お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
まだもうちょっと、千織パートが続きます。
クレイ不足の千織さんの話。
────喫茶店を出て、パレ・メルモニアでお望みの書類をゲットした千織は、優雅な気持ちでクレイの部屋に馳せ参じた。
数日前までは新鮮だった、部屋から漂う彼の香りが今ではたまらなく愛しく感じる。
微笑んだ、というか傍から見たらニヤついている顔の千織の腕には、外出した時には持っていないものが抱えられていた。それを優しくソファ前のテーブルの上に置いた千織は、その自分そっくりの人形の頭をつんつん突っついた。
この千織をデフォルメしたような人形は「たもと」といい、千織が人生で1番最初に作った作品。丁寧に表情を取り替えられるような仕組みになっていて、目を閉じた表情から「はぇ?」みたいな明後日の方を向いたとぼけ顔に変更した千織は1人でふふっと笑う。
「この顔、クレイに見せたいわね」
すっとぼけた顔のたもとをもう一度指で突くと、千織はその場を離れてクレイの作業机にすとんと座った。彼の身長に合わせてあるサイズの椅子は千織にとって大きくて、昨日こんなに体格が違う相手と抱き合ったのかと、千織の尻では覆いきらない座面を指で撫でて勝手に赤面する。
自分だってわかってる。多分、千織の想像の何倍もおかしくなってしまっているのだろう。事実、早くもクレイニウムが足りなくなってきた。前は別に1週間会わないくらい平気だと思ってたのに、時計をチラリと見ると彼が出発してからまだ半日だ。
「……ぅぅ……私、1週間耐えられるかしら……?」
クレイの隣に座りたい。なんなら寄りかかりたいし、抱きつきたい。今朝のように膝に跨って密着感が段違いのハグをいつまでもしたいし、そのままキスだって…。
一昨日から始まったクレイとの逢瀬は、今までの千織の恋愛観を粉々に打ち砕いていた。自分でも驚く程に、彼との逢瀬への欲求が湧いて出てくる、
また手が千織を抑えるために動き出そうとしたところで、ハッして首をブンブン横にふる。いや私ったら何してるのよっ!と 1人で三文芝居を繰り広げたところで、今の千織を落ち着かせる「ある物」を作ろうと当初の予定に意識を切り替える。
「えっと、造りはたもとと同じで……と」
取り出したのは白と黒の布。そして紅い糸。ミシンも借りるとして、よしと気合を入れた千織は作業に取り掛かった。
「………出来た」
家からたもとのベースを持ってきたので、数時間で作業が終了した。満足げに額と汗を拭う千織の前には、もう一体のたもとが鎮座している。
ただ、千織のたもととはデザインが大きく違い、黒いメッシュが入った白い髪に、黒1色の服装。ジト目でデザインされた黒い目の奥に紅いクロスがそれぞれ入り、側頭部には白いお面が付けられている、
そう。千織が作ったのはクレイのたもとだったのだ。
その出来栄えに満足しているのか、千織の機嫌が目に見えて良い。
外を見るともう夜だった。汗もかいたので風呂に入って汗を流し、タンスを開いて少し迷ったがクレイが着ていた服を引っ張り出す。彼を匂いがする服に鼻を埋めさせてしばく堪能し、クレイニウムを補給した千織は、完成した「クレイたもと」を持ち上げて、ゆっくりと抱きしめた。
「……かわいい」
我ながら、なんて目が引かれる人形だろうか。特にこのデフォルメされた紅いクロスが入った瞳を、普段彼があまりしないジト目にしたのが千織の癖に刺さって、自分で作ったのに無言で頬擦りまでしてしまう。
千織は、机にクレイたもとを戻した。その横に、何となく自分のたもとを置いてみる。狙い通り、少し大きめに作られたクレイたもとは千織たもとと現実の身長差を再現していた。
千織は2つのたもとを寄り添わせると、一層笑みを深めるのだった。
翌日。千織屋があるので何食わぬ顔でクレイの部屋から出勤した千織は、布を切りながら静かな店内を見渡した。
