荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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少し短いですが、キリがいいので投稿することにしました。


第十一話 痴話喧嘩

 レオナがルゥルゥの船室の扉を開けると、ルゥルゥと副船長のサネアツに加えて、なぜかジョニーがいた。

 

 応接用のテーブルでは、見知らぬ少女が並べられた料理を行儀悪く口に押し込んでいる。歳はチカよりも下に見えた。

 羽衣丸に侵入したグニラの一味の一人だろうか。

 

「お待たせしました、マダム。連れてきました」

「わざわざありがとう、レオナ」

 

 レオナが横によけ、グニラに入るよう促す。

 船室に足を踏み入れたグニラは、少女の姿を見て安堵の息を漏らした。

 

「ステルフ」

 

 グニラが少女の名を呼ぶ声は慈愛に満ちていた。

 

 ステルフと呼ばれた少女は弾かれたように顔を上げ、グニラと目が合うと何か言おうとしたが、口にしこたま料理を詰め込んでいるせいで声にならない音がするばかり。

 見かねたジョニーが差し出した水を引ったくって口の中のものを流し込んでから、ステルフは勢いよく頭を下げた。

 

「グニラ姐さんごめんなさい! トチって捕まっちゃいました!」

 

 折目正しい謝罪だったが、口の周りについている食べかすやらソースやらで台無しになっていた。

 

 レオナは吹き出すのを堪えながら、グニラを盗み見た。

 グニラは安堵と呆れが半々になったような顔をしている。

 

「怪我はないかい?」

 

 グニラの問いに、ステルフは自信たっぷりに口を開いた。

 

「赤髪のウェイトレスからキツイの食らっちゃいました。けど大丈夫です。きっちりやり返しましたから!」

 

 ウェイトレスは十中八九リリコのことだろう。ステルフの横にいるジョニーは心なしか顔色が悪い。

 

 ルゥルゥは楽しそうに口を開いた。

 

「すごかったのよ。貨物室に忍び込んでいたこの子を見つけたアキトとリリコが二人がかりでやっと抑えられたんだから。——本当はあなたにやっていただきたいところだったけど」

 

 ルゥルゥは横に立つサネアツをひと睨みした。サネアツの肩がびくっと震える。

 

「年端も行かぬ少女相手に乱暴を働くっていうのはちょっとばかし良心が咎めるといいますか……」

「情けないわね」

「すみません……」

 

 しょぼくれた副船長はさて置き、レオナはステルフに再び目を向ける。

 

 アキトとリリコの二人相手に暴れ回ることができたなら、この少女も荒事には慣れているのだろう。

 

 袖口から見え隠れするステルフの手首がかなり痩せ細っているのを見て、レオナは顔を曇らせた。

 

「その子もトルムにいたのか?」

 

 ステルフの頭をくしゃくしゃと撫でているグニラに訊いた。

 

「そうだよ。戦闘機には乗ってないけどね。機銃手と索敵をやってた」

 

 ルゥルゥが冗談めかして言った。

 

「腕っ節はかなりのものだった、飛行機乗りにしておくのが惜しいくらいにはね。ウチで用心棒やらない?」

 

 しかしステルフの返事は素っ気ない。

 

「あたしはグニラ姐さんのところを離れる気はないです」

「そう。気が変わったらいつでも言ってね」

「一生変わりません」

 

 ステルフはグニラの胸元に顔を埋める。

 レオナには二人が歳の離れた姉妹に見えた。

 目の前の二人が、孤児院にいる子供たち、そして自分自身と重なる。

 

 ルゥルゥがこの二人をどうするつもりなのか、レオナは知らない。

 十中八九、ルゥルゥはポロッカ自警団に引き渡すはず。空賊行為を働いた彼女らは他の犯罪者たちと同様、牢屋に入ることになる。

 

 レオナは複雑な心境だった。

 犯罪者に同情なんて論外だと頭では分かっているのだが。

 

