お願いします千織さんっ!こっち見てニコッてしてください!!   作:猫好きの餅

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仮面越しに千織さんと目が合うんですが

 

 

 

 

「一生のお願いっす」

「えぇ〜?どうしようかなぁ〜」

 

撮影開始日の朝。

 

俺は朝っぱらから得意げそうな顔をする白髪の少女の前に稲妻式の最敬礼をかましながら懇願した。

 

「ほんとに、特に千織さんにだけは俺の正体を言わないで欲しいんですっ」

「なんか、僕も人の事言えないけど…面白そうなことになってるね?」

 

「まぁ、顔を上げなよ」と促され、俺は彼女ーー元水神フリーナの対面の椅子に腰掛けた。

 

フリーナさんは紅茶を淹れて、俺の前に起きながら言う。

 

「昨日は驚いたよ。まさかフォンテーヌ最強のエージェントの君が千織屋の店員に転職してるなんてさ。なにかの任務とかじゃないんだろ?」

「はい。俺の意思です。…だから、ほんとに俺の素性は黙っててくれませんかね」

「…ふーん?まぁ、エージェント時代に僕をからかって遊んでなきゃ、首を縦に振ってたんだけどなぁ〜」

「何卒っ、何卒ぉ!」

 

俺とフリーナさまは彼女が水神をやってた頃からの知り合いだ。というか大抵この人、パレ・メルモニアの執務室にいるからヌヴィレットさんに依頼を受けに行くとほぼ鉢合わせる。

 

公的機関ともあって仮面は被らずに行っていたんだけど、何やらビクビクしながらソファの影に隠れて見てるのをいろいろ脅かして遊んでいた時があったんだ。

 

まぁ、最初にやった時に水神様だって知れて速攻謝ったんだけど。

 

数ヶ月前にあった騒動の顛末は俺も知っている。フリーナ様は水神ではなかった。巷では神の権能を審判の判決を決める論示機に全て突っ込み神の力を失ったとか、果ては何人ものフリーナ様がいて界隈を操っていたなんてものもある。まぁフォンテーヌ人はこういうゴシップとか大好きだもんな。多少の尾ひれ位はつくか。

 

 

 

 

まぁそんなことがあって今は普通に街で暮らしてるとは聞いていたんだけど、昔のツケが今回ってきてます。

 

「まぁ、君が心配する気持ちはわかるよ。……よし、じゃあ君の言った通りに撮影のメンバーに君の正体を言わないことを誓おう。…ただし、1つ条件があるんだ」

「……な、なんでしょうか」

「いやぁ、昨日映影の脚本を読み込んでみたんだけど、物語のクライマックス…母親の仇の伯爵をアイリス、チューリップが退治するシーンがね、ちょっとこのままだと刺激が足らないように感じたんだよねぇ」

「……ま、まさか」

 

そのシーンは、啖呵を切った姉妹が伯爵と戦うシーンだ。フリーナさんが何を言い出すのか大体察しがついた俺は冷や汗が止まらない。

 

「そこで、僕の出す条件はこれだ。君を"伯爵が雇った凄腕の殺し屋"の役として起用したいんだけど」

「そんなことだと思いましたよ!!」

「なんだい、君ほど適任は居ないと思うんだけど?」

 

そりゃ俺が適任でしょうね!だって本物だしっ!

 

「いや、だからそもそも俺が戦えるっていうのも隠したいんですけど?」

「えぇ…」

「なんでそんなに不満げなんですか!?」

 

口をへの字にしてるフリーナさん。いやどれもこれもこっちのセリフなんですけど。

 

「だって、普段は普通を装ってるただの店員が、いざ演技になったら凄く戦えるって……すっごくカッコイイだろぅ!」

「知らないですよそんなの!」

 

なんか理由があるのかと思ったら普通にアンタの好みかっ!

