荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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コトブキの人たちって恋バナするんでしょうか。
すごくサバサバした恋愛観持ってそうですけど。



第五話 恋バナ

 レオナと空中戦を繰り広げてからの一週間は、矢のように過ぎていった。

 

 アキトはコトブキ飛行隊と作戦を共にするため、訓練漬けの毎日を送っていた。隊員と様々な組み合わせを試しながら編隊を組んでみたり、模擬戦を行って——さすがにレオナと繰り広げたような大立ち回りはしなかったが——お互いのクセを確かめたりと、刺激の多い日々だった。

 

 アキトがコトブキ飛行隊と共に過ごすうちに分かったことは、彼女らの練度は相当に高いということ。

 個性豊かで全く違う性格の人間が集まっているが、一度空を飛べば、凄まじい連携を見せる。

 規模の差はあれど、飛行隊としての実力は、アキトが以前所属していたトルム貿易護衛飛行隊にも劣らない。

 

 そんな中に外部のアキトが入ることは、多少の懸念があったものの、それはすぐに払拭された。

 

 トルム貿易にいた頃は気が付かなかったが、アキトは僚機の動きに合わせるのがかなり上手いらしい。

 六人皆が口を揃えてそんなことを言った時は、なぜだろうかと不思議に思ったものだが、少し考えると原因に見当がついた。

 

 トルム貿易は大規模な貿易会社だ。多い時には百機以上の航空機を所有していたこともあった。また状況によって最適な編成を都度組み替えるため、編成が固定されることが少なかった。

 そんな環境に長く身を置いていれば、慣れない相手とも連携を取れるようになることは当然と言える。

 

「お前は個人の技術の高さを前提にした即興の連携に長けている。フリーランスの飛行機乗りとして、これ以上ない才能だろうな」 

 

 レオナはアキトをそんな風に評価した。

 

 隊長として作戦に従事するレオナは、意外にも堅実で、個人の突出をあまり好まない考え方だった。模擬戦の時とは正反対なことに始めは面食らったが、ザラから話を聞いて納得した。

 模擬戦をやった時のアレが彼女の素ではあるものの、普段は隊長という肩書きも手伝って抑えているのだという。隊長というやつはつくづく大変だと思った。

 

 一緒に飛ぶうちに、コトブキの隊員のクセもつかめてきている実感もある。実戦はまだだが、訓練の段階ではそれなりに形になってきた。

 

 当面はいろいろと組み合わせを試しつつ、手が足りない部分をアキトが埋めるという形でやることが決定した。

 

 ◆◆◆

 

「んがぁー! また負けたぁ!!」

 

 キリエはテーブルに拳を叩きつける。

 衝撃で小山のように重ねられたパンケーキが跳ねた。

 

 午後の訓練を終え、コトブキ飛行隊とアキトは船内で少し遅めのティータイムを過ごしていた。レオナはルゥルゥに呼び出されてこの場にはいない。

 

「静かにして。お茶がこぼれますわ」

 

 エンマが文句を言うが、キリエの癇癪は収まらない。

 

「だって三回連続だよ! 三戦三敗! 納得いかない! エンマにこの気持ちがわかる!?」

「さあ、私は一度勝ってますから」

 

 すまし顔でティーカップを傾けるエンマ。

 んがあああ、と奇声を上げ、キリエはフォークの先端をビシッとアキトに向けた。行儀が悪いわよ、とザラが注意をしたが耳には入っていないらしい。

 

「ズルとかしてないよね?」

「してないですよ」

「じゃあなんで私が負けるのさ」

 

 アキトが加入してから、キリエは時間さえあれば模擬戦を挑んできた。結果から言えば、三戦やってアキトが三勝。

 自他共に認める負けず嫌いのキリエからすれば耐え難いのだろう。

 

「キリエの動きは読みやすいですから」

「操縦の腕は一級品なんだけどねー」

「基本に忠実な機動は、一対一の模擬戦では読まれやすい。キリエの敗因はそこと推察される」

「私は勝った!」

 

 アキトに加え、ザラ、ケイト、チカの追撃を受け、キリエはテーブルに突っ伏した。

 

「うぅ、私の味方はこのパンケーキだけ……むぐ、甘くて美味しい……」

 

