父さんの健康診断にくっついて行った先で、夕食をご馳走になることになった。父さん眠りの小五郎で有名だからね。たまにこういうこともある。
典型的なシンプルな和食は、だからこそ身に染みるような輝きがあった。そういえば最近は洋食か中華系しか作ってなかったなあ……近々こういう和食作ろう。
父さんの主治医の息子の新出智明先生も並んで食卓についている。とりあえず相槌打ってたら、父さんがワトソンとして組まないか?とか、私を嫁にとか、なんか新出先生の勧誘を始めていた。やめて。
「あのですね父さん。ワトソンは医者じゃないですか。私は今の所獣医志望ですよ。父さんもよく分かってる筈だと思います」
「将来の夢があるなんていいですね。難しい道だと思いますが、頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」
応援してくれた嬉しい。いや、父さんも私の将来の志望学部のことはもう話してあるから、ただの冗談だってことは分かってるし、変に進路変更求めてくるような人ではないと知ってるけど。
にしても、最近やたらとワトソン扱いされることが増えてきたような気がする。あれか?小説家になれってか?
にしても、父さんの主治医の新出義輝先生がなかなかやってこない。お婆さんの話曰く風呂に入っているそうだけれど、遅いなあ。食事を誘ってきたのは新出義輝先生だというのに。
特に内容のない駄弁りをしていたら、突如として部屋全体が真っ暗になった。
「停電ですかね?」
慎重に立ち上がる。窓から外を覗けば家々からの灯りが見える。多分ここのブレーカーが落ちただけだろう。新出智昭先生が懐中電灯を見つけて付けてくれたので、なんとか周囲は見えるようになった。
「あ、じゃあ私!ブレーカー見てきます!」
このお手伝いさん、おっちょこちょいというかドジというか、なんか不安を掻き立てられるのだが、大丈夫だろうか。そんなことを新出先生に問いかけつつ待っていたら、ブレーカーを上げたのかばちんと電気がついた。やはりブレーカーが落ちたのが原因だったか。
「なぜブレーカーが落ちたんでしょうかね」
「さあな……どこかで漏電したか、電気の使いすぎか……」
「そんなところですかね、やはり」
聞いといてなんだけど、私もそんなに気にしていない。しかし、風呂場の方の様子を窺いに行った人の悲鳴で、空気が一変する。走って駆けつけたら、そこには風呂の中で感電して動けなくなった新出義輝先生の姿があった。
出入り口が狭くて中には入れない。幸いコナンくんが中にいるから行動はコナンくんに一任できる。
「感電、ならばコードを!」
「抜いた!」
「とりあえず僕は心配蘇生を試みますから、義母さんは強心剤入りの点滴を!ひかるさんは救急車を!」
「私は念のため警察にも連絡します!ですよね、父さん!」
「ああ、そうだな」
中は男性陣に任せよう。狭すぎて人が集まってても何にもならない。連絡を入れるため、とりあえず廊下を逆走した。
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必死の蘇生も虚しく、父さんの主治医の方の新出先生の死亡が確認された。表面上の状況だけをぱっと見で判断するなら事故死ということになるのだろう。コード付きの電気カミソリが浴槽の湯の中に沈んでいる。湯船で髭剃りをしていたらうっかり感電ということだろうか。
まあ、足元の名探偵は何かを発見しているようだけれど。とりあえずしゃがみ込んで小声で確認する。
「コナンくん、何をどう進言しますか」
「体勢がおかしい。髭剃りをしていて倒れたなら頭が逆になる筈……」
「了解、伝えてみます。あくまで気づいたのはコナンくんであり、私は代弁者なので、適当なタイミングで投げますが」
まずは高木刑事におおむねの疑問点を伝えてみる。大体の納得を得られてから、それらがコナンくんの着眼であることを伝える。父さんの反論は、電気カミソリの電源がオフになっていること、音が聞こえなかったことなどを指摘。これで事故の線と共に他殺の線も浮かび上がった。
……先に電気カミソリの電源伝えた方が良かった気がする。
まあいっか。
しかし、他殺の可能性が出てきたことで全員のアリバイがチェックされることになった。私と保本さんというお手伝いさんはお互いに一緒に行動してたのでアリバイあり。ブレーカーを操作した時の動作も証言が一致。
あと、生きてる方の新出先生が帝丹高校のバスケ部コーチをしている件についても証言しておいた。若い男の人だから地味に噂になるんだよね。キャーキャー言われてた。
おおむね話が済んだので、新出先生は怪我人の治療で一旦退席。私もお手伝いのため着いていく。
「へー……包帯の巻き方も手慣れたもんだ……」
「習い事柄、怪我もそれなりにしてきたので。それに、小さい頃よく怪我をしてきた幼馴染の手当もやってましたから」
会話をしながら、手早く包帯を巻いてハサミで切る。その際軽く指を切ったので絆創膏だけもらった。うっかり。
手当ても終わったので、部屋の外に出る。その際、新出先生の服の裾を引っ張って呼び止めた。
「新出先生」
「どうかしたのかな」
一度、まっすぐに目を見つめる。それから、腰を折って深く頭を下げた。
「申し訳ありません。新出先生の目には、ひどく、不躾に感じるほど、この場を荒らしているように見えると思います」
警察や父さんの行っている一連の流れに、不審を持っているのは察していた。私には推理も証拠集めもできない。生きている人間との対話くらいしか、できないから、この場で真実を探究することのできるすべての人に代わって頭を下げる。
「君が頭を下げることじゃないはずだ。実際にこの場を引っ掻き回しているのは」
「警察と探偵です。そして、私はこれが必要なことだと思っています」
あの名探偵が何かあると気づいた。ならば、きっと“何か”はあるのだろう。謎を解かなければ、事件を解決しなければ、永遠に失われてしまうものが。
「決して、死者も生者も冒涜するような方々ではありません。その点は、私の全てを賭けて断言します。感情のことですから、全てに納得していただけるとは思いません。しかしどうか、受け入れてはいただけないでしょうか」
お医者さんでも帝丹高校の部活の指導者でもなく、一人の新出智明という人間に対して一心に願い、言葉を紡ぎ、頭を下げる。重苦しい沈黙の中、先に口を開いたのは新出先生の方だった。
「……君のその言葉を、信じていいのかな」
「はい」
「わかった。頭をあげてくれないか」
言われてから、言われた通り頭を上げた。新出先生が困ったような、怒ったような、複雑な表情のまま私を見ている。
「君はどうして、彼らのためにそこまでできるんだい?」
「私が聞けるのは生きている人の言葉だけなんです。死んだ人の遺した言葉はわからない。人ではない物が残した過去の出来事を読み取れない。だからせめて、生きている人の言葉や苦しみや、SOSだけは、聞き逃さないように、気をつけることにしました」
宮野明美も、麻生成実も。言葉を取り逃がしたせいでいなくなってしまったので。
次にいなくなるのが、私の大切にしている家族や友人であるとは限らないので。
そうか、と新出先生は嘆息した。
「……なんだか、君が
「はあ、まあ。最近はワトソン呼びされることもあるような気がします」
残念ながら、私の人生の愛読書はホームズでもなくポアロでもなく、シートン動物記であるのだけど。
この後、色々な思惑の乗った謎解きの末に事件は解決した。真実の取り扱いの難しさをまた一つ実感する出来事だった。