荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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長くなりました。視点移動多めです。


第七話 死闘

 暗灰色の雲から続々と現れた九機の零戦三二型は、三角形の陣形を保ったまま、羽衣丸に向かって急降下してくる。

 

 コトブキ飛行隊の皆は、羽衣丸と同高度まで上がってくるのにまだ時間が必要だ。

 

 敵機は九、対するこちらは隼七機。高度は相手の方が有利。その上こちらの四機は先ほどの空戦で消耗している。

 

 悪夢を見ているような気分だった。

 

 オウニ商会に雇われて初の実戦がコレとは、社員研修にしては少々ハード過ぎやしないか。

 

 アキトは隼の機首を、迫り来る零戦の群れに向けた。

 

「アキト、一人で突っ込むつもりか!?」

「何機か落とせるかもしれません。皆さんもできるだけ早く上がってきてください」

「よせ! 無謀すぎる!」

「承知の上です」

 

 状況は絶望的。ならば一機でも落とせる可能性にかける。

 勝算もゼロではない。急降下する零戦は極端に舵が利きにくくなる上に、機首が浮いて狙いがぶれやすくなる。

 何にせよ無謀であることに変わりはないが。

 

 レオナの静止を振り切り、アキトの隼は上昇し続けた。

 

 零戦の群れが迫る。もしも鷹の大群に挑む雀がいるとしたら、こんな気分なのかもしれない。

 

 アキトは操縦桿を握る手に力を込めた。

 

 機銃を撃ちながら突っ込んでくる最初の一機。アキトはわずかに射線を外しながら、すれ違いざまに居合切りのごとく機銃を撃ち込む。零戦は主翼から火を吹いて落ちていった。

 

 息つく暇もなく次の二機。七.七ミリの弾幕を、すんでのところですり抜ける。

 

 続け様にまた次の二機が迫る。すれ違うと同時に機銃を発射。手応えはあったが、アキトに振り返る余裕はない。

 

 最後列の四機はもう目の前だ。

 折り重なるようにしてアキトに襲いかかる。弾丸があられの如く降り注いだ。

 

「くそっ……」

 

 半ばやけくそにフットペダルを蹴飛ばし、機体をロールさせる。

 金属が弾ける甲高い音が響いた。見れば左主翼の根元に穴が空いていた。防漏タンクのおかげか、はたまた運良く弾が外れたか、燃料は漏れていない。

 あとわずかでも機体がずれていたら、エンジンか操縦席にまともに食らっていたかもしれない。冷や汗が吹き出す。

 

「……ぶはっ!」

 

 詰まっていた息を吐き出して、失速しかけた機体を立て直す。

 

 時間にして十秒足らずの攻防。幾重にも張り巡らされた死の罠を潜り抜けたアキトは、一生分の幸運を使い果たしたような心地がした。

 

 しかしまだ戦いは終わっていない。むしろこれは始まりの合図に過ぎないのだ。

 

 機体を傾け、下方の戦況を確認。

 

 残っている敵の数は八機。うち一機はエンジンから煙を上げている。理想では三機、少なくとも二機は落としたかったが、仕方がない。

 

 高度を取り戻したレオナたち隼四機が応戦している。しかし、上昇直後でエネルギーに余裕がない隼では、急降下直後で増速している零戦相手には分が悪い。回避機動を取るので精一杯だ。

 

 地表近くまで高度を下げていたエンマとザラは、戦線復帰するまでもう少しかかるだろう。

 

 レオナとケイトが、真後ろに張り付く二機を振り払おうとしているのが目に留まる。

 

 アキトは操縦桿を握り直し、急降下を始めた。

 

 真っ白な三二型の機影が二つ、横並びになってレオナとケイトを追っている。

 その尻尾目掛けて機銃を放つ。弾は外れたが、レオナとケイトから零戦を引き剥がすことに成功した。

 

「無事ですか!」

「すまない、助かった!」

「アキト、六時方向、上から来る」

 

 ケイトの声が聞こえたと同時、手足が勝手に動いた。アキトの隼が素早く横転し、今の今までいた位置を曳光弾が駆け抜けていく。

 

 後方を見れば、ぴたりと真後ろにつかれたのが分かった。零戦の二〇ミリ機関銃を浴びれば、隼などたちまちスクラップだ。

 

 前方では、鋭く旋回したレオナとケイトの隼が、機首をこちらに向けるところだった。

 狙いはアキトの後ろについている零戦。

 