 アキトがコトブキの面々を相手に模擬戦をした結果、キリエ相手にだけは全勝していた。

 おそらく相性の問題もあるのだろう。トリッキーな動きを得意とするチカや、こちらのクセを読んで容赦なく追い詰めてくるエンマとは相当戦いにくい。

 

「レオナとやった時から思ってましたけど、アキトの回避機動は見習いたいものですわね。相手にするとこの上なく厄介ですもの」

 

 コツなどありましたら是非ご教示願いたいですわね、とエンマ。

 

「コツと言われても……強いて言うなら機銃手を長くやってたくらいですかね。追いかけてくる敵機を真正面から何度も見てるので。どんな動きをしてくるか予測を立てやすいんだと思います」

 

 リノウチ大空戦でも、アキトは流星の機銃手として参戦していた。こちらに機銃を向ける敵と真正面から相対した光景は、今でも時々夢に見る。

 

「どのくらいの間機銃手を?」

「十一か二の頃からやってましたね。リノウチが終わってすぐ隼に乗り始めたから……四、五年ってところですかね」

「私より歳下の頃から飛行機乗ってたの? すげぇ!」

 

 チカが尊敬の眼差しを向けてくる。

 

「まぁ、いろいろありましてね」

 

 話せば長いし、さして面白い話でもない。イジツでは珍しくない、孤児が食い扶持を稼ぐために飛行機に乗っただけのことである。

 

「つまりアキトは、色んな人に追いかけられ慣れてるから、手玉に取って逃げるのもお手のものってことね」

 

 罪な男だわ、と冗談めかしてザラが笑った。

 

「語弊のある言い方はやめてください。それに俺は、恋人には尽くすタイプですから」

「あら、まるでいたことがあるような言い草じゃない」

 

 しまった、と思った時には遅かった。

 面白いものを見つけたとばかりに、ザラの口角が上がっている。

 

「どんな人だったの? お姉さんに教えて? ほらほら」

 

 面倒なことになってしまった。

 このままはぐらかすよりかは、さっさと話した方が早く終わるだろう。

 

「特別なことは何もないですよ。トルム貿易にいたころによく組んでた人です」

「社内恋愛ってこと? 憧れるわぁ」

「コトブキは女所帯ですから、そういう話もありませんものね。ちなみに歳下でしたの?」

 

 なぜかエンマまで話に乗ってきた。

 女性というのは皆恋バナに飢えているのだろうか?

 

「歳上でしたね」

「あら意外。てっきり年下からモテるのかと」

「いいえ、エンマ。アキトみたいなのは、意外と歳上の頼れる女にころっといっちゃうのよ」

「勝手に分析しないでくれます?」

「あら、外れてた?」

「……間違ってはいませんが」

 

 ほらね、と得意げに笑うザラ。

 

「つまりアキトのタイプは、レオナ?」

「はい!?」

 

 本を読んでいたケイトが淡々と爆弾発言をかます。予想外の名前が出てきて、アキトは思わず大声を出す。

 キリエが目を丸くした。口に運んでいたパンケーキがぽとりと落ちる。

 

「え、アキトってレオナが好きなの!?」

「だからなんでそういう話になるっ!?」

 

 大仰に眉を下げたザラが、アキトの肩に手を置いた。

 

「ごめんなさい、アキト。レオナはとっても素敵な女性だから、あなたが惹かれる気持ちはよーく分かるわ。でもレオナは私のものだから、あなたに渡すわけにはいかないの。本当にごめんなさい」

 

 白々しいほどの演技臭さだ。

 

「それは大変喜ばしいことですね、末永くお幸せにどうぞ」

「ありがとう。披露宴には呼ぶわね」

 

 どこまでも飄々とした態度のザラに舌戦では勝てそうもない。

 ため息をついたアキトに、エンマが紅茶を差し出してくれた。ありがたく受け取る。かぐわしい香りがささくれだった心を落ち着けてくれた。

 

「まあ、冗談はさておいて。実際どんな人だったの?」

「まだ続けるんですかこの話」

「いいじゃない、減るもんじゃないし」

「まあ、そうですけど」

 

