バレンタインデーとは愛する人に想いを伝える日、ということになっている。園子ちゃんに付き添い山荘にチョコ作りに出かけ、殺人事件に遭遇し、京極さんと合流して……と盛りだくさんな事件を経験した日、私も少年探偵団と父さんと母さん向けにクッキーを焼いた。我ながらよくできたと思う。
そして帰ってきた翌日、私は再びお菓子を作るために工藤邸のキッチンに立っていた。
「山荘で作れば良かっただろ」
「あそこで作ったチョコは恋が成就すると言われていますから……成就して良いのかよくわからないチョコは作らないほうがいいと思いまして」
持参した道具を片付けながらコナンくんの疑問に答える。本を読み終わったコナンくんはソファに寝っ転がって私の行動を見ていた。コナンくんが本を読んでいる間に、もうすでにお菓子作りは終わっている。あとは待つだけだ。
「萩原さんだろ?どうやって渡すんだよ」
「賄賂と引き換えに配達をお願いしているので……もうすぐ到着すると思いますよ」
そんな会話の直後に、ピンポンと軽快にインターフォンが鳴った。来客を出迎えるためにコナンくんが玄関まで移動する。私はお湯を沸かして三人分のマグカップと急須を取り出した。有希子さんとお菓子作りとかしたことあるので、もしかしたら工藤家男性陣よりもキッチンの使い勝手は把握しているかもしれない。
やがて、玄関から騒がしい二人組の声が届いた。
「ハッピーバレンタインだぜ、めーたんてー!」
「嫌味かテメーは!」
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萩原さんと私の共通の知り合いである黒羽くんは、今日は学校帰りなのか制服姿だった。江古田高校なんだと黒い学ランを観察する。お湯が沸いたので、家から持参した緑茶を淹れて、市販品だけどクッキーを出して並べた。外は寒かったのか、黒羽くんは早速お茶を飲んでいる。
コナンくんはめちゃくちゃムスッとしていた。そりゃあ、義理の可能性が高いとはいえ、初恋の女の子からほぼ確実にチョコを貰えるような立場にいる自分と顔そっくりな男の子とか、思うところはあるよなあ。
「黒羽くんは蘭ちゃんからチョコをもらったのですか?」
「まあな。クラスメイトだし?」
ぽんっと音を立てて出てきたのは一眼で義理だとわかることで有名な市販のチョコレートだった。良かったねコナンくん、義理チョコでしたよ。
「そういや、紫苑さんからも色々預かってるぜ?これは名探偵に、こっちはワトソン君に」
「ありがとうございます。……わ、かわいい」
コナンくんに渡されたのは仮面ヤイバーチョコ、私に渡されたのは可愛らしいデコレーションのあるマカロンだった。それからお歳暮のような一筆付きで、父さんにもラッピングされたウイスキーボンボン。一筆があるのは母さんに配慮したとか、そんな感じかな。
マカロンをしげしげと見ていたら、追加で黒羽くんがぽんっと赤いラッピングがされた小さな箱を取り出した。
「で、これがホワイトベースの赤い彗星宛」
「ほわいとべーす……?赤い彗星?」
「誰だそれ」
「俺もそうとしか聞いてないんだよ。なんだっけ、木馬に住んでる赤い人らしいぜ。とにかく木馬の赤い人がいたら渡しといてくれ」
「はあ、まあ。覚えていたら」
「木馬……トロイじゃなくてホワイトベース?」
「だよな、木馬っていったらまずトロイ思い浮かべるよな」
チョコの賞味期限は半年くらいあるので、一度冷蔵庫に付箋とメモを付けて奥の方に入れておく。それからキッチンに戻って、できたお菓子……レモンピールとチョコのパウンドケーキを丁寧にラッピング。デパートで買った黒羽くん用の賄賂こと個包装のタルトを持ってソファに戻る。
「では黒羽くん、こちらが配達料、こっちが萩原さんに渡してほしいパウンドケーキになります。もし受取拒否されたら、黒羽くんの方で食べていただいて構いませんので」
「りょーかい」
レモンピールを一から作ったので、割と気合を入れたパウンドケーキだと思う。
さて、せっかくだし色々と聞いてみるか。
「ところで、蘭ちゃんってお付き合いしている方は……」
「いないなあ」
「タイプと言いますか、好みの男性とか」
「『お姉ちゃんと仲良くしてくれる人』らしい」
「あんまり参考になりませんね」
「ま、あの二人揃って苦労人だからな」
「苦労人?」
