崖下から這い上がった時、爪が全部割れたことが病院で判明した。そのためしばらく手料理ができず出前や惣菜、ポアロで済ませる羽目になった。頭を打ったので検査入院もしたし、父さんと母さんも病院に駆けつけた。二人とも、一応娘なのに心配かけてごめんね。
ようやく全快のお墨付きをもらったくらいに、
「スキー!そして待望の男探し!」
「園子ちゃんも相変わらずですね」
バイタリティがすごい。私は彼氏とか全然考えたことないからね。いつか園子ちゃんが素敵な彼氏に出会えるように、なんかこう神様的な人に祈っておこう。
とりあえず復帰祝いも兼ねているので滑ろう。入院前後は頭を殴られたこともあり、運動厳禁だったので体を動かしたい。
園子ちゃんの声に日常復帰を感じつつスキーで滑ってたらナンパを受け、しかもそれが小学生の時の恩師の米原先生の連れの人だった。
「米原先生!お久しぶりです!」
「あら、毛利さんじゃない、久しぶりね」
コナンくんはそういやいたな、くらいの感じだけど、米原先生をお忘れとは何事か。ロッジに移動してゆっくり話をすることになり全員で移動しようとすると、コナンくんに袖を引っ張られた。
「おめー、そんなに米原先生と仲良かったか?」
「私、小学四年生の時に一時期荒れてたじゃありませんか。その時によく目をかけていただきました」
「ああ、あの時期の担任……」
そんな話をしながらロッジでみんなで同じテーブルを囲んで小休止。米原先生は現在帝丹小学校ではなく杯戸小学校に勤めていらっしゃり、ナンパしてきたのはその同僚の方なのだとか。
先生に誘われたので、せっかくだから貸別荘に同行することにした。米原先生のお誘いを私が断れると思わないでほしい。
しかし別荘は山道をしばらく走った場所にあり更にはこのスキーツアーを企画したのは誰なのか誰も把握してないという、不穏すぎる状況。
「大丈夫ですかねこれ」
思わず独りごちたのは許してほしい。ただ、到着した貸別荘は電気も水もヒーターも完備していたので死ぬことは無さそうだ。泊まりがけになってしまったのは、電話で謝ろう。
インフラの確認などを手分けして行なっていると、ピンポン、とインターフォンが鳴った。しかし訪れたのは杉本先生という最後の参加メンバーではなく新聞記者だ。ますます不穏。
でも猛吹雪の中ひたすら疑いあってても始まらない。とりあえず米原先生の言う通りご飯作って寝床整えるか。
台所に向かうと、中村先生という人がいるはずなのにいない。とりあえず火の番と洗い物だけするか。
と、思ったあたりで悲鳴が聞こえてきた。園子ちゃんの声だと理解した瞬間、ガスの火を止めて全力で台所から飛び出した。急ぎで駆けつけて園子ちゃんがいる部屋を全力でノックする。
「園子ちゃん無事ですか!?返事できますか!?」
ドアノブを回すも開かない。内側から鍵がかけられているようだ。仕方ない。
すう、と深呼吸。体制を整えて、震脚。その勢いのまま突きを繰り出すと大きな音と共にドアが見事に破壊された。
「園子ちゃん!に、米原先生!?」
まずは園子ちゃんに駆け寄って、状態を確認する。息はしている、私の時みたいに目立った怪我もない。寝ているだけか。
丁寧に床に寝かせて、次は米原先生に駆け寄る。米原先生は額に痣ができているけど、こちらも命にかかわるものじゃなさそうだ。身を起こすのを手伝って怪我を確認する。
「米原先生、大丈夫ですか?」
「ええ、ありがとう。鈴木さんは……?」
「園子ちゃんも眠っているだけのようです。………良かったあ〜!」
気が抜けて床に座り込んだ。頭殴られて海に捨てられても岸壁攀じ登って復帰できる人間は少数派だと流石に理解している。
よかった。園子ちゃんと米原先生が生きててよかった。そしてこれよりはるかに肝を冷やしたホームズツアーの時のコナンくん、本当にごめんね。
ぞろぞろと他の人も集まってきたので状況を確認。米原先生の手にはミ、園子ちゃんの手にはナの文字。ミナゴロシと言いたいのでは?と言い出した新聞記者のことはとりあえず置いておき、窓から飛び出したコナンくんを追いかける。二次遭難は洒落にならない。
