コメントいつもありがとうございます。コメントの質問等は完結後の設定などで解答致します。まずは失踪しないように頑張ります。
王と陰の宴、聖杯問答が行われた日、隠れ家の一室で考え込んでいたのは衛宮切嗣だった。
自身の切り札である「起源弾」をバーサーカーの横槍で無力化され、ランサー陣営を逃してしまったショックから立ち直り、冷静に戦況を確認していた。
(──舞弥とアイリの情報によると、アサシンは全滅、ライダーの宝具『王の軍勢』は一筋縄じゃいきそうにない。アサシンを差し向けたのは、アサシンのマスターである男、言峰綺礼。では今、その男は何をしているのか? 警戒すべきだろう)
ジャンクなハンバーガーを食べながら、壁にかけられた地図と写真を眺めて切嗣は思考する。
(ランサーのマスターは行方知れず。ライダーのマスターは常に宝具で飛行移動していて追跡は難しい。無鉄砲で荒々しく見えるが、ライダーの特性を十全に活かした戦い方だ。難敵と見るべきだろう。遠坂は穴熊を決め込むばかり、言峰綺礼とグルであるならそろそろ動いてもおかしくはないが……)
食べ終わったハンバーガーの紙をゴミ箱に捨てると、タバコに火を付け一服する。
そして、考えたくはないが考えない訳にはいかない陣営について整理する。
(──バーサーカーのマスターである間桐雁夜は慎重なのか、ほとんど家から出ていない。バーサーカーの自由裁量に任せるという一見して破綻した戦略もあのサーヴァントなら寧ろ好都合だ。戦場を掻き乱してこちらを疑心暗鬼にさせつつ、自身は安全地帯から戦況をただ俯瞰する。強かでやり難い相手だ、バーサーカーの動きが一切読めないのも厄介極まりない)
タバコを吸い終えた切嗣は窓の外から差し込む月の光を見つめながら決意を固める。
(戦いも中盤戦か──バーサーカーのデタラメさには他の陣営も手を焼いている。暫くは後回しだ。キャスターが動くならそろそろかもな、マスターを撃つ好機か)
切嗣は武器の確認を済ませると浅い眠りに着いた。
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「──アーチャーか。今日は随分とまた上機嫌だな」
「聖杯の格は未だ見えんが、我は新たな愉しみを見出した。例えガラクタであったとしても最後まで見届ける気にはなった」
言峰綺礼の書斎でアーチャーがワインを飲みながら、サーヴァントとマスターを模したモニュメントを手に取る。その手には剣士のモニュメント、セイバーが握られていた。
「そういう貴様こそ、今日はやけに上機嫌に見えるが?」
「──ただの安堵だ。ようやく煩わしい重荷から解放されたのだからな」
アサシンを呼び出し、諜報に徹して遠坂陣営を勝利させるという筋書き。突如令呪を宿し、魔術の授業にも明け暮れた末での任務完了であった。
「──消えた令呪はどうなるのだ?」
「──理屈の上では聖杯の元へと還る。サーヴァントを失い、マスターを失格となった者の令呪を聖杯が回収する。もしマスターを失ったサーヴァントが現れた場合、聖杯は新たに選んだマスターに未使用分の令呪を与える仕組みだ」
綺礼は聖杯戦争の裏事情をアーチャーに語る。聖杯は使用されない限り、現世に残り続けること、最終的には監督役の手に委ねられてること等、事細かにだ。
「──新たに選ばれるマスターとやらには何か法則でもあるのか?」
「──聖杯に選ばれる器のマスターはそう多くない。だから結局、聖杯はかなりの確率で元マスターだった者から新たにマスターを選ぶケースが多い」
「その理屈でいえば綺礼、お前が選ばれる可能性もまた大なのではないか?」
「あり得んよ。聖杯が私に期待したのが、時臣氏の説の通り、遠坂陣営の援護ならば、私の役目は既に終わっている。時臣氏は既に盤石の戦略を用意している。今更、私の出る幕はない」
すると、アーチャーは不敵な笑みを浮かべてこう切り返す。
「俺から言わせれば、時臣のその仮説こそが疑わしい。あの男が聖杯にそこまで評価される器とは思えんからな」
「──自らのマスターに対してよくもまあそこまで言えたものだ」
「──綺礼よ、何か勘違いをしていないか?
