成り代わり娘の原罪   作:サブレ.

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第二十三話:瞳の中の暗殺者【3】

翌日、朝早くに出かけて行ったコナンくんを見送ってから、私たちもトロピカルランドに出かけた。

お城とか、ジェットコースターとか、見覚えのある場所がいくつかある。

 

「ねえ、私たちも乗ってみようよ!もっと何かを思い出すかもしれない!」

「あの、園子ちゃんも一緒に、乗っていただいていいですか?」

「もっちろん!」

 

園子ちゃんに手を引かれて、ジェットコースターに乗ったり、ジュースで休憩したり。その度に何かが引っ掛かるような感覚。

やっぱり、この遊園地にヒントがあるらしい。だけど、なかなか鍵が開かない。

……そもそも、南京錠だけがかかってて、鍵穴に合う鍵が、どこにもないのかも?

ぼんやりしてたら着ぐるみが暴れ出し速やかに鎮圧された。守られてるなあと霞む思考の中で実感する。

 

「ねえ、桔梗。ぼんやりしてるけど大丈夫?」

 

大人たちは暴れた人を連行して、父さんもそれについて行った。園子ちゃんに呼びかけられて、次はどこで遊ぼうかという話になる。パンフレットを広げてのびのび満喫モードになった少年探偵団に笑みが浮かびながらも、私も園子ちゃんの持ったパンフレットに目を通した。

 

 

それからしばらく遊び回ったけど、記憶の蓋は開かない。ずっと鍵がかかっている。

ベンチ休憩していると、園子ちゃんが飲み物を買ってくるからと少し離れて行った。子供達と博士はお菓子のワゴンに並んでいるので、私一人きりになる。

そういえば、ここ最近は警護の人とか病院で一人きりになるのは久しぶりだなあと思っていると、三人がけベンチの真ん中を開けて一人の女性が座った。私よりも小柄で、日除の帽子を被ったせいで顔はよく見えない。

 

「どうも、久しぶり。ずいぶんとお悩みみたいだけど」

「あの、すみません。お知り合いでしょうか」

「あれ?あなた、毛利桔梗ではありませんでしたか」

「あってます。でも私、記憶喪失で……」

「記憶喪失……あー、だから心療内科。私はそうだな、知り合いといえばそうかな?一応挨拶を交わした仲なんだよ。同じ心療内科に通院している時に見かけてね、何があったのかと思ったんだけど」

 

女の人はポケットを弄ってタバコを取り出すと、そのまま咥えてジッポライターで火をつける。いいのかなこれ。

 

「あの、年齢……」

「こう見えて三十路手前」

「え!全然見えない……」

「あはは、よく言われるかな。職質の常連なんだよ」

 

苦労があるのか、女の人が苦笑した。ベンチに背中を預けて紫煙をくゆらせた彼女が、ふっとこちらを見る。

 

「で、君は何に怯えているのかな」

「怯えてる、ですか」

「怯えてるねえ。とんだ悪いことをしてしまった顔だ。もっとも、周りの人はそうは思ってないみたいだけど?」

「そうなんです。その、工藤新一くんに、顔向けできないことを……何をしたかは分かりませんが……」

「あー、そうきたか……」

 

女の人ははあ、と大きく息を吐いてタバコを携帯灰皿に入れた。ジッポライターと合わせてウェストポーチにしまいながら、言葉を紡ぐ。

 

「工藤新一くんに失望されるようなことをしたと」

「はい」

「それ、工藤新一くんに直接聞いた?」

「いいえ。連絡が、取れなくて」

「じゃあ、江戸川コナンくんに聞くといい。答えは彼が知っているからね」

 

女の人が立ち上がる。こちらに背中を向けて、しかし意識は私に向いているのがわかる。

 

「あまり思い詰めすぎないように。もしその一件について、工藤新一くんに失望されたとして、責める人はいないんだから」

「あの、」

「桔梗!」

 

園子ちゃんに呼びかけられて、振り向く。ジュースを持った園子ちゃんが駆け寄ってきた。

 

「今の、誰?」

「あ」

 

名前聞くの忘れた。

 

+++++

 

カラフルなパレードの時間になっても、やはり記憶は戻らない。どうしようと少し焦っていたら、子供達が私の名前を呼んでこちらに駆け寄ってくる。

 

「桔梗お姉さん逃げて!」

「拳銃が狙ってるぞ!」

 

拳銃の言葉に咄嗟に周囲を見渡した。私と同時に、阿笠博士も拳銃の存在に気付いていた。

庇われるような形で、阿笠博士が撃たれた。

狙いは私だ。この場で最も恐ろしいことは、私以外の誰かが死んでしまうこと。

踵を返して走り出す。幸にも誰にも止められなかった。

狭い路地に入って、追いかけてくる人がいないことを確かめてようやく息をつく。瞬間、背後から腕を掴まれた。

 

「コナンくん」

「桔梗姉ちゃん、もう大丈夫。人混みに紛れて外に出よう」

 

