成り代わり娘の原罪   作:サブレ.

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第三十五話:ベイカー街の亡霊【2】

「世紀末のロンドンは大英帝国最後の最も良き時代だったと言われているけど、実際は貧富の差が激しくて、犯罪は悪質化し、人々の心が荒んでいった時代よ」

「ターンスピットが絶滅したのも産業革命がきっかけですしね……光があれば闇もある、単純ですが否定できないことです」

「なんだその、たーんすぴっとって」

「絶滅した犬種の一つです。回転式のロースター、肉焼き器を回す仕事についていた犬ですね。産業革命により自動肉焼き機が発展したことで種が維持されなくなり絶滅しました」

「桔梗お姉さん、本当に動物が好きだね」

「そうですね」

 

……ひたすら犬とか猫とか羊とか牛とか馬とかと触れ合うだけのコクーンゲームが欲しい。

叶わない夢を抱きながら歩くことしばし、ジャックザリッパーに気をつけろ〜と不気味なアコーディオンの男に遭遇しつつ、なんとかベイカー街にまで辿り着いた。

 

「桔梗姉ちゃん、お願い」

「ええ、請け負いました」

 

ドアノッカーは高い場所にあるので、必然的に私が使うことになる。響くような音を立てた少し後、一人の女性が顔を出した。この人がハドソン婦人か。

さてやるか、言いくるめの時間だ。今回はゲームだから多少の補正はあるだろう。

無かったら後で優作さんと阿笠博士に怒る。

 

「こんばんは、私は毛利桔梗と申します。ホームズさんにお会いしたく」

「ホームズさんとワトスン博士は出張でいませんよ」

「出張?」

「ええ。ダートムーアという田舎に」

「……っ!困りました……ベイカー街イレギュラーズの彼らが、ホームズさんに伝えたいことがあるのだと申しておりまして」

 

この年頃でホームズと言ったらこれだろう。どうだ!

というかホームズ、バスカビル家の犬事件で不在なのか!どういう設定……いや、これは元々のシナリオというよりノアズ・アークのメタ知識(チート)封じの意味合いの方が強そうだ。

厄介な……!

 

「あら!さあさあお上がりなさい。温かいミルクティーでも淹れて差し上げますよ」

「ありがとうございます、お言葉に甘えます!」

 

っし、OK。これで先に進めそうだ。ホームズの書斎の調査はそれこそ彼らの仕事ということで。

 

「では、参りましょうか」

「ありがとうございます!」

「さすがね、私たちのワトソン博士?」

「過大な評価ですよ」

 

明かりのついた下宿の中に入ることに成功。薄暗い街中とは一転、明るい部屋の中は温かみがあって、ほっとしてしまうのは自然な流れだろう。

書斎の中は完璧に再現されていて、コナンくんはホームズの真似っこ中。集中してるのは確かだろうけど、コナンくんそれやってみたかったから、この際嬉々としてやってるだろう。

オタクとはどこのジャンルも変わらないのかもしれない。

 

「おい!この写真誰かに似てねえか?」

「あ!髪の毛があるけど阿笠博士よ!」

「これは、ホームズとワトスン博士ですね!」

 

少年探偵団が発見した写真立てを見てみると、優作さんと阿笠博士がホームズとワトスンになっていた。遊び心満載。コナンくんといい楽しそうだなあなた方。血筋を感じる。

とりあえずコナンくんの号令で、ジャックザリッパーの記録について探す。見つけた資料を共有すると、モリアーティ教授の存在が浮かび上がってきた。

 

「嫌な名前ですね、モリアーティ」

「犯罪界のナポレオン、こういうゲームを作るなら自然と出てくる名前だ」

 

モリアーティ、の名前にコナンくんと二人揃って眉を顰める。因縁深い犯罪クリエイターがよぎりつつ、今回はあくまで“ホームズの宿敵”のモリアーティについて深掘りしていく。モリアーティと接触できないなら、その下のモラン大佐へ、となるのは自然な流れだった。

 

「ホームズのメモによると、大佐が根城にしてるのはダウンタウンのトランプクラブよ」

「では、参りましょうか」

 

 