時臣が我を招き、魔力を献上し、この身を現世に保っている。何より臣下の礼を取ったからこそ、我は彼奴に応えてやらんでもないと考えていた。──あそこまで退屈な男だとは思わなかったがな」
アーチャーは遠坂時臣に対する不満をぶち撒ける。アサシンを倒したとする八百長紛いの戦闘、宴にアサシンを差し向けさせる下衆な真似、アーチャーの時臣に対する評価は地に堕ちていた。
「──それで綺礼よ、お前の方の答えは出たのか?」
「──願いなら見えた。だがその願いを叶えた時、私は破滅するのでは無いかという恐怖もある」
「──ほぉ、あの堅物だった貴様からそんな言葉が聞けるとはなぁ。何があったというのか?」
「──バーサーカーの言葉だ」
「──なに? あの道化と会ったことがあるのか?」
「──人畜無害な少年を装って白昼堂々、教会にやってきたぞ」
「フフハハハハハ! 相変わらず狂っておるわ! やつにはこの世の理など些事らしいな。実に気に食わんが、見ていて飽きぬな。それで奴は何と?」
「もっと素直になれと、願いが漠然としていようと他を削ぎ落とせば、自ずと願いは残る
と」
「──業腹だが、正に今のお前にお誂え向きな言葉ではないか。全く、あんな気狂いの道化に気付かされるとは、神父の名も泣くなあ?」
「──全くだ。それがよりにもよってバーサーカーだというのだから。私もまた同種ということか」
綺礼が悟ったようにそう呟くと綺礼の右手が疼き出す。痛みが走り、右手を抑えているとその手には令呪が宿った。サーヴァントと共に失ったはずの令呪が再贈与されたのだ。
「──馬鹿な! 契約に逸れたサーヴァントはまだ居ないというのに、何故新たにマスターが選ばれるのだ……」
「どうやら聖杯は、言峰綺礼に余程の期待を託しているらしい。綺礼、お前もまた聖杯の求めに応じるべきだ。紛れもなくお前には願望器を求めるだけの理由がある」
「──なるほど、私の願いそのものを聖杯に委ねるということか。だが、私個人の理由で聖杯を求めるということは、己が師をも敵に回す、ということになる」
綺礼はやや震えながら自らが置かれた状況を整理する。しかしその震えは怯えではない。
自らの渇望がようやく見えてきたという期待感によるものだ。
「精々、強力なサーヴァントを見繕うことだ。──この我と争うのならばな。そもそも前提として、お前は他のマスターとの契約下にあるサーヴァントを奪い取るところから始めねばなるまい。──ならばいっそ」
アーチャーは弓兵のモニュメントを手に取り不敵に笑う。
「──いや、言うまい。ここから先は万事がお前次第なのだから。求めるところを為すがいい。貴様の願いも幸福もその過程で自ずと見えてくるはずだ」
笑みと共にそう言い切ったアーチャー。
目の前に置かれたボードの上、弓兵のモニュメントの前に置かれたモニュメントは倒されていた。言峰綺礼はアーチャーとバーサーカーの言葉に殉じるように暗躍を開始する。
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キャスターと雨生龍之介は拠点である工房へ帰還すると、その惨状に目を見開き、絶望した。
ライダー陣営とバーサーカーによる工房の破壊。昨夜も遅くまで幼児誘拐に精を出していた彼と彼のサーヴァントは、明け方になってから帰宅していた。しかし自分たちのアートが徹底的に破壊された光景を見せつけられ、膝を落として悲しみに暮れていたのである。
「精魂込めて俺たちが仕上げてきた作品が……酷すぎる! こんな、こ、これが人間のやることかよォッ!!」
悲嘆に暮れて泣き叫ぶ竜之介の肩を、キャスターであるジル・ド・レェ元帥は、優しく抱いて、慰めるように言葉をかける。工房を破壊されたことへの怒りはあったが、自身の使い魔である海魔と工房の壊され方を見るに、正面切って戦うのは無理だという軍師らしい冷静さがあったのも事実だろう。