 急降下してレオナとケイトの射線を誘導すべく、機体を反転させると、下方から二機の隼が突撃してくるところが見えた。

 それぞれの機体に青と黄の意匠が映える。エンマとザラが戦線に復帰したのだ。

 

 多くの戦闘機にとって腹側は死角。アキトを付け狙う零戦は、忍び寄る二人の隼に気付いていない。

 

「地獄に落ちなさい、ダニが」

 

 冷たく放たれた一言が、死刑宣告だった。

 零戦の翼が吹き飛び、錐揉み状態で落下していく。

 

 それを見たレオナとケイトの隼は、アキトたちとすれ違う形で、羽衣丸の船首側へ離脱していった。その向かう先では、キリエとチカが奮戦している。羽衣丸の防護機銃も手伝って、何とか持ち堪えてくれているようだ。

 

「二人ともありがとうございます」

「遅くなってごめんなさいね」

「間に合ってよかったですわ」

 

 言葉を交わしつつ、周辺警戒は怠らない。

 

 羽衣丸後方から仕掛けてきた九機の零戦のうち、一機をアキトが落とし、五機がそのまま前方に離脱していった。後方でレオナたちと絡んでいた三機は、たった今エンマが落として残り二機。

 

 その二機は少し離れて体勢を立て直した様子。羽衣丸後方から緩降下しながら向かってくる。

 

 僚機が落とされても動揺はないらしい。零戦の旋回性能に甘えず、一撃離脱を取る様は、明らかな熟練のそれだ。

 

 ザラが鋭い声で指示を飛ばす。

 

「二人とも私に続いて! 合図したら散開!」

「「了解!」」

 

 ザラを先頭に、右後ろにアキト、左後ろにエンマが続く。三機の隼は二機の零戦に真正面から突撃する。

 

 ヘッドオンの形を取った隼と零戦の距離が、凄まじい早さで縮んでいく。

 互いの距離が、零戦の有効射程に入った瞬間。

 

「いまよ!」

 

 ザラが下へ、アキトとエンマがそれぞれ斜め上へ、急旋回。

 二〇ミリ機銃の曳光弾が三機の真ん中を駆け抜けた。二機の零戦が弾の軌跡を追いかけるように、羽衣丸目掛けて突き進む。

 

 上からアキトとエンマが、下からはザラが。上下に挟む形で零戦を追いかける。

 

「右を狙って!」

 

 ザラの指示と同時に、アキトとエンマの隼が弾幕を張り、横並びに飛んでいた零戦の進路を塞ぐ。

 ザラの射線が、右側を飛ぶ零戦を捉えた。ザラの隼が放った弾丸は、狙い違わず零戦に吸い込まれていく。

 

「やりましたわ!」

 

 火だるまになって落ちていく零戦を見て、エンマが快哉を叫んだ。

 

「次行くわよ!」

 

 残った零戦は不利を悟ったか、羽衣丸に向かう進路を外れ、急降下で逃げていく。

 

「はい!」

 

 アキトは操縦桿を倒し、逃げる零戦に機首を向ける。

 

 次の瞬間、横から金属が砕ける甲高い音と、爆発音が轟いた。

 

 反射的に目を向けると、ラダーと風防が吹き飛び、エンジンから黒煙を上げるエンマの隼が視界に飛び込んできた。

 

 エンマの隼は速度を失いながら、ゆっくりと墜落していく。

 

 思考が停止する。

 何が起こったのか分からない。

 撃たれたのか? でも自分たちの周囲には、敵機は二機だけだったはず。

 

 答えはすぐに頭上から降ってきた。

 

 真っ白い機体が稲妻の如く空を切り裂き、アキトの真横を上から下に通過する。

 

 次の狙いは——ザラだ!

