荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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第十話 グニラという女

 幸運にもグニラを捕まえることに成功したコトブキ飛行隊は、彼女を連れて羽衣丸に向かっていた。

 

 拘束手段を持っていなかったため、グニラの周りを囲む形で連行することと相なった。

 逃げ出そうと思えばいつでもできそうなものだったが、グニラは抵抗することなく大人しく着いてきている。

 側からは手頃な飲み屋を探している一団に見えているかもしれない。

 

 キリエは横を歩くグニラをちらりと見た。

 

 随分と落ち着き払っている。観念して諦めたのか、何かこの状況を突破する勝算があるのか。

 

 親しい相手に話しかけるように、グニラは前を歩くレオナに声をかけた。

 

「ねぇ隊長さん。煙草吸ってもいいかな、さっきのごたごたで吸えなかったんだ」

「ダメだ」

 

 レオナの返事は素っ気ない。

 

 グニラは別段気を悪くした様子もなく、そうかい、とだけ言った。

 

「君たちは自分の雇い主が薬物の売買に関わっていると知っても何とも思わないのかい?」

 

 レオナが振り返って答える。

 

「マダムは違法な交易品を取り扱うことはない」

 

 後ろを歩いていたケイトも言い添える。

 

「マダムは今回の積荷に薬物が混じっていることは把握していなかったはず」

「ふぅん?」

「マダムは優れた商才を持っているが、危ない橋は渡らない。

 マダムも、当然ケイトたちもルーデの薬物事情を知らなかった。知っていれば、十中八九今回の仕事は受けていないと思う」

 

 コトブキの面々は、揃ってケイトに同意を示した。

 

「カタクリコなんかに手を出したら碌なことにならないものね。マダムはオウニ商会にも私たちにも不利益になることは絶対にしないから」

 

 とザラ。

 

「君たちはいい雇い主に恵まれてるな、羨ましいよ」

 

 暗い表情でグニラは言った。

 

 少し間を置いて、グニラは再び口を開いた。

 

「アキトは元気なのか?」

「あら。やっぱり恋人が心配?」

 

 グニラは肩をすくめる。

 

「トルム貿易を潰したのは私たちだ。そのことに罪悪感はさらさらないが、彼の居場所を奪ったのは……やはり悪いと思ってる」

 

 レオナが振り返り、少しだけ柔らかい表情を見せた。

 

「それについては心配するな。アキトは腕も立つし、即興の連携と回避技術は卓越してる。どこに行っても上手くやれるさ」

 

 グニラの表情がぱっと明るくなる。

 

「そうだろう! あいつは昔から周りの動きに合わせるのが上手いんだ! 馬鹿みたいに突っ走る私にもきっちり合わせてくれて、あいつのおかげで私も——あ、いや。えーと、上手くやれてるならいいんだ、うん」

 

 周囲から向けられる生暖かい視線を感じたのか、グニラは口をつぐんだ。

 

 硬い話し方や鋭い顔つきとは裏腹に、思いの外人間臭いところもあるのかと、キリエはグニラの印象を改めた。

 

「グニラにも見せたかったなー。レオナとアキトの一騎打ち」

 

 グニラがキリエの方を向く。

 

「何だい、それは」

「おい、キリエ。その話はよしてくれ」

 

 レオナが気まずそうな顔をするが、キリエは構わず続ける。

 

「アキトが来てすぐにレオナと模擬戦やったんだよ。すごかったなー」

 

 実際のところ、二人して本気になった結果、模擬戦の範疇を超えた大立ち回りになった。キリエにはさっぱり分からないが、レオナは未だにそのことを恥じているらしい。

 

「アキトが勝ったのかい?」

「残念、うちのレオナの勝ち!」

「本当にすごかったんだよ! アキトがぐいんって曲がってレオナが負けちゃうって思ったら、レオナもギリギリのとこで躱してさ!」

 

 身振り手振りを交えてチカが説明する。

 

「どうだった? アキトとの空戦は」

 

 グニラがレオナに問うた。

 

