父親探しの依頼が来た。探偵事務所の依頼としては定番だなあと思いながらお茶を入れて出す。依頼者の名前は広田雅美。長い髪をおさげにした女性だ。
父さんの背後から写真を覗き込む。父親の名前は広田健三というらしい。中年男性らしい恰幅に加えて黒猫を抱いて笑っているその姿はどこにでもいそうな一般人として文句の付けようがない。
私に発信機を取り付けようとしている不届き者の小さい探偵の足を引っ掛けて転ばせつつ、雅美さんの様子を伺う。私に発信機引っ掛けるなんて百年早い。
「父は、たった一人の身寄りなんです……もし父の身になにかあったら私……」
感情が溢れたように泣き出してしまった雅美さんに、私を含めた三人ともがかける言葉を失った。そのまま依頼を受諾して、雅美さんは事務所を後にした。
結局、一週間後になんとか広田健三さんが見つかった。父さんの地道な聞き込みが身を結んだ形になる。目撃情報から洗い出した結果、最終的に見つけた広田健三さんは競馬場でニコニコで馬券買っていた。確かに猫もゴウカイテイオーのもじりだったな……。
とりあえず尾行して自宅を特定、広田雅美さんに連絡を入れる。すると、予想していたよりもかなり早い時間になって広田雅美さんが事務所に飛び込んできた。
「ありがとうございました探偵さん!父を見つけていただいて……!」
「しかし、来るのが早いですなー……ついさっき教えたばかりなのに……」
「思わず大急ぎで飛んできました!父は今どこに……?」
高揚しながら父さんと話す雅美さんを少し遠い位置から見ている。無事に依頼は達成したかな、と思っていると、低い位置から服を引っ張られた。
「桔梗ねえちゃん、あのおねーちゃん前と感じ変わってない?」
「うん?」
「服装も大人っぽくなってるし、化粧もしてるみたいだし……」
「人が違っていると。しかし化粧って、上手い人はそれこそ別人みたいになりますしね。服装は、再会に合わせておめかししてるかもしれませんし」
それに、父に会いたいという気持ちは本物だろうというのはなんとなく分かる。怪しむのは分かるけど、その深掘りの相手に私を選ぶのはあんまり良い人選だと思いません名探偵。
とりあえずタクシーでアパートに向かう。そこで感動の再会とやらを見届けて、依頼は完遂した。
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その後、広田健三さんが殺されたことが発覚した。ええ……。
目暮警部に話を聞きにいくと、首を絞めて天井から吊るされていたらしい。自殺に見せかけるつもりだったのだろうか。父と娘の仲が悪かったパターンかとも思ったが、話を聞けば残っていた手の跡は大柄な男のものだったらしい。
じゃあ雅美さんじゃないか。
考えてたらコナンくんが叫んでどこか行きそうになったので、首根っこを引っ掴んで止める。
「どこに行くのですか」
「えーっと……」
「……この前の発信機関連ですか」
父さんに聞かれないように小声で尋ねると、小さく頷かれる。はあ、とため息をついて地面に下ろした。
「父さん、コナンくん行きたい場所あるみたいなので送ってきます」
「そうか、気をつけろよ」
「はい」
探偵事務所の近くでよかった。コナンくんをそのまま探偵事務所に停めてある私のバイクに乗せて、ヘルメットを被せる。使うだろうなと思って子供用ヘルメット買っといてよかったよ。
「ナビゲーションは任せます」
「ああ!」
約四キロを走って、たどり着いたのはパチンコ屋。広田雅美さん、パチンコ屋行く人だとは思えないのだけど、発信機はここを示しているらしい。コナンくんは飛び降りてあっという間にパチンコ屋に入っていってしまった。私はバイクがあるのでお留守番。
そしてすぐに蹴り出されてきた。当たり前だ。
「おかえりなさい。どうでした?」
「追跡メガネの電池が切れた……」
「では手掛かりもなくなったことですし、戻りますか。一度方針を整えましょう」
がむしゃら闇雲が似合う性質でもないだろう、この名探偵は。
そんなわけで一旦帰宅。コナンくんを先に事務所に上げてバイクを駐車、したところで謎の大男が事務所を見上げていることに気がついた。
誰だあの人。
とりあえず鍵をポケットにしまって、なんてことないように歩いて少し遠くの横断歩道から車道の向こう側に渡る。そして、横切るついでに男の腕をわし掴んだ。動揺して振り払おうとしてるけど、私の方が強い。
