ行ってしまった。そこに俺たちのやり取りを見ていたエローフェさんが近寄ってきて、ポンと肩に手を置いてくる。
「…クレイさん」
「なんですか?」
「……ナイスです」
「何が!?」
最近エローフェさん、めちゃくちゃコーヒー飲んでるんだよな。好きなんだろうか。謎にうんうん頷いて腕組んでるところ見るし…自分の服の出来栄えに満足してるのかな?
千織はクレイのところから逃げるようにして離れた。棚で彼からは見えなくなったところで胸に手を当ててみる。彼が復帰してから幾度となくやっているこの動作に、毎回トクトクと早まった鼓動が回答してくれていた。
「……ほんと、私…どうしちゃったのよ…?」
ここ最近、千織は変になってしまった。何故か落ち着かないし、仕事にもイマイチ気が乗らない。今やっているのは売る商品の作成で店は開けていないのがとりあえずの救いだった。
ただやたらとあの、男性店員を気にしてしまう。服を作れる腕はもうエローフェと同レベルで商品の作成なら任せてしまっているほどだ。オーダメイドの時も補佐につけようと思っている。
そんな彼の事を千織は謎にずっと考えてしまうし、店ではずっと見てしまう。
何故かはわからないが、きっかけは思い出せる。
『大好きです』
クレイが息をするように千織に告白、求婚するのはもう周知の事実だ。だからもうそのセリフを言われてもなんとも思っていなかったのだ。……ファッションウィークの一連の騒動の前は。
あの時、千織はクレイの事を詳しく知ることが出来た。そして彼の原動力にあったのは、千織への想い……ただひとつだった。
千織がおかしくなったのはそこからだ。こうして1人で考えている内にまた気になって棚からチラリと顔を出して彼を見る。椅子に座り裁縫をしているクレイの顔は真剣そのもので、真摯に服と向き合っていることが見て取れた。集中しているのかその手は止まらずに動き続け、スボンのポケットを着々と縫い付けている。
(あの手の動き、かなり練習したのね。……ひとりでずっと。私の店のことを考えながら…)
またコレだ。胸がきゅーっと締め付けられる、この感覚。苦しいけど苦しくない、この不思議な感触は千織には初体験のものだった。
気付けばまた見つめてしまった。棚に戻る胸を抑えて深呼吸。心拍が元に戻るのを待つと、クレイに呼びかけた。
「クレイ、布がなくなりそうだから買い出しいかない?」
「あ、はい。行ってきま……ん?行かない?」
「…め、珍しいですね」
「…何よ。たまには自分で見に行く必要はあるでしょ?クレイが来る前は私が行ってたんだから」
「へぇ〜」
何がどうなってるかわからないけど、俺は今、千織さんの買い出しに通りを歩いている。
こういう買い出し系は今まで俺がやってたから千織さんと行くのは初めて。…つかこの人が行くなら俺要らなかったんじゃ…まぁどこへでもついて行くけどさ。
そんなことを考えながら千織さんの少し後ろを歩いていたところで。彼女が振り向いた。
「…ねぇ、ちょっと」
「ん、なんですか?」
「なんでそんなに後ろ歩くのよ」
「……あぁ、すみませんもう少し離れて歩きますね」
「それだとストーカーにしか見えないわよ…。そうじゃなくて、なんで横を歩かないの?って聞いたんだけど」
「え、いや。貴方、上司。俺、部下」
「そんな上下関係、千織屋にはないわよ」
そう言い、俺の横に並び直す千織さん。その顔はいつものスンっとした顔だけど…どこか不満げに見える。
なんだろう。顔がいつも通りだから謎言動が余計意味わからん。千織さんの考えることは大抵読める俺だけど、今回ばかりは本当に検討もつかなかった。
まさか、この前の一件で俺に惚れて?それで俺の顔が見たいから横に歩きたいとか?
