お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
お待ちどうさまでした。ちょっくら読者に戻ってました。
エタるとかはないので、気長にお待ちくださいな。
───朝起きたら天国でした。
「………千織、なにしてんの?」
「なにって、寝顔を見てただけだけど?」
朝だと言うのに何故か俺の顔の前に影ができる。その不自然な暗さと、俺のものではないいい香りに眠気が一瞬で飛んで行った。
千織が仰向けの俺の腰に跨り、寝顔を覗き込んでいる。姿を見ると、先に起きていたのかいつもの着物に戻っていた。
「……いま何時?」
「6時前よ。任務は8時からでしょ?これくらいに起こしたほうがいいかと思って」
「助かる」
俺はベッドから降りようと身体を起こすが、未だ馬乗りになったままの千織が邪魔で降りられない。
「……あの」
「………」
千織が俺の膝に乗ってる形になり、上体を起こした俺の顔の前に千織の顔がある。
「……千織?」
「……んっ」
千織は腕を俺の首に回して何かを待つ顔をしている。ねだるような流し目と、少し傾かれた顔を見た瞬間、俺は動き出していた。
「……っん…」
昨日とは違い、触れるだけのキス。だけど起き抜けというタイミングと、ちゃんとしたいつもの衣装の千織とキスをした事に寄って、威力自体は対して変わらなかった。顔を離して頬を染め、そっぽを向く千織を、俺はたまらず抱き締める。
「……はぁ、任務行きたくねぇ〜」
心からの叫びだった。
とは言っても時間はやってくる。早く支度しないと遅れてしまうから、早くどいて欲しいんだけど。
「………千織?」
「……もうちょっとだけ」
千織は俺の身体にくっついてないところがないんじゃないかという勢いで抱き着いている。首筋に彼女の吐息が当たり、ちょっとくすぐったい。
「なんか、普段の着物の千織とくっつくの、新鮮だな」
「……でも、厚着してるから薄着でした方が好きね」
「むしろ、この感じがいいんだけどなぁ」
言うほど時間は逼迫してないし、あと少しならいいか。俺も胸の中に収まる千織の脇から手を伸ばして抱き寄せる。
「…ん」
千織は抱き寄せた手を見て嬉しそうに目を細めると、首に回した腕の力を強めた。
……あぁ、任務行きたくねぇ(2回目)。
ベッドの上でのハグを5分ほど続けた俺たちは、流石に抱擁を解いた。
「持ち物はどうするの?」
「一応剣だけ持っていこうかな。それ以外の衣食住は向こうが用意してくれるらしいし」
良いとこのお嬢さんが依頼人ともあって、普段着ているものよりも上等な服に袖を通す。ってもどの道黒だけど。髪色のせいで真っ黒を来てもそれほど変にならないことだけが利点だな。2本の剣も腰に差して、必要は無いと思うが仮面も一応持つ。集合場所はパレ・メルモニアなのでもちろん行く時は素顔だ。
「よし、準備完了」
後はもう出発するだけだ。ご飯とかもろもろを済ませた後なので時間はあと40分ほど残ってる。俺は1つ思いつくと千織にあるものを渡した。
「…これ、鍵?」
「おう。千織、俺がいない間も風呂に入りに来たいかなって。だから合鍵渡しとくよ」
「……いいの?」
「もちろん」
俺が間髪入れずにそう答えると、千織が鍵をぎゅっと胸に抱いてこっちを見上げてきた。ちょっと、あなた自分の上目遣いの破壊力知っててやってるんですか?
