ウキウキで新しく買ったワンピースを下ろす。靴は靴擦れしたら嫌なので元々持っていたものを。荷物を確認、身だしなみもOK。時間も十分余裕がある。
今日はいつものバイクは使わずに公共交通機関を利用するので時刻表のチェックも万端。コナンくんはお出かけ中。
よし!
「では父さん、出かけてきます!」
Paul&Annieのアニマルショー!
出かけていった先のアニマルショーは予想以上の迫力と動物たちの可愛さで大満足だった。猛獣たちの完璧な動作には人間には決して到達できない愛らしさと力強さがある。それを存分に堪能できるショーだった。
「ふふふ、最高……!」
せっかくなのでショップにも行ってみると、ストラップやクリアファイルなどのメジャーなものから、ぬいぐるみといった少し高価なものまで様々並んでいる。こういう売上が動物たちに還元されるのだろうなあ、と思いながらストラップを幾つか選んで支払った。
パンフレットを読みながらショーの内容を反芻しつつ、少し人が捌けるまで待つ。
と、記憶に焼き付けたホワイトライオンのレオンの姿に浸っていたら、時間が経ち過ぎていた。残ってる客は私くらいしかいない。流石にそろそろ出ないと迷惑がかかってしまう。
しかしせっかく出かけたのにすぐに帰ってしまうのは勿体無い。それに、ラジオにスポンサーが出るからそれを聴きたい。
どこかカフェにでも入ろうかとぼんやり考えていたら、後ろから声をかけられた。
「おい」
「はい?」
「この男を見なかったか?」
不機嫌そうな声色だが、怒っていないのはなんとなく分かるので普通に対応する。この人、たしかバスジャックでうっかり強盗犯に仕立て上げられそうになった人だ。名前は確か、赤井秀一。
なんとなく相手の人となりとか感情を把握できた私だから良かったものの、普通の女子高生が声かけられたら普通に怖がると思う。もしかしたら、バスジャック事件で顔を覚えたから話しかけたのかもしれないけど。
黒いズボンに黒いジャケット、そして黒いニット帽子。そして背が高い。父さんが190cm超えてるけど、赤井さんも190近くあるのではなかろうか。
手にしていたのは新聞紙の切り抜き。Paul&Annieショーのスポンサー、ランディ・ホーク氏の来日の記事のものだ。
「どうも、お久しぶりです。ランディ・ホーク氏なら今日のラジオの生放送に出演予定なので、ここにきても会えませんよ」
「いや……この写真によく似た別人だ」
「そうでしたか。やはり私は見ていません。しかし、一時的にマスコミが誰かを囲ってインタビューを試みていた時がありましたので、その人違いされた人があなたの探し人の可能性はあります」
「その男はどこに?」
「さあ……私が見かけたのは遠目でしたし、次に見かけた時はマスコミも解散していたので、彼らも人違いであることには気づいたと思いますが」
「そうか。いや、助かった」
赤井さんは新聞紙を折りたたむと、近くに停めていた車に乗り込んでそのまま走り去ってしまった。
左ハンドル、外車だ。高そう。
それにしてもあの人、バスジャック以外でも会ったことあるような?
「うーん、どこだっけ……まあいっか」
デジャヴだけど、私も父さんの仕事の関係とか、有希子さんのコネクションとかで色んな人と顔を合わせたことがある。そのうちのどこかだろうし、事件とかいうわけでもない。忘れてても問題ないだろう。
バスジャックの時のことはちゃんと覚えてたしね。
と、思ったところで電話が鳴った。
+++++
「すっげえ」
「本当に来た!」
「桔梗お姉さんだ!」
コナンくんに呼ばれるまま指定の場所に行ったら、少年探偵団と阿笠博士もいた。コナンくんには特に伝えていなかったけど、アニマルショーに私が来ていると読んで呼び出したらしい。
誘拐事件が発生したのだとか。なんで?
