「ただいま帰りました」
がちゃり、と扉を開けると見慣れた光景が目に入る。
米花町は事件が絶えないというのに、我が家、正確には毛利探偵事務所は閑古鳥である。一応は毛利家の娘である私は、はあ、とため息をついて盛大にドアを開けた。まったくもう。
「もう父さん、まーた酔っ払ってるんですか?」
「お〜?桔梗、帰ったか〜」
「帰ったか、じゃあありません。どうせ競馬も負けたんでしょう。ギャンブルもお酒もほどほどにしてくださいな」
一応は私の父親である毛利小五郎、本日も素敵に出来上がっている。でもなんだかんだ元警察官らしく、人として犯してはいけない一線をきちんと弁えてたり、私が悩んでたときはちゃんと話を聞いてくれたり、危ない目に遭った時は守ろうとしてくれたり。父親としては尊敬する部分もある。
もし似るなら一応は私の母親である妃英理が良かったな〜と思わなくもない。私生活がね。
ただ、料理の腕前は上手くもないけど下手でもないと思う。少なくとも母さんよりも上手い自信があります。
「明日は新一くんと園子ちゃんと一緒にトロピカルランドに行ってきますので、お昼ごはんも夜ごはんも自分で何か食べてくださいね」
「今日の飯はなんだ?」
「オムライス、です」
そうだ、付け合わせのウインナーをタコにしてみよう。父さんは微妙な表情をするかもしれないけど酔い潰れた父さんの片付けの鬱憤ばらしにはちょうどいい。
それに、なんだか子供向けの料理のレパートリーを増やさなければならないような気がしているので、練習にもなるだろう。
「父さん、早めにお風呂で酔いを覚ましてきてくださいね。後で私がゆっくり入るためにも」
「へーへー」
父さんが立ち上がって風呂場に直行するのを見送った。今日の毛利探偵事務所の営業はもうおしまいなのでclosedの看板をかけて鍵もかけた。
さて、夕食作りの時間だ。昨日買い出しに行ってきたので食材はたくさんある。この、買い物から帰ってきたわけでもないのに冷蔵庫にたくさん食べ物があってなんでも作れそうな瞬間がけっこう楽しいんだよね。
しかしながら、本日のメニューはオムライスなので、まずは冷蔵していたご飯と卵を手に取った。
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さて翌日、工藤新一、鈴木園子、そして私こと毛利桔梗の幼馴染三人組でトロピカルランドに繰り出す予定だったのだけれども。
「園子ちゃんお休みだそうです」
「あいつも忙しいからな」
園子ちゃんが家庭の事情でドタキャンとなってしまった、なんてことだ。これで普通ならデートの雰囲気が醸し出されるのだろうけど、おあいにく様、工藤新一、鈴木園子、毛利桔梗はそんな間柄では一切ないのである。
大体新一くん、大昔に、具体的には十年くらい前に一目惚れした相手を今でも想ってるらしいし。立派な探偵になって今度こそ彼女と再会することが目標であるらしいのだ。今度こそ、というのは実は一年くらい前にその彼女と邂逅してるからだ。
ストーカーという単語は心の中にしまって墓場まで持って行こうそうしよう。
「さて新一くん、先に宣言しておきましょう。私は帰るつもりは毛頭ない」
「オメーはそうだろうな」
「さあさ、付き合ってもらいますよ地獄の果てまでも」
「地獄じゃねえだろ」
せっかく来たのにわざわざ帰る選択肢もないので全力で遊び倒すことは決定事項。そんなわけでカップルの甘さなんてかけらも無いまま幼馴染二人で全力で遊んだ。新一くんは小休止の間中ホームズについて話してた。新一くんがホームズフリークなのは知ってるけど、このマシンガントーク、一目惚れした女の子にしたら引かれそうだなあと思うことはこれで何度目か。
あと私は、推理小説の中ではアガサクリスティ派です。
しばし動き回ったあと、さあメインイベントです。ということでジェットコースター乗車。
結果、殺人事件発生しました。
