荒野のコトブキ飛行隊 〜隼Ⅱ型の用心棒〜   作:庵間亜狐也

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前回と比べてかなり短くなりました。


第九話 裏路地の再会

 羽衣丸は予定より少し遅れてポロッカに到着した。

 

 荷物の積み下ろしに加えて、破損したエンジンの修理や空賊の対策などから、数日はポロッカに滞在することが決まった。

 

 数日間の休暇を言い渡されたコトブキ飛行隊は、町に出て打ち上げも兼ねて夕食を食べることにしたのだった。

 

「アキト来なかったね」

 

 少し残念そうにチカがこぼした。

 

「声は掛けたんだけどね。また今度にしてくれってさ」

 

 パンケーキを切り分けながら、キリエが言った。

 

「仕方ないだろう。誰だって一人になりたい時はあるさ」

「そういう時こそ、ぱーっと呑んで気分転換した方がいいとも思うけどね」

 

 ザラがジョッキを傾ける。

 

「ザラはそうだろうな」

 

 レオナが苦笑する。

 

 大皿に盛られた唐揚げをつついていたエンマに、キリエがぼそりと言う。

 

「唐揚げ……カタクリコ……」

 

 エンマがキリエをにらむ。

 

「やめてキリエ」

「だってー、思い出しちゃうんだもん。誰さ、違法薬物をカタクリコなんて呼び始めたのは」

「やめてったら。折角忘れかけてましたのに。唐揚げがヤバいものに見えてくるじゃありませんの」

 

 苦言を呈するエンマに、ザラが追い討ちをかける。

 

「カロリーはヤバいけどねー」

「もう、ザラまで」

 

 黙ってハンブルクサンドをぱくついていたケイトが顔を上げる。

 

「ザラが呑んでいるビールの主成分は麦。麦には多くのカロリーと糖類が——」

 

 今度はザラが顔を青くした。

 

「やめて、ケイト」

「でも」

「やめて、お願いだから」

 

 あまりの切実な表情に若干困惑しながらケイトが頷いた。

 

「何にせよ、食べ過ぎも呑み過ぎもよくないってことだ。みんな気をつけるように。……特にキリエ」

「ちょっと、何で私!?」

 

 レオナが呆れたようにキリエの手元を指差す。

 そこには山のようなパンケーキとカレーライスと唐揚げと……。

 

「こんなの準備運動みたいなもんだって」

「キリエを見てるとね、思うのよ。私はもう若くないんだなって……」

 

 遠い目をしてザラが呟いた。

 

「将来が怖いですわね」

 

 とエンマ。

 キリエは唇を尖らせた。

 

「そういうエンマだってさっきから唐揚げずーっと食べてるでしょ」

「私はつくべき所につきますから」

「なにをぅ……!」

 

 フォークを逆手に持ったキリエの腕をチカが抑える。

 

「落ち着けキリエ! そんなことしても欲しいものは手に入らないって!」

「やってみなきゃ分かんないじゃん、ちょっとくらい分けろ!」

 

 止まらぬキリエを止めようと、レオナが腰を浮かす。

 

「おいキリエ、さすがにふざけすぎ——」

 

 振り上げたキリエの腕が、後ろを歩いていた男に当たった。

 男は尻餅をつき、勢い余ってキリエもひっくり返る。

 

「あーもう、何やってますの」

 

 呆れたエンマが手を差し伸べる。

 

「いたた、ごめんなさい。後ろ見てなくて」

 

 キリエの手が当たった男は別段怒ることもなく立ち上がった。

 

「いや、いいんだ。お友達と呑んで楽しくなっちまうのは分かるが、周りには気をつけるんだぜ、お嬢ちゃん」

「いやー、ごめんなさい。気をつけまーす」

 

 それじゃあな、と去ろうとする男の腕をレオナが掴んだ。

 鋭い目つきで男を見据える。

 

「うちのが迷惑かけてすまなかった。だが、その財布はお前のじゃないぞ」

 

 男の反応は劇的だった。

 レオナの手を振り払い、脱兎の如く店から飛び出していく。

 すぐにレオナも音を立てて立ち上がった。

 

「スリだ、ザラ支払いを頼む!」

 

 言うが早いか、男を追ってレオナが走る。

 

「こんのアホキリエ! スられたことにも気付かないのかよ!」

「くっそー!」

 

 チカも後に続き、キリエ、ケイトも立ち上がった。

 

 店から飛び出していくキリエたちをザラが手を振って見送る。

 