 

 アキトは無線に向かって怒鳴る。

 

「ザラ! エンマが撃たれました! 新手です! 真上から来ます、回避してください!」

 

 零戦三二型が、ザラの隼に肉薄する。

 ザラが機体をロールさせるのと同時に、零戦の機銃が火を吹くのが見えた。

 

 ザラは不意打ち気味の一撃を何とか回避したようで、降下して離脱していく。

 

 零戦はそれを深追いせずに機首を上げ、進路を羽衣丸に向けた。

 

 アキトは心の中で悪態をつき、零戦を追う。

 

 羽衣丸の防護機銃が、零戦に狙いを定めた。しかし零戦は躊躇なく突っ込んでいく。

 防護機銃が一斉に火を吹いた。

 

 零戦は、無謀にも対空砲火の嵐の中に飛び込んだ。降り注ぐ弾幕を、まるでからかうように軽々とかわし、射線を切りつつ羽衣丸側面のプロペラに機銃を浴びせた。

 

 羽衣丸の第二エンジンが煙をあげて停止した。

 

 勢いそのままに、零戦は羽衣丸の進路上で繰り広げられる乱戦へと向かっていく。

 

 アキトの前に姿を見せてからわずか十数秒の出来事だった。

 

 他の零戦たちとは明らかに格が違う。あんな奴が乱戦に加われば、コトブキ飛行隊は一瞬で劣勢に陥ってしまう。

 

「アキトはあいつを追って! 離脱した方は私が!」

「はい!」

 

 アキトはスロットルを全開にして、零戦を追いかけた。

 

 ◆◆◆

 

 羽衣丸の前方では、レオナ、キリエとチカ、そしてケイトが乱戦を繰り広げていた。

 

 ケイトとレオナは、エンジンから薄ら煙を上げている零戦を追いかけている。

 

 近付いてくる敵機はキリエとチカが蹴散らしてくれているが、長くは持たない。

 手早く片付けなければ。

 

 目の前の零戦は、先ほど無謀な突撃をやってのけたアキトの攻撃を受けたのだろう、他よりも動きが鈍い。

 ケイトは上から覆い被さるように零戦の進路を塞ぐ。後ろからレオナが機銃を浴びせ、零戦は主翼から火を出しながら落ちていった。

 

 ケイトは頭の中で残りの敵機を数える。

 

 後方から急降下してきた零戦は九機。

 先陣を切って飛び出したアキトが一機落とした。

 羽衣丸前方に五機が抜けていき、後方には三機。

 後方の三機をエンマが一機落として残りの二機には、ザラとエンマとアキトが向かっていった。

 前方に抜けた五機は、たった今一つ落としたので残り四。

 

 数は着実に減ってきている。

 

 キリエとチカが二機を相手に格闘戦を繰り広げている。

 

 ケイトとレオナはあとの二機を落とさなければならない。ケイトの思考が加速する。

 

「ケイト、無理に落とそうとしなくていい。旋回戦に持ち込んで、少しずつ羽衣から引き離す」

「了解」

 

 二機の零戦を引きつけつつ、ケイトとエンマは慎重に機体を操って攻撃を捌く。

 

 隼Ⅰ型は零戦三二型に比べて速度は劣るが、旋回性能は上。同数の格闘戦なら互角以上に渡り合える。

 

「レオナ、ケイト! そっちに一機向かいました、逃げてください!」

 

 突如、無線からアキトの怒鳴り声が響く。

 

 零戦が一機、猛スピードでレオナに向かっていくのを視界の端で捉えた。レオナは左旋回に入っており、その姿は死角で見えていないはず。

 

「レオナ、二時方向から来てる。回避して」

「分かった」

 

 レオナが舵を右に切り、降下して離脱していく。その後を二機の零戦が続く。

 

 ケイトは頭の中で、新たに現れた零戦の動きを予測する。

 選択肢は三つ。

 一つ、降下するレオナに追従する。

 二つ、そのまま離脱して距離を取る。

 三つ、狙いを変えてケイトの方へ来る。

 

 ケイトは一瞬でそれぞれに対する自分の動きをシミュレーションし、操縦桿を握り直す。

 零戦がどの択を取ろうと関係ない。確実に追い詰めて、落とすだけ。

 

「えっ?」

 

 次の瞬間、ケイトは目を疑った。

 零戦はケイトの立てた予測を全て裏切り、目の前で上昇に転じたのだ。

 

 速度を捨て、敵の前で無防備に機体の裏側を晒す。

 どう見ても自殺行為だ。

 

 答えを求めてケイトの思考が加速する。

 

 操縦ミス? ケイトの隼を見落としていた? 機体の不調?

