荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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第六話 急襲

 時刻は正午を少し回った頃。

 オウニ商会の羽衣丸は、巡航速度で飛行中。

 

 アキトとコトブキ飛行隊の面々は揃って昼食を摂っていた。

 

「いつ見てもすごい食べ方してますね」

 

 キリエの食事を見て、アキトは苦笑いを浮かべた。

 彼女の目の前には山盛りのパンケーキとカレーライス。それを交互に口に放り込んでいる。食い合わせは最悪だが、キリエの顔は幸せそうだ。

 

「つっこんだら負けよ。そんな食べ方できるのは、キリエか人生に絶望した人のどちらかしかいないもの」

「ザラはいっつもそんなこと言うんだから。こんなに美味しいのに」

 

 ホイップクリームをこれでもかとぶちまけたパンケーキにかぶり付いたキリエは、返す刀でカレーライスに匙を突っ込む。

 

「アキトもやってみる? 甘いと辛いがエンドレスで無限に食べれちゃうよ」

「まぁ、餓死寸前になったら考えるくらいはするかもしれません」

「これの良さが分からないなんて、みんな人生損してるよ。——リリコさん、パンケーキおかわり!」

 

 周囲の人間のドン引き具合などどこ吹く風で、キリエはもう一皿追加する。

 

「あまり食べ過ぎるなよ」

 

 レオナが一応注意をするが、キリエの悪食はとうに諦めているらしく、声に覇気はない。

 

「嫌な天気ですわね」

 

 窓の外を眺めていたエンマが呟いた。

 空はどんよりとした雲に覆われている。青空や太陽はちらとも見えない。

 窓の外に目を向けたケイトが言った。

 

「雲の色からして雨が降るまではもう少しかかる。ポロッカまでは持つはず」

「だといいですけど」

 

 羽衣丸は荷物の運搬でポロッカに向かっていた。

 

「ポロッカはどんな町なんですか?」

 

 遠く離れたルーデからやってきたばかりのアキトは、この辺りの地理に詳しくない。

 

 レオナが答える。

 

「いい町だよ。規模も大きい。イケスカ動乱でかなりの被害は出たが、今は復興が進んで、もうじき元に戻るだろうさ」

「へぇ、それじゃあ今回運んでる荷物も復興のための支援物資ってことですかね」

「おそらくな。積荷を見たところ、木材や食料品がほとんどだったよ」

 

 レオナの話を聞いていたキリエが、あれ、と声を出す。

 

「ラハマに木材なんてあったっけ?」

 

 イジツはかなり乾燥した気候であり、樹木も一部の地域を除いてほとんど見られない。

 ラハマもその例外ではなく、主な産出品は岩塩だ。

 

「キリエにしては、鋭い指摘」

 

 ケイトの言葉にキリエは頬を膨らませる。

 

「『にしては』って何さ」

 

 ケイトはこてんと首を傾げた。

 

「褒め言葉のつもりだった。気に障ったなら謝る」

 

 エンマとチカが同時に吹き出した。

 

「ちぇっ、皆して私のこと馬鹿にしてるんだ〜」

「まあまあ、落ち着けキリエ。お前の指摘は正しいよ。今回の荷物はラハマ発のものじゃないらしい。ルーデの方からいくつかの商会を経由して持ち込まれたんだ」

「ふーん。あれ、ルーデって」

 

 キリエの目がアキトの方を向く。

 アキトは頷く。

 

「俺がいたトルム貿易があった町ですね。……なるほど、我らがマダムは本当に抜け目ない」

 

 まったくだ、とレオナも同意する。

 

「え、なになに、どういうこと?」

 

 キリエが隣に座っているチカに訊いたが、チカも首を傾げている。

 

「俺のいたトルム貿易は、ルーデという町一つの輸送業を一社で担っていた大規模な会社です」

「うん、前にも言ってたよね」

「そうです。そして、そんな会社が突然潰れてしまった。当然、物流はほとんどが止まってしまいます」

 

 キリエがぽんと手を叩く。

 

「そっか、ルーデの物流は町の外の会社に頼るしかないんだ」

「そうです。おそらくマダムは、ルーデ周辺の輸送業界に一枚噛もうとしているんでしょう。これは憶測ですが、俺を雇ったのもそれが理由じゃないですかね」

 

 レオナを見ると、彼女は肩をすくめた。

 

「明言はしていなかったが、おそらくそうだろうな。……気を悪くしたか?」

「まさか。むしろ信頼できますよ」

 

 数えるほどしか顔を合わせていないが、ルゥルゥは相当な切れ者であることは間違いない。

 

 ——そして恐らく、トルム貿易が倒産した理由もただの業績悪化ではないことも見抜いている。

 

 アキトの感情としては、その辺りの事情を話したくはないのだが、いずれ話さなければならないだろう。

 そのタイミングはそう遠くないうちにやってくる。そんな予感がアキトの中では芽生えつつあった。

 