「エンマ、あなたは大人しくしてなさい。一応怪我人なんだから」

「……分かってますわ」

 

 夜のポロッカの飲み屋街は、人でごった返していた。

 人の波を掻き分け、キリエたちは前を行っていたレオナに並ぶ。

 

「くそ、すばしっこいやつだ」

 

 レオナが悪態をつく。

 

「キリエ、あそこ」

 

 ケイトが指差した方を見ると、スリの男が裏通りに飛び込んでいくところだった。

 

「あんにゃろ、絶対逃さない!」

 

 キリエは矢のように駆け出し、裏通りへと飛び込んだ。

 

 今日はもういろいろ盛りだくさんで疲れているのに、その上スリとは。厄日か何かか。

 

 うんざりした気持ちを抱えながら、キリエは入り組んだ裏路地を全力疾走する。

 

 何度目かの角を曲がった時、男の進路上に女が立っているのが見えた。建物の外壁に寄りかかり煙草を咥えている。

 

 顔を上げた女と目が合った。

 すかさずキリエは叫ぶ。

 

「お姉さん、そいつスリ! 捕まえて!」

 

 突然の闖入者にもかかわらず、女はかけらも動揺していなかった。

 煙草を放り、男の前に立ち塞がる。

 

「どけっ!」

 

 突き飛ばそうと伸びてきた男の腕を、女は素早く引っ掴み、捻り上げた。体勢が崩れた男の足を払う。

 

 つき転ばされた男は、胴体着陸した飛行機の如く土煙を上げて地面に倒れ込んだ。

 

 立ち上がろうとする男の頭を地面に押さえつけ、女が懐を漁るとキリエの財布が出てきた。

 

「自警団は勘弁してやる。とっとと失せな」

 

 解放された男は悪態をつきながら、路地の奥へと消えていった。

 

 キリエは肩で息をしながら礼を口にする。

 

「ありがとう、お姉さん」

「いいってことさ」

 

 レオナたちも追いついてきた。

 

「キリエ、大丈夫か」

「うん、このお姉さんが取り返してくれた」

「そうか。すまない、助かったよ」

 

 レオナの礼に女は手を振って応えた。

 

「ほら、君の財布だ」

 

 女がキリエの手のひらに財布を置いた。

 

 背の高い女だった。男に交じっても目立たないかもしれない。近くで見ると、精悍な顔立ちをしている。肩のあたりで切り揃えた髪も相まって男勝りな印象を与えてきた。

 

「ありがとう」

「ああ、取り返せてよかった。でも気をつけなね」

「うん……あれ?」

 

 キリエの視線が女の手に引きつけられる。手の甲と指先が薄く日焼けしていた。

 

「もしかして、お姉さんも飛行機乗り?」

 

 女は少し驚いた顔をした。

 

「よく分かったね」

「手の日焼けの形がさ」

 

 イジツの飛行機乗りたちがよく着用する手袋は、こういった形の日焼けをする。

 

「ああ、確かに。よく見てるね」

「何に乗ってるの?」

「うーん、いろいろ乗ってたからな。一番よく乗ってたのは……隼かな」

 

 キリエの目が輝く。

 

「へぇ、偶然! 私たちも隼に乗ってるんだ。同じ飛行隊なの」

「ほう、なるほどね。Ⅲ型かい?」

「ううん、I型だよ」

 

 女は楽しそうに笑みを深めた。

 

「いい趣味だ。あの機体の軽快さは他で真似できるもんじゃない」

「そうだよ、お姉さん分かってるじゃん!」

「まあね」

 

 偶然会った女は随分と話が分かる人らしい。

 すっかり調子付いたキリエは、まだ名乗っていなかったことを思い出す。

 

「まだ自己紹介してなかった。私キリエ、よろしくね」

「グニラだ。よろしく、キリエ」

 

 ——グニラ? グニラと言ったのか?