 

「何にせよチャンス、ここで落とす」

 

 目の前であからさまな隙を見せられて、みすみす逃すほどケイトは甘くない。

 

 真っ白な横腹を晒す零戦に肉薄する。

 反撃の恐れはない。ギリギリまで近付いて確実に落とす。

 

 ケイトが機銃の引き金に手を掛けると同時に、零戦がその機体を鋭くロールさせた。

 

 零戦がケイトの射線から外れ、代わりに現れたのは、アキトの隼。操縦席のアキトの顔が見えるほどの至近距離。

 

「っ!」

 

 心臓を鷲掴みにされた心地がした。

 

 アキトは機体を垂直に立てて急減速。

 その脇を掠めるようにしてケイトの隼がすれ違う。

 

 あと一瞬でも反応が遅れていたら、二機の隼は正面衝突していた。

 

「ごめんアキト。完全に見えなかった」

「いえ、死角に入った俺のミスです。申し訳ありません」

 

 ケイトは柄にもなく唇を噛んだ。

 

 敵機を追いかけている最中に味方と接触事故なんて、ひよっこでもやらかさない初歩的なミス。

 なぜこんな大事な時に。

 

 ケイトの頭に嫌な想像が過ぎる。

 もし、今の接触未遂が人為的に起こされたものだとしたら?

 零戦がケイトとアキトの位置関係を正確に把握して、どのような機動を取るかを読んで、お互いを死角に誘導していたとしたら?

 

 ありえない。

 

 架空の戦記物じゃあるまいし。ケイトが信じるのは現実のデータだけ。

 馬鹿げた思考を振り払う。

 

 周囲に目を走らせ、見失った零戦を探す。

 

 機体後部から金属が砕ける音がして、同時に衝撃が襲ってきた。

 

 考えるより先に体が動き、致命傷を避けるべく機体をロールさせる。

 

 真後ろに零戦を視認し、死角に入り込まれていたと気付かされる。

 

 アキトの機体とぶつかりかけて零戦を見失ったのはものの数秒。その間に射撃位置にぴたりとつけた零戦の操縦手に、ケイトは敵ながら尊敬すら覚えた。

 

 舵が極端に重い。見えずとも機体後部が激しく損傷していることは分かる。

 

 相手は相当の腕利き。手負いの隼でこいつをやり過ごせるだろうか。

 

 状況を打破すべく、再びケイトの思考が加速する。

 

 ◆◆◆

 

 ケイトの隼とあわや熱い抱擁を交わしかけたアキトは、急制動して失速しかけた機体を立て直したところだった。

 

 目の前では尾翼を激しく損傷したケイトの隼が、零戦から逃げ回っている。

 

 零戦を追いかけている間、ケイトの機体を視認できなかった。相手の零戦の陰に隠れていたからだ。偶然にそんなことが起きるとは思えなかった。かといって人間にそんなことができるだろうか。

 

「いや、あの人ならできるかもしれない」

 

 アキトの頭に一人の顔が想起された。

 

 グニラ。卓越した操縦技術を持ち、精鋭揃いのトルム貿易護衛飛行隊の中でも頭ひとつ抜けた実力から、『トルムの宝刀』とまで呼ばれた女。

 

 以前、交戦中に弾詰まりを起こした際に、今のような同士討ちをやってのけた所をアキトは見たことがあった。

 

 だが、今この場にグニラがいるはずはない。

 

 そもそも彼女の搭乗機は隼Ⅱ型であり零戦三二型ではないのだ。

 

 そうと分かっているはずなのに、目の前の零戦の姿が隼Ⅱ型と被る。

 アキトは飛び交う機銃と、炎に包まれて落ちていく戦闘機を幻視した。

 

「くそっ」

 

 感傷に浸るなと、己を叱咤。

 

 いまは死力を尽くして羽衣丸を守らなければならないのだ。

 相手はグニラでないにせよ、その技量はグニラと同等と見なければならない。気を抜けば一瞬で落とされる。

 

 零戦に追われるケイトを援護すべく、アキトは操縦桿を握り直した。

 

 ◆◆◆

 

 ザラは補足した零戦に機銃を撃ち込んだ。零戦の翼端を掠めた弾丸が火花を散らす。

 零戦は素早く機体を翻し、ザラの射線から逃げていく。

 

「しぶといわね……!」

 

 今ザラがいる位置は羽衣丸の下方。逃げた零戦を追いかけているのだが、主戦場から誘い出されてしまった。

 

 早くこいつを落として戻りたいところだが、この零戦もなかなか腕が立つらしい。あと一歩のところまで追い詰めている実感はあるが、その一歩が遠い。

 

 ザラは唇を噛む。

 

 エンマは無事なのか? 無線には応答がなかった。最悪の事態が頭を過ぎる。

 エンマだけではない。他のみんなは?