 その時、ブツ、と艦内無線のスピーカーが音を立てた。すぐに副船長サネアツの声が響く。

 

「えー、艦橋より全艦へ。羽衣丸進路上、高度一〇〇〇クーリルに急速接近中の機体あり。えー、三機だけだし多分大丈夫だと思うんだけど……やっぱり大丈夫ってことにならない?」

 

 何とも締まりのない無線である。

 

 ドードー船長の鳴き声と羽ばたきの音が割って入った。

 ここにいる全員が、サネアツの頭をめった打ちにするドードー船長の姿を想起したことだろう。

 

「はいはい分かった、分かりましたよ。……総員、位置につき周辺警戒。待機中の飛行機は緊急発進せよ!」

 

 コトブキ飛行隊は揃って首を捻る。

 

「空賊?」

「でも三機だけって」

「郵便飛行機の間違いじゃありませんの?」

 

 困惑する面々だったが、レオナは鋭く号令を発する。

 

「何にせよ、命令は命令だ。全員走れ!」

 

 その場にいる全員が跳ねるように立ち上がり、格納庫に向かって駆け出した。

 

 ◆◆◆

 

 格納庫では、七機の隼の始動準備が行われていた。

 

 ナツオが檄を飛ばす。

 

「ぼやぼやすんなよ、遅れた奴はケツにクランク突っ込んで三千回転だ!」

「「「うす!」」」

「喜んで!」

 

 全員が慌ただしく自分の搭乗機に乗り込み、エンジンを始動させていく。

 

 アキトも相棒の隼Ⅱ型に飛び乗った。

 計器類を指差し確認し、エンジン点火の準備をして、ナツオに叫ぶ。

 

「エンジン始動!」

 

 スターティングハンドルを片手に、ナツオが機体下部へと潜り込む。

 すぐに顔を出して叫んだ。

 

「点火!」

 

 スイッチを勢いよく押すと、タンタンと乾いた音を立ててから隼Ⅱ型の三翅のプロペラが回転し始めた。

 操縦桿とペダルを動かし、舵とフラップの確認をする。

 ナツオが親指を立てた。問題なし。

 手で合図を送ると、車輪止めが外された。ゆっくりと機体が動き出す。

 

 既に整列を終えていたコトブキ飛行隊の後ろにつく。

 

 格納庫の壁に取り付けられた信号が赤から青に変わる。

 

 隊長のレオナを先頭に、次々と六機の隼が飛び出していく。

 

 いよいよ新しい職場で初の実戦だ。

 

 アキトは深呼吸すると、出力を上げて最後尾のチカに続いた。

 

 曇り空とはいえ、真昼間の空は格納庫よりもずっと明るい。

 わずかに目を細め、アキトは前を行く六機の隼を追う。

 

 羽衣丸から離艦した七機の隼は、隊列を組みながら羽衣丸の前方へ回り込む。

 先頭にレオナとザラ、その斜め後方の左右にキリエとチカ、エンマとケイト、最後尾にアキトが続く。

 

 羽衣丸前方に、三つの機影が見えた。

 

「あれは零戦の三二型だな」

「サブジーとナオミさん以外の三二は認めない! 滅べっ」

 

 こちらの高度は二五〇〇クーリル、相手の高度は約一八〇〇。機首をこちらに向けて真っ直ぐ向かってくる。明らかに敵対的だ。

 

 レオナから無線が入る。

 

「私とザラ、キリエとチカで仕掛ける。エンマとケイト、アキトは周囲警戒しつつ適宜援護に回れ。では——コトブキ飛行隊、一機入魂!」

「はい!」

 

 五人の返事が重なると同時、四機の隼が急降下し、三機の零戦に殺到する。

 それと同時に、三機の零戦も散開。

 

 空戦が始まった。

 

 ◆◆◆

 

 空戦が始まって数分、アキトはエンマ、ケイトと共に、羽衣丸の周囲を旋回しながら、下方で繰り広げられる戦いを見守っていた。

 

「ダニのくせになかなかしぶといですわね」

「空賊の割にはしっかり連携も取れてますね」

 

 コトブキ側の高度有利で始まった空戦は、しかしこう着状態に陥っていた。

 

 三機の零戦は未だどれも無被弾だ。

 

 決してコトブキが遅れをとっているわけではない。

 ザラが敵を引きつけ、キリエとチカがそれを狙い、レオナがフォローに回る。

 四人の連携は完璧だ。

 

 しかし、三機の零戦もまた、かなりのやり手らしい。

 一機をキリエとチカが狙えば、もう一機がそれを妨害し、援護に入ろうとするレオナを別の一機が追い払う。

 三機の動きは独立しつつも、互いに補い合っている。

 個々の技量はさることながら、よほど戦い慣れていなければこういった動きはできない。

 

 本当にただの空賊だろうか。やってきたのが三機だけというのも引っかかる。

 

