ここ数日で、現職の刑事が二人も連続で射殺されるというセンセーショナルな事件が発生した。コナンくんと少年探偵団もそのうちの一件、最初の殺人の際に現場に居合わせたようで事情聴取のために警視庁に。私と父さんは保護者役として顔を出した。
この子達も事情聴取慣れしてるなあ、頼もしいやら末恐ろしいやら。
私が言えたことじゃないか。
そんな事件が起こっても、慶事はあるし日常はつつがなく進む。白鳥警部の妹さんの結婚を祝う会に招待されたので、父さんコナンくん、園子ちゃんとお出かけしたが、なんとなく警察関係者がピリピリしているのがわかる。
「あ、母さん!」
「あら桔梗、久しぶりね」
「お前も呼ばれたのか」
「ええ。沙羅さんは弁護士の卵だから、その関係でね」
母さんとも合流。クロークに荷物を預けて会場へ。立食形式の会場には大勢の人が集まっていた。やっぱり一部はピリピリモードだけど、直接関係ない私たちくらいは明るくいないとパーティそのものが楽しくなくなってしまう。
「佐藤刑事と高木刑事はいつも通りですね」
いつもと変わらないやり取りをしている二人はある意味すごいと思う。父さんは小田切さんという刑事部長のところに挨拶に出かけていった。すごい人のようだ。その後、あの人が誰かとか幾つか紹介がありつつ、時間が進む。
司会の挨拶のあと、主役の新郎新婦が入場し、パーティが本格的に始まった。
隣で父さんとコナンくんが、最近の事件について血生臭い事柄に思いを馳せているのを横目で見る。父さんはともかく、コナンくんの推理モードはここでも変わらないようだ。
やはり探偵とは、推理しなければ死ぬマグロのような生き物であるらしい。
新郎新婦が高砂から降りて私たちのところに来てくれた。馴れ初めを教えてくれたが、プロポーズの言葉はなかったらしい。
「男はそのくらいの方がいいわよ。歯の浮くようなセリフを言う奴にろくな奴はいないから」
「と、いうことは。母さん、歯の浮くようなキザなプロポーズをされたことが?父さんのプロポーズの言葉を教えてもらっても?」
ここぞとばかりに追求する。父さんのプロポーズ、だいぶ前から気になってたんだよな〜!園子ちゃん、沙羅さんも同じように追撃してくれたので母さんも押し負けてくれた。二人ともありがとう。
ちなみにプロポーズの言葉は『お前のことが好きなんだよ、この地球上の誰よりも』だったそうだ。
きゃあ、素敵。
「桔梗、アンタもそういうこと言われる日が来ると良いわね〜」
「私は当分先になりそうですね……それなら、園子ちゃんだって素敵な京極さんがいるじゃないですか」
「新一くんとどっちが早いかしらね」
「彼の猪突猛進さを鑑みると、新一くんではないでしょうか?」
わいわいプロポーズで盛り上がってから、新郎新婦は別のゲストのところに向かっていった。背後では穏やかではないやり取りもされていたけど、無理に反応することはないだろう。親子のことは親子にしか分からないということもある。
それこそ、私と父さん母さんの仲だって外から軽く見ただけでは分かりにくい家庭環境だしなあ。
「では母さん園子ちゃん、私はレストルームに行こうと思うので、少し外します」
「ええ、わかったわ」
二人に一声かけてから会場を一旦抜け出す。クロークで鞄を受け取って、同じ階の女性用トイレの個室に入って用事を済ませる。扉を開けたら、そこに佐藤刑事がいた。
ハンカチを取り出して手を洗いながらも、挨拶する。
「佐藤刑事、どうも」
「警察官ばっかりで、おかしなパーティでしょ?」
「いえ。ここ最近物騒なので、佐藤刑事もお気を付けて」
「大丈夫よ。私、タフだから!」
他愛無いおしゃべりをしていたら、ばつん、と電気が消えた。このおかしなまでの暗闇は停電だろうか?