手を引っ張られた。手を引かれるまま、言われるがままにとにかくあちこちを逃げ回る。そうして、クローズドになったとある施設のてっぺんでようやく足を止めた。

そのままコナンくんが悠然と追いかけてきた犯人を見下ろしている。

ああ、これが真実を背負う探偵の背中なのかと、呆然とそれを見上げた。きっと私はこの探偵に、いつか罪を暴かれる時が来る。

それはきっと、そんなに遠い日のことじゃない。

犯人……風戸先生。私がたくさんお世話になった人が、私を殺そうとしていたのか。どおりで、病院で張っていてもなかなか捕まらなかったわけだ。だって、病院で私の様子を確認しても、何も問題ない立場の人だから。

 

「……ふう」

 

息を整える。

そうして、また逃げまわって、風戸先生がどうやって人を殺したかの答え合わせをして。

何度目かの逃亡の時に、決心がついた。

 

「置いていってください」

「桔梗、何を言って……」

「私は、悪い子なので。……工藤新一という人の足を引っ張るという、彼を怒らせるような、とても悪いことをしてしまいました。だから、コナンくんがそうまでして助けるような、人間ではないのです」

「何言ってんだオメー」

 

期末テスト寸前の、煮詰まったおかしな思考を咎めるような、そんな軽い口調で、コナンくんは私の言葉を否定した。そのまま私の手を取って、これまでと同じように走り出す。

 

「人が人を助けるのに、論理的な思考は存在しねえよ」

「でも私は」

「怒ってねえよ」

 

江戸川コナンが答えを知っている。そう、ベンチで出会った彼女は言っていた。怒ってない、それが、コナンくんの知っている工藤新一の返答なのだろうか?

 

「オメーは頑張っただろ。あの状況で、佐藤刑事の盾になろうとして、風戸さんが去った後も自分の怪我も厭わず佐藤刑事の傷を塞ごうとしていた」

「…………」

「悪い子じゃねーよ。絶対に」

 

自分でも忘れているあの日の出来事。コナンくんは直接見ていないというのに、その日私が何をしていたのか見ていたようにすらすらと言葉にして、私の行動を肯定した。

ふ、と心が軽くなるのを感じる。

ああ、これが───名探偵という存在なのか。

 

「名探偵は、私を、許してくれますか?」

「許さねえよ。……許されなきゃならない罪なんて、最初から無いんだ」

「…………ふは」

 

ずるい人だ、ほんとうに。

今も───昔から、ずっと。

 

「コナンくん」

 

私は、名探偵ほど頭が回るわけではないけれど。私を助けようとしてくれた名探偵の、力になることはできるはずだ。

ぐ、と地面を踏み締める足に力を入れた。

 

「指示を」

 

驚いたように、コナンくんが私を見上げた。つい数ヶ月前、この遊園地に来たときは私が新一くんを見上げていたのが、随分と昔に感じられた。

 

「桔梗、記憶が……」

「何もかも思い出しました。詳しい話は後で───何か策はありますか?」

 

問いかける。コナンくんは不敵に笑って、走りながら指をさす。なるほど、と記憶を掘り起こしながら頷いた。

銃弾が襲いかかってくる中の気の抜けない逃亡劇の最中だというのに、どこか足取りが軽い。

そうして、噴水広場の中央まで逃げてきた。遮蔽物がないこの場所では、銃口を遮る手段はない。

風戸先生の狙いは私だ。コナンくんを庇う立ち位置に私が入り、コナンくんが話術で風戸先生相手に時間を稼ぐ。

その数秒の、奇妙にも感じる会話の最中。

音が聞こえた、と思った瞬間、風戸先生が構える銃が弾き飛ばされた。

 

「なっ……!?」

「───狙撃!?」

 

コナンくんを庇う立ち位置を確保しながら振り向くも、肉眼で目視できる場所には何もない。

しかし、風戸先生の銃を弾き飛ばしたのなら、引き金を引いた誰かは味方のはずだ。そう信じて、風戸先生に肉薄する。

飛び道具やナイフを持っているようだが、間合いにさえ入ってしまえば、負ける道理はない。

陸の船、八極拳の使い手の矜持を見るがいい。

 

「───はっ!」

 

間合いから放った一撃は風戸先生の体のど真ん中を捉えて、そのまま吹き飛んだ。多少やりすぎた感はあるけど、銃で追い回されたから、正当防衛の範疇だと思う。

そういえば、と狙撃で助けてくれた人がいるのかもしれない場所を見上げてみた。

やっぱり、そこには誰も見えない。

 

 

その後警察が集まってきて風戸先生は逮捕された。私の記憶が戻ったことに泣いて喜んでくれた園子ちゃんを抱きしめて宥め、合流した母さんにもお礼を言う。佐藤刑事も意識を取り戻したのでお祝いムードが漂う中、私は遊園地の中での記憶がひっかかっていた。

 

まず、私をベンチで励ましてくれたのは紫苑さんだった。いつもと口調が違っていたが、体格や声は一致するから間違いないと思っていいだろう。プライベートだから口調が違っていたのもまあ納得の範囲。

問題は、会話の内容だ。

 

 

『じゃあ、江戸川コナンくんに聞くといい。答えは彼が知っているからね』

 

 

私は工藤新一について悩んでいた。それに対する不可思議なほどの確信。

彼女は、いったいどこまで知っている?




「はぁ〜………」
「どしたの紫苑姉」
「なにかあった?」
「お世話になってた心療内科の先生が……殺人で逮捕……」
「うわあ」
「……元気出して」
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