 援軍が来るまでの時間稼ぎだろうか。その割には周囲に機影らしきものは何も見えない。目に映るのは荒野と山脈、分厚い雲だけ。

 

「ああ、じれったい。私たちも行きませんこと?」

 

 エンマが苛立ちを露わにする。彼女の空賊嫌いはアキトも知るところなので、気持ちは察することができた。

 

「ダメ。レオナの指示を待つべき」

「分かってますわよ、もう」

「それよりも、敵の所属が一切不明なところが気になる。その上、あの練度はただの空賊とは考えにくい。二人はどう思う?」

 

 ケイトの疑問は最もだった。

 零戦三機の機体はどれも真っ白。迷彩もなければ、所属を示すマークもついていない。機体識別のためか、垂直尾翼に申し訳程度に数字が書かれているだけ。

 

「確かに疑問ですわね。少し気味の悪さすら感じます」

 

 害虫であることに変わりありませんけど、とエンマ。

 

「所属を隠したいとか?」

 

 アキトの言葉に、可能性はある、とケイトが同意した。

 

「前にナンコーで所属不明の四式と戦ったことがある。あれも裏で糸を引いていたのはより大きな組織だった」

「嫌ですわ、今回も私たちの知らないところで面倒ごとが起きているなんて」

「あくまで可能性」

「だとしたら——」

 

 エンマが何か言いかけた瞬間、無線にチカの叫びがこだました。

 

「キリエー! 早く追っ払ってってば!」

「いまやってるっての! ……こんにゃろ、落ちろー!」

 

 見ればチカが後ろにつかれている。キリエが引き剥がそうと機銃を撃つが、敵は鋭いロールで回避を繰り返し、弾が無駄に消費されていく。

 レオナとザラもそれぞれ敵に張り付かれて、思うように動けない様子。

 

 切羽詰まった声でレオナの指示が飛ぶ。

 

「アキト、キリエの援護! エンマとケイトは私とザラに!」

 

 思いの外、戦局が悪化している。

 

「やっと出番ですわ」

「了解」

 

 エンマとケイトが急降下し、それに続いてアキトも機首を下げた。

 

 三機の隼が獲物を求めて風を切る。

 

 重力を味方につけたアキトの隼はぐんぐん加速し、零戦に接近する。

 機銃の有効射程に入る直前、アキトは無線に向かって叫ぶ。

 

「キリエ、バレルロールで減速を! チカはそのまま思い切り上昇!」

「はい!」「ほい!」

 

 チカの隼の機首が跳ね上がり、それを追っていた零戦も鼻先を上に向ける。アキトの照準器が零戦の背中をど真ん中に捉える。

 バレルロールするキリエの脇を抜けるのと同時に、アキトは引き金を引く。一二.七ミリ機銃が火を吹いた。

 零戦はアキトの攻撃を予期していたのか、機体を傾け回避。

 深追いせずにアキトはそのまま離脱する。

 

「キリエ!」

「っしゃあ!」

 

 零戦が回避した先にはキリエの射線が待ち構えていた。

 

 キリエが機銃を掃射する。放たれた弾丸は、狙い違わず零戦の薄い装甲を噛み砕いた。

 

 火だるまになって落ちていく零戦には目もくれず、アキトは周囲の戦況を確認する。

 

 残りは二機。

 エンマとレオナが追いかけている方は、エンジンから煙を上げている。長くは持たないだろう。と思った瞬間、零戦の主翼が吹き飛ぶのが見えた。

 もう一機はケイトとザラが巧みに進路を塞ぎ、地表近くまで追い詰められている。

 

「よし、なんとかなった……」

 

 安堵の息をついたのも束の間、羽衣丸から無線が入る。

 

「羽衣丸後方、高度四〇〇〇クーリルより、新たに機体が接近! 数は七、八、……九機です!」

 

 ぞわりと寒気がした。

 全機が羽衣丸から離れた瞬間、最も無防備なタイミングを狙われた。

 

 かつてないほどに焦ったレオナの声が響く。

 

「くそっ、総員、直ちに上昇! 羽衣を守れ!」

 

 レオナが言い終わるより早く、アキトは上昇に転じていた。

 

 先ほどの急降下で稼いだ速度を高度に変換しつつ、計器盤左下にある緊急出力レバーを引いた。

 隼Ⅱ型のエンジンが、定格の出力を超えて唸りを上げる。

 

 一秒でも早く高度を稼がなければ。

 いくら羽衣丸が大きな飛行船でも、零戦九機の機関砲を浴びたら致命傷は免れない。

 

 アキトが羽衣丸の高度まで戻るのと同時に、雲間から零戦三二型の編隊が姿を現した。




隼に緊急用出力が装備されているかは自信がありません。
アニメ第一話でエンマがそれっぽいものを使ってた気がします。まあイジツの飛行機なら搭載されててもおかしくないかな、なんて。
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