 レオナの思考は部屋に近付いてくる足音に中断された。

 間を置かず部屋の扉がノックされ、アキトが入ってきた。

 

「マダム、リリコさんは軽い打撲で済んだようです。酒場に戻って片付けをすると言ってました」

「手間をかけたわね。ありがとう」

「いえ、大丈夫です。……あれ? レオナ、どうしてここに——」

 

 アキトはレオナを見て、それからステルフの頭を撫でているグニラと目が合った。

 アキトの表情が凍りつく。

 おおよそ音信不通だった恋人と再会したようには見えない。

 

 グニラは「やあ」と片手を挙げた。その顔には微笑みさえ浮かんでいる。

 

「アキト、久しぶりだね。元気そうでなによりだよ」

「そちらも変わりないようですね、グニラ」

 

 アキトの声は冷たい。

 

「飲み屋街の裏路地でばったりコトブキ飛行隊と出会ってね。そこの社長さんからお呼ばれしたってわけさ」

 

 アキトがレオナの方を見た。その瞳は真偽を問うている。レオナが頷いて見せるとアキトはグニラへと視線を戻した。

 

 その視線の鋭さは悲しみによるものか、怒りによるものか、レオナに判断はつかない。

 

 グニラが眉尻を下げた。

 

「久々に会った恋人に向ける目にしては随分と剣呑じゃないか。寂しいよ」

「空賊を恋人にした覚えはありませんね」

「そりゃそうだ、私は空賊じゃないからね」

「人の気も知らないでよく言えたもんだ」

 

 なかば唸るようなアキトの声に、部屋の空気が張り詰める。

 

 レオナはコトブキの隊員を部屋に戻らせたことを少し後悔した。

 感情の機微に聡いザラや天真爛漫なキリエなら、この場を収めるのに一役買ってくれたかもしれない。

 

 サネアツとジョニーにいたっては壁に張り付くように立って息を殺していた。

 

 笑みを消したグニラがアキトに詰め寄る。

 

「人の気も知らないのは、君の方じゃないかな」

「どういう意味ですか」

「あの時、私は君についてきて欲しかった。でも君は首を横に振った。その時の私の気持ちが分かるかい?」

 

 アキトは悲しそうに首を振った。

 

「気持ちは分かっています。ただあんなことが許されるわけがない。トルム貿易を潰したところで薬の流通は止まらないんです。だからグニラは今ポロッカにいるんでしょう?」

 

 グニラは悔しげに顔を歪めた。

 

「じゃあ、どうすれば良かったんだ? 腐ったルーデとトルム貿易を放っておけって? トルム貿易護衛飛行隊にいた連中の半分はヤクで家族を失った孤児たちだ。アキトだってそうだろ? 自分の人生狂わせた元凶を命懸けで運ぶなんてまっぴらだ!」

 

 グニラの剣幕は凄まじかったが、アキトも一歩も引かない。

 

「どんな理由を掲げたって空賊行為は正当化できません!」

「空賊なんかと一緒にするな! カタクリコを回収したら他の積荷に手は出さない。これまでも同じようにやってきた」

「それで、この羽衣丸のエンジンはぶち壊されエンマは死にかけました。これのどこが空賊と違うんですか!」

 

 グニラが言葉に詰まる。

 アキトの口調は熱を帯び、激しさを増していく。

 

「おまけにステルフにこんな危険な真似までさせて! ウチのマダムだからよかったが、もし他の奴だったらステルフは——!」

 

 ステルフがグニラを庇うように前に出た。

 

「アキトさん、これはあたしが無理を言ってやらせてもらったんです! あたしだってもう十二です、子供じゃありません」

 

 アキトは僅かに顔の険を緩めてステルフを見た。

 

「ステルフ、君がグニラを慕っているのはよく知っているよ。君が十二歳とは思えないほどしっかりしていることもね」

 