いや、殺人事件が発生するのは良くないけど百歩譲って理解しよう。どうして首チョンパしたのかな???私が混乱と衝撃で一周回って冷静になるタイプじゃなかったらつんざくような悲鳴をあげていましたよ。実際別の場所から上がったし。
新一くんが状況を取り仕切り、顔見知りになってしまった目暮警部たちもご到着。ついでに見るからに怪しい人物が留め置かれている。嫌な予感がひしひしする。
「桔梗、大丈夫か?」
「それなりに」
まあそんな感じで、新一くんはさっくりと事件を解決してしまった。流石は日本警察の救世主、毛利小五郎とは大違いである。
いや、尊敬できる部分もあるんだよ?あるんだけど、ね。
「お疲れ様でした工藤新一名探偵。でも、事件に時間取られちゃいましたね」
「そうだな」
腕時計を見れば、そろそろお開きの予定時刻である。それなりに腕の立つ自覚はあるけれども、高校生が出歩くには多少遅い時間だ。
そして、新一くんは先に帰っててくれと言い残して走り去ってしまった。おい、一応はうら若き女子高校生だぞ、多分新一くんより強いけど。
「まったくもう」
好奇心というか、探究心というか。名探偵には必要なことなのだろう。心の引っ掛かりの根源をまあいいかで受け入れてしまう私にはどうにも真似できない性分だ。
仕方ない、一度家に帰って荷物を置いてから、新一くんの家に様子を見に行くことにしよう。それくらいなら問題ないはずだ。近所だし。
置いてかれたことについては今度あの山のような蔵書から何冊か借りることでチャラにしてやる。そんなことを思いながら一旦帰宅、父さんと母さんへのお土産を整理してから軽くなった鞄を抱えて工藤邸へ。
「…………えー、こんにちは???」
「こ、こんにちは……」
工藤新一くん。なんでちっちゃくなってるんですか。隣で阿笠博士も冷や汗かいてるし。
「…………君、名前は?」
「ボ、ボクの名前は江戸川コナンだ!」
「うわっ新一くんが猫かぶってる」
「気づいてるんじゃねーか!」
渾身のツッコミを全身で浴びながら、小さくなった名探偵を観察する。眼鏡の有無でだいぶ印象変わるなあ。あとぶりっ子演技がなかなか似合っててこれはまた、新鮮である。
「くっそ、やっぱ分かるか?」
「いや、普通は分からないと思いますよ。そもそも幼児化だなんて非現実的な現象、思い至る人の方が少ないかと」
「じゃあなんでオメーは気づいたんだよ」
「それは、」
……たしかに。
工藤新一くんと江戸川コナンくんは、たしかに似ている。似ているのだけれど、ついさっきまで会っていた高校生と、いきなり目の前に現れた小学生くらいの男の子を、いきなり同一視するのもおかしな話だ。
どうして、そう思ったのかわからない。けど、強いて説明するのであれば───
「───勘?」
「勘かよ……」
厳密には違うような気がするけれど、私は小説家でも探偵でもないので、これでいい。
今一番大事にすべきなのは、工藤新一が縮んで江戸川コナンと名乗らざるをえないという異常事態である。
工藤新一もとい江戸川コナンくんも腹を括ったのか、自分の身に起きた全てを教えてくれた。怪しい奴らを尾行したら襲撃され、毒薬を飲まされ、体が縮んでしまったのだという。
「あらー……ドンマイです?」
「軽いなオイ」
「必要以上に嘆いていても仕方ないかなと」
というか、あんまり悲観的になれないのだ、不思議なことに。新一くんはこんなに困っているというのになんでだろ。そんなに薄情な奴だったのか、私は。
なんだか自分で自分に落ち込んでしまうけどポーカーフェイスを頑張る。ここで私が落ち込んでどうするのか。
「とりあえず適当な嘘を吐いて毛利探偵事務所に来ますか?」
「適当な嘘って、他に言い方あるだろ……」
「なんかこう、優作さんの隠し子って設定でいいですかね」
「ダメに決まってんだろ!」
そんな感じで、諸事情により急遽工藤家を頼ってきたが運悪く入れ違いになってしまった工藤新一と阿笠博士の遠縁の小学生の江戸川コナンくんが、毛利探偵事務所に居候することになったのだった。
さて、父さんの言いくるめ頑張りますか。