トランプクラブでは最終的に乱闘にまで発展してしまい、人数が半分に減った。そしてモリアーティ教授と接触し、ジャックザリッパーを捕まえるための協力関係さえ持ち掛けてきた。

のるかそるかの大勝負だが、ジャックザリッパーを捕まえる大チャンスであることに変わりはない。

ライヘンバッハにご注意を、と去り行くモリアーティ教授へ警告を残したコナンくんと共に馬車を見送ってから、口を開いた。

 

「コナンくん、3年後のライヘンバッハは今の段階では未来予知。よろしいのですか?」

「さあな……なーんで言っちまったんだろうな」

「もしも未来予知に近いものが手に入ったとしても、今のコナンくんのようにホイホイ使ってしまっては予知した未来の変質が多発しそうですね」

「どんな“もしも”だよ。ゲームならともかく、現実にはないだろ」

 

ジュール・ヴェルヌ曰く、「人が空想することは全て人が実現できる」らしいけど。この時代やそれよりさらに前からすれば、今の正確無比な天気予報さえ未来予知の一端になるのだろう。

ライヘンバッハについて解説しつつ、おちこむやらかし組二人を慰めて夜明けを待つ。

と、いうか。残った六人のうち、私コナンくん哀ちゃんは十代後半なので、大人からしたらどんぐりの背比べにしても、そこそこ人生経験の差があるんだよね。

とんだ年齢詐称だ。

 

+++++

 

夜明け後のホワイトチャペル地区。経過時間もそこそこゲームの進行に合わせて調整されているらしい。

ふむふむと感心しながらコナンくんの合流を待ち、新聞を買ってモリアーティ教授からのメッセージを読む。

 

「『今宵、オペラ劇場の掃除をされたし。MよりJへ』」

 

Jへ、って聞くと黒羽くんのアシスタントのJ氏を思い出してしまうな。J氏は日本名だしこの場合のJはJames Moriartyの略称だけど。

J氏、徹底的に表へ出てこないあたりにモリアーティ感を感じなくもない。

 

「オペラ劇場に登場する役者を殺害しろ、という意味ですかね」

「多分……あった!」

「凱旋公演……アイリーン・アドラー」

 

これだな。ここにベイカー街イレギュラーズとして舞台裏に潜り込めばいい。NYのときみたいに。

優作さんと阿笠博士、けっこうこのゲームで遊んでるから、アイリーン・アドラーのモデルも想像つくなあ……。

でもあの人かなりの大女優だから、アイリーン・アドラーのモデルの選択としては間違いないのがなんか悔しいような。別のモデル……クリス・ヴィンヤードとかでも見てみたいと思うんですよ。

 

 

その日の夜。他ステージの挑戦者が全滅したことを確認しつつ、オペラ劇場の前に来た。コナンくんが代表して花束を持って、劇場の関係者以外立ち入り禁止ゾーンとなっている控室まで向かう。

 

「アイリーン・アドラーさんの激励のために参りました。彼女は今どちらに?」

「おお、彼女なら一番奥のポスターの貼ってある控え室にいるよ」

「ありがとうございます」

 

そうして出会ったアイリーン・アドラーはやっぱり工藤有希子、というか藤峰有希子だった。工藤優作先生、趣味に走りすぎだと思う。

コナンくんの説得にも応じず、アイリーン・アドラーは君たちが守ってくれるなら、と舞台に出ることを止めはしなかった。

つまり、守り切らなければならないということだ。

舞台袖に移動しながら、淡々とコナンくんに質問する。

 

「ねえ、コナンくん」

「なあに、桔梗姉ちゃん」

「モリアーティ教授は、見物していると思いますか?」

「するだろうね。どうしてそんな質問を?」

「見るとしたらどこから見物するかなあと。やはり、特等席でしょうかね」

 

自分の手は汚さず、言葉一つで動く駒を使って混乱や悲劇を思う存分観察する。

現実に起こる出来事ほどリアリティのある舞台はないだろう。事実は小説よりも奇なり、なんて言葉もあるし、イギリスの文筆家としてはコナン・ドイルの先達に当たるウィリアム・シェイクスピアは『人生は舞台、人は皆役者』なんて言葉も残しているくらいだ。

 

「派手な舞台にならないことを祈りますか」

 

多分、叶わぬ祈りとやらになりそうだけど。

 

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