「……ありがと。有難く使わせてもらうわね」
「ああ。………じゃ、そろそろ行こうかな」
時間はまだ結構あるけど、着いとくのが早いに越したことはないし。
と、玄関に歩き出そうとしたところで、腕を掴まれた。
「……千織?」
「……まだ、時間あるでしょ?」
「それはそうだけど、早入りしといた方が……」
良くないかなって思って。って続けて出力した俺の言語野が、寂しそうな顔をして掴んだ手を抱き締め、指を絡ませてくる千織に跡形もなく吹き飛ばされた。
「………まだ、もう少し……」
千織は、心做しか縋るような顔をして、突っ立ってる俺に身を寄せてそう呟く。
「だって、7日も会えないのよ?」
俺は千織にグイグイ押され、ソファに座り込む。その上に乗っかった千織は俺の両頬に手を置いた。
「……ちょ、千織っ」
「…だから、もうちょっとだけ
「ま、マジかよってんんっ……」
俺の中の意識が端まで千織で染まりきった。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
こちらに手を振って出発したクレイを見送った千織は、パタンと扉が閉まるとふぅ、とため息を吐いた。
彼はこれから任務だが、自分はオフ。本当の本当は自分もついて行きたかったが、迷惑になるとすんでのところでとどまった。
千織はまだ、彼が出発した扉を名残惜しそうに見ている。クレイはこれから1週間も向こうで過ごす。任務内容はわからないが、恐らく出会っても話せないだろう。
千織はぽすっと部屋のベッドに座ると、シーツを撫でた。
昨日の千織は、自分から見てもおかしかったと思える。おかしかったというか、おかしくなったというか、おかしくされたというか。
今触ってる居場所で昨日行われた事を思い出すと、千織の顔が熱くなる。無意識に自分の唇を触れていた事に気がついた千織はブンブンと首とサイドテールを横に揺らした。
昨日の自分は、なんかこう。全体的にふわふわしていたように思える。味を占めて再度クレイの部屋に上がり込んだまでは良かった。だが、彼の方から千織に触れてきた途端、ブレーキが壊れたのだ。
最終的に想いを伝え、前の自分からは想像もできないほどの扇情的なキスまで済ませてしまった。こんなことをクレイが来る前の自分が知ったら心底驚くだろう。
「……クレイ」
自分以外誰もいない部屋に、千織の呟きが響き渡る。まだ彼が家を出てから10分程度だと言うのに、千織の心の中のクレイ欲がむくむくと湧き出てきた。
「………昨日、やっぱり襲っちゃえばよかったかしら」
昨日のお預けもそうだが、朝のキスがダメだった。アレで中途半端にスイッチが入ったままになった千織は、思わず彼が寝ていたベッドに寝転がる。
そのまま息を吸うと、彼の香りが鼻に通り暖かい気持ちになる。
「………んっ、クレイ…」
そのまま、千織は彼の香りがする布団にくるまりながら、収まりきらない気持ちが沈むまで腕を動かすのだった。
一息ついてシャワーを浴びたあと。千織は外に出かけていた。部屋をクレイから貰った合鍵で施錠し、ぼんやりとしながらフォンテーヌ邸を歩く。
歩いている道はクレイと買い出しに通った場所。周りを見回しながら歩いていると新しい店ができていたり、景色が変わっていたりと結構変化したところが見つかった。
なんで前は気が付かなかったのだろうと考えたところで、2人で歩いている時は必ずと言っていいほど、斜め後ろからずっとクレイの顔を見ていたことを思い出し、1人で顔を温めた。
「……ん?千織じゃない」
あまりの小春日和な自分の頭に呆れこめかみを抑えていると、後ろから千織を呼ぶ声がした。振り返るとそこには金髪縦ロールのお嬢様が。
「……ナヴィア。何か用?」
「見かけたから声掛けただけだよ。今日は休みなの?」
「ええ。ちょうどね。せっかくだしお茶でもしない?」
「賛成っ!他の人も呼んじゃう?」
珍しく誘ってくれた千織に嬉しくなったナヴィアは嬉しそうに頷いた。すぐさま友達にアポを取りに歩き出した彼女の横に並んだ千織は気が紛れるといいけど、と内心苦笑した。
