お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!! 作:猫好きの餅
千織さんパンチラ事件の翌日。ついに千織屋初勤務となった俺は期待に胸踊らせて店の前に立っていた。
ちなみにあの事件のことは「思い出したら影向山のてっぺんからたたき落とす」と凄まれている。その言葉に「あ、じゃあ思い出したら千織さんの帰省に付き合えるってことですか!?」って返した時の千織さんのガチで蔑んだ視線は死ぬまで忘れないと思う。
「…あの、もしかして貴方が今日から千織屋で働く方でしょうか」
店の外観を眺めていた俺に横からかけられた声に振り向くと、茶髪のロングヘアの女性がこちらを見ていた。
多分この人が千織さんが言っていたもう1人の店員さんだろう。俺は自身の胸に手を添えて自己紹介をする。
「はい。今日から千織屋で働かせていただくことになりました。クレイ・ウィンドルです。よろしくお願いします」
「私はエローフェと申します。どうぞよろしくお願いしますね」
聞けばエローフェさんも千織屋の服に一目惚れしたのだとか。2人で千織屋の服のここが良いとかここがすごいとかを話していると、奥から千織さんが出てきた。
「「おはようございます」」
「ええ、おはよう。何を話していたの?」
「クレイさんが千織屋で使っている布に興味を示していまして」
「このサラサラした手触りの布はここら辺じゃ見たことないので」
俺は店内に飾られている稲妻風の服の袖部分を指でなぞる。布と言うか羽毛というか、経験のない手触りだ。
「それは絹っていう素材を使っているのよ。普通の布は植物から取るのだけど、絹は
「え、コレ虫の糸なんですか!?」
知らなかったのか、エローフェさんが絹から手を離す。そんな彼女を見て鼻を鳴らした千織さんは俺を方を向いて腕を組んだ。
「それで、貴方今日からここで働く訳だけど」
「はい、よろしくお願いします」
「あら、いつもみたいにふざけないのね」
「そりゃあ叩き出されたくないですから」
「ふん、口ではなんとでも言えるわ」
「違いない。頑張らせて貰います」
「え、えっと…おふたりって結構長い付き合いだったりするんですか?」
おっと、俺と千織さんのやり取りがそんなに熟練してたらしい。これはもう夫婦と言っても過言じゃないな(過言)。
エローフェさんが首を傾げてそう言った言葉に千織さんはちょっと顔をしかめる。
「そんなんじゃないわよ。一昨日初めて会っただけだし知り合いとか勘弁」
「すげぇ早口!?」
大丈夫か?これ好感度日に日に下がってない?
「まぁ、とりあえずエローフェ。コイツに仕事を教えてあげなさい。ビシバシ厳しくていいから」
「わかりました。千織さんは今日はどうされますか?」
「オーダーメイドの予約も今日はないし、裏で新しいデザインをいくつか試そうと思うわ」
「了解です」
そう言うと千織さんはさっさと裏に入って行ってしまった。取り残された俺は、横のエローフェさんの方を見る。
「えっと、じゃあ基本的な仕事から教えていきますね?」
「よろしくお願いしますっ」
エローフェさんから教えられた仕事を簡単にまとめるとこうだ。
①商品を並べる
店に置かれている既製品を見栄えがいいように並べる。売れたらその分穴が空くからその都度整える。
②会計
服自体が結構な高級品だから、お釣り間違えとかの損害が半端ない。
③入ってきた客に話し掛けて、売れそうなら売る
迷ってるようだったら話を聞いて、要望にあるものを勧める。
まだ服を作るとか裁縫が出来ない俺にできる仕事はこのくらいか。
接客とかは殺し屋時代の潜入でお手の物だし、仕事をしながら千織さん達の作業を見て盗ませてもらおう。
とにかく初日は仕事を覚えることに専念する。服を並べながらエローフェさんの動きも逐一見て視線の向きと動きから動作と理由を繋げて見る。そして疑問に思ったことはすぐさま質問して自身の考えに刷り込んでいく。
と、そんなことをしていたら表仕事は1日でだいたい覚えることが出来た。
「クレイさん、凄く要領が良いですね。もうここまで仕事ができるようになるなんて……」
「いえいえ、エローフェさんの教えがわかりやすいんですよ」
事実、エローフェさんの物事の伝え方や質問の返答などはどれも正確で、聞き手側を思いやって話してくれる。