「一時期、紫苑さんが病気で長期入院してた頃があったんだよ。それがちょうど中学受験の時期に重なってたりしてさ」
「ふうん……」
なんとなく引っかかるところはあるけど、突いても答えてくれないだろうなあ。コナンくんはといえば、じゃあ紫苑さんと仲良く……と、将を射んと欲すればまず馬を射よを実践するにはと思考を巡らせていた。好きな女の子には一直線、私そういうところ好きですよ。
しばらく見守っていると、私の視線に気付いたのか、次はコナンくんが黒羽くんに話しかけた。
「ちなみに萩原さんは?付き合ってる女性とかいんのか?」
「独身だし彼女もいないはず。Jちゃん曰く」
「J氏と萩原さん、仲良いんですね」
「まあな。この前も一緒に温泉行こうとしたらバスジャックに巻き込まれたって話してたし」
「あの人J氏だったのかよ!?」
「確かに名前はJで始まってましたけど……」
意外なところでJ氏と邂逅していた。まじですか。警備隊隊長とキッドのアシスタントが仲良くて良いのか?と思ったらルームシェアしてる仲らしい。二重の衝撃。
それでもショーの対戦は本気なんですね、なんか男の子って感じがしてしまう。萩原さんは私より一回り年上だけど。
「……はぁー」
「どうした?」
「いや、今更ながら……すごい分の悪い片想いしてるなあと。これ、アレですよね。萩原さんを手に入れたければ怪盗キッドとJ氏と鈴木財閥を倒してみろ!ってやつですよね」
「どこのヒロインだよ」
「ぶはっ……萩原さんがヒロインってっ……くくっ」
「つーかこの場合ラスボス誰だよ」
「萩原さんのお姉さん?」
「えっそうなの?」
そんなどうでも良い話を咲かせながら、クッキーが主に黒羽くんのお腹に収まっていく。せっかくだしと怪盗キッド役の裏側とかそういうのも支障のない範囲で教えてもらったり質問したり。結構興味深い。
「ちなみに、怪盗キッドはなぜコナンくんのことを名探偵呼びするのですか?世間的な名探偵では父の毛利小五郎のほうが知名度高いですよね?」
「ああ、きっかけは一年くらい前かな。NYで工藤新一がミュージカル上演中の事件を解決したことがあっただろ?」
「え、ええ……」
「俺も今はスタントマンとはいえ、エンターテイナーを目指す者の端くれ。そういう者にとっちゃ、あの事件は無視できないものだったし、きちんと解決まで導いてくれた名探偵には敬意を、って話」
「……黒羽の兄ちゃん?僕は江戸川コナンだよ?」
コナンくんと揃って背中に冷や汗をかく。それでもかろうじて反論したコナンくんに、黒羽くんはいたずらっ子のように犬歯を出して笑った。
「
「おまっ、気づいて!?」
「いやあ、不思議なこともあるもんだな。俺も最初知ったときは結構驚いたんだぜ?」
「えええええ」
「ま、そういう訳だ。いつでもどこでも、って訳にはいかないけど、できる範囲で手を貸すってこと」
もしかして紫苑さんが江戸川コナン=工藤新一を察してそうな雰囲気だったの黒羽くんが原因か!?いや、単に江戸川コナンと工藤新一がとても仲がいいって思ってるだけの可能性もあるけど。
「まさか紫苑さん……」
「あーまあ……少し話した」
「これ以上話すなよ!?」
「分かったって!分かったからその物騒なものしまえ名探偵!」
そんな爆弾発言を残しつつバレンタインを兼ねたお茶会はお開き。黒羽くんはお菓子の入った袋を抱えて意気揚々と帰っていった。
江戸川コナンの正体については黒羽くんにしっかりと口止めしたし、そもそも完全覆面であの大人気ショーに出演してるから口の硬さは信頼できると思う、という結論に至った。
「自力で正体突き止められる人、結構身近にいるものですね……新一くんのご両親はともかく、服部平次くんに続いて二人目ですよ」
「三人目だろ」
「?」
「桔梗だって、江戸川コナンと名乗った俺を見てすぐに工藤新一だってわかったじゃねーか」
「いや、私の場合はちょっと違いますよ。こう……ジャンルが」
「なんのジャンルだ」
そんな話をしながら片付けをして毛利探偵事務所に帰った。
ちなみに、萩原さんに作ったパウンドケーキはきちんと受け取ってもらえた。二人で食べたよありがとう、と黒羽くんを介してお礼も受け取った。
萩原さんに食べてもらえたことが嬉しくてガッツポーズ。その日は一日中テンションが高くて父さんとコナンくんに少し気味悪がられたが、まあ、些細なことでしょう。