「──リュウノスケ、本当の美というものを理解できるのは、ごく一握りの人間だけなのです。多くの連中にとって美とは、破壊の対象にしかなり得ないものなのです」
「──オレたち、あんまり楽しみすぎたせいで、バチが当たったのかなぁ?」
龍之介が純朴な口調で何気なく、そう呟いた瞬間。さっきまで穏やかだった、キャスターの態度は一変した。
「――これだけは言っておきますよ、リュウノスケ。……神は決して人間を罰しない! ただ玩弄するだけです!」
「だ、旦那……?」
「かつて私は、およそ地上にて具現しうる限りの悪徳と涜神を積み重ねた。だが、殺せども穢せども、この身に下るはずの神罰はなく──気がつけば邪悪の探求は八年に及んで放任され看過され続けた。結局、最後に私を滅ぼしたのは神ではなく、私と同じ人間どもの欲得でした。教会と国王が断罪の名目で私を処刑したのは、我が手中にあった富と領土を簒奪したいがためだった! 我が背徳に歯止めをかけたのは、裁きなどとは程遠い、ただの略奪だったのですよ!」
思いの丈をぶち撒けるキャスターに対して龍之介は泣いて腫れた顔で言葉を発する。
「でも、旦那……それでも、神様はいるんだろう?」
「──何故、信仰もなく、奇跡も知らぬ貴方が、そのように思うのです?」
「だってこの世は、退屈だらけなようでいて、だけど探せば探すほど、面白オカシイことが多すぎる!」
そう言って龍之介は空を抱きしめるかのように両手を広げる。
「昔から思ってたよ。こんなにも至る所に愉快なことが仕込まれまくってる世界ってヤツは、出来過ぎてるぐらいな代物だって。いざ本気で楽しもうと思ったら、この世界に勝るほどのエンターテインメントは他にねぇ!
きっと登場人物50億人の大河小説を書いてるエンターテイナーがいるんだよ。──そんなヤツについて語ろうと思ったら、こりゃもう、神様としか呼びようがない!」
「──ではリュウノスケ、はたして神は、人間を愛していると思いますか?」
「そりゃもう、ぞっこんに。この世界のシナリオをずっと休まずに書き続けてるんだとしたら、そりゃ愛がなきゃやってられねぇでしょ」
殺人鬼は偉大なる狂人からの問いかけに対して朗らかに即答する。
「きっともうノリノリで書いてんだと思うよ。自分で自分の作品を楽しみながら!
──神様は勇気とか希望とかいった人間賛歌が大好きだし、それと同じぐらいに血飛沫やら悲鳴やら絶望だって大好きなのさ。
でなけりゃ──生き物のハラワタが、あんなにも色鮮やかな訳がない。だから旦那、きっとこの世界は神様の愛に満ちてるよ」
心底嬉しそうに、まるで舞台役者の如く身振り手振りを加えて龍之介は語る。
「──もはや民草に信心はなく、為政もまた神意を捨てた最果ての地と思っていましたが……まさかこんなにも新しく瑞々しい信仰が芽吹いていようとは!信服しました、リュウノスケ。我がマスターよ……」
「いやそんな、照れくさいって」
「しかし、貴方の宗教観に依るならば、我が涜神も茶番に過ぎないのでしょうか……?」
「いやさ、汚れ役だってきちっと引き受けて笑いを取るのが一流のエンターテイナーってもんでしょ? 旦那の容赦ないツッコミには、きっと神様も大喜びでボケを返してくると思うけど?」
自らの問いに対する回答にもはや愉快で仕方がないとキャスターが腹を抱えて嗤う。
「涜神も! 礼賛も! 貴方にとっては等しく同じ崇拝であると仰せか! ああぁリュウノスケ! まったく貴方という人は深遠な哲学をお持ちだ! あまねく万人を愛玩人形とする神が、自身もまた道化とは……成る程! ならばその悪辣な趣向も頷ける!」
「宜しい! ならば一際色鮮やかな絶望と慟哭で、神の庭を染め上げてやろうではないですか! 娯楽の何たるかを心得ているのは神だけではないということを、天上の演出家どもに知らしめてやらねば!」
「何かまたスゲェことやるんだね旦那!? う~~〜ッ、COOL!!」
龍之介は恍惚した表情で高らかに叫んだ。
これからもっともっと面白いことが始まるという期待感で胸がいっぱいになった。
キャスター陣営の夜が始まる