多分千織さんのフォローを長年してきたのだろう。ホントお疲れ様ですとは思ったけど俺も考えは千織さんよりだからあんまり人の事言えねぇ。
そして千織さんは一度も裏から出てこなかった。オーダーメイドの依頼の時は直接受け答えをするらしいんだけど、今日は既製品がいつくか売れただけだったから偶に裏に行く時に机で図面を引いている姿が麗しかった。
色々教わりながら仕事を覚えているうちにもう夕方。千織屋の閉店時間になったので、俺は外の看板を店の中にしまう。
ふう、とりあえず1日目で表の仕事はほぼ覚えられて良かった。なんとなしに店内をぐるりと見回すと綺麗に並べられた千織屋ブランドの服がある。
ん?でもこれ、千織さんが作った感じがしないぞ?出来はいいけど、なんというか千織さんの個性があんまり……。
「それはエローフェが作った服よ」
「ああ、なるほど」
「……一応驚かそうと思って気配は消してたんだけど?そう普通に返されるとなんだかムカつくわね」
「あ、いやちゃんと驚いてますよ?なんなら今からひっくり返って…」
「いいわよそこまでしなくてもっ」
まずい、ついつい驚くのを忘れて普通に対応してしまった。前職の癖で常に気配探っちゃうんだよな。
「ていうか驚かそうとしてくれたんです?千織さんってそういうイタズラとかしないタイプかと思ってました」
「ぬぼーっと置いてある服見てるのが視界に入ったから小言でも言おうかと思ったのよ。……エローフェから聞いたわ。意外と要領良いみたいね」
「エローフェさんの教え方が良いんですよ。スっと頭に入ってくる教え方してくれますし、余程普段から人に物を聞かせるのに苦労してるんだなぁ…って」
「どういう意味よ」
身長差からか腕を組んで見上げて来る千織さんが大変絶景です。
多分この人お客にもこんな感じなんだろうな。普通の人はまだいいけどプライド高い上流階級の人とかと注文で揉めたりしそうだ。
「いえ、俺も同じ感じなんで気持ちはわかりますよ?大方予約を優先しろとか言われたんじゃないですか?」
「流石、同じ気質なだけはあるわね。正解よ」
いるいる。フォンテーヌのお金持ちの人は何故か自分が偉いと思っている人が多い。事実、家が金持ちなだけなのに裕福ではない人達を下に見てる奴らを過去に何度も見てきた。
千織屋の価格帯はどちらかと言うと富裕層向けなのでそういう話も多いんだろうな。
「……なるほど」
「なによ?」
「いや、なかなか大変な職場に入っちゃったなぁと」
「あら、それなら出ていく?」
「いえすんません過ぎたことを口にしましたここは良い職場ですっ!」
咄嗟に頭を下げてそう捲し立てると、上からクスクスと笑い声が聞こえてきた。思わず顔を上げる。
「ふふ、冗談よ。貴方思ったよりもできるみたいだし」
そう言いながらこちらを見る、初めて見せた彼女の笑った顔に、俺はどうしようもなく見惚れてしまっていた。
「千織さん」
「なに?」
「マジで好きです」
「調子乗んな」
そして1週間後。
あの俺の突然の告白に、微笑んでいた千織さんの顔が一気に冷たくなっちゃった。
いやでもさ、さすがに可愛かったんだもん口くらい滑るでしょ。出会ってからというもの軽蔑したような目や、嫌がるような「うわぁ」みたいな顔で見られてたところにあの顔は効きまくった(自業自得)。
この一週間は、ひたすら千織さんの作業を見てそれを自分の家で実践をするというのを繰り返した。専門知識も必要だったので毎晩猛勉強中だ。お陰で千織屋の帰りに布を見て帰るのが日課になってしまったほどで、出くわしたナヴィアに変なものを見る目で見られた。失礼な。
「今日は一昨日から入ってるドレスを仕上げるわ。お昼にお客さんが来て試着もするから私とエローフェが調整をする。その時の店内の事は貴方に任せるわ」
「わかりました」
少し前に俺が働き始めて初のオーダーメイドの依頼が来た。どうやらウェディングドレスを仕立てたいらしく、依頼人が自分の婚約者がここのドレスを着るのが夢だったと言っていた。既に前金は貰っていて、今日そのお嫁さんに来てもらい、細かい調整をするのだとか。
でもってその調整が1番大切らしい。これをミスると着心地とか耐久性に関わってくる。結婚式では一日中ドレスを着続けるので特に慎重に行うそうだ。
まぁ、俺はまだ関われない領域の仕事だし、女性服の採寸調整をまじまじと見ることも出来ないので今日は大人しく表の仕事をこなそう。せっかく千織さんに任されたし、頑張っちゃうぞー!