 

 思考が停止する。

 キリエの体が硬直した。

 

 様子がおかしくなったキリエに、グニラが首を傾げる。

 

「どうした、キリエ?」

 

 うまく回らない口から、声が漏れる。

 

「昼間の……零戦三二型……」

 

 グニラの目が細められた。

 

「なぜ君がそれを知っている?」

「キリエ、逃げろ!」

 

 レオナが叫ぶのと、グニラの手が伸びてくるのが同時だった。

 グニラの手がキリエの首根っこを引っ掴み、たちまちキリエは拘束された。

 

「キリエっ!」

「動くんじゃない!」

 

 突撃しようとしたチカの足が止まる。

 

 キリエは喉元に冷たい感触を覚えた。ナイフの切先が押し当てられている。

 

「そこの角にいる二人も出てきな」

 

 敵意を含んだ声でグニラが言うと、建物の影からエンマとザラも現れる。

 

「それと、無線もナシだ」

 

 肩をすくめたザラが背中に隠していた無線機を放った。

 

「びっくりしたよ、まさかオウニ商会の連中だったとはね」

 

 レオナがグニラを睨みつける。

 

「キリエを離せ」

「それはできない。こっちの用が済むまで、君たちはここにいてもらわなきゃ困る」

 

 平静な口調でザラが言った。

 

「こんなことしたらフィアンセが悲しむわよ、『トルムの宝刀』さん」

「アキトが喋ったのか、まったく……。その名で呼ばないでくれ、トルムの名前なんて反吐が出る」

 

 レオナが言葉を重ねる。

 

「アキトから話は聞いてる。トルム貿易で何があったのかも。もうこんなことはよせ。誰のためにもならない」

「いや、やめるわけにはいかない。カタクリコなんてふざけた名前のヤクのせいで不幸になる人間はイジツにごまんといるんだ。誰かが止めなきゃいけない」

 

 エンマが鼻を鳴らした。

 

「大層な名分を掲げてやることが空賊とは、トルムの宝刀も落ちたものですわね」

 

 グニラの顔が歪む。

 

「その名前で呼ぶな。それに空賊なんかと一緒にしないでもらおう。私らはただの交易品に興味はない。ルーデから持ち出されたカタクリコを回収して処分するだけだ」

 

 ケイトが口を開く。

 

「だからルーデから遠く離れたポロッカまで来たということ」

 

 グニラは頷いて見せる。

 

「いくつかの商会を経由されて少し骨は折れたが、オウニ商会の積荷にカタクリコが紛れていることは分かってる。じゃなきゃこんな遠くまで来るわけない」

「だが、こんなことをしても大元を絶てなきゃ意味がない。分かってるんじゃないのか」

 

 レオナの言葉に分かってるさ、とグニラは苦々しげに呟く。

 

「でも他に手がないんだ! ルーデの議会は腐ってる。ウチの飛行機乗りの大半はスラム出身で後ろ盾もない。だからこうやって地道に販路を潰していく以外にやりようがないんだよ!」

 

 グニラの声に悲哀の色が混じる。

 

「もうすでに仲間は何機も落とされた。今日だけでも七機やられた。限界が近いのは分かってる。他にいい手があれば喜んでやるさ」

 

 沈黙が降りる。

 

 沈黙を破ったのは、無線機の受信音だった。

 

「グニラ、聞こえるか。応答してくれ」

 

 ノイズ交じりの男の声がする。

 グニラは拘束しているキリエに言った。

 

「私の尻ポケットに無線機が入ってる。取ってくれるかい?」

「分かった」

「あ、変なトコ触るのはナシね」

「触りませんとも」

 

 キリエはグニラの背に手を回して、手探りで無線機を取ると、グニラの顔の横まで持ってきた。

 

「どうした?」

「オウニ商会にこっちの動きが読まれていたらしい。積荷を調べようとしたステルフが捕まっちまった」

「そうか……」

「どうする? すぐに動けるやつは三機あるが……」

「いや、いい。全員待機してくれ、くれぐれも目立たないように」

「了解」

 

 続けて、地面に放られたザラの無線機にも通信が入る。

 

「ザラ、こちら羽衣丸。聞こえてるかしら」

 

 ルゥルゥの声だ。

 

 ザラがグニラを見やる。

 

「取ってもいいかしら?」

「好きにしなよ」

 

 諦めたように、グニラはナイフを放り投げ、キリエを解放した。

 

「こちらザラ。聞こえてます」

「ちょうど今、可愛いお客さんがいらっしゃってるの。夕食中に悪いんだけど戻ってきてくれるかしら」

「分かりました。実はこちらも賊の首領と鉢合わせたところで」

 

 ルゥルゥは驚いた声を上げた。

 

「そう、ちょうどいいわ。ぜひお招きして」

「はい」

 

 通信が終わり、ザラはグニラの方に向き直る。

 

「だそうよ」

 

 レオナが続けた。

 

「一緒に来てもらうぞ」

 

 グニラは目を伏せる。

 

「君たちの雇い主は随分とやり手らしいな。……行くよ。どうせ拒否権もないだろう」

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