 

ただ立場も何もかも全部向こうが上な以上、俺に拒否権はない。

 

「わ、わかりましたよ。……やりますよ」

「ほんとかいっ!…よぉし!まさか本物の"白影(はくえい)"の殺陣(たて)が見れるなんて……撮影が楽しみになってきたよ!」

「へいへい。……あとその名前恥ずいんで辞めてください」

 

ぴょんぴょん跳んで喜ぶ彼女を尻目に、俺は肩を落としてため息を吐いた。

 

はぁ、マジでどうなるんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

「この度この映影のアクション監督、並びにチューリップ役を詰めさせてもらう、特巡隊隊長のシュヴルーズだ。突然の加入で申し訳無いが、どうかよろしく頼む。

 

翌日、撮影場所に行くと人が増えていた。お名前を蛍と言うらしい旅人さんから話を聞くと、元々アクション監督として千織さんの采配で加わる予定だったところ、綾人さんが役を譲ったらしい。

 

撮影団のメンバーとそれぞれ挨拶をする彼女をぼーっと眺めていたらフリーナ監督が声を上げる。

 

「それと、僕の勝手でクライマックスのシーンをテコ入れすることになったんだ。伯爵と対決するシーンだけど、ここに新キャラを入れようと思う」

「新キャラ?」

 

グザヴィエさんには伝わっていたので首を縦に振るが、それ以外のメンバーは初耳のようでそれぞれ驚いた表情をしている。パイモンちゃんが手を挙げて質問した。

 

「えっと、新しい役ができたのはわかったけど…誰がやるんだ?」

「その人はね…君の隣にいるよ?」

「へ?」

 

パイモンちゃんの抜けた声とともに俺に視線が集まった。

 

「ヨ、ヨロシクオネガイシマス」

「ええぇ!?クレイがか!?」

 

まぁ、新役ならみんなに言わないとね!うわぁすごいみんなに見られてる。特に千織さんの方向けねぇ。

 

「ふーん。随分急ね?」

「つい今朝頼まれたんですよ。なんでも伯爵が雇った殺し屋の設定と、俺の背格好が一致しているらしくて。……まぁ、やるだけやってみます」

 

腕を組んで聞いてくる我が店主様ににこやかに返す。とりあえずもう役は決まっちゃったし、このまま押し通るしかねぇや。

 

「じゃあ、早速撮影を始めよう!クレイの出番は明日の撮影になるけど、時間があったら主役の2人や伯爵役と打ち合わせをしておいてくれ」

「わかりました」

 

フリーナさんの号令でそれぞれ撮影の準備を始める。既に全員変更後の脚本は渡されているし、裏方の仕事をやりながらセリフを覚えるとするか。

 

とりあえず俺は主役の2人に挨拶することに。殺陣で一緒になる分動きとかはしっかり打ち合わせしたいしな。

 

銃の持ち方を確認している2人に近づくと、綾華が会釈をしてくる。

 

「クレイさん、よろしくお願い致しますね。新しい役を任せられるなんて凄いですっ」

「ありがとう。シュヴルーズさんも、よろしくお願いします」

「ああ。こちらこそよろしくお願いする。飛び入り同士、お互い助け合って行こう」

 

シュヴルーズさんと握手を交わすと、彼女は少し俺の耳に口を寄せた。

 

「……フリーナ様から君の事情は聞いている。……フォンテーヌの一市民として、感謝する。会えて光栄だ」

「……よ、ヨロシクオネガイシマス」

 

うっそだろマジかよ。ま、まぁこの人とはパレ・メルモニアで面識あるし手を打ってくれたことには感謝するけど…。

 

まぁ、味方が増えたってことにしよう。うん。なんか長年秘密にしていた俺の正体がダダ漏れになってるような気がするけど、…このまま千織さんにもバレるとか勘弁してくれよホントに。

 

「…2人とも、コソコソしてどうかしましたか?」

「いや、この新役の殺し屋がなかなかに格好良いなと話していただけさ。小説版の薔薇と銃士にもなかった展開だから、そのシーンを演じるのが楽しみだ」

「はい。…殺陣の時は私たちで動きを合わせますので、後でその打ち合わせをしましょうね」

「ああ、助かるよ。ありがとう」

 

挨拶を終えて裏方の持ち場に帰ってくると、そこに千織さんが立っていた。

 

「まさか君が新役なんてね。…まぁ適任なんじゃないかしら?」

「それは俺が変質者だからだと?」

「そこまでは言ってないわよ。……キミ、謎に覚えがいいから新しく雇うよりも安上がりって言っただけよ」

「おおぅ、今日も毒強めですね千織さん。でもそこまで応援されちゃあ頑張るしかないじゃないですか」

「相変わらず前向き過ぎてキモいわね」

 

今日も斬れ味抜群だなぁ!(歓喜)