とか、思ってたんだけど。
「おい、言葉が通じないのか?店主を出せって言っているんだ」
「申し訳ございませんお客様。店主はただいまオーダーメイドの調整をしていまして…当店は予約先着順という規則になっていますので本日のご依頼を承る事は出来ません」
「だから、僕は今日大きな商談があるんだ。ウチの家系はフォンテーヌの商売を支える大企業だぞ!そんな家の跡取りがこの店を使ってやろうとしているんだ、優先されて当然だろ?」
でーたでたでた。絵に書いたような成金思考。この店は身分関わらず先着順だって言ってるのに全然話聞いてくれない。
このお客はどうやら、今日の商談パーティに着ていく服を傷つけてしまったようでその修繕を頼みたいそうだ。確かに修繕程度なら今日中に終わるかもしれないが、この店の予約は先着順だ。それが誰であろうと関係ない。
「……あら、騒がしいわね」
裏まで届く声に見かねたのか、千織さんがこっちに出てきた。
「やっと店主が出てきたか。この服の修繕を頼みたい。今夜大切な商談パーティがらあるんだ」
「そう。今オーダーメイドの仕上げをしているから明日修繕をするわ。服を見せてくれるかしら」
「……は?アンタ話聞いてたか?今夜、パーティがあるって言ったんだが?オーダーメイドより修繕の方が早く終わるだろ」
「ウチは先着順よ」
千織さんはバインダーの紙にサラサラと文字を書きながら明らかにイラついている客に素っ気なく返す。そこに依頼人の婚約者、ラティシアさんを連れたエローフェさんが顔を出した。
「千織さん、背中の調整はこれくらいでどうでしょうか」
「…うん、良いわね。次はウエストを少し上げて。ラインの強調を。袖も少し高く」
「わかりました」
「…あ、あの千織さん、私……」
「いいから、貴方は座って採寸を受けていなさい?」
イラついている貴族のお客を見てラティシアさんが声をあげようとするが千織さんが優しい声色で椅子に座らせる。
「…フン、どんな貴族がオーダーメイドを受けているかと思えば、そこらの貧乏人じゃないか。コイツの依頼の為に、俺の依頼を反故にする気なのか?」
だから先着順って言ってんだろうがぶっ飛ばすぞコラ。
ってめっちゃ言いたいけどそれが言えねぇのが接客業。
俺はひとまずこいつを店の外に連れていくかと思った矢先、隣の千織さんの雰囲気が変わるのを感じた。あ、おつむに来たっぽい。
「ねぇクレイ」
「なんですか?」
っしゃァ!!名前初めて呼ばれたァ!!
ってめっちゃ言いたいけど言えねぇのが接客業。辛いね。
「裁ち鋏どこか知らない?」
「…あ、あそこの引き出しに入れてませんでした?」
「うん、そうかもしれないわね」
今のやり取りで何するのかちょっとわかった。本来止めるべきなんだろうけどまぁここの店主千織さんですし。俺は苦笑ながら目を瞬かせているエローフェさんとラティシアさんを尻目に壁にかけてある写真とかを画鋲で刺すコルクの板を千織さんと貴族の坊っちゃんを挟んで反対側に立て掛けた。
その時に坊っちゃんがラティシアさんの方に歩き出そうとするのを周りにバレない程度の軽めの殺気を飛ばして止まらせる。
殺気っていっても色々種類がある。今やったのは「ちょっとコイツ怖いな」って思わせる程度のもので、横を通った俺を見た貴族の足が止まる。
そうして歩き、千織さんが投げたモノで壁が傷つかないようにコルク板を置いた俺は貴族の背中側の女性陣の死角に回ると今度は完全に気配を消した。
存在感ごと消したので、貴族は残りの千織さんの方に目を向けて改めてラティシアさんに詰め寄ろうとした。
……ヒュッ。
「っ!?」
そこで引き出しの中を漁っていた千織さんの方から糸切りばさみが飛んで来て、貴族の来ている上着の袖を切り裂いてコルク板に突き刺さった。
うわぁーお。マジで投げたわこの人。
なんか雰囲気と目線で示して来たからそのまま合わせてみたけど、思ったよりバイオレンスだった。まぁ、そういうところも好(略)。
「……あらごめんなさい。裁ち鋏を探していたの。違ったみたい」
「っ、お、お前ッ!俺はきゃ…ッ!?」
「これでもないみたいね」
止まらなかったので無事に2本目も投擲。もうお客としても見てないみたいでさっき書いた依頼書も丸めてゴミ箱に捨てた千織さんは、ようやく見つけた裁ち鋏片手に後ろでで入口の鍵を閉めて貴族に歩み寄った。
