オペラ劇場ごと爆破するって正気か?
モリアーティが高笑いしているのを横目で観察しつつ、脱落者を出しつつもなんとかアイリーン・アドラーの護衛には成功した。
そのまま、マントやら仮面やらで正体がバレないように仮装したジャックザリッパーを追いかける。
それにつけても、プレイヤーの残りは三人か……!
「っと、!?」
小道を出たところで、待ち構えていたジャックザリッパーがこちらに走ってくるが、多少距離があったので迎撃体制に入る。
しかしジャックザリッパーはナイフを振りかぶるでも銃を取り出すのでもなく、私の手首をものすごい力で掴んだ。そのまま私を連れ去ろうとしてくるが、この距離は私の間合いでもある。
「……はっ!」
「ちっ!」
残った自由な方の腕で肘打ちを仕掛けたが、咄嗟に腕を離されて回避されてしまった。近くの警官が笛を吹いて応援を呼んだことで、ジャックザリッパーが逃亡を図る。
幸い、掴まれただけだからかダメージ判定にはなってない。ぎりぎりセーフってところかな。
「追います!」
「ああ!」
向かっているのは、えー、チャリング・クロス駅か。今にも出発しそうな、というか既に走り出した蒸気機関車に私たち三人とジャックザリッパーが乗り込んだ。
これで、私たちも、彼も、両方とも汽車から逃れられない。車掌さんにお願いして乗客を一つの車両に集めてもらう。
さて、推理ショーの時間だ。任せましたよ名探偵。
コナンくんが語ったのは、二つ目の事件であるハニー・チャールストンについて。結婚したが夢多き女性のため夫と子供を捨ててロンドンに出てきたのだ。
遺留品となったサイズの違う二つの指輪。ハニーは二つの同じデザインの指輪を作り、そのうち片方は息子であるジャックザリッパーに渡した。
「つまり、ジャックザリッパーは、親子の愛に飢えていた?」
モリアーティはジャックザリッパーを拾ったと言っていた。つまり父親からも見捨てられたと言っていいだろう。
ジャックザリッパーにとってモリアーティが第二の父親のような立ち位置にいたとしたら、彼がモリアーティに従順なのも、母のような女性に対する執着が高いのも頷ける。
「……子供の頃から同じサイズの指輪をはめ続けていたら、その指はどうなると思う?」
「一本だけ、極端に、細くなるでしょうね」
私の腕を掴んだ、男の指のように。
なるほど、先に手を上げさせたのはこういうことか……ここで手を上げさせた時点で気付かないから、私は探偵できないんだよなあ。
「ジャックザリッパーは、お前だ!」
コナンくんが指差した先にいる一人の赤毛の長髪の女性。改めて差し出された手は、右手の薬指だけが極端に細い。
「私の見た手と同じですね!」
パニックになる乗客達の中で、なんとかコナンくんと諸星くんを下がらせる。さっき彼は不自然に私を狙った。次にもう一度私を狙ってくる可能性は十分ある。
ジャックザリッパーは、すぐさま床に煙幕を叩きつける。万が一にも巻き込まないように少し離れた場所に移動すると、すぐ目の前にジャックザリッパーの顔があった。
流石に唇の端がひきつる。
「……やはり狙ってきましたかジャックザリッパー、っ!」
喉のすぐそばにナイフを突きつけられ、動きを封じられる。そのまま、手慣れた手つきで拘束されて汽車の上へと連れ出された。
軽業者みたいだな、そういえばトロピカルランドに遊びに行った時の殺人事件の犯人も似たようなことしてたなあと、現実逃避のようなことが思い浮かぶ。
縛られて身動きが取れない状態で転がされてるが、口は自由なので、聞いてみた。
「いったいなぜ、私を狙いました?」
「ならばこちらも問おう。なぜ君は、あの探偵と共にいる」
「さあ。そんなことどうでもいいのでは?例え出会いがどのようなものであろうとも、私は彼の力にならなければならない。私はそのために存在しています」
「ならば精々、気付かれないようにすることだ。君は俺と同じ場所に立っている」
……どういう意味だ?私は新一くんに隠してることとか無いよ。
本物の慈愛、その言葉だけ汲み取るなら連続殺人鬼の狂気なんてないような、本気で私のことを案じている、一人の先達としてのお節介。
そうだ、情だ。間違いなく今のジャックザリッパーには、私に対しての情がある。
プログラムと言われたらそれまでだ。しかし、ノアズ・アークが介入している今、どれだけ元のシナリオから乖離しているのかわかったものじゃない。
コナンくんが駆けつけた時、ジャックザリッパーは既に一人の完成された連続殺人鬼としての姿になっていた。
幻だったのか?と思いたくなるほどの変わりっぷりだ。
コナンくんたちの呼称も“お前”になっていて、いかに私が目をかけられているのかわかる。
「……ふう」
さて、目下の問題は私がとんでもなく足を引っ張っていることだ。
落ち着いて、このシナリオの勝利条件を考えてみる。ジャックザリッパーを見つけて捕まえること。ホームズ不在といい、色々と変化したのだろうシナリオだけど最終目標は何も変わっていない。
よっと、勢いをつけて体を起こす。縛られてると動くの大変だ。そのまま膝から下を汽車の外に降ろすような形で座った。
「コナンくん!あとは任せましたよ!」
「桔梗!まさか、やめろ!」
「ねえ、ジャックザリッパーさん。───共に、落ちていただけませんか?」
にっこりと笑って、そのまま崖下に身を踊らせた。重力に従って体が落ちる。自分とロープで括られていたジャックザリッパーごと。
ゲームオーバーとなり意識が薄れる中、最後に見たジャックザリッパーさんの瞳は、仕方ねえなと幼い子供のわがままを受け入れるような、受容の色を宿していた。
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その後、無事にコナンくんはゲームクリアしたようで私はなんとかコクーンから生還した。やっぱり死亡確定バンジーはやりたくないな……というか何故謎解き系ゲームで死亡確定バンジーやることになったんたろうね。
今度優作さんか阿笠博士に、本来のシナリオ読ませてもらいたいな。
周囲の感動の再会をみつつコクーンの中でぼんやりしてたら、父さんが駆け寄ってきた。
「桔梗!大丈夫か!」
「父さん!」
むぎゅう、と正面から無事を確かめるように抱きしめられて照れ臭いが、心配をかけたのも事実なので大人しく抱きしめられていると、コナンくんが駆け寄ってきた。父さんの腕から一度離れて、何か言いたげなコナンくんの話を聞くためにしゃがみ込む。
「桔梗姉ちゃん」
「コナンくん、どうしました?」
ペタペタと、ほっぺたや肩を触られる。大人しくされるがままになっていたら、少し悩ましげに考えていたコナンくんが瞳を覗き込んできた。
「桔梗姉ちゃん、ノアズ・アークに何か変なこと言われた?」
「ノアズ・アークですか?───いいえ、何も言われていませんよ」
私に不思議な言葉をかけてきたのはノアズ・アークではなくジャックザリッパーだ。故に、その問いかけを否定する。
コナンくんの言っていた、掛け値なしの悪党を気に入ってしまう感覚とはこのような感じなんだろうか?もっとも、ホームズとモリアーティは対等だけど、ジャックザリッパーと私は兄妹とか親子とか、そっちの関係の方が近いけど。
あ、そうだ。これを言うのを忘れてた。
「コナンくん、ゲームクリア、大変お疲れ様でした。私は、お役に立てたでしょうか?」