 レオナは……?

 

「ダメ、集中しないと」

 

 心配は焦燥を、焦燥は苛立ちを誘う。苛立ちは飛行機乗りの寿命を縮めるもの。

 不確実な可能性に気を揉む暇があるなら、目の前の現状を打破する。

 

 残弾も残り少ない。次で確実に落とす。

 

 射線に入った零戦に再度攻撃。曳光弾は零戦の右側を抜けていき、零戦は左に旋回を始めた。

 ザラは機首を下に向け、速度を稼ぐ。

 地面と接触する寸前、操縦桿を思い切り引いた。ザラの隼は土埃を上げ機体を軋ませながら急上昇。

 旋回を続ける零戦の無防備な腹を照準器のど真ん中に捉えて、ザラは引き金を引いた。

 

 尾翼が折れ飛び、回転しながら落ちていく零戦を尻目に、速度が乗ったザラの隼は高度を取り戻す。

 

 素早く辺りに目を走らせ戦況確認。

 羽衣丸はエンジンの一つが大破しているが、航行に問題はない様子。

 キリエとチカは零戦相手に二対二の格闘戦。抜群のコンビネーションで戦いを有利に運んでいる。

 アキトとケイトは一機と激しい攻防の真っ最中。あれはエンマを落とした零戦か。

 少し離れた場所で薄ら煙を上げるレオナの隼が見えた。二機の零戦から受ける猛攻を紙一重でかわしている。

 

「今行くわ、レオナ」

 

 進路をレオナの方に向け、緊急出力を開放したザラの隼が急加速した。

 

 ◆◆◆

 

 アキトはケイトを狙う零戦目掛けて引き金を引いた。

 しかし零戦は巧みに機体を操ってひらりとかわす。放たれた弾丸は彼方へと消えた。

 

 時間感覚はとうにない。

 

 手負いのケイトを守るべく、なんとか零戦に食らいつくが、そんなアキトを嘲笑うように零戦は攻撃をことごとくすり抜け、ケイトの隼へ機銃を撃ち込んでいく。

 

 ケイトの操縦技術は天才的だ。隼Ⅰ型の特性を熟知し、機体のバランスを崩さないギリギリを見極めながら、相手の攻撃を捌いている。

 

 しかし相手はさらにその上を行っていた。

 一見すると滅茶苦茶な機動が全て一瞬先の伏線となり、アキトの射線を誘導しつつケイトの行動の選択肢を奪って追い詰めていく。

 

 ケイトの隼は徐々に機体の弾痕を増やしていった。

 

 何度目かの射撃でケイトの隼の左エルロンが千切れ飛んだ。

 

「まずい……!」

 

 アキトがほぞを噛んだ瞬間、零戦が急減速した。真後ろにいたアキトの隼にぶつかるように零戦の機体が迫る。

 

「っ!」

 

 完全に不意をつかれた。

 思い切りフットペダルを蹴飛ばし、接触を回避する。

 

 ケイトの隼から離れてしまった。

 ズタズタになったケイトの隼は飛んでいるのがやっとの状態。回避機動はとても無理だ。次の一撃で落とされる。

 

 燃えながら落ちていく飛行機の記憶が、ケイトの末路をアキトに見せつけてくる。

 

 体が硬直し、息が詰まる。時間が引き延ばされたような感じがした。

 

「……?」

 

 撃ってこない。

 それどころか近付いてすらこない。

 

 零戦は踵を返し、地平線へと去っていく。

 

 辺りを見回せば、他の零戦たちも揃って戦線から離脱していく。

 

 あまりにも呆気ない幕切れ。

 弾切れか、燃料切れか。それとも別の理由があるのか。

 

「アキト、大丈夫?」

 

 やや疲れを滲ませたケイトの声。

 

「大丈夫です。すみません、俺がもっとしっかりしていれば……」

「ケイトの生存確率は限りなく低かった。何とかなったはアキトのおかげ。感謝する」

 

 安堵のため息をつく。今になって身体が震えてきた。

 

「全員無事かっ!?」

 

 無線からレオナの声がする。

 煙を上げながらレオナの隼がこちらに向かってくるのが見えた。横にはザラもいる。

 

「あー! 死ぬかと思ったぁ!」

「もう無理動けないリリコさんのパンケーキが食べたい早く寝たい!」

 