 ザラは今までにないくらい楽しそうだし、他の人たちも一応耳を傾けているらしい。

 どう話したものか。良く話しすぎて惚気だなんだと冷やかされるのも癪だし、かといって悪く言うのも気分が良くない。

 

 少し考えてから、アキトは話し始めた。

 

「先ほどレオナの名前が出てきましたが、性格は正反対だと思いますよ。レオナが『皆で足並みを揃えて』ならば、彼女——グニラは『全員私についてこい』って感じです」

「随分と野生的な女性だったのね。尻に敷かれてたでしょ」

「いや、そんなことは——」

 

 ないとも言い切れなかった。からかわれそうなので黙っておくことにしたが。

 

「アキトの彼女っていうなら、飛行機乗りとしてはどうだったの?」

 

 キリエがパンケーキのお代わりを頼みながら訊いた。

 

「俺よりずっと上手かったですよ。トルム貿易護衛飛行隊のエースでした。『トルムの宝刀』なんてあだ名もついてましたね」

「また大層な通り名ですわね」

「本人もあまり好きじゃなかったみたいです」

 

 一見すれば無茶苦茶な機動を天性のセンスで完璧にこなし、人外めいた射撃技術に狙われた敵は、訳もわからぬまま機体をズタズタにされる。

 トルム貿易の切札として、最重要任務をいくつも受け持っていたグニラに、ついたあだ名が『トルムの宝刀』。

 

 アキトが知る中で最も強い飛行機乗りは誰かと聞かれれば、迷わず彼女の名を挙げるだろう。

 

「へぇー、いつか戦ってみたいな」

 

 まだ見ぬ強敵に闘志を燃やすキリエ。

 

「アキトにも勝ててないんだから、すぐ落とされちゃうんじゃないの?」

 

 チカが混ぜっ返す。

 

「そんなのやってみなきゃ分かんないじゃん!」

 

 キリエは露骨に不機嫌な顔をした。

 

 そして、はたと何かに気づいたように、アキトを見る。

 

「グニラって人も一緒にオウニ商会に来ればよかったのに。めちゃくちゃ強いんでしょ? 百人力じゃん」

 

 アキトは口をつぐんだ。

 

 キリエの疑問は至極なこと。しかしその質問に答えると、話したくないことまで話さなければならなくなる。

 

 アキトの沈黙をどう解釈したのか、ザラが申し訳なさそうな顔をした。

 

「ごめんなさい、アキト。もしかしてグニラは……」

 

 亡くなっているの? ザラは目でそう問うてきた。

 そう思うのも無理はない。命のやり取りが日常茶飯事になる用心棒をやる人間の命は、総じて吹けば飛んでしまうほど軽いものだから。

 

 しかし、グニラとアキトの関係はもう少し複雑なものだった。少なくとも、軽々しく雑談のネタにできない程度には。

 

「いえ、生きてますよ。元気に。ただ連絡が取れないってだけで」

 

 チカが首を傾げた。

 

「別れちゃったってこと? なんでなんで?」

「別れたというか、まぁ……お互い別の道を歩むことになったというか……」

「なんか複雑な感じ? でもきっとまた会えるよ、空は繋がってるんだからさ!」

「まあ、そうですね」

 

 明るいチカの言葉がアキトの胸に刺さる。

 

 自分は今、グニラに会いたいのか。それすらよく分かっていない。自分たちを取り巻くしがらみは、己の感情すらも曖昧にしてしまう。

 何ともまあ、面倒な話である。

 

「随分と盛り上がってるな。酒場の外まで聞こえてたぞ」

 

 会話が途切れたところで、レオナがやって来た。

 

「あ、レオナおかえり」

「いまアキトの恋バナ聞いてたんだー。レオナも聞けばよかったのに、アキトの元カノの話」

 

 人のプライベートをあまり詮索するもんじゃない、と釘を刺してから、レオナは咳払いをした。

 

「マダムから正式な仕事が入った。明日、羽衣丸はポロッカに向けて発つ」

 

 皆の視線がレオナに集中する。

 

 オウニ商会に来てから初めて、アキトの仕事が始まる。




オリ主とレオナの間でどうこうみたいなのはないです。安心してください。
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