荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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第四話 決着

 レオナの動きを見た全員が、あ、と声を上げた。

 続けて、コトブキ全員の視線がケイトに集中する。

 

 機体の背面ではなく腹面を内側に旋回する機動は、相手の意表を突いて後ろに回り込むことができる、ケイトの十八番。

 

「まさかレオナがアレをやるなんてね」

 

 久々に火がついちゃったのかしら、とザラ。

 

「理にはかなっている。実際に効果覿面」

 

 ケイトの言う通り、アキトは見事にペースを乱していた。機体を反転させて、逆旋回をするレオナの隼を追いかける。

 対応の早さはさすがだったが、やはりわずかに遅れをとっている。そして、空戦ではそのわずかの差が命取り。

 

「レオナが後ろを取り返した!」

 

 拳を突き上げ、チカが快哉を叫ぶ。

 

 形勢逆転。今度はレオナがアキトを追いかける番だ。

 

 ◆◆◆

 

 旋回を終えると、アキトの隼が前方にいた。

 土壇場の思いつきでケイトの真似をしたが、なんとか上手くいった。

 

 急激にかかった逆Gのせいで頭がクラクラするが、レオナに一息つく余裕はない。

 

 降下して逃げようとするアキトに何とかして喰らいつく。

 

 ここまでの戦闘で、アキトの空戦技術が卓越していることは、これでもかと見せつけられた。

 一瞬でも気を抜けば、即座に後ろを取られ、落とされる。これは予感ではなく確信だ。

 

 あの柔らかい物腰の裏に、こんな一面を潜ませていたとは。

 

 もし使えなかったら羽衣丸の床掃除でもやらせればいい、なんてマダムは言っていたが、とんでもない。

 

「お前の方が、よっぽど化け物だよ……!」

 

 エンジンの振動も、機体が軋む音も、もうレオナには聞こえていない。

 

 隼Ⅱ型をにらみつけ、レオナはフットペダルを蹴飛ばした。

 

 ◆◆◆

 

「呆れたものですわね。もうずーっとあの調子ですわ」

 

 双眼鏡を下ろしたエンマがため息をついた。

 

「開始から二三分四六秒経過。模擬空戦としては異様な長さ」

 

 手元の時計を見て、ケイトが淡々と述べる。

 

「二人ともタフだね」

 

 地べたに寝転がったチカの表情は、少し引き攣っていた。

 

「『一心不乱のレオナ』の再来ってところかしらね」

 

 アキトの隼の背後につけたレオナだったが、決着は未だ着いていない。アキトは機体を上下左右に振り回し、レオナの射線をかわし続けている。

 完全なこう着状態だ。

 

 エンマがザラの隣に並んだ。

 

「そろそろやめさせた方がいいのではなくて?」

「えー、なんでさ。もうちょっと見てようよ」

 

 文句を言うキリエに、エンマはぴしゃりと言い返す。

 

「模擬戦で事故なんて洒落になりませんわ」

「それに燃料も三十分飛ぶのが精々な量しか入れてねぇ。ガス欠を起こせばそれこそ一大事だ」

 

 ナツオにそう言われればキリエも頷くしかない。

 

 地上では模擬空戦を中断させた方がいい、という風向きになりつつあった。

 

「ザラ、早くレオナたちにお伝えしませんと」

 

 無線機を片手に動かないザラをエンマがせっついた。

 しかしザラは苦笑いを浮かべて肩をすくめるばかり。

 

「私もそう思ってさっきから呼びかけてるんだけどね」

 

 ザラは無線機を口元に当てがった。

 

「レオナ、アキト。もう十分だから降りてらっしゃい」

 

 いくら待っても応答はない。

 

「故障ですの……?」

「多分聞こえてないのよ。困ったものだわ」

 

 ザラの眼差しは、手のかかる妹を見るときのそれだった。

 

 ◆◆◆

 

 地上の様子など知る由もないレオナは、アキトの隼を落とそうと躍起になっていた。

 

 これがあくまで模擬戦であることは、頭からさっぱり抜け落ちている。

 

 アキトの軌道を予測して機首を向けようにも、こちらの動きを完全に見切られているのか、アキトの隼はひらりひらりと、レオナの射線から逃げていく。

 

「くっ、ちょこまかと……!」

 

 これほど激しい空戦機動を繰り返しても、アキトの操縦には一分のミスもない。レオナの猛攻を完璧に捌いている。

 技術もさることながら、凄まじい集中力だ。

 

 アキトの隼が、機首を下方に向けた。

 急降下でレオナの隼を振り切るつもりか。

 

 そうはさせまいと、レオナが操縦桿に力を込めた瞬間、アキトの隼の機首が跳ね上がった。

 ほとんど垂直に、隼が急上昇していく。

 

「逃がすかっ」

 

 力の限り操縦桿を引っ張り、レオナも後に続く。

 

 低速度帯での上昇力なら、隼Ⅰ型の方が有利だ。アキトの隼が失速した瞬間を狙う。

 

 アキトの隼が近づいてくる。照準器を覗き込んで、そのど真ん中に機影を捉えた。

 

 取った、と思った刹那、照準器から隼が消えた。

 

 目を見開く。何が起こった?

