翌朝。
平次くんが襲撃を受けた、という連絡を受け、とりあえず病院に駆けつける。その後、やり取りがひと段落したのを受けその場を離れた。
個人的な友人と会う約束をしたので単独行動します、という旨で言いくるめて京都駅で待ち合わせ。合流した黒羽くんも朝ごはんがまだだったので、適当なファミレスで朝食を取る。
甘いパンケーキに蜂蜜をたっぷりかけたものをペロリと平らげた黒羽くんは、店員さんが皿を片付けてスペースの空いたテーブル席に暗号絵を写した写真を並べた。私がメールで黒羽くんに送ったものだ。
「西の名探偵が源氏蛍のメンバーに襲撃を受けたって?」
「はい、昼と夜に。今は入院中ですね」
「襲撃は二回目ね……心当たりとかあるか?」
「あー……もしかして、これですかね」
和葉ちゃんから見せて貰った、雑誌のインタビューの掲載ページ、そのコピーを同じように並べる。プリントを持ち上げて、黒羽くんはふうん、と唸った。
「これは仏像の白毫だと思うぜ」
「白毫……?」
「仏像の額、水晶がはまってるのは知ってるか?」
「それなら分かります。白毫って言うんですね」
「そ。仏の額には毛があって光を放つと言われている。仏像なんかじゃ、それを水晶で表すわけだな」
はえー、勉強になるなあ。
「源氏蛍は仏像や美術品の窃盗を中心に行ってきた盗賊団だ。おそらく盗んだ仏像から外れて、なんらかの理由で西の名探偵が拾ったんだろうな」
「仏像って売れるんですか?」
「ちゃんと密売ルートがあるんだな、これが。けど、一部が欠けてちゃ価値は下がる。メモリーズエッグだって魔鏡は外れやすかったけど、それがあるとないとじゃ価値が違うだろ?」
分かりやすい例えをありがとうございます。
つまり、盗まれた仏像から外れた白毫があるということは、白毫が外れて価値が落ちてしまい密売ルートに流せなかった仏像もあるということか。
「それで、肝心の仏像の在処はどこになるんでしょう?」
「それがこの暗号絵の解読に関わってくる訳だな」
ぽん、と何処からともなく黒羽くんが京都の地図を取り出した。
毎回思うけど、この体の一体どこに隠してるんだ。
同じく気付けば袖口から取り出されていた赤いペンで、黒羽くんがさらさらと書き込みを始める。
「階段のうち、五段目は五条通り、四段目は四条通り、三段目と二段目の間は御池通り……っと、こんなとこか。
次にそれぞれの絵だけど。スミレは小川通り、天狗は烏天狗から烏丸通り、富士山は富小路通り、ドジョウは柳馬場通り、鶏は西洞院通り」
「なぜ鶏が西洞院になるのですか?」
「方角だよ。酉の方角は西だ」
「なるほど」
「……で、こんな調子でこれらを全部繋ぐと出てくるのが王の字。そこに点を付け足してやると」
黒くて太いペンで、黒羽くんが点を書き足す。そこに現れたのは玉の字。
地図が指し示す場所、その建造物の名前を読む。
「……仏光寺?」
「を、もう一つ捻ってるんじゃねえか?俺ならそうする」
「では、一度コナンくんに共有しますね。どうせ平次くんも一緒にいるでしょうし」
「西の名探偵は源氏蛍のメンバーに襲撃くらったんだろ?入院してるんじゃ」
「謎を目の前にした探偵にブレーキは期待できません。怪盗キッドはビッグジュエルを目の前に止まれますか?」
切実に、ブレーキがぶっ壊れた探偵を止める手段が欲しいと思ったことは何度かある。具体的にはバスジャックの時とか。
黒羽くんは確かに、と納得して伝票を手に立ち上がる。私も連絡を入れるために携帯電話機を手に取った。
「よお、大阪ぶりだな!」
「……誰や、俺、お前と会ったことあるか?」
「ま、素顔の対面は初めてだな。俺はビッグジュエルショー主演、怪盗キッド役スタントマン、土井塔克樹だ」
「キッドのアナグラムやんけ。絶対偽名やろ」
コナンくんと仏光寺で合流したら、当たり前のように平次くんがそこにいた。予想していたとはいえ病院を抜け出すな。
そして、平次くんと黒羽くんの初対面のやり取りがこれだ。K氏であることを疑ってないのは、克樹の名前がKから始まるからだろうか。
「桔梗、く……K氏と連絡取ってたのか?」