「……停電でしょうか」
「おかしいわね。様子見てくるから、動かないで」
肩に手を置かれて、出口を手探りで目指す佐藤刑事の周囲をぐるりと見渡した。真っ暗闇では目に痛いほどの光が差しているのを見つける。しゃがんで触れてみると、そこには明かりの灯った懐中電灯があった。とりあえず、これで周囲が見えるかな。
「佐藤刑事、懐中電灯がありましたが、使われますか?」
「え?」
「これです」
懐中電灯を向けると同時に、カチリと音がした。出口の方からということは、誰か近くにいるのだろうか。
懐中電灯に照らされて、拳銃を握りしめた手が目に入った。
「っ!」
「ダメ、桔梗さん!」
すぐに懐中電灯を放り投げたけど、それより引き金が引かれる方が早い。佐藤刑事が撃たれるのを目撃しながらも、なんとか腕を掴んでこちら側に引き寄せた。放り投げた懐中電灯が回転して、一瞬男の顔が照らし出された。水道管が壊れて、あたりがあっという間に水浸しになる。
佐藤刑事を守るように抱え込んだ。弾丸はこちらに向けられて、左腕を掠った。
それで弾を撃ち尽くしたのか、男が逃げていく。佐藤刑事のことで、追いかける余裕はない。私の腕の怪我は、今は置いとこう。
「佐藤刑事!?」
ハンカチで傷跡を押さえつけて止血を試みる。異常事態が発生した、誰か早く駆けつけてくれるのを祈る。
「………………どうしよう」
失敗した。
間違えた。
怒られる。一番やってはいけないことをした。工藤新一の不利益を起こしてしまった。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
佐藤刑事が死んでしまう。私のせいで人が死ぬ。
工藤新一の隣にいるのに、江戸川コナンの横にいるのに、私が、私は───
「桔梗!」
「…………あ」
名前を呼ばれて顔を上げた。大人たちが駆けつけていた。父さんもコナンくんも、いる。
心臓が握りつぶされたような痛みに襲われた。背筋が冷えて、言葉が出なくなる。
ごめんなさい、ちゃんとできなくてごめんなさい。
かひゅ、と息を吸い込んだ瞬間、体に力が入らなくなる。そのまま、視界がブラックアウトした。
+++++
ふと目覚めた。よく分からない場所にいる。頭はぼんやりしているし、体は全体的にだるい。気落ちしているのか、動きたいとも思わない。
そのままぼーっとしていると、隣に座っていた、明るい髪を結った女の人と、茶髪の女の子が私の顔を覗き込んできた。
「桔梗!よかった、目が覚めたのね!」
「大丈夫?気分はどう?」
………………誰だろう、この人たち。
「腕の怪我は掠った程度で、安静にしてれば治るみたいよ」
「あの……」
「どうしたの?今ナースコール押すけど……」
「ききょう、って、わたしのことですか」
この人は、私の顔を覗き込んで、真っ先に桔梗と呼んだ。桔梗は植物の名前だけど、私は植物ではないし、部屋の中にも桔梗の花はない。
消去法。ききょうとは、私のことだろうか。
そう思って聞いたら、二人の表情が固まった。
「桔梗、私のことは分かる?」
「……だれですか。かんごしさん、では、ありませんよね」
看護師さんは、白い服を着ているはずだ。この人の服装は紫色のワンピース。じゃあ、この人は一体どうして、私のそばにいるのだろうか?
知識を引っ張り出すように伝えてみたら、女の子の顔がグシャリと歪んだ。違う、そんな表情をさせたいわけじゃないのに。
「……その、ごめんなさい」
だめだ。また間違えてしまったようだ。
何を間違えたんだっけ。でも、とてつもなく酷い失敗をしたはずだ。
……なにも思い出せないのは、私のことがわからないのは、その間違いの罰なのかもしれない。
どうしよう。何をすればあがなえるのだろう。
人を呼んでくる、と、茶髪の女の子がいなくなってしまった後も、ずっとその事について考えていた。私の手を握る女の人の手のひらが、火傷するかと思うくらい熱かった。