「初めまして、私は毛利探偵事務所の毛利小五郎の娘です。うちの探偵事務所になにかご用ですか?」
淡々と、しかし圧をかけて尋ねる。しばしの沈黙の末、男は白状した。
自分も探偵であると。
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この探偵、広田明という男に依頼されて広田健三さんを追っていたらしい。広田のオンパレード、しかし広田雅美が見せた涙のような、円満な家族ではないだろう。
話をある程度聞いたあたりで、コナンくんはそっと部屋を出ていった。ドアを開けるあたりでコナンくんに追いついてしゃがむ。
「どこに行きますか」
「この犯人追跡メガネで雅美さんを」
「電池切れてませんでした?」
「あっ」
忘れてたなこいつ。
「……とりあえず充電終わらせて戻ってきなさい。足になりますから」
「はーい」
「はい、行ってらっしゃい」
探偵トークで盛り上がり始めた父さんに一声かけて念のため給油に向かう。ガス欠とか洒落にならないし。
私の帰宅とコナンくんの帰宅はほぼ同時だった。目的は達成できたらしい。
足は複数あった方が良いだろう、との判断で私だけバイクに乗って移動した結果、到着したのはホテル。エレベーターで大きな荷物を持った客とすれ違いながらも、広田明さんに会いに行こうとホテルに駆け込んでみたら、その人はもういなかった。
というか自殺していた。近くにいた野次馬の男性に聞くと、ルームサービスを頼まれたホテルスタッフがドアを開けたらもう服毒していて、救急車で運ばれた後らしい。父さんが残された空き缶を観察して、中に青酸カリが入っていたと突き止めた。そのまま目暮警部に連絡を入れている。
「とんでもない事態ばっかりですね……さて、コナンくん、広田明はもういません。どこに行きますか」
「さっきぶつかった女の人が雅美さんなんだ!急がないと……」
「足、複数用意して正解でしたねこれは」
再びバイクに乗って、コナンくんの指示に従って広田雅美を追跡する。タクシーがたどり着いたのは港で、作業員やフェリーから降りたタクシー待ちの客、警備員など何人か人がいる為か、タクシーから降りた女性のことは特に気に留めていないようだ。
くるり、と周囲を見渡して、壁にもたれかかってタバコを吸っている人物に声をかけた。
「帽子を被り眼鏡をかけたタクシーから降りた女性を見かけませんでしたか?」
「ああ、その人なら向こうに行きましたよ」
タバコを持った手でコンテナ群の方向を指し示される。コナンくんはお礼を言いながらも視線はまっすぐコンテナに固定して駆け出していた。猪突猛進とはこのことかと思いながら、私もその人にお礼を言う。手を振る代わりにタバコを小刻みに動かされたのを目の端に留めながら、コナンくんを追いかけた。
大きな汽笛の音が響いた少し後に、コナンくんを見つけた。目の前には、腹からとめどなく血を流す広田雅美の姿。
「雅美さん!?」
「桔梗!救急車呼べ!おっちゃんも!」
「ああもう、まったく!」
とんぼ返りしながら、巡回の警備員を捕まえて警察と救急車を呼ぶように伝える。タイミングを鑑みるに、あの汽笛の音に合わせて引き金を引くことで銃声を掻き消したのだ。
よく考える。つまり慣れているのだコナンくんの言う組織のやつらは、こういった行為に。
やがて巡回の警備員が担架を持ってきて、程なく救急車も到着した。救急隊と入れ替わるようにして父さんたちも到着した。
広田雅美さんは、夥しい出血のためか顔色は青く、もはやぴくりとも動かなかった。
「広田雅美さんは、例の強奪事件の犯人だったのですね」
ニュースの報道で、十億円の強奪事件の犯人が三人とも死亡したとアナウンサーが淡々と読み上げている。これで世間一般には平和が戻るだろう。
その事件のバックに付いていた例の組織のことなんて、知らぬまま。
「とんだ組織と関わりましたね、工藤新一くんは」
「ああ……オメーも、無理に関わんなくて良いんだぜ」
「片足突っ込むのも肩まで突っ込むのも似たようなものでしょう。新一くんはどうせ止まらないんですから、最後まで付き合います」
というか、途中で離脱した方が後味悪いしね。
想像以上の危険に覚悟を入れ直す。この小さい名探偵の旅路に、最後まで付き合って行けるように。