 

今更だけど、俺は別にドMって訳じゃない。千織さん限定でオールマイティになるだけだ。

 

いや、これ伝わって欲しいんだけど、千織さんの毒吐くところってマジで可愛いのよ。すんってした顔か言われるのも良いんだが、特に今みたいに眉が逆ハの字で目を閉じながら腕を組んで言われるのがほんとにクリティカル(語彙力)。一生着いて行きます。

 

「とりあえず最後のシーンまで俺の出番はないので、裏方やりますよ」

「いや、あなたはセリフ覚えてなさいよ。今日決まった役なのよ?色々と、なんかあるでしょ?」

「合間合間で覚えますからいいです。ただでさえ人足りないんだから、俺も働きますよ。千織さんはみんなの衣装の調整ですか?」

「大体はそうね。…まぁ今日増えた役の服を調達に行く用事ができたくらいかしら?」

「ほんとにお世話になります」

 

すぐさま頭を下げた俺の耳に、いつもより少し楽しげな声が響いた。

 

「ふふっ、お世話ならいつもしてるじゃない?」

 

 

 

 

…………。

 

 

 

「好きです」

「はいはい」

 

こういうところで口に出すのがダメなのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

撮影が始まった。パイモンちゃんのカチンコの音が響いて役者が演技をし、それを旅人さんが撮る。

 

主役の2人の演技は素人目の俺から見てもよくできてて、素直にすごいなと感じた。

 

ストーリーは名家の伯爵が女中との間に産まれた兄妹が、駆け落ちを断り毒殺された母親の仇を討つ、という物語だ。原作だとチューリップは男だが、シュヴルーズが演じることになり姉妹に改変されている。

 

母親が殺され、その犯人の伯爵は権力で犯行を揉み消した。姉妹は伯爵一族に復讐を約束し屋敷を逃げ出す。逃げた先に出会った老人に拾われそこで剣術と銃術、話術を学んだ。

数年後、突如その伯爵家の家族が次々と殺される事件が起こった。その現場には必ずレインボーローズーー亡くなった母親の好きな花が置いてある。伯爵はそれをかつて殺した彼女たちの母親の亡霊の仕業だと恐れたが、その正体は屋敷を抜け出した姉妹。彼女達は積年の復讐を成し遂げ、伯爵の悪行を世に知らしめるのだった。

 

原作の小説はベストセラーらしく知っているフォンテーヌ人も多いらしい。

 

そして俺はと言うと、最後のクライマックスシーン。伯爵と姉妹が対峙するところに伯爵側の用心棒として雇われた殺し屋の役だ。姉妹と苛烈な死闘を繰り広げ、最終的にはやられる。

 

 

多分演技方面は大丈夫だろ。ただ問題は殺陣の部分だ。持ってるのは模造剣とはいえ当てたら痛い。それに、向こうは演技とは言えど殺しにくる中で俺は殺気を出しながらもやられなきゃいけない。

 

初めての体験だ。俺の業界でやられる=死だったから、そこをどう動くか。

 

合間合間でセリフを覚え、伯爵役のブラウドさんとも打ち合わせもする。

 

途中姉妹役の2人に監督が耳打ちしてたのが1番気になったが、まぁやるだけやってみるさ。……いやほんとに耳打ちされた綾華が驚いてシュヴルーズさんがうんうん頷いてたのが本当に怖いけど、や、やるだけやってやるさ(震え声)

 

 

そんな感じで裏方やったり台本覚えたりしていたらもう日が暮れてしまっていた。

 

 

撮影が始まると1日が短く感じるな。いよいよ明日は俺の出番だ。頑張るかぁ。

 

 

 

 

 

あ、千織さんは速攻で帰りました。一緒に帰る隙も与えてくれなかった。そんなところも好きですけど(天下無双)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

 

 

 

色々シーンを取り終え、遂に俺の出番がやってきた。

 

ちなみに監督を問い詰めて昨日姉妹役の2人に耳打ちした事を吐かせたら、なんと俺相手だから気にせずやっちゃえ!とか言いやがったらしい。

 

まぁ下手に手を抜いたチャンバラだとラストバトルの印象が悪くなるからむしろガチな方がいいけどさぁ…。もうちょっと言い方なかったのか?