「……それで、コナンくんは何故、私を呼び出したのですか?」
「もしかして桔梗姉ちゃん、怒ってる?」
「無論です。これからPaul&Annieショーのスポンサーのラジオ出演があるのを楽しみにしているんですよ。事件の捜査に私が必要ならば優先すべきは人命、協力はしますが、不機嫌になることくらいは許してほしいものです」
誰だこんな時に誘拐事件なんて起こした人は、TPOを弁えてほしい……誘拐にTPOもなにもないか。そもそも事件を起こさないでほしい。
「どちらにせよ、ビートルに全員は乗れません。私はバイクによる足を目当てに声掛けされたのでしょうが、こういう訳なので待機しますが……そもそも、誘拐された理由は?」
「おそらくランディ・ホークさんと間違われたんだと思うよ」
「まずいですねそれ」
彼、絶賛生放送出演中なので。
「ということは、あの人も……」
「あの人?」
「その誘拐された外国人の方、待ち合わせされていたのでは?」
「確かにそんなことを言っておったな……桔梗君はどこでそれを?」
「アニマルショーの会場で、新聞記事を片手にこの人と似ている男を見なかったかと聞かれたんですよ。誘拐された方と待ち合わせしていたものと見て、間違いないかと」
しかしながら、連絡先もなにも知らない。こうなったら、念には念を入れて待っておくしかないか。
「……わかりました。待ち合わせ場所だったと思われるショー会場の前で、私がその人と会えるか待ってみます。もしもう一度会えたら状況を伝える、それでいいですね?その、コナンくんが持っているストラップの暗号は任せます」
「すまんの」
「問題ありません。待つくらい大したことないので。状況が動いたら連絡を」
というか、私がこっちにくる必要あったかなあ。そう思いながらUターンして、適当な場所で待つ。
しばらくして、無事に犯人が捕まった旨の連絡が入った。ジェイムズさんというらしい、誘拐された人の無事を聞いてみたら、なんともういなくなったと。
「事情聴取にも来ていないので?」
『ああ。まあ、俺からみたら良い人そうな人だったけどな。気になったのは名前くらいで』
「名前、ですか」
『Professor James Moriarty』
「なるほど。優作さんの因縁とあらば、気になるのも無理はありませんね」
『因縁?』
哀ちゃんの疑問が横から入ってきた。その通りです、と見えないと分かっていながら頷く。
「哀ちゃんは、犯罪クリエイターの存在を知っていますか?」
『え、ええ。噂程度だけど。殺人の方法を教えてくれるって』
「……その、噂程度の犯罪クリエイターの存在を看破したのが、工藤新一の父であり推理小説家、工藤優作です。少なくない猟奇的殺人事件の裏側にその人物は存在したとされ、優作さんはその人物を突き止めるために手を尽くしましたが、依然、成果は出ていません。攻防はそれこそ工藤新一が産まれた直後から行われていたと聞きます」
工藤優作さんの生涯最大の敵と言ってもいいかもしれない。なにせ、すでに発売された小説を使って見立て殺人が起こり、それを目眩しとしてさらなる猟奇殺人事件が起こったのだ。
工藤新一を上回る頭脳を持つあの“工藤優作”をして未だ正体を突き止められない犯罪クリエイター。
工藤家はその存在を、モリアーティと仮称していた。
「とはいえ、今回の事件は
『ああ、俺も同意見だ。モリアーティの関わったと思われる事件の資料を見たが……こんな手ぬるい手段は使わねえよ』
「大体、死体損壊とセットですからね」
ただ殺して埋めるだけの計画なら、まず関わっていないと思って良いだろうというコナンくんの意見に同意する。私も興味本位で資料見たことあるけど、吐き気を催すような事件ばかりだった。これを、優作さんの著作を踏み台にしたり、優作さん自身にちょっかいをかけたりしながらやっていたというのだから、その手腕自体は確かなものなのだろう。
この後、状況説明と確認をしてから一足先に帰った私は、ショーの会場で出会った男の人のことを記憶の片隅に追いやってレオンの勇姿を再生する作業に入るのだった。
「何故FBI捜査官が人違いで誘拐されているんだ?」
「一般通過犯人の運ですかね?」
「一般通過犯人……?」