「模擬戦なのに、いつ落とされるかと冷や冷やした。実戦だったらと思うとゾッとする。アキトが味方で本当によかったと思っているよ」

 

 レオナの答えに、グニラは満足そうに笑った。まるで自分のことのように嬉しそうだ。

 

「思っていた以上に馴染めているらしいな。安心したよ」

 

 言葉の割に、グニラの表情に憂いが覗く。

 

「心配?」

 

 目ざとくそれを認めたザラが訊いた。

 

「えっ、いや何を心配することがある?」

「彼氏が女だらけのところで働いていたら心配になるのは自然でしょ」

 

 微笑むザラに、グニラは苦い顔をした。

 

「まあ、こんなに美人揃いなのは想定外だったかな」

「大丈夫だって。グニラも綺麗だよ」

 

 チカが励ます。

 

「それに、アキトは未だにあなたにゾッコンみたいだから。何も心配することはないと思うわよ」

「そうか……なんか、複雑だ」

 

 ザラの言葉に、グニラは曖昧に笑った。

 

「空賊まがいのことをしてる女性相手なんて、少々思うところはありますけど」

 

 呆れたようにエンマが言うと、グニラの表情に少しだけ影が差す。

 

「あいつはお人好しなんだ。こんな馬鹿な女を好きでいてくれるんだから、本当にお人好しなのさ」

 

 キリエはばしばしとグニラの肩を叩く。

 

「でもよかったじゃん。グニラだってアキトのこと好きなんでしょ? だったらもうこんなことやめてさ」

「それはできない。もう後戻りできないところまで来てしまったんだ」

 

 声は暗いが、はっきりとした決意を感じさせる口調でグニラは言った。

 

「えー、強情だなぁ」

「悪いね。こればかりは譲れない」

「恋人の心配を振り切ってまですることですの?」

「……ああ」

 

 呆れたものですわね、とエンマがため息をついた。

 

 黙っていたケイトが口を開いた。

 

「一つ訊きたいことがある」

「何かな」

「昼間の空戦中、ケイトはアキトと衝突しかけた。アキトはあれはあなたが狙ってやったものだと言っていた」

「あの時の隼は君だったのか。そうだよ、あれは狙ってやったんだ」

 

 ケイトが目を見開く。

 

「それは、ケイトとアキトの位置関係を把握した上で、お互いが見えないように誘導していた、ということ?」

「そうだよ」

「信じられない」

 

 ケイトが珍しく、目に見えて動揺していた。

 

「君は明らかに私の動きを読もうとしていただろう。だから裏をかいた。その様子だと上手く行ったみたいだね」

「あり得ない。リスクが大きすぎる。下手をすればケイトだけではなく、アキトも死んでいた。恋人にそういうことができるか、ケイトには疑問」

 

 グニラは何でもないことのように答える。

 

「アキトは死なない。あのくらいは避けられるという確信があったからね。アキトの技量は私が一番よく知っている」

「非合理的」

「そうかな? 現に君は私を見失って被弾しただろう?」

 

 しばし考え込んでから、ケイトが顔を上げた。

 

「グニラは機械でできている……?」

 

 グニラは一瞬きょとんとしてから、腹を抱えて笑い出した。

 

「面白いこと言うじゃあないか」

「ケイトは真面目に言っている。グニラの発言が本当なら人間業とは思えない」

「人間だよ、解剖してくれたっていい。

 それに君だっていい腕してる。尾翼が大破した飛行機であそこまでの動きができるのは相当なもんだよ」

 

 ケイトは首を横に振る。

 

「アキトの援護のおかげ。でなければ一瞬で落とされていた」

「それを抜きにしてもって話さ。ああいうのは機体特性を正確に把握してないとできない」

 

 立場としては敵対しているはずなのに、グニラは躊躇いもなく称賛の言葉を口にする。

 

「今までも商会の用心棒相手に戦ってきたけど、失敗したのは初めてだよ。敵ながら君たちのことは尊敬しているつもりだ」

「空賊から褒められるなんて、用心棒冥利に尽きるわね」

 

 ザラが苦笑いを浮かべた。

 