クレイは任務中なのでもちろん居ない。そうわかっているのに勝手に彷徨う視線に、エローフェはくすりと笑った。
「クレイさんが居ないと、静かですね」
「……そうね」
短く返した千織は小さく息を吐いた。まだクレイが出て2日目。こんなことでは1週間も持たないと千織は手元に集中する。
1度集中に入ってしまえば、元々仕事人の千織。スムーズに服を作っていく。エローフェも、そんな千織を見てニヤニヤ顔を仕舞って仕事に取り組んだ。
そんなことを続けて数時間。ひと段落した千織がふうと息を着いたところで。
────千織屋の窓から、外を歩くクレイが一瞬写った。
「っ!」
思わず針を放り投げ、窓に顔を近付ける。2日ぶりに見たクレイは、誰かと歩いているようだった。
「千織さん?どうかしたんですか?」
突然の千織の奇行に目を瞬かせるエローフェを尻目に、千織は店のドアを開けて外に顔を覗かせた。右を見ると、千織屋を通り過ぎたクレイの姿が見える。
思わず声をかけようとしたところで、彼の隣にいる人物に目がいった。
「……あれは」
クレイの横をピッタリとくっついて歩きながら、時折彼の方を見る可愛らしい女性。彼女の顔を見て、前にクレイにちょっかいをかけていた女性客……つまりクレイの今回の依頼主だと気が付いた千織は、知らず知らずのうちにギリっと歯を食いしばる。
「ち、千織さん?」
「……護衛との距離感じゃないんじゃないの?」
「……今の、クレイさんの彼女ですか?(口角上げ)」
「そんなわけないでしょ」
エローフェの言葉を遮る勢いで否定する千織に、更に笑みを深める従業員。目を細めた千織は、なおも仲良く歩く2人を凝視する。話しかけているのは彼女の方だけではなく、クレイの方からも色々と話しているようだった。彼が何を話しているのか、ものすごく気になる。
そう思った千織の判断は早かった。
「……尾けるわよ」
「了解ですっ」
何故か嬉しそうなエローフェを連れて、千織は店を出た。
……………千織が着いてきてる。
依頼主の彼女と街を歩いて千織屋の前を通ったら、なんか千織とエローフェさんが俺たちを尾行してきていることに気がついてしまった。
俺は、どうしたもんかと隣を歩く
「なぁ、どうすんだよ」
「だから私言ったじゃないですか。千織屋の前通ったらこうなるって」
「いやまぁそうだけど。こんなにくっつく必要ないだろっての」
「いやぁ、今私達は依頼主と護衛の関係でしょう?こうするのが自然ですって」
俺と肩が当たる距離で歩きながら、ソイツは楽しそうに言う。
そう。この依頼主は実は俺ら側の人間だ。大手服飾メーカーの令嬢………になりすましてる俺の後輩で、俺の白影引退に1番反対してた人物だ。
「……そういや、そっちの任務はどうなんだ?」
「ん、コレですか?…まぁ、もう5年も続けてますし。
「そらよかった。……って、今はなんて呼んだ方がいいんだ?」
「もう、2日間もなぁとかお前とかで呼んでて、今更ですか?…外は偽名でお願いします」
「わかったよ。………で、ソフィー殿。
「はい。大体わかったので、もう大丈夫です」
後輩…ソフィーは、周りを見渡しながらそう言った。
俺たちが何故ここを歩いている……というか、何故同業のコイツから依頼が来たのかと言うと、要は俺の後釜として千織屋を守らせて欲しいと頼まれたからだ。フォンテーヌのエージェントは俺の他にこいつを含めた何人かがいるんだけど、任務中だったり潜入中だったりで動けるやつが少ない。
そこで、千織屋と同種のメーカーの令嬢に成り代わってるコイツが千織屋の防衛に回ってくれたというわけだ。
「……まぁ、千織屋を守るって言うより、この前みたいに俺に恨み持つやつがまた来ないようにってだけなんだけどな」
「……でも、千織屋を辞める気はないんでしょう?」
「ああ。店主命令だからな」
あー、千織に会いたい。まぁ後ろにダッシュしてそこのベンチの影を覗き込めば会えるんだけど、一応護衛の任務中だし我慢我慢。まぁコイツを護衛する必要があるのかは謎だが。下手したら剣以下の密着距離ならコイツのが強い。