「な、何をする気だっ!」
「何って…、服を直して欲しいんでしょ?」
今しれっと扉の鍵閉めたな。千織さんのやることがなんとなくわかったけど、とりあえず俺は窓脇に待機しておいた。
その瞬間、貴族の肩に手を置いていた千織さんが動いた。素早く重心がかかっている方の脚を刈りもう片方の手で男の襟をむんずと掴んだ。そのまま崩れる男の重心の下に回り込み、背負い投げる。
俺から見ても惚れ惚れするような綺麗な背負い投げをされた男は一直線に窓に向かって飛んでくる。俺は投げられた男がガラスを突き破る寸前で窓を開けた。
「おわあああああ!?…ふむグッ!?」
綺麗に飛んだな。顔から地面に着地した男が外で目を回している。
外がザワつく中窓を閉めた俺が振り返るとコルク板から鋏を引き抜いた千織さんがちょっと不満そうに言ってくる。
「ちょっと、窓開けなくてもよかったのに」
「ガラスが勿体ないっすよ」
「ガラス代も請求出来たのに。まぁ、途中の動きが良かったから大目に見てあげるけど」
「ガラスが割れたらせっかく千織さんが作った服に破片が飛ぶかもしれないじゃないですか。嫌ですよそんなの」
「……ふーん、まぁいいわ」
「あ、あの…良かったんですか?叩きだしちゃって……。一応お客じゃ」
心配そうに外を指さして言うラティシアさんに千織さんは何事も無かったようにドレスの調整を進める。
「ちゃんとコイツが注文を断ってたでしょ?それを無視して貴方に危害を加えようとしたんだから締め出されて当然よ。それにあのお客は叩き出されたんだじゃなくて、自分から出ていったのよ。窓を開けてね」
「え、えぇ〜?」
「い、いいんですかそれで…?」って心配そうな顔をしているラティシアさんを尻目にドレスの調整を終わらせた千織さんはパンパンと手を払う。
「はい、調整終わったわよ。あとは梱包して置くから後で取りに来て。本番までに太っちゃダメよ?」
「わ、わかってますよ!…千織さん、本当にありがとうございましたっ!……で、でも本当にいいんですか?」
「何かしら?」
「ドレスの代金……前金だけで足りるって」
ん?初耳の俺はエローフェさんに目を向ける。どうやら彼女は知っているようで千織さんと一緒に頷きを返していた。
千織屋のオーダーメイドは前金と後金を分けて払う。前金では基本的に材料費、後金では追加するアクセサリーや加工費を貰う感じだ。
俺は調整の終わったウェディングドレスをまじまじと見るが、明らかに最高級品だ。前金で足りるわけが無い。
「いいから。ほらまた後でね」
「は、はい!ありがとうございました!」
そんなことを考えているうちにラティシアさんは帰って行った。
流石に聞いておくかとドレスを梱包している千織さんに話しかける。
「…千織さん、さっきの話って」
「…ん?…ああ、当然嘘よ。あの子の夫になる人が結構有名な商人なんだけど、前金を貰った後にちょっと借金を抱えちゃったんだって。借金は何とか返したけど後金が払えないからキャンセルしに来たのを断ったのよ」
「やっぱり…。しかも、前金受け取ったあとから予算度外視の高級なアクセつけてますよね」
「私が勝手にやってるからいいのよ。だってあの子、ここのドレスを着るのが夢って言ってくれたんだもの。職人としては嬉しいでしょ?」
ああ、本当にそういうところだ。
腰に手を当ててにこやかにそういう千織さんはとてつもなく魅力的で。俺も自然と口元が緩む。
「なるほど。……ちなみにその、度外視した分のお金ってどこからマイナスされるんですかね。あと好きです」
「……別にあなたの初任給でもいいけど?」
「へっ、ちょっ、マジで勘弁してください!」
「……やっぱりお2人って、仲良いですよね…。相性バッチリじゃないですか」
「ですよねエローフェさん!これはもう、流石に婚姻届にってちょっと千織さんっ!?」
「ち、避けられたか」
こんな感じで続いていく新たな生活もかなり悪くない(頬を刀掠めた)。
千織さんにされたい事
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採寸されたい
-
投げられたい
-
踏まれたい
-
椅子になりたい