 

 

 

 

「じゃあラストのシーンをやるよっ!クライマックスだから、これまで以上に気合いいれてこー!」

 

監督の声が響き、黒装束の衣装を纏った俺は立ち上がると、フードを目深に被って仮面をつけた。

 

ああ、この感覚、久しぶりだな。

 

なんか気が引き締まり、感覚が鋭くなったような気がする。神の目はないけど、とりあえず思った通りには動けそうだ。

 

ふと、視線を感じてその方を向くと、千織さんと目が合った。彼女はいつものすんっとした顔だけど、俺を見て頷きを返してくれる。

 

なんか応援された気がして元気が湧いてきた。

 

綾華とシュヴルーズさんは監督の指示通りに本気で襲いかかってくるだろう。そして始まってしまえばカットはかからないと思う。それをカメラの画角内で、相手に怪我をさせないように戦う。難易度どうなってんだよこの任務。

 

…と、そこまで考えたところで、気がつくことがあった。

 

場は整っていて、2対1の邪魔が入らない状況。そして相手は本気。

 

 

……なんだ、いつもと変わらないじゃん。

 

それなら、いつも通りやってみよう。決心が固まった俺は持ち場に向かって歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー深夜、綺麗な噴水の前で姉妹とその父親ーー伯爵が対峙する。

 

「………なぁ、今夜は月が綺麗だと思わないか?…まるで10年前のあの日のようだ。

……あのハーブティー(・・・・・・)の香りまで、思い出せる」

「黙りなさい…ッ、お母様を殺した悪党め…!」

「悪党?…私の家族を次々と撃ち殺した君たちが私にそう言うか?」

「アイリスは黙れと言った。……貴様で最後だ。お母様の仇…ッ」

「愛しいチューリップよ。なんだその口の利き方は。私はお前たちの"お父様"なのだぞ?」

「ハッ、それを口にするくらいなら…死んだ方がマシね」

 

目元を鋭くして銃を突きつける姉妹に、伯爵は自信たっぷりに腕を広げる。

 

「ふっ、意味たちのそういう頑固で譲らないとこは、あの愚かな母親にそっくりだ。この世では、金と地位があれば絶対的な力を手にできる。あの女は娘を使って私を揺すれるとでも思ったのだろう?そこが愚かだと言っている」

「お母様はお前に何も要求しなかった。…ただ私たちに、平穏で普通な毎日を送って欲しかっただけ…!」

「それをお前は我が身可愛さで拒否し、お母様に手をかけた」

「お母様が受けた苦しみに比べれば、今からお前が食らうことになる二発の銃弾なんて、遥かに安い。……そう思わないかしら?」

「相変わらず口の減らないガキどもだ。そんなチンケな銃で私たちに勝てると思っているのか?」

 

 

 

ーーコツ、……コツ、……コツ。

 

 

 

2人に銃を突きつけられた状況だと言うのに余裕そうな態度を崩さない伯爵に、姉妹は警戒を強める。…その直後、耳にに届いた足音に振り返った2人は………演技の事を忘れ、息を飲んだ。

 

闇に紛れるように蠢く、黒い人影。

 

フードを目深に被り、手に持った片刃の剣と仮面だけが白いものだからそのふたつが宙に浮いている様にも見える。

 

独りでに動く仮面と剣。だがしっかりと足音が聞こえるのが不気味だ。事実、殺し屋役のクレイがカメラに入ってから外野で見守っていたフリーナやカメラマンの蛍、そして千織の目線が揃って彼の方へ向いていた。

 

コツ、コツと踵が地面を鳴らす音のはずなのに1歩ごとに威圧感を感じる。

 

「…っ、き、来たな。この私からの依頼だ!この2人を始末しろっ!」

「……」

 

只者じゃない。

 

姉妹2人の脳内の警鐘が激しく鳴り響く。数秒惚けて気を引き締め直そうとした次の瞬間。

 

「くっ!?」

「きゃっ!」

 

黒衣の仮面が消えた。

 

数瞬後に手に強い衝撃を感じた2人が手元を見ると銃が弾き飛ばされている。

 

ここで綾華はようやくフリーナ監督の言っていた意味を理解した。

 

(この方……只者じゃありませんっ!)

