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キャスターの召喚した巨大海魔が暴れているのを背後に浅からぬ因縁を持った二人の男が高層マンションの屋上で対峙していた。
一人は遠坂家当主にして優雅さと勤勉さ、そして魔術師としての矜恃に満ちた遠坂時臣。
一人は間桐家と間桐の魔術を拒絶し、魔術に背を向けた一般人、間桐雁夜。
「──遠坂……時臣……!」
雁夜は対峙した時臣に対して怒りの感情を露わにする。雁夜にとって遠坂時臣はいけ好かない男だった。西洋被れの服装もやたらと鼻に掛けたような態度も自らの初恋の相手にプロポーズしたことも、そしてその相手を泣かせたことも。最初は遠坂時臣への恨みと怒りを戦う糧にするつもりだった。
しかしバーサーカーによってそれが自らの目的を曇らせていると気付かされた。桜の幸せだけが自分にとっての願いだと。臓硯の死んだ今、間桐に桜を留めておく理由はハッキリ言えばない。しかし遠坂家に戻ることが桜の幸せになるのかと言えばそれは否だった。
そうなれば遠坂時臣はどうしても許すことのできない存在だった。自分の娘を間桐に、あのような地獄へと送ったことに憤りを覚えた。だからこそ、この二人は邂逅した。
「──間桐雁夜、ひとたび魔道を諦めておきながらも聖杯に未練を残して恥もなく舞い戻るとは……今の君一人の醜態だけでも、間桐の家は堕落の誹りを逃れられんぞ」
「──間桐の家はとうの昔に堕落している。
今更、そんな言葉を持ち出すなんて観察力を磨くべきだな」
「──どういう意味かな?」
「そんなことはどうでもいい。俺の質問は一つだ。なぜ貴様は、桜を臓硯の手に委ねた?」
「それは、いま君がこの場で気にかけるべき事柄か?」
「答えろ! 時臣ィッ!!」
「問われるまでもない。愛娘の未来に幸あれと願ったまでのことだ」
「──何……だ、と?」
雁夜はその返答を受け入れる事が出来なかった。あれのどこに幸せがあるのか、雄弁に語る遠坂時臣の姿もまた雁夜にとっては理解できない代物だった。
「──二子を設けた魔術師は、いずれ誰もが苦悩する。──秘術を伝授しうる後継者として、魔術刻印を受け継げるのは一人のみ。それ故、いずれか一子は凡俗に堕とさねばならないというジレンマにな」
そしてこの『凡俗』という言葉が面食らった雁夜の意識を呼び戻した。失われた桜の笑顔、凜や葵と遊ぶ無邪気な姿を、あのささやかな幸福の記憶を。この男はただ『凡俗』という一言だけで切り捨てるのかと、心底耳を疑った。
「とりわけ我が妻は、母体として優秀すぎた。凜も桜も、共に等しく希代の素養を備えて産まれてしまった。娘たちは二人が二人とも、魔道の家門による加護を必要とするほどの天才だったのだよ。いずれか一人の未来のために、もう一人が秘め持つ可能性を摘み取ってしまうなど……親として、そんな悲劇を望む者などいるものか」
雁夜はこの時、バーサーカーの言葉を思い出していた。「親として」という言葉の持つ意味が自分と時臣とで違うことを。
『生きる世界の違う人間に何を問いかけても無意味だ』
時が来れば分かるとバーサーカーは言っていた。雁夜はその言葉を聞かされた当初は何が何だか分からなかった。だが今なら分かる、その言葉の意味も、その真意も。
「姉妹双方の才能に望みを繋ぐには、養子に出すしか他にない。だからこそ間桐の当主の申し出は天恵に等しかった。聖杯を知る一族であれば、それだけ『根源』に至る可能性も高くなる」
「──くっふはははははは!」
「──何がおかしいのかね?」
「──時臣、やはりお前は詰めが甘いな。間桐の爺が桜をどんな風に扱っていたか知っているか?」
「いいや、間桐のやり方に口を挟まないという条件だったからね」.