 チカとキリエも合流する。

 幸いにして致命傷はないようだったが、どちらの機体も穴だらけだった。

 

「みんなよくやってくれた。ポロッカに着いたら豪勢な夕食にしよう」

「っしゃ、カレーだ!」

「具沢山のハンブルクサンドを所望する」

「……エンマは?」

 

 キリエの言葉に、全員が沈黙する。

 

 レオナが静かに問うた。

 

「ザラ、アキト。エンマはどうした」

 

 事態を察したのか誰も何も言わない。

 

「……エンマは——」

「アキト、私が報告するわ」

 

 ザラの悲痛な表情が目に浮かんだ。

 

 直後、無線からエンマの声が聞こえた。

 

「生きてますわ。機体は大破しましたが、私は軽い打撲で済みました。位置は羽衣丸右舷後方。回収をお願いします」

「よし、無事で何よりだ。一度船に戻ってから迎えに——」

 

 レオナの声を遮ってキリエが叫ぶ。

 

「エンマ! よかったー! すぐ行くから待ってて!」

 

 言うが早いか、キリエがすっ飛んでいく。

 

「おい、キリエ! ……というわけでキリエがすぐに向かう。少し待っててくれ」

「ええ」

 

 レオナの声に安堵が滲む。

 

「全員無事で本当に良かった。帰還するぞ」

 

 ◆◆◆

 

 時刻は少し遡り、零戦の集団が去っていく直前のこと。

 

「う、ぐ……」

 

 ぐしゃぐしゃになった隼の操縦席の中で、エンマは目を覚ました。

 

 頭がぐらぐらする。体の節々が痛んだ。

 

 意識がハッキリしてくるに連れて少しずつ記憶が戻ってくる。

 ザラとアキトと協力して零戦を一機落とし、続けてもう一機に狙いを定めた瞬間に凄まじい衝撃と共に風防が吹き飛んだ。

 舵がまともに利かない機体を何とか操り、胴体着陸したところから記憶は途切れている。

 

 つまり背後から不意をつかれて撃墜された。

 

「くそ忌々しい。空賊の分際で!」

 

 八つ当たり気味に計器板を殴りつける。

 

 上空では仲間たちが戦っている。心配だが今の自分には無事を祈ることしかできない。

 

「大きな怪我は……ないようですわね」

 

 複数の打撲はあるものの、大きな外傷や骨に異常はなさそうだ。

 即死もありえた状況でこの程度で済んだのは奇跡と言っていいだろう。

 

「日頃の行い、ということにしておきましょうか」

 

 機体の損傷具合を確認すべく操縦席から抜け出す。確認するまでもなく無残な相棒の姿に、エンマは顔をしかめた。

 下手に修理するより新造した方が早いかもしれない。

 悲鳴を上げるナツオの姿が浮かんだ。

 

「あれは……」

 

 エンマの隼から少し離れた場所で燃えている大きな塊が目に留まる。

 

 近付いてみると、エンマたちが撃墜した零戦三二型だ。

 エンマとは違い、頭から地面に刺さるように墜落したらしい。機体前部は完全に潰れてしまっている。

 

「日頃の行いですわね」

 

 ふん、とエンマは鼻を鳴らす。

 空賊なんて悪事に手を染めるからこうなるのだ。

 

「何なのでしょう、空賊にしては腕が立つようでしたが……」

 

 個々の技術も連携も、そこらの空賊とは比べ物にならない。明らかに正式な訓練を受けた奴らだった。

 所属マークも迷彩もなく、みんな揃って機体は白一色。

 

 薄気味悪いものを感じる。

 

「あら……?」

 

 赤い炎の中で崩れゆく零戦を眺めていると、機体の色が変わっていくように見えた。

 いや、白い塗装が融けて元の模様が表れたのだ。随分と安い塗料を使ったのか、それとも塗装技術が未熟なのか。

 

 まぁ空賊なんてそんなものかとエンマが目を離そうとしたその時、機体側面の塗料が流れ落ち、所属を示すマークが目に映る。

 

 

 ——五角形の盾に巻き付くように尾を引く流れ星。

 

 

 つい今しがたまで、共に戦っていた仲間の機体と同じ。

 

 エンマは我が目を疑った。

 

「そんな、こんな……ことが……」

 

 炎に包まれた零戦の残骸が、音を立てて崩れた。




コトブキ飛行隊の機体の模様はザラのやつがお気に入りです。
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