 

この体に降かかる濃密な殺気といい、今見せた速さといい、演技の一言で片付けられる物じゃない。

 

シュヴルーズの方を見ると彼女も剣を取り出したところだ。脚本ではこの殺し屋と殺陣を行うことになっている。目が合った彼女と頷いて一斉に斬りかかろうとしたところで。

 

「この状況で、呑気に目配せか?」

 

クレイの声……普段聞いているものに比べて酷く色のない声が、自分の真後ろで聞こえた綾華は背筋が泡立つ。

 

咄嗟に飛び退いたところに、剣が振り下ろされた。着地した綺華は殺し屋の隙をついて袈裟懸けに斬り掛かる。彼の後ろからシュヴルーズも攻撃を始めていた。

 

「やぁっ!」

 

その斬撃を黒衣の男は半身になって躱す。そこをついてチューリップ(シュヴルーズ)が横薙を繰り出した。

 

「貰った!」

「甘い」

 

黒衣の男は半身で綾華の斬撃を躱した体勢の身体を低く倒し、チューリップの剣を潜るようにして彼女に足払いをかける。

 

膝を付くチューリップを尻目に、アイリス(綾華)は黒衣の男に向かって姉に当たらない様に剣を突き込むが、剣が彼に到達する前に剣が止まることになる。

 

「…」

「…くぅ!」

 

直後、目の前の黒衣の男からとてつもない量の殺気が飛んでくる。

 

その余波は撮影陣にも伝わり、戦いになれていないもの達は揃って肩を跳ねさせた。

 

そして、固まってしまっている綾華の首筋に最短距離で刃が走った。

 

「させないっ!」

 

その凶刃をチューリップが受け止めて弾き飛ばし、1度離れようとした。…が、それを黒衣の男が見逃すはずもない。

 

カメラが取りやすいよう回り込みながら、今度はチューリップの心臓に向かって剣が突き込まれる。それを防御したところで、姉妹ふたりは退治する殺し屋を演じているクレイの意図がわかってきた。

 

フリーナ監督が言う通り、彼は只者では無い。現に今の殺気は演技などでは無い、本物だった。まるで動いたら殺す、とでも言うかのように普段からその殺気自体を操っているようだった。

 

そして今の打ち込みも綾華は本気だった。それを難なく捌いて急所へ容赦なく、それでいてこちらの防御が間に合うように剣を振ってくるクレイにシュヴルーズ共々舌を巻く。

 

それからセリフを交えた斬り合いが何度か続いた。

 

彼の動きは本物。音もなく、まるで消えたかと思うような速度で入身をしてもらえば即死の箇所に攻撃を仕掛けてくる。殺し屋としての役を思えば当然の狙いなのだろうが、攻撃に躊躇が一切ないところがさらに綾華の恐怖心を掻き立てた。

 

最初は押されていた姉妹だが、外野から言われる伯爵の声に反論を返しながら意志を持ってら強く攻撃を繰り出すうちに、黒衣の男に攻撃が当たり始める。

 

「私はっ!お母様の仇を取るッ!」

「無念の思いで死んでいったお母様の為にもっ、貴様を殺すッ!」

 

アイリスは黒衣の男に斬られた傷口から溢れる血を仮面に振りかけた。

 

目が見えずにたたらを踏む男に向かって、気合いの声を上げたチューリップが剣を突き込む。

 

剣が心臓の位置に根元まで突き刺さり、仮面の裏からおびただしい量の血が流れ落ちた。そしてそのまま崩れ落ちて事切れる。

 

「く、クソォっ!」

「逃がさないッ!」

 

殺し屋がやられたことにより逃げ出そうとする伯爵をアイリスが捕まえ、腹に蹴り入れる。

 

その場にヒザをついた伯爵に、満を持して姉妹は銃を突きつけた。

 

「これで、……これでやっと終わる…!」

「……お前は私たちの父親じゃないし、あの家は私たちの家じゃない」

「…教えてくれ。なんのためにこんなことをする?…母親を失い、父親を殺し、罪名以外に何が残るというのだ?」

 

伯爵の言葉に姉妹は瞑目する。数秒後、開いた彼女たちの目には冷たく…しかし固く決意が決まった顔をしている。

 

「ああ、お前の言う通り罪名以外何も残らないさ。それでも…私たちの中だけに残るものは一つだけある」

「誰にも理解されない、私たちだけの……………"正義"よ…!」

 

 

 

 

 

直後、2発の銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

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