 ステルフの顔立ちは幼いものの、その眼差しは十二歳のものではなく、成熟した大人のそれだった。

 大人びたしっかり者と言われることも多いのだろう。

 しかしレオナは暗澹とした気持ちを抱かずにはいられない。その眼差しを身につけるまでどれほどの修羅場を掻い潜ってきたのか。

 

 レオナは苦しそうなアキトの横顔を見た。トルム貿易にいた頃に、より詳しくステルフの過去を聞いているのかもしれない。

 

「だからこそグニラ、あなたはステルフを止めなきゃいけなかった。自分の義憤を満たすためにステルフを使っちゃいけない!」

 

 グニラは唇を噛んだ。肩がわなわなと震えている。

 

 つい先ほどまでの、さばさばした飛行機乗りの姿はない。今のグニラは駄々をこねる子供みたいだった。

 

「やっぱりアキトに私の気持ちは分からないんだろうね。孤児院出身のお坊ちゃんにスラムのことなんて分かるわけない」

 

 投げやりに吐き出されたグニラの言葉。

 あまりも子供っぽい言い回しにレオナは鼻白んだが、アキトの反応は激烈だった。

 

「まあ、スラム出身の野良犬に人間の理屈は分かりませんよね」

 

 レオナ含め、その場にいる誰もが耳を疑った。グニラがスラムでどんな生活をしていたか、この場で一番よく知っているのはアキトのはず。

 誰に対しても丁寧な物腰を崩さない彼がそんなことを言うとは信じられなかった。

 

 さすがに言い過ぎだとレオナが割って入ろうとしたのと、グニラの拳がアキトの顔面を打ち抜いたのが同時だった。

 

 たたらを踏んだアキトを追撃しようとするグニラを、ステルフが必死に抑える。

 

「離せステルフ、この慇懃無礼なクソ野郎は二度と操縦桿を握れないくらいにしてやらなきゃいけない」

「ダメです! あたしはアキトさんを殴るグニラ姐さんなんか見たくない!」

 

 絶対零度の視線をグニラに向けるアキトが、彼女に向かって一歩踏み出した。

 振り上げかけた拳をレオナが抑える。

 

「落ち着け。恋人を殴る奴があるか」

「言葉の通じない害獣を躾けるだけです」

 

 怒りで顔面蒼白のアキトをグニラが挑発する。

 

「やってみなよ、この『——』が」

「グニラ姐さん!」

 

 ルーデの方言か何かだろうか、レオナには言葉の意味は分からなかったが、アキトの怒りの炎にガソリンをぶちまけることには成功したらしい。

 

「汚い言葉しか吐き出せない口には栓をした方がよさそうですね」

「だからよせ! 頭を冷やすんだ」

 

 レオナが抑えているアキトの腕に力が籠る。

 

 怒気が充満した船室に、カンッ、と乾いた音が響いた。

 全員が音のした方に注目する。

 灰皿に煙管を叩きつけたルゥルゥが、さざなみ一つない湖面のような表情でアキトとグニラを見ている。

 

「二人ともその辺にしなさいな、みっともない。ステルフの方がよほど大人じゃないの」

 

 ステルフは唇をぎゅっと噛み締めながら、グニラの腰に抱きついていた。

 泣きもせずじっと耐えている姿は、そこらの子供たちよりずっと大人びて見えた。

 

「グニラのところに嫌気が差したらウチに来てもいいのよ。その時はアキトと交換で雇わせてもらうわ」

 

 ステルフは唇に滲んだ血を拭いながら、黙って首を横に振った。

 

「さて、冗談はこれくらいにして。——あなたを呼んだのは痴話喧嘩を見物するためじゃないことくらいは分かってるわよね」

 

 グニラは体の緊張を解くと、ルゥルゥに向き直った。

 

「グニラだ」

 

 ぶっきらぼうな名乗りに、ルゥルゥは別段気を悪くした風もなく応じる。

 

「ルゥルゥよ。みんなはマダムって呼ぶわ。さぁ座って。ビジネスの話をしましょう」

 

 ルゥルゥの顔には不敵な笑みが浮かんでいた。

 

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