「私だけじゃない、仲間たちもコトブキ飛行隊のことは高く買っている」

「複雑な気分ですわね」

 

 エンマはグニラ相手にどういう態度を取ったらいいのか判断しかねている様子。

 

「そうだ、赤とピンクの隼に乗ってたのは誰だい?」

 

 キリエとチカのことだ。

 

「私とチカだけど」

「そうか。クライデとゲルト——仲間が褒めていたよ。二度と戦いたくないってさ」

「本当に!?」

 

 チカが声を上げる。

 

 キリエは頬が緩むのを自覚した。チカなんて露骨に嬉しそうだ。

 

 ふと気になったので、キリエはグニラに質問した。

 

「ねぇ、さっき色んな飛行機に乗ってたって言ってたよね。他にはどんなのに乗ってたの?」

「そうだなぁ、隼が一番多かったが、一時期は一式陸攻に乗ってたこともある」

「イッシキリッコウ?」

 

 馴染みのない名前にキリエが首を傾げると、後ろからケイトの解説が入った。

 

「ユーハングの爆撃機。爆撃機にしては運動性能が高かったと聞いている」

「ああ。速度はイマイチだったが舵の利きは悪くなかった。もっとも積んでたのは爆弾じゃなくて交易品だがね。……カタクリコも混じってたんだろうな、くそ、あの時積荷を捨てちまえば良かった」

「私は隼がいいなー、爆撃機は重くてまどろっこしいや」

 

 キリエが言うと、グニラは笑った。

 

「たまには他のに乗るのも悪くないさ。特に用心棒稼業をやるなら、いろいろと触っておいて損はない」

 

 グニラの言葉を、キリエは意外にも素直に受け取ることができた。

 彼女の言葉がある程度の説得力を伴っていたこともあるだろうが、キリエはそれだけではない気がした。

 

 グニラはケイトに、一式陸攻に乗っていた時に敵の攻撃をどう回避したか手振りを交えて説明しており、ケイトはその経験談から自身の所見を述べている。

 

 ここまで饒舌なケイトも珍しい、とキリエは思った。

 同時に、グニラも乗っていた飛行機のことを楽しそうに語っていることにも気がつく。

 

「グニラは飛ぶの好き?」

 

 話に区切りがついてから、キリエは訊いた。

 グニラはさも意外な質問をされたとばかりにキリエを見つめた。

 

「好きか嫌いかで考えたことはないな」

「私は大好きだよ。このどこまでも続く空を自由に飛び回るの。それって最高だと思わない?」

 

 グニラは夜空を見上げた。

 雲の切れ目からは星が覗いている。

 

「自由に、ね。いいかもしれない」

「でしょ! 今度一緒に飛ぼうよ。グニラに会わせたい飛行機乗りがいるんだ。その人も零戦三二型に乗ってて——」

「キリエ」

 

 嗜めるようなレオナの声に、キリエははっと口をつぐむ。

 

「あ、ごめん……」

 

 露骨に肩を落としたキリエに、グニラは小さく笑った。

 

「悪いな、キリエ。今の私に自由は贅沢すぎる。しがらみとかスポンサーとか余計なものをぶら下げて飛ぶしかないんだよ」

「そっか……」

 

 さっぱりとした物言いとここまでの会話を経て、キリエは自身がグニラに好感を抱きつつあることを自覚した。

 

 レオナたちによく、敵に絆されるのはよくないと注意されていたことを思い出す。

 

 しかし、どうしてもキリエには、グニラが根っからの悪人には見えなかった。

 

 いつの間にか、羽衣丸は目の前だ。

 

 ナツオ率いる整備班は、係留された羽衣丸から損傷したエンジンを取り外そうとしているところだった。

 

 中に乗り込んだところでレオナがこちらを向いた。

 

「みんな疲れてるだろう。ここからは私が連れて行くから、自室に戻って休んでくれ」

 

 キリエはついて行きたかったが、レオナを納得させてついて行くだけの理由が自分の中になかった。

 

「じゃあね、グニラ」

「ああ」

 