 

 思わず照準器から目を離す。

 

 レオナの斜め上にアキトの隼がいた。失速した隼Ⅱ型は宙に殆ど静止している。

 

 そしてその鼻先は、真っ直ぐレオナに向けられていた。

 

 心臓が跳ねた。

 今になってレオナはアキトの狙いを理解する。

 アキトはあえて機体を失速させ無理やり反転し、レオナが追い抜く瞬間に照準を合わせたのだ。

 失敗すれば確実に撃墜される捨て身の反撃。アキトの技術と勇気にレオナは舌を巻いた。

 

 一瞬がやけに長く感じる。

 隼Ⅱ型の機銃が火を吹き、一二.七ミリの弾丸がこちらに飛来するのを幻視した。

 

「くっそ……!」

 

 レオナの隼も失速手前。わずかに残った運動エネルギーを信じて、レオナは操縦桿を引き倒し、フットペダルを力任せに踏みつける。

 

 ほとんど速度を失った隼Ⅰ型は、機体をわずかに回転させた。

 

 アキトの隼が後方に流れていく。

 

 失速したレオナの隼は、かくんと鼻先を下へ向けた。

 

 未だ失速状態にあるアキトの隼を真正面に捉える。

 

 視界の端にちらりと映った燃料計が、残量が少ないことを示すランプを点滅させていた。

 まだ離陸してからそこまで時間は経っていないはずだと不思議に思ってから、もともとこれは模擬空戦で、燃料はもともと少なかったんだと気づき。

 

 これが実戦でないことを自覚した瞬間、体がどっと重くなった。

 遠くにすっ飛んでいた五感が波のように押し寄せてくる。

 情報の洪水に頭がクラクラした。

 

 無線機からザラの声がする。

 

「レオナ、アキト、模擬戦はもうおしまい。早く降りてらっしゃい」

「あ、あぁ。すまない、ザラ」

 

 今度はナツオの怒鳴り声が響いてきた。

 

「てめぇら、無茶苦茶な操縦しやがって! 降りてきたら覚悟しておけよ!」

「すまない、すぐに降りるよ」

 

 やってしまった。

 顔面から血の気が引くのを感じながら、レオナは無線を操作する。

 

「アキト、大丈夫か。本当にすまない、熱くなりすぎた」

「いえ、俺も頭に血が昇ってました。申し訳ありません」

 

 やや疲れた声でアキトが応じた。

 レオナはため息をつく。

 

 昔から気を抜くとすぐにこれだ。

 隊員たちにも示しがつかない。

 

 自責の念に駆られながら、レオナは操縦桿を握り直した。

 

 ◆◆◆

 

「レオナが勝った? レオナが勝ったんだよね!?」

「最後すごかったね! アキトがぎゅんってなってさ、レオナがぐりんって!」

 

 地上ではキリエとチカが大はしゃぎしていた。

 

「あんな空中戦、そうそうないわ。いいものが見れたわね」

 

 ザラが楽しそうに笑う。

 

「あんなのが何度もあったら、たまったものじゃありませんわ。命がいくつあっても足りませんもの」

 

 言葉とは裏腹にエンマも興奮冷めやらぬ様子。

 

 降りてくる隼二機を迎えるべく、整備班が滑走路に駆けていく。

 

 皆がレオナとアキトの一騎打ちの感想を語る中、ケイトは上空の隼を凝視していた。

 

「アキトの様子がおかしい」

「え、何が?」

 

 キリエが聞き返すと同時に、ザラに無線が入る。

 

「あの、大変申し訳ないのですが、いま燃料が切れました。エンジンが止まったので滑空して着陸します」

「あらあら」

「はぁ!? ——おいお前ら滑走路に入るな! 消火器を用意しろ!」

 

 ナツオが整備班員に向かって怒鳴る。

 滑走路が軽いパニックに陥った。

 

 ◆◆◆

 

「やってしまった……」

 