「正直なところ、暗号についての習熟度ならコナンくんたちより彼の方が高いので……」
土井塔克樹、と名乗ったことを踏まえて、コナンくんと私も黒羽快斗の名前を出さないように慎重に言葉を選ぶ。何度もコナンくんを工藤と呼ぶ平次くんを知っている私たちとしては、黒羽くんの判断を否定しきれない。
最終的に平次くんはキッドの兄ちゃんという呼び名で落ち着いたようだった。
ストレートすぎる。
「キッドの兄ちゃんも暗号解いたんやろ?」
「途中までな。現地に来てみないと見えないものってあるだろ?俺自身、
仏光寺内のベンチから立ち上がり、黒羽くんが敷地から出ていく。それを三人で慌てて追いかけると、少し歩いた先で立ち止まった。
立ち止まった先にあったのは、『玉龍寺跡』と書いてある石碑。
「なるほどなあ」
「絵にあった点はこっちか!」
仏像の在処が判明したところで、タイミング良く平次くんの携帯電話機が鳴った。
内容は、和葉ちゃんを預かったので平次くんに一人で鞍馬山に来るように、というものだった。
警察に言うな、とは言ったが通報はしなければなるまい。もっとも、タイミングはここの四人に任されているが。
さて、少々厄介なことになった。
「平次くん、体調悪いでしょう」
「アホ言え!これくらい……ぐ、」
強がった瞬間ふらり、と倒れ込んだ体を受け止める。鞍馬山に行くにしても行かないにしても、休息は必要だろう。
病院から抜け出すからこうなるのだとため息をつきたいのを堪えた。
「えー……すみませんが」
「ま、こういうのはプロに任せとけって」
「ああ、頼む」
「では、打ち合わせと参りましょうか」
平次くんを除く三人の意見が一瞬で一致した瞬間だった。私がこういう場面に参加することは滅多にないから、なんだか新鮮だ。
+++++
玉龍寺では、予想通りであり、何度見ても見惚れるしかない舞台が上演されていた。
先ほどまで推理を披露していたはずの服部平次が、軽々と攻撃を避けたかと思えばふわり、と風にマントが攫われる。桜吹雪と月光の下で、不敵に笑う真っ白な姿───怪盗キッド。
いくつもの矢がつがえられ、放たれる前にトランプ銃で弦を切り裂かれる。さらにどこで入り込んでいたのか、私が和葉ちゃんの縄を解いている間に、部下の群れの中に潜り込んでいた平次くんまで犯人相手に真剣片手に大立ち回りしていた。
「……どこぞの映画ですかここは」
思わず呟きながら、私も警察と父さんへの通報を終わらせて真剣を持っている犯人の部下たちを沈めていく。最終的にどこからか真剣を調達した平次くんが、師範と呼ばれた男を討伐した。
ヒュウ、と口笛が怪盗キッドから聞こえてきた。玉龍寺に集まった犯人と部下たちは全員のされ、あとは警察に引き継ぐだけでいいだろう。
「よっ、と」
呼び出された平次くんへの変装、怪盗キッドとしての囮役という大役をこなしたとは思えない身軽さで、黒羽くんが塀から飛び降りた。すでに月光に映える真っ白な服ではなく、黒いスキニーパンツに黒いポロシャツ、さらには黒いキャップという闇夜に紛れる格好となっている。
「それじゃ、あとはお宝……仏像の回収と返還だな。ま、盗むは返すより難しいけど、やってやれないことじゃない」
「なんや、やったことあるような言い方やな」
「まあな」
あれ?ビッグジュエルショーで返還回なんてあったっけ。
首を傾げていると、なれた様子で黒羽くんが歩き出す。コナンくんと平次くんも分かったように着いていくので慌てて追いかけた。
「鐘楼?」
「ああ。寺全体が玉の字になってて、点のところに鐘楼がある。事前に空から確認済みだぜ」
「あ、はい」
なんか色々ずるいだろそれは。
平次くんがよじ登り、仏像を発見。水晶玉を元の場所にはめて、お返しして、終了。
これにて、京都の仏像騒動は解決、黒羽くんは私がお礼として渡した八ツ橋や限定お菓子をこれでもかと抱えてひと足先に京都から東京に帰って行った。
「なんでキッドの兄ちゃん、工藤とあんなに似てんやろな」
「さあ」
それは私もとても知りたい。
「はっ……まさか隠し子、工藤新一の腹違いの兄弟では?」
「その設定気に入ってんのか?」