…………ハッ、ないな。あの千織さんがデレるところとか想像できないわ。
お店で布や糸を買っている時も千織さんの視線が俺に向いたままだった。今は並んで歩いているので視線は貰わないけど…俺なんか顔についてる?
視線と言えば、瞳の偽造をしなくなったので通行人に結構見られる。やっぱこの瞳珍しいよな。俺も姉さんしか見た事ないし。
「…千織さん、やっぱりこの目気になります?」
「…え?…まぁ確かに珍しいわね」
「ん?だからさっきからチラチラ見てたんじゃないんですか?」
「…なんの事かしら?」
千織さん微かに目を開くとなんでもなさそうに言うが、エージェントを舐めない方がいい。少し動揺したな?
「…エージェントは視線と雰囲気に敏感なものですから。何か気になることがあったらなんでもお申し付けくださいね」
「…はぁ、厄介な奴を雇っちゃったわね」
「なら追い出します?」
俺としてはいつもの冗談のつもりだった。「まぁ裁縫の腕だけは認めてるし、今更追い出したりなんかしないわよ」的な返答を期待してたんだけど。
「…ねぇ」
「…はい?」
ピタリと立ち止まった千織さんを見ると、彼女の眉がつり上がっていた。迷惑な客が来ても無表情のまま投げ出す千織さん的に、本気で怒っている証拠だ。
「……それ、今後二度と言わないで」
「…っ、一応冗談だったんですけど」
「冗談でもよ」
千織さんはそう吐き捨てると、俺の前を歩き始めた。やばい、なんか怒らせてしまった。と思うと同時にちょっと胸が暖かくなった。彼女の後を追おうとしたところで、千織さんが首だけ振り返る。
「…クレイ、これからは私に隠し事はナシだからね」
「……ちなみにどこまでの隠し事ですか?」
「全部よ全部。……ところで、本当に怪我はなかったんでしょうね?」
「……なかったですよ?」
「………」
「すみません嘘です」
千織さんのじとーっとした目にたまらず白状した。不機嫌そうだった彼女は怪我をしていたと言った俺に表情を変える。
「怪我してたの?どこ?」
「…背中に3箇所ほど…ま、まぁもうすぐ治るんで?そんなに心配かけるほどでは」
「詳細も話せない程言い難いのね?」
「くっそバレてる…!」
い、言いたくねぇ…。言ったら絶対心配かけるだろうし。前を見るともう千織屋の近くまで戻ってきたので、店に逃げようとしたのをあえなく捕まる。
「ちょっと見せてもらうから」
「…はい」
「…で、傷の具合はどうなの?」
「順調に治ってますよ。もう塞がってますし」
なんなんだろうかこの状況。千織屋に帰ってくるなり裏に連れ込まれ、椅子に座らされる。前までだったら小躍りするくらい嬉しいシチュエーションだが、開けなくていい蓋を開けられそうでちょっとだけ憂鬱だ。
でもまぁ、ここで断るのもアレだし、見せてしまおう。そしてその状況に興奮できるようになろう。そしたら全部ご褒美になるね(変態)。
俺は黙って後ろを向くと、服を捲りあげて胴体に巻いた包帯を見せた。
「……このキズ、何があったのよ」
「五徹目して戦ってる最中に疲労と眠気と体調不良でちょっと意識飛んで、その隙を突かれて矢を三本一気に喰らいました」
「…っ」
「…だから言いたくなかったんですよ」
あえて伏せずに言った傷の状況に千織さんの息を飲む音が聞こえる。
「……そうだったの」
「…先に言っときますけど、千織さんは謝らないでください。俺が相談もせずにやったことなので」
「……」
黙りこくる彼女が心配になって振り向こうとすると、背中にペタりと手を当てられた。そのまま撫でられる。
「…もう、痛くないの?」
「はい。ほとんど治りかけなので大丈夫ですよ。千織さんの手がちょっと擽ったいくらいです」
「……そう、よかった」
