荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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長くなりました。
エンマの毒舌セリフ考えてる時が一番楽しいかもしれません。


第三話 模擬空戦

 コトブキ飛行隊の面々と正式な挨拶が終わったアキトはオウニ商会が所有する滑走路に向かっている。

 隊長のレオナと模擬空戦を行うためだ。

 

 ザラと話しながら歩いているレオナを横目でちらりと見やる。

 彼女が相当な腕利きであることは確信していた。

 昨晩の握手でかなり体を鍛えていることは分かったし、これまでの仕事の話を聞くに経験も豊富。隊員からの信頼もかなり厚い様子で、なるべくして飛行隊の隊長をやっているのだろう。

 

 少なからず気分が高揚しているのは自覚している。どんな形であれ他の飛行機乗りと競うとなれば血が騒いでしまうのは、飛行機乗りの悪しき習性かもしれない。

 

「ねーねー、アキトはさ、コトブキに入ったってことになるの?」

 

 横を歩いていたチカがアキトの顔を覗き込んだ。

 

「いえ、あくまで俺はフリーランスとして雇われてますから。仕事もおそらくコトブキの皆さんの補佐が主になるでしょうね」

 

 ふーんと頷くチカに、キリエが茶々を入れる。

 

「チカと交換で入ってもらえばいいんじゃない?」

「そんなこと言うなら、次に仕事中落とされたやつがアキトと交換にしようよ。どーせキリエだろうけど!」

「あら、騒がしいのが減れば、少しは落ち着いて仕事ができそうですわね」

 

 飛び交う言葉は辛辣だが、三人とも楽しそうに笑っている。軽口を言い合える仲間は何事にも代え難い。

 トルム貿易が倒産してから、アキトがいつも思っていることだ。当たり前のものに限ってその大切さは失ってから気づくもの。なんと皮肉なことか。

 

 彼女たちとも友好な関係を築ければいい。

 そんなことを考えながら、アキトはじゃれ合うコトブキの面々を眺めていた。

 

 ◆◆◆

 

 滑走路に着くと、隼Ⅱ型と隼Ⅰ型が並べられ、エンジンも始動が済んでいた。鋼鉄製の鳥が二羽、飛び立つのを待ちわびて唸り声を上げている。

 

「いいか二人とも、いくらでも真剣にやってくれて構わないが、あくまで模擬戦だからな。無茶だけはすんなよ。……ちょっとでも機体を傷めてみろ、エンジンオイルをケツから流し込んでやる!」

 

 整備班長のナツオがスパナを振り回しながら脅しをかける。

 見た目だけなら完全に子供だが、立派な成人女性である。

 

 初めて会った時には随分と若い整備士もいるもんだと思ったが、後ほどレオナから「子供扱いすると後が怖いから気をつけろ」と忠告を受けた。

 

 辺りを見渡せば、コトブキの隊員とルゥルゥに副船長のサネアツに加えて羽衣丸の乗組員の大半が集まっている。

 

「随分と人が多いですね」

「まったく、どこから聞きつけたんだか」

 

 観客を見回して、アキトは一つ気になったことがあった。

 

「サネアツさんが抱えているあの鳥はなんです?」

 

 丸々とした鳥が一羽、サネアツの腕の中に収まっている。

 

「ドードー船長だよ」

「はい?」

「羽衣丸の船長だよ」

「えぇ……?」

「優秀な船長だ。飛行機の操縦だってできる」

「そ、そうなんですか」

 

 レオナの顔は冗談を言っているようには見えない。

 アキトは考えるのをやめた。今はそんなことどうでもいい。

 

 正式に契約を交わしたとはいえ、あくまでこの稼業は実力至上主義。使えなければ、錆びたネジよろしく捨てられるのだ。己の力量を見せつけなければならない。

 

「では、よろしくお願いします」

 

 レオナに向けて右手を差し出す。

 

「ああ、よろしく頼む」

 

 レオナの右手が力強くアキトの右手を握り返す。

 

 握手を解き、アキトは相棒——隼Ⅱ型に乗り込んだ。

 

 操縦桿やフットペダルを操作し、機体の動作確認をする。

 どこにも違和感はない。状態はすこぶる良好。羽衣丸の整備班は優秀らしい。

 

 風防を閉めて、隣の隼Ⅰ型を見ると、レオナ目が合った。

 ゴーグル越しに見る彼女の目には不敵な色が浮かんでいる。おそらくアキト自身もそうなのだろう。

 

 無線が入り、受信機からザラの声が響く。

 

「無線テストよ。聞こえてるかしら」

「問題ない」

「こちらも問題ありません」

「はーい。じゃあ下から見てるから、二人とも頑張ってね」

 

 ルールは単純。高度一五〇〇クーリルまで上昇して、地上からの合図で交戦開始。

 模擬戦なので機銃を使うことはない。一方の機体がもう一方の真後ろを取れば決着だ。

 

