期待のアクション俳優はいつもズタボロ   作:全智一皆

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「雑学の一つくらいあってもよくない!?」
「体で憶えるのが手っ取り早い」


第二話「ひたすら実戦訓練」

 

■  ■

「制限時間は一分。武器は互いにゴムナイフ。武装解除(ディザーム)は無し。首と胸は5点、それ以外は1点。二人共、準備は良いですか?」

「いつでも」

「正直今すぐ逃げ出したいッス」

「後ろ向いたら死ぬぞ」

「やります」

 

 訓練用のスタジオで、二者が対峙する。

 普通の形をしたゴムナイフを持った青年に対し、逆上は青年のそれとはまた形が異なるゴムナイフを持って構えている。

 カランビットナイフ―――元は稲作で稲を植える為の農具として作られた、インドネシア発祥の歪曲した爪や鎌の様な形状のナイフ。

 逆上が出演した『インセクト』において、殺し屋「漿果」が一個中隊を壊滅するワンシーンで使用したモノと同じ形状のものである。

 通常のカランビットよりも刃が長く、根となる部分の外側にクナイとしての役割を持った突起した形状を持つ特製のカランビットだ。

 

「なーんで訓練で『マンティス』持ち出してくるんスかねぇ…」

「愛用品だからな」

「スイッチ入ってるし…はぁ。おい星野兄妹、ばっちし見とけよ。先輩が如何に人間辞めてるか、そしてその師匠たる社長が化け物か」

「そして、彼を見る者は居なかった……」

「おい、殺してやるな。死なないからな、アイツ。…多分」

「おい不安になる様な事言うな? 先輩も殺気出さなくて良いんで、マジ勘弁してください。…っし、やります。せめて抗うくらいの事はしますわ」

「…良い意気だ」

(完全にスイッチ入った〜、終わったー)

「よし、それじゃあ―――始め」

 

 ―――空気が一変する。

 それまで何も感じる事のない普通だった空気が、肺を圧迫する様な重たいものへと変貌する。

 自然と、アクアとルビーの頬を冷や汗が伝う。ただ其処に居て、構えている二人を観ているだけなのに……異様なまでに冷たい緊張が迸っている。

 

「ッ!」

「…」

 

 最初に動いたのは、彼だった。

 ドンッ! と、鈍い音が轟く。

 天より授けられた逸脱した身体能力を駆使してマットを蹴り、瞬きする暇すらなく一瞬で逆上との彼我の距離を詰めて心臓へとナイフを突く。

 しかし、それはあまりにも呆気なく躱される。

 心臓目掛けて放たれた突きは、僅かに体を逸らしただけで躱され、カランビットの鋭く速い一撃が彼の喉を撫でる。

 ヒュンッ、シュッ。

 空斬る音が刻まれる。喉、腕、胸。時間にたった2秒、たったそれだけの時間で逆上は一気に11ものポイントを獲得した。

 

「くそっ!」

「…」

 

 後退する間際に一振り。ナイフの刃先が逆上の腹を掠り、彼に1点が追加される。

 だが、逆上は彼を逃さない。超人たる彼に悠々と追い付く様に、逆上もまた一瞬にして離れた筈の距離を詰める。

 ヒュッ! と、カランビットが彼の右動脈へと襲い掛かる。

 

(来やがった…! 俺まだこれにゃ対応出来ねぇんだよ!)

 

 ナイフを持った手で首元を防ぐ―――が、既に遅い。

 それをした時には既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え!?」

「なんだ…今の」

 

 ルビーは声を上げ、アクアは訝しむ。

 先の攻撃は、確かに右から行われていた。逆上のナイフは確実に彼の右頸動脈を狙って振るわれていた。そして、それを彼は防ぐ筈だった。

 だが、事実はその通りにはならなかった。逆上のナイフはいつの間にか右ではなく左へと移り、がら空きの左頸動脈を斬り裂いていた。

 驚く二人に、黒淵が笑いながら声を掛けた。

 

「凄いでしょ? 右から打った筈の攻撃が左に入れ替わる。一瞬過ぎて見えないでしょ」

「はい…あれも、貴方の戦闘術なんですか?」

「そうですね。戦闘術っていうか、要するに身体操作の応用なんですけど。あれは可変って言うんですね」

「可変?」

「そうだなぁ…じゃあ、アクアさん。ちょっと立って貰っていいですか?」

「はい…何するんですか?」

「今から、さっき俊さんがやった技を見せますので。大丈夫、ちゃんと寸止めしますから!」

「その笑顔が逆に怖いんですけど…」

「大丈夫ですから! じゃあ…まず、こうやって腕を上げて顔に打つ動作をしますね」

 