「……で、先輩?あの人どう撒きます?このままだとどこまでも着いてきちゃうかも」
「多分、その原因は俺たちの距離感にあると思うぞ?歩きにくいから離れろって」
「いやぁ、こんなに私が泥被ってるんですからちょっとくらいいいじゃないですか」
「なにが」
俺の質問に答えないまま、ソフィーは腕を組んできた。ワンピース姿の彼女は、そのままニヤリと笑いながら身体を俺の腕に押し当ててくる。
直後、俺の後ろから極寒の視線が飛んできて震え上がりそうになる。
「ちょ、お前っ」
「……少しくらい、いいじゃないですか」
ソフィーはちょっと不満そうに唇を尖らせた。
「……」
「これでも、結構我慢してるんですよ?本当はあなたを千織屋に渡したくなんかないんです。……それを我慢して、せめてあなたを守らせてくださいってお願いしてるんですから…」
「……それは、本当にありがたいよ。同じ服屋が守ってるってことになれば、俺にヘイトも向きにくくなるだろうし」
「……私、心配したんですからね?先輩が大怪我したって聞いて…」
「…まぁアレは、俺の油断だから…そんなに心配しなくてもいいよ」
それよりも、そろそろ俺の背中が凍りそうなんだけど。ずっと冷たい視線が俺の背中を貫いてるんだけど。
「…だから、少しだけイタズラさせてくださいね」
「……はぁ。変な後輩を持ったなぁ」
「あの時、私を助けちゃった先輩が悪いです♪」
「任務任務」
そんな会話を続けながら、俺たちは人気の無い路地へ角を曲がる。
背中から感じる視線が遮られた瞬間、俺たちはその場で大きく跳躍。壁を何回か蹴って屋根の上に登ると、ソフィーの屋敷へ逃走を開始した。
「いいんですか?会わなくて」
「イタズラして焚き付けたお前が言うな」
千織屋の防備が完成するまであと4日。それさえ終われば晴れて俺は千織屋に戻れる。正直凄く会いたいけど、我慢して俺は走り出した。
「………………」
「……」
千織屋の店内の中に、布が擦れる音だけが響く。
クレイ達に撒かれた千織は、唇を見ながら店に戻り仕事を再開した。……のだが。
「あ、千織さん、そこ」
「…あ」
全く見当違いの所を縫ってしまっていた千織は、糸を引き抜いた。幸い服にする外側の生地だったので不良にはならない。はぁ〜と息を吐いた千織は、さっき見た光景を思い返していた。
…一体、彼女とクレイはどんな関係なのだろうか。
一緒に話しながら歩く2人の距離感は依頼主と護衛というにはいささか近すぎる。話してる内容は聞き取れなかったが、彼女の楽しそうな顔が千織の嫉妬心を煽るのには十分だった。
そして、トドメの腕組み。あれを見た瞬間、千織は思わず飛び出してクレイを奪い取りそうになった。
まだ、千織も外でくっついて歩くなんてことはしたことが無い。なんだか自分の場所が奪われた気がして、むしろあそこで撒かれなかったどこまでも着いて行ってしまっただろう。
「…………クレイ」
人知れず、千織の口からこぼれてしまっていた。
「…ただいま」
千織屋が終わり、千織は当たり前のように彼の部屋に帰宅した。
もちろん彼は居ない。千織は部屋に置いてあるクレイたもとを抱き上げると、ぎゅっと抱きしめた。
今頃、クレイは何をしているだろうか。衣食住は向こうが保証すると言っていたし、彼女の護衛として充実した毎日を送っているに違いない。
なんだかそう考えていたらちょっとクレイにもムカついてきた。
あんなにくっつかれて、ちょっとは嫌がったりしなさいよと昼間の不満が顔を出す。本人の代わりに、膝に乗せたクレイたもとのほっぺを摘んで引っ張った。
千織は、ふと、クレイの作業机置かれた1枚の紙を眺めた。千織の名前も書いてあるそれは、右の空欄に名前と母音を押すことで真価を発揮する。
「………1週間って、こんなに長かったかしら」
千織はそう呟くと、クレイたもとを抱いたままこてんと横になった。
「………会いたい……なぁ」