 鼓動が高まっていく。背筋に寒気を覚えるほどの心地よい緊張感が、意識を研ぎ澄ませていく。

 

 操縦桿を握りしめて、スロットルを全開に。

 

 燻っていたエンジンが雄叫びを上げ、機体がゆっくりと前に進み出る。

 

 午前十時。二機の隼が大空へ飛び立った。

 

 ◆◆◆

 

「いいなー、模擬戦」

 

 ぐんぐん上昇していく二機の隼を見送り、キリエは羨ましそうにため息をついた。

 今日の天気は快晴で風もない。飛ぶには絶好の空だ。

 

「午後からの訓練でたっぷり飛べますわよ」

 

 横で双眼鏡を手にしたエンマが答える。

 

「えー、いま飛びたーい」

「飛行機を見たらすぐこれなんですから」

 

 キリエらしいですけど、とエンマが笑う。

 

「エンマはどっちが勝つと思う?」

「そうですわね……コトブキの一員としてはレオナに一票入れたいところですけど。見た限りアキトさんもかなり腕が立つようですわね」

「みたいだね」

 

 離陸した二機の隼は距離を取るため、それぞれ反対方向へ進路を向けて上昇を続けている。

 

 レオナに関しては言うまでもないが、アキトの隼も離陸から上昇、進路変更まで淀みがない。相当の練度であることは明らかだ。

 

「ケイトはどう思う?」

「速度を見ればⅡ型の方が有利。でも今回は低空の格闘戦が主体。そうなればより軽量なⅠ型の方が有利」

 

 ケイトは相変わらずの無表情だが、何となく浮き足立っているように見えた。少なくともキリエには。

 

「同じ隼でもさ、塗装が違うと全然別物に見えるよねー」

 

 行儀悪く足を広げて地面に座ったチカがそんなことを言った。

 

 レオナの機体は銀色を基調にした緑の迷彩。機体の所々に緑色の意匠が施されている。所属を示すマークは夕陽に二翅のプロペラ。

 一方でアキトの機体は、腹面が銀色で背面が茶色地に黒のまだら模様。荒野によく紛れそうだ。所属を示すマークは五角形の盾とそれに巻き付くように尾を引く流れ星。

 

「あのマークかっこいいよね、トルム貿易護衛飛行隊だっけ」

 

 チカがこぼすと、ザラが苦言を呈す。

 

「あら、コトブキだって悪くないでしょ」

「分かってるって。ちょっと言ってみただけー」

「レオナには言わないであげてね。あれでも傷つきやすいんだから」

「分かってる、分かってる」

 

 そんなことを話しているうちに、レオナとアキトが位置に着いたようだ。

 二機の隼は、滑走路の上空一五〇〇クーリルをゆっくりと旋回している。

 

「始まりますわね」

 

 やや興奮した声音でエンマが呟く。

 キリエもなんだか緊張してきた。模擬とはいえ立派な空戦。どんな戦いが繰り広げられるのか。

 

 ザラが無線機に向かって声をかける。

 

「二人とも準備はいいわね? それじゃあ……開始!」

 

 

 開戦の合図と同時に、二機の隼が急加速する。お互いが相手に向かって一直線に突っ込んでいく。

 

 レオナの隼が機首を下方に向けた。一方でアキトの隼はやや上昇。

 二機の隼が上下ですれ違う。

 

 速度が乗ったレオナの隼は、そのまま急上昇し、縦旋回へと移行する。

 アキトの隼はそのまま右へ大きく舵を切る。

 

「よし、レオナが上を取った!」

 

 キリエが叫ぶ。空戦においては高度を先に取った方が有利だ。

 

 軽量な隼Ⅰ型は上昇力にも優れる。レオナ機は左斜めの軌道で縦旋回をし、アキト機に真上から狙いを定める。

 二機の隼の軌道が十字型に交差する形だ。

 

「いまレオナが撃ってたら当たったんじゃない!?」

 

 チカが興奮した面持ちで立ち上がった。

 もちろんこれは模擬戦なので、弾を撃つことはないが、実践であれば誰しもが迷うことなく引き金を引いただろう。

 

 しかし、双眼鏡を覗いていたザラが首を横に振った。

 

「いえ、ダメね」

「ですわね」

 

 同じく双眼鏡を手にしたエンマもザラに同意する。

 

 一見すればレオナの射撃体制は完璧だったが、アキト機の軌道はわずかに、しかし確実にレオナ機の射線から外れていたのだ。

 

「これは、長くなりそうね……」

 

 ザラが呟く。

 

 開始直後に高度な紙一重の攻防。レオナとアキトの実力が拮抗していることは明らかだ。

 

 ◆◆◆

 

「危なかった……!」

 

 操縦桿を握りしめるアキトは背中に冷や汗が伝うのを感じた。

 