 アクアの正面に立ち、体を少し斜めにしながら、ゆっくりと動き出す。

 右腕が上がり、拳を象った手の甲がアクアの頬に当たる寸前で停止し、これは普通の攻撃ですね、と笑いながら説明する。

 

「で、これを肩甲骨だけを使って、さらに肩甲骨を逆回転させると―――こうなるんですね」

 

 シュンッ! と、風を裂く音が鳴った瞬間。

 右端に映った拳が、瞬きをする暇もなく一瞬で左目の視界に映り込んだ。

 

「―――」

「これが可変ですね」

「いやいやいや!? 可変ですね、じゃないでしょ! 本当に見えなかったんですけどッ!?」

「そりゃあ、結論で言えば殺人術ですから。見えちゃったら意味ないので」

「こっわ…あの人凄いな、いつもこれ受けてるんだ…」

「……すげぇ」

 

 一言、ぽつりと出たのはそんな単純な言葉だった。

 文字通り、目にも止まらぬ速さだ。瞬きをした瞬間ではなく、瞬きをする瞬間に至るよりも速くそれは解き放たれた。

 これが戦場ならば、一対一の殺し合いだったならば―――今ので確実に顎を砕かれていただろう。

 

「これが、戦闘術…」

「肩甲骨を360度回せる様にして、体に波を起こすんですよ。基本的に縦にしか回らない肩甲骨を、横にも回せる様にして、その果てに360度回せる様にして、そうする事で発生する波を使うんです」

「肩甲骨ってそんな回るものなんだ…」

「俊さんは肩甲骨の他に股関節、自分の場合は肩甲骨・股関節・肋骨の三つですね」

「肋骨!? 肋骨も回るんですか!?」

「はい、回りますよ!」

「えぇ…お兄ちゃん、ヤバいよ。マジヤバいよ…」

「あぁ…アイツが言った意味がよく分かった」

 

 黒淵俊彰―――この男は、怪物だ。

 先の逆上の攻撃も決して見えた訳ではなかったが…アクアには、彼の攻撃は逆上のあれよりも速く感じた。

 残像すら視えない一撃。一瞬にして命を刈り取る技。

 戦場を駆け抜けた男が自ら編み出した戦闘の術。人を殺す為の技術。

 そして―――これを、アクションとして取り込む事に成功させた監督としての腕。

 

「さて…そろそろ時間も迫ってきましたね」

 

 そう言って、黒淵はアクアとルビーから逆上と青年へと視線を移す。

 逆上は既に46ポイント、青年は6ポイント。

 青年の肌には、所々に痛々しい赤色が浮かび上がっている。ゴムナイフが彼の肌を何度も傷付けた証拠だ。

 攻防と言うには、あまりにも一方的な戦いに時間は過ぎていき……

 

「そこまで!」

 

 遂に、蹂躙は終了した。

 

 ばたん…と、青年は後ろから床に倒れ伏した。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」

「ふぅ…前より少し反応出来る様になったな」

「そりゃ…はぁ……はぁ……どうっ…はぁ…はぁ……も……」

()()、大丈夫か?」

「これが……はぁ…はぁ……だいじょ……はぁ…はぁ……見えるか……」

「全然見えないね。おつかれさまー、()くん」

「労い……はぁ、はぁ……どうも……」

 

 大きく肩を揺らし、犬が喘ぐ様に呼吸を繰り返しながらも何とか言葉を紡ぐ。

 それは、3分もの間続いて―――そこまでして、ようやく落ち着きを取り戻した。

 

「はぁ…どうだ、これが俺の先輩。ヤバいだろ…?」

「ヤバいな」

「ヤバいね」

「で、その師匠が社長だ。可変教えてもらったろ? どうだった?」

「自分が死ぬ未来が脳裏に浮かんだ」

「お兄ちゃんが死ぬかもと思った」

「おっけ、お前ら正常だ。俺みたいに格好良いとか思ってたら病院連れて行ってたよ」

「お前もだいぶ瀕死だったから途中で救急車呼ぼうかと思ったよ」

「そりゃありがたいね」

「大丈夫? ()()呼ぼっか?」

「勘弁してくれ。言っちゃ悪いが、お前らのお母さん苦手なんだよ。俺を見る目がなんかムズムズする」

 

 青年は―――今野(いまの)(しん)は、苦笑しながらそう言った。

 その後、マザコンたる二人に色々言われたのは語るまでもない。




今野普(本名)
三話にしてようやく名前が明かされた主人公。名前に意味こそあるが、()とは別人。
ただ彼と名前が似ていて、容姿が完全に()そのものというだけで、その魂も精神も全く違う。言い訳のしようもない本当の別人。
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