 ガス欠でエンジンが止まった自機の姿勢を安定させながら、アキトは呟いた。

 

 トラブルによる不時着はこれまでも経験しているが、何度やっても慣れることはない。

 動力なしに重力に引かれるまま高度が下がっていく感覚は、あまりにも心許ない。

 

 失敗は許されない。やり直しが効かない上、少しでも侵入角度を誤れば大事故だ。

 

 ただでさえレオナとの格闘戦で精神をすり減らしているのに、この上滑空しながらの着陸とは、運命というやつはとことんアキトを追い詰めないと気が済まないらしい。

 模擬空戦にもかかわらず燃料消費を考えず全力を出したアキトの自業自得でもあるが。

 

 無線越しにザラとやり取りをしながら、細かく機体の姿勢を調整。フラップと車輪を展開し、ゆっくりと高度を下げていく。

 

 大勢が固唾を飲んで見守る中、アキトの隼は無事着陸に成功した。

 

 後ろからレオナの隼も着陸。ほどなくして横に並んだ。

 

 どっと疲労感が襲ってくる。今すぐ座席に体を預けてしまいたかったが、整備士たちが続々と集まってきている。作業の邪魔をするわけにはいかなかった。

 

 風防を開け、重い体を引きずるようにして操縦席から這い出る。

 

 飛んでいた時間は大したことなかったはずだが、妙に地面を踏みしめる感触が久しぶりに思えた。

 

「すごかったよ! 最後のやつどうやって操縦したの?」

 

 駆け寄ってきたキリエとエンマが、ふらついているアキトを両脇から支えてくれる。

 

「機体にはそこそこの負荷をかけますが、よければ後で教えますよ」

「やった!」

「ほーう? そいつは是非教えてほしいもんだな」

 

 明らかに怒気をはらんだ声に、さっと血の気が引く。

 目の前に腕組みをしたナツオが立っていた。

 表情こそ笑顔だが、こめかみには青筋を浮かべている。

 

「いや、これは……ですね……」

「整備費用は給料から天引き、文句は言わせない」

「はい。よろしくお願いします」

 

 それだけ言うと、ナツオは周囲の整備士にいくつか指示を飛ばし、レオナの方へ歩いて行った。

 

 ザラとケイトに支えられながら降りてきたレオナは、ナツオからがつんとげんこつを落とされていた。

 

 レオナはザラとケイトと言葉を交わしてから、小走りでアキトの方へとやってきた。

 アキトも支えてくれたキリエとエンマに礼を言ってからレオナの方へ向かう。

 

「本当にすまなかった」

 

 開口一番、レオナは深く頭を下げた。

 

「つい夢中になって模擬戦の範疇を超えた行動をしてしまった」

 

 慌ててアキトも口を開く。

 

「頭を上げてください。俺もムキになってました」

 

 口には出さなかったが、実は失速反転をしてレオナに狙いを定めた瞬間、無意識のうちに機銃の引き金に手を掛けていた。

 模擬戦なので引き金を引いたところで弾が出ることもないのだが、実戦との区別がつかなくなっていたのは事実。

 さすがに頭に血が昇りすぎだと、反省する。

 

「お前たちにも迷惑をかけた。本当にすまない」

 

 集まってきたコトブキの隊員にもレオナは頭を下げた。

 

「いいっていいって、見てる分にはすっごく面白かったからさ」

 

 キリエが笑うと、皆口々にそうだそうだと同意を示す。

 

「だが……」

 

 未だ顔が晴れないレオナをザラが制す。

 

「みんなもこう言ってるから大丈夫よ。あくまでもこれは訓練の一環。そうでしょ?」

「ザラ……」

「あ、でも無線を無視されちゃったのは少し寂しかったかもね」

「うぐっ……それについては、言い訳のしようもない。この埋め合わせはいつか必ず……」

 

 すっかり弱り果てたレオナが言うと、ザラは右手を挙げた。

 

「みんな! 今日の夕飯、レオナとアキトが奢ってくれるそうよ」

「ザラ!?」

「待ってください、俺もですか?」

 

 コトブキ飛行隊は今日一番の喜びの声を上げた。

 

「悪い、妙なことになった。勘定は全部私が持つから」

 

 そっと耳打ちしてきたレオナに、アキトは首を横に振る。

 

「俺も同罪ですから。一緒に持たせてください」

「そうか、そう言ってくれると、助かる」

 

 レオナとアキトは固く握手を交わす。

 

 こうしてアキトは、名実共にオウニ商会所属の飛行機乗りとなった。




一区切りついた感じはありますが、まだまだ続きます。
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