「………ん〜っ、ここの紅茶美味しいっ!いい所知ってるね?」
「昔、暇な時によくカフェ巡りしてたからね。フォンテーヌ邸の中なら大抵行ったことあるんだ」
「さすがは元水神さまだね。隠れた名店って感じ」
「紅茶も美味いけど、特にスイーツが絶品だぞっ!」
「ほんとっ、ケーキも美味しいっ。後で取材許可を…!」
「騒がしいわね」
ナヴィアが声をかけたことにより30分も経たないうちに集まった、フリーナに旅人、パイモン、シャルロットがそれぞれ紅茶とケーキに声を上げる。他にもシュヴルーズを誘ったのだが、真っ昼間は流石に忙しそうだった。彼女は今度誘うとして、千織はわーきゃー騒ぐ面々を眺めながらカップを傾ける。
「…千織、ファッションウィークが終わって、店の方はどうなんだ?」
「ありがたいことに大繁盛よ。客層も増えて稲妻の服も認知され出してる」
「わかるっ、稲妻の布って手触り凄くいいって聞くし」
「あら、シャルロットのサスペンダーも肌荒れしないように絹で作ってあるわよ」
「ええっ、そうなの?」
シャルロットが肩にかかってる黒いサスペンダーを指さして驚いた。道理で付け心地が言い訳だわとサスペンダーをかけ直すと、それが彼女の双丘を避けるように左右外側にズレた。
「……流石にズレないサスペンダーはムリだったけどね」
「………」
何やら、フリーナの目線がシャルロットの胸部に向いている。じーっと彼女のを見た後に視線を下に落とし、はぁとため息を吐いた。それを見た旅人が苦笑い。
そんな中、ナヴィアがニヤニヤしながら尋ねてきた。
「そういえば、千織っ。クレイとはどうなの?ファッションウィークの件もあったんだし、何か進展があったんじゃない?」
「それ、私も気になる」
「確かにっ、あたし、千織さんとクレイさんの関係あの時まで知らなかったし、すっごい気になるっ!」
「こういう話をする時、新聞記者はいちゃダメじゃない?」
半目で返した千織の言葉に殺生なぁ〜とシャルロットが頭を抱えた。何とか説得をした後、メモ帳とペンを持たないならと、記事にしたらヴェリテくんの発注を取り消す事を条件に彼女も恋バナに参加することが出来た。
「……で、どうなのよ?女としては、あんなに猛烈にアピールされたら嬉しくなっちゃうものだと思うけど…」
「……へぇ、ナヴィアはクレイに迫られたら嬉しいってこと?」
「い、いやそうじゃなくてね!……って顔怖っ!」
気づけば千織はニッコリとナヴィアを睨んでいた。両肩に手を置いてゆっくりと迫る。
「どうなの?」
「う、嬉しく無くはないけど…、クレイだしっ!別に意識なんてしないよっ!?」
「ほんとう?」
「ほ、ほんとほんと!」
「……ふぅん、ならいいけど」
「……今ので答え出たでしょコレ」
納得してない顔で椅子に座り直す千織を見て、旅人は苦笑しながらそうボヤいた。あはは…と笑うフリーナと目が合い、頷かれる。
「……え、えっと、その反応だと、千織さんはクレイさんのこと意識してるってこと?」
「意識するしないとかじゃないわ。離したくないくらい大好きなだけよ」
「あはは、そうだよね大好きなだけだよね、流石に千織さんは難攻不落………今なんて?」
「そうだよね〜、千織がそう簡単に………ん??」
シャルロットとナヴィアがポカンとした顔で千織を見直し、フリーナと旅人、パイモンがニヤニヤながら視線を移した。
口が滑ってしまったらしい千織が頬を染めてそっぽを向いた。それをトリガーにテーブルが祭りのように盛り上がる。
「ええっ、い、いい今千織が大好きって言った!?………い、いつの間にそんな……、どどどこまで行ったのっ!?」
「あ、あんなに邪険にしてたのに……やっぱりファッションウィークの事で!?」
「もともといいコンビだとは思ってたけど、もうゴールインしてたんだ」
大興奮。鼻息荒く質問しだしたメンツに「一気に喋らないでよ」と手で抑える。旅人とフリーナは店員に人数分のブラックコーヒーを注文した。