 グニラは小さく手を振ってから踵を返し、歩いて行く。その後ろにレオナが続いた。

 キリエはグニラの姿が曲がり角の向こうに消えるまで、立ち尽くしていた。

 

 ◆◆◆

 

 レオナはグニラを伴ってルゥルゥの船室へ向かっている。

 グニラには斜め前を歩かせた。仮に彼女が暴れたり逃げようとした時に、すぐに飛びかかって首根っこを捕まえられる位置だ。

 

 しかしグニラは従順にレオナの指示に従って歩いている。

 

「他の人たちは一緒じゃなくていいのかい? 私が逃げたら君一人じゃ大変だと思うけど」

 

 なんて質問をしてくる始末。レオナは笑って質問を返した。

 

「逃げようと考えている奴がわざわざそんなこと訊くか?」

「私なら訊くかもしれない」

「お前は囚われている仲間を見捨てて逃げるなんて真似はしないだろう。——安心しろ、マダムは意味もなく人質に手を出したりはしない」

「そう」

 

 グニラの発する雰囲気がやや弛緩する。

 

 敵ながら、レオナはこの女に対する奇妙な信頼のようなものを抱いていた。

 発言の節々から見える仲間に対する親愛や悪を正そうとする心根などが、レオナにそうさせているのかもしれない。

 

「アキトから、ルーデの孤児たちは大半が薬物のせいで家を失ったと聞いた。お前もそうなのか」

 

 質問が自然と口からこぼれた。

 グニラが肩越しにレオナを見た。瞳に暗い影がさしている。

 

「答えたくなければいいんだ。嫌なことを訊いた、すまない」

 

 なぜこんな質問をしてしまったのか。

 

 レオナにもはっきりとは分からなかった。

 隊長を務めるレオナと同様、仲間をまとめ上げる立場にあるらしいグニラと、何か通じるものを感じたのかもしれない。

 

 グニラの歩みが止まった。自然とレオナも立ち止まる。

 

「別に嫌でもなんでもないさ。ただ面白い話でもないから、どう話そうかと思ってね。

 私が六つか七つの時かな。両親がカタクリコに手を出し始めたんだ。それなりに不自由ない家だったはずだけど、気が付けば家具がなくなり服が消えて、食べ物も減った。反対に両親の喧嘩が増えていった。

 ある日、母親が冷たくなってた。父親が母親をどこかに引きずっていった。次は私だと思った。それで怖くなって家を出た」

 

 ルーデじゃ珍しい話じゃあない、とグニラは言った。

 

「それで、どうしたんだ?」

「スラムに逃げ込んで、野良犬みたいな生活さ。何でもやったね、盗みや殴り合いは日常茶飯事だし、ここじゃ口に出せないこともやった。……今でも夢に出て眠れなくなる」

 

 キリエを拘束した時、やけに手慣れていると思ったが、今になってその理由が分かった。

 

 レオナは何も言えなかった。同じ孤児でも孤児院で育ったレオナと、スラムで育ったグニラはまるで違う。

 

「レオナは? 家族はいるのか」

「実は孤児院育ちなんだ。血の繋がりはないが、院にいる人たちが家族みたいなもんかな」

「そうか……大変だったな」

「いや、グニラと比べたら大変なんて言えないよ」

 

 通路の壁にもたれかかったグニラは、ため息をついた。

 

「どっちの方が大変で、どっちの方が不幸でっていう話はナシにしよう。お互い大変だったなって笑い合うくらいが丁度いい」

「そうだな」

 

 それに、とグニラは続ける。

 

「私がスラムで生活してなきゃアキトとは出会えなかったんだ」

「そうなのか」

「あいつは孤児院育ちだったけど、まあ色々あってね。——馴れ初め聞きたい?」

 

 レオナは笑って首を振った。

 

「少し話し込み過ぎた。マダムのところへ急ごう」

 

 連れないなあ、とグニラはこぼすと、また歩みを再開した。

 レオナも変わらずその後ろに続く。

 

「次は左? 右?」

「左だ。突き当たりまで進む」

「はいよー」

 

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