コナンくんが見つけたのは足跡であり、それは正面玄関まで続いていた。
「……外部犯ではなさそうですね」
「ああ。犯人はまだ、この別荘の中にいる!」
「とりあえず、寝ている園子ちゃんは私がつきます。コナンくんは時計型麻酔銃を手放さず、だなんて言われるまでもないでしょうが」
イタズラにしては度がすぎている。犯人、何を考えているんだか。
+++++
その後死体が二つほど発見されました。この死体の中に園子ちゃんと米原先生が混ざっていたかもしれないと考えるだけで恐ろしい。
「コナンくん、犯人わかりました?」
「ああ」
「ならあとは特定して捕まえて警察に引き渡すだけですね。どうやります?」
「わーってるよ……なあ、桔梗」
「はい。探偵役ですね?新聞記者さんがいる以上妥当でしょう」
コナンくんと一緒にいる以上、何度か回ってきた役目だ。今回はついに新聞記者というマスコミの前で披露することになったが、その覚悟はもう随分と前からしている。
「ただ、やるのはかまいませんが、コナンくん無しカンペ無しは流石に無理ですよ」
「だからこのイヤリング型携帯電話機を使う。俺が耳元で推理を話すから、桔梗はその通りに復唱してくれ」
「わかりました。物的証拠は?」
「ある」
「なら任せます」
んー、何回やってもこういう舞台のど真ん中に立つのはなかなか苦手だ。いっそ仮面が欲しくなるけど仮面探偵ってそれはそれでマスコミに騒がれそうで嫌だな。なんて考えながらイヤリングを身につけた。
「そうだ、先にネタバレを下さい。コナンくん、結局犯人は誰なんですか?」
「……米原先生だ」
ぱきん、と心にヒビが入ったような気がした。
そうか。……そっかあ。
「先に、それを聞けてよかったです」
「いいのか?」
「はい。泣こうが喚こうが叫ぼうが現実から逃避しようが、過去に起こった事実は変えられません。人は過去を変えることはできない」
過去の積み重ねに今がある。堆積した時間を掘り進めれば、どれだけ隠そうとも起こしてしまった事実が化石のように現れてしまう。
それはもう、人の手では抗えない摂理だ。
意を決して、みんなを呼び集めるために足を踏み出した。
「……行ってきます」
+++++
推理ショーから二時間後、無事に吹雪が止んで警察が到着。私はといえばぼんやりとその光景を見守っていた。コナンくんは黙ってその隣に座っている。
「桔梗、確か四年生の時に米原先生にお世話になったって言ってたよな」
「そうですね。あの時は地面が崩れ去ってしまったかのような感覚で、随分と不安定になっていたものですから。工藤新一くんにも覚えがあるはずでは?」
「ああ。公園から帰ろうとしないオメーをおっちゃんの所まで何回も連れてったよな」
「はい、その時です」
米原先生は根本的に優しい人なのだろう。優しくても人は殺せるし、冷たくても人は守れる。
月影島で学んだことだ。
コナンくんに向き直る。誰も私たちに注目していないのをよく確認してから口を開いた。
「コナンくん。……いえ、工藤新一くん、ありがとうございました」
しばしの沈黙。コナンくんはピッタリと私にくっついていたけど、徐に私に問いかけた。
「なあ、桔梗。お前あの時期、どうしてあんなに不安だったんだ?」
「さあ。私に言語化を求めないでください」
「はは、だよな」
多少の違和感も疑問も矛盾も飲み込んで受け入れてしまうのが私である。微を見咎め細を掴む探偵にはとてもなれっこないのが自分だ。
よく今回探偵役やらせたなコナンくんは。
「でも、時期はよく覚えてますよ。爆弾魔に高層ビルが爆破されて、何人もの怪我人と大きな被害が出た事件があったじゃないですか」
「あの事件が?」
「事件そのものというよりニュース映像が、ですかね?」
考えてみれば疑問だ。
私はどうして、そのニュース映像を見て、不安に駆られたのだろうか。
そんな考えは、警察官に名前を呼ばれて霧散した。まずは、事情聴取を受けなくては。