視線が集まる中、俯きながら千織は言った。
「……昨日、クレイに告白したの」
『おぉ〜』
「なによその顔」
「いや、あの仕事以外興味ありませんっ!みたいな感じだった千織がね。きっかけはやっぱりファッションウィーク?」
謎に親の顔をしながら頷くナヴィアの言葉に頷きを返す。
「ショーの後、クレイと話した時にいつもみたいに告白されたのよ。前までなら普通に流してたところだったんだけど………」
「効いちゃったと」
こくり。ちっちゃく頷いた千織が可憐で抱きつきたくなりながら、シャルロットは腕を組んで「わかるなぁ」と声を上げる。
「私はあんまり関わりがなかった人だけど、ずーっと一途に千織さんを応援してくれてて、しかも命削りながらずっと戦って、店を守ってくれてたんでしょ?」
「確かユーサーが仕向けたんだっけ?」
「元々クレイに恨みがある裏組織の残党と、ユーサー達が協力してたみたい。戦わせて消耗したクレイに罪を被せて、千織屋を追い出させて弱体化させるのが向こうの狙いみたいだったわ」
「だから、写真の加工なんてしてきたんだね」
千織の言葉は続く。
「でも、彼は自分が全部悪いんだって言ってたの。俺が千織屋に入らなければって自分を責めてた。でも私にはそれが我慢できなくて…『そんなこと、気にしなくていいからまたここで働いて欲しいの』っていったら、『大好きです』って言われたわ。それからずっとおかしいのよ」
「なるほどね。そこで気がついたんだ。………あ、すみません、コーヒー5つおかわり。砂糖なし、濃いめで」
「最初はこの感情がわからなくて。でもクレイの事をずーっと見ちゃっててね。店にいても家に居ても、クレイの事が頭から離れなくて。ついに家まで行っちゃった」
「く、クレイさんの家に上がり込んだってこと?」
千織は頷く。
「僕の部屋、クレイの隣なんだけど、昨日クレイと部屋に入っていく千織を見たよ?」
「え、てことはあんた。クレイの部屋から今日来たって訳?」
「……クレイの部屋、お風呂広いから羨ましいのよ」
「………いっ、いっしょにはいるの?」
「……………」
『……黙らないで!?』
黙り込んでそっぽを向いた千織に図星かっ!と全員が声を上げる。
「い、一緒に入っては無いわよ。背中流しただけ……戦ってる最中に着いた傷も見たかったし」
「……なるほど、ってでもクレイの風呂に突撃するのはやっぱり…アレだよね」
でも、あの千織がラブコメするなんて、ほんとわからないねと追加注文したコーヒーを受け取るナヴィアに、同感よ。と返した千織は紅茶を飲みながら、クレイのことを考える。
話がちょっと落ち着いた後で、フリーナがなんとなしに尋ねた。
「……で、千織はクレイと付き合うのかい?両想いなんだろう?」
「確かに、告白したんでしょ?」
再度身を乗り出して聞いてくる面々に、前から考えていた事を千織は言った。
「……私は、クレイと恋人になる気は無いわよ?」
場の空気が凍る。
『え?』
思考が止まってに固まる皆に他所に千織は立ち上がる。
「ご馳走様。話せてスッキリしたわ」
「えっ、え?ちょ、千織……今のはどういう…ってどこ行くのよ?」
勘定をテーブルに置き、みんなに手を振りながら千織はなんでもなしに言う。
「ちょっと、パレ・メルモニアにね。書類を貰いに行かないと」
「ちょっと!恋人にならないってどういうことよ!?」
「だって、…………クレイは私に『恋人になってください』なんて、一度も言ってないもの」
「………え?」
「じゃ、ありがとね」との声と共に、みんなに微笑んだ千織は店から出ていった。
残された面々は、それぞれ顔を見合わせる。全員、微笑んだ千織の顔を見て頬が赤く染まっていた。
ナヴィアが呆然と、全員の気持ちを代弁した。
「な、何したら、千織があんな顔する子になるのよ……?」
ヒント 1話のクレイが千織に最初に言った言葉
最後の千織の顔とは
-
くすっと微笑んだ顔
-
ふふっと苦笑
-
にへらっと蕩けるような笑み
-
にっと覚悟を決めた微笑み