え、なんなの?今日の千織さんどうしちゃったの?めちゃくちゃ可愛いんですけど。めっちゃ顔見たいんですけど。
「…傷はこれだけ?」
「…………っ、隠し事はナシですもんね。……後はコレくらいですね」
「…そういえばこの前から手袋してるけど…手にも怪我したの?」
俺は千織さんの問いに答えず、黒い手袋を取った。すると中から手袋と変わらない色の地肌が見える。
「…な、なに…これ」
「俺の一族に伝わる能力を使うと体の末端が黒く染まっちゃうんですよ。アルレッキーノさんも同じ手をしてます」
俺は神の目無しで元素が出せる、この身にある能力を使ったおかげで手首までが真っ黒に染まっていた。爪まで真っ黒になったので遠目だと手袋してるように見えるからあんまり目立ってないけど。
肌の質感や感覚はいつも通りで色だけ変わる不気味な現象。俺はこの侵食が姉さんよりも遥かに早く、1度使っただけで足先から膝下まで、そして2度目の今回で手首が黒くなった。だから使用を禁止されていたのだ。
「……これ、使う度にどんどん黒いところが広がりそうだけど…全身が染まったらどうするの?」
「まぁ、多分死ぬんじゃないですかね」
俺があっけらかんと言った言葉に、千織さんは机の上に置いた俺の手をじっと見つめた。
「ちょっと見せてもらってもいいかしら」
「どうぞ」
千織さんはなんと、いつも着けている肘近くまである黒い手袋を外した。多分初めて見る生の千織さんの手。ちょっと言い方キモイか?
千織さんの白いたおやかな指が俺の黒い手を包み込んで白と黒のコントラストががが。
「…肌の手触りとかは普通なのね」
「そ、そうなんですかっ?俺はわかりませんけど…」
「私の手と比べてどう?」
「すべすべしてて柔らかいです」
「…誰が私の手の感想言えって言ったのよ」
前は嫌そうに言ってたこのセリフなんだけど、今の千織さんはなんだか楽しげだ。え、かわい。
「……こんな手になったのも、千織屋を守るため?」
「……」
「ね、答えて」
いや、違うんですよ千織さん。恥ずかしくてそっぽ向いてるんじゃなくて貴方が可愛すぎて直視できないんですよ。なんか口調も柔らかくなってるし、千織さんの「ね」って1文字で俺は死ねることがここで証明された。
ちなみに出してる右手の方は千織さんの手袋キャストオフの両手に包まれて幸せ。なに?俺この後死ぬの?人生の幸が全て今日に突っ込まれている気がする。
だから、俺の心から言葉が自然に漏れた。
「……俺は、ただ好きな人と、その人が大切にしてる場所を守りたかっただけです。……色々あったけど、無事でよかった………」
気恥ずかしいから彼女の方は見て言えなかったけど、紛れもない本心だ。
すると、手を離した千織さんは立ち上がった。思わず見上げるがくるりと後ろを向かれ顔が見えない。そのまま声が聞こえる。
「…っ、……ええ。ありがとうね。…私ちょっと買い忘れた物があったからもう一度出てくるわ」
「え、それなら俺が行きますよ?」
「いいからっ」
俺の提案を却下した千織さんはパタパタと急ぎ足で店から出ていってしまった。…ど、どうしたんだろう。不思議に思っていると、店内から何かが倒れる音が聞こえてくる。倒れた音が人のものだったので、俺は急いでバックヤードから出た。
「どうしました!?……って、エローフェさん!?…大丈夫ですか!」
「……と、………尊………、千織さんの……赤………尊……ガクッ」
エローフェさんは何故か鼻血を出して気絶していた。
俺が復帰してからというもの、千織屋がちょっとおかしくなってるんだけど。
千織さんのデレ可愛すぎて、書いてる時叫びそうになる。
千織さん内心デレ率
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