 簡単に勝てるなどとは微塵も思っていなかったが、レオナの機体制御の精密さは、アキトの想定をはるかに超えていた。

 これがもし実戦で、アキトの反応が一瞬でも遅れていれば、機体は間違いなく蜂の巣だっただろう。

 

 暴れる心臓を抑え付け、アキトは操縦桿を倒して機体を切り返す。

 レオナもまた同様にアキトの方へ機首を向けようとしている。

 

 刀と刀が切り結ぶように、二機の隼は再び軌道を交差させた。

 

 アキトとレオナの隼は、左右に何度も旋回を切り返し、繰り返し軌道を交錯させる。

 少しでも早く相手の旋回半径の内側に入り込み、相手を前に押し出すことを目指す。

 

 先ほどの縦旋回によって、レオナ機の方がわずかに速度が乗っているため、どこまで減速できるかが鍵となるこの戦いは、アキトの方が有利だ。しかしレオナも慎重に機体を操作し、アキト機の射線に飛び出さないように細心の注意を払っていた。

 

 レオナは器用に減速を繰り返し、速度の差が少しずつ埋まっていく。低速であれば、機動力は軽量なⅠ型の方が上。

 運動エネルギーを失い、動けなくなれば一巻の終わり。

 

 何度目かの交差の直後、アキトは機首を下げた。急降下で速度を稼ぎながら、不利になりつつあった押し出し勝負から離脱する。

 

 隼Ⅰ型は機体の軽さと引き換えに、耐久性を犠牲にしている。急降下制限速度は低い。Ⅱ型も決して耐久が高いわけではないが、Ⅰ型と比べれば多少の無茶は利く。

 

 運動性能で勝てなければ、速度性能を押し付ける。

 己の土俵に引きずり込めれば勝機は必ずある。

 

 ◆◆◆

 

「すっごいなぁ」

 

 口をあんぐり開けたまま、キリエはアキトとレオナの勝負を見守っていた。

 

 急降下して逃げるアキトと、それを追うレオナ。

 速度勝負ならⅡ型の方が有利というケイトの言葉は本当だったようだ。二機の距離が着実に開いてきている。

 

 地面スレスレで機体を引き起こしたアキトの隼は、キリエたちの目の前を凄まじい勢いで通過していった。

 わずかに間を開けて、レオナの隼がそれを追う。

 目を開けられないほどの突風が襲ってくる。

 

「あんな急降下しやがって……無茶すんなって言ったじゃねーか……ったく」

 

 ナツオが額に手を当てた。整備班長として思うところはあるのだろう。

 

「よくもまあ、あんな超低空飛行ができますわね」

 

 一歩間違えれば、地面と熱いキスを交わすことになりかねない。

 風に暴れるスカートを抑えながら、エンマが呆れと賞賛が入り混じった声を上げた。

 

 その後アキト機は緩やかに上昇しながら右旋回を始め、レオナもそれに追従する。二機の隼は螺旋を描きながら上昇していく。

 

 純粋な旋回戦は、一周をどれだけ早く回れるかにかかっている。

 速度で大きな優位を得ているアキトの隼は幾度かの旋回を経て、レオナ機の後ろに回り込むことに成功した。

 

「レオナが後ろ取られちゃう!」

 

 追い詰められたかに見えたレオナの隼は、しかしバレルロールを駆使して急減速。アキトの隼を前に押し出そうと試みる。

 アキトはすんでのところで、機首を真上に向けて機体全体でブレーキをかけ押し出しを拒否。

 

 それを見たキリエの脳内でいくつかの記憶が想起された。

 まずはナオミ。キリエと奇妙な縁で結ばれたあの零戦乗りに、久しぶりに会いたくなってきた。

 もう一つはあのイサオとかいう男。震電に乗っていたあいつも今の機動で不意をつき、レオナを落としたことがある。

 

 キリエの印象に残っている優秀な飛行機乗りたち。

 彼らと同じことをアキトもやってのけるのだ。少しだけ羨望の気持ちが湧いてくる。

 

「キリエ、どうかしましたの?」

 

 ぼうっとしていたらしい。エンマが不思議そうにこちらを見ていた。

 

「ううん、何でもない」

 

 ◆◆◆

 

 ——くそ、やられた。

 

 内心舌打ちをしながら、アキトは逃げるレオナの隼を追う。

 

 いいところまで追い詰めたと思ったら、不意打ちのバレルロールと来た。一度離脱して立て直せば良かったものを、焦って急減速してしまった。あの機動は失速のリスクが高い上に、機体にも負担がかかる。

 

 レオナの隼と距離が開いてしまった。一度下降して速度を取り戻そうかと考えを巡らせたその時、レオナの隼が右に傾いた。

 右への旋回を想定して、反射的に操縦桿を倒す。

 次の瞬間、レオナの隼は旋回を始めた。

 

 飛行機の()()()()()()()()()()()()()()()()




模擬空戦終わりませんでした。
空戦描写難しすぎます。
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