「なら教えてやる! 桜は毎日のように蟲蔵で身体を弄られていた、あの爺は桜を胎盤程度にしか見ていなかった! 次代を産む優秀な女としてな!」
「──なんだと?」
「お前のしたことは、桜を魔術師としてもお前の言う『凡俗』としても生きられなくする非道だ!」
雁夜は間桐の全てを時臣にぶち撒けた。桜への非道、扱い、まともな「親」であるならこれを看過、容認する事などできないはずだ。
「──魔術の根源に至るには、長い時間と痛みを伴う。それが間桐のやり方だと言うのなら、私から口を挟む事はない」
「──ッ!」
雁夜は絶句した。バーサーカーの言葉が正しかった。雁夜と時臣、同じく御三家と呼ばれる魔術師の家に生まれながら、生きる世界も見えている世界もまるで違う。二人の会話は平行線を辿り、決して交わることはない。
「──お前に何か語り聞かせるだけ無意味だったか。──お前と俺は、光と陰、決して交わらぬ平行線だ」
「──何を言っているのか分からないな。気でも触れたか?」
「──ほざけぇ!!」
すると雁夜は大量の蟲たちを使役する。ただの蟲ではなく、牛骨をも噛み砕く蟲だ。元々は臓硯の手解きだったが、シャドウの魔力によって開いた魔術回路によって、蟲たちを十全と従えていた。
「君が家督を継ぐのを拒んだことで、間桐の魔術は桜の手に渡ることができた。むしろ感謝するべき筋合いだが……それでも、私は君という男が許せない」
時臣は、自身魔術礼装であるステッキを振りかざす。長い時間をかけて魔力を込めた大粒のルビーを先端にはめ込んだ逸品だ。そして術式を構築する。目の前にいる男を倒すために。願望機欲しさに今更ノコノコ帰ってきた挙げく、それを恥じることもない。他人のみを罵倒し、恨みと怒りの視線を向けてくるこの男がどうしても許せない。
「血の責任から逃れた脆弱さ、そのことに何の負い目も懐かぬ卑劣さ。間桐雁夜は魔道の恥だ。再び相見えた以上、誅を下すしかあるまい」
「──もういい。お前と交わす言葉など何もない。──蟲共よ! 遠坂時臣を喰い殺せ!」
─────────
時臣にとって雁夜との魔術戦は誅戮であり、一方的な蹂躙であるはずだった。魔術に背を向け、たかだか1年の急造マスターに長きに渡り魔術の修練に取り組んだ自分が負ける事など万に一つもあり得ない。
そもそも、遠坂時臣の魔術属性は「火」だ。
魔術の世界においては最も一般的で平凡な属性ではあるが、間桐雁夜の使役する蟲に対して圧倒的有利な属性であり、魔術の技能以前の問題だった。
──そのはずだった。
(──馬鹿な、何故私がこれ程までに苦戦を強いられる? 雁夜の魔術師としての力量などたかが知れている。それがどうだ、1年前まで落伍者だった男が、蟲たちを十全に使役し、あまつさえこの私が押されているだと!?)
雁夜の放つ蟲は時臣の術式結界の前で焼かれ、絶命していった。しかし間桐側も天敵たる炎に対策をしていない筈も無く、対炎装甲を持つ蟲を用意していた。
しかしそれだけでどうにかなるほど、遠坂時臣は容易い男では無い。装甲と本体の隙間を炎で焼き切るという神技で対応してみせた。
だが、蟲たちを覆っていたのは装甲だけでは無かった。雁夜の左手に付けられた指輪から溢れ出す紫紺の魔力が蟲たちを包んでいた。
この魔力が炎と相殺するよう防護壁の役割を果たし、蟲たちを時臣の間合いへと侵入して行った。
(──あの左手の指輪に付いているのは宝石か? 何故雁夜が宝石魔術を、あんな落伍者に扱える程度のモノだとでも言いたいのか!? ふざけるな!)
時臣は家訓である「常に余裕を持って優雅たれ」を遵守できない程に狼狽えていた。こんなはずでは無かった。魔道の恥であると認識している間桐雁夜にこれほどの屈辱を味わわされることなど夢にも思わなかった。
「──雁夜! お前は、お前は一体何だ!?こんな不条理が許されると思っているのか!?」
「不条理だと? 笑わせるな!お前にそんな言葉を吐く資格はない! 俺は間桐雁夜、それ以外に何がある!?」
(──我が師よ……)
二人の魔術戦を物陰から観戦する者が居た。
名を言峰綺礼、時臣の援護が表向きの理由だが、間桐雁夜という男、そしてバーサーカーに興味を持ち、その様子を観察していた。師である時臣が苦戦を強いられていることは予想外だったが、属性上の有利は揺らがず、互いに攻め手を欠いていたため、魔術師との経験に勝る時臣がいずれは勝つと予想していた。
そんな予想と戦局を無に帰す声が頭上より響いた。
「──長々と戯れに興じているかと思えば、こんな雑種に明け暮れていたとは。しかもなんだその狼狽は? 嘆かわしさも極まったな」
「──! お、王よ……」
時臣は臣下の礼を取りながらも内心で怯えていた。そして、間桐雁夜は突如現れたアーチャーに驚き、蟲を自らの周りに集結させた。例え優れた魔術師であってもサーヴァント相手に歯が立たないことは雁夜であっても知っている。即ち今、自らが置かれた状況は非常に不味かった。
「──我を見て恐れ慄くか雑種。分を弁え、その不愉快な代物を我に差し向けぬか。──本来なら我を見るなど不敬も甚だしいが、その殊勝ぶりに免じて逃走を許す故、疾く失せよ」
その言葉を聞いて雁夜は一目散に逃げた。蟲たちに身体を運ばせ屋上から文字通り消え去った。
逃げ去る雁夜を見て、時臣は慌ててアーチャーに採決を仰ぐ。
「お、王よ、お待ちください! やつはバーサーカーのマスターです、ここで仕留めておくべきかと!」
「──時臣、あのような者に本気になった時点で貴様の負けよ。ともかくお前はもう引き上げろ──これ以上、我の機嫌を損ねるな」
「──ッ! ……かしこまりました」
時臣は唇を噛み締めながら、礼をとった後に遠坂邸まで引き上げていった。
───────
シャドウがキャスターの化け物がいる川に向かっていた途中、マスターの雁夜が川の方角から遠ざかるように走っているのを見つけ、空中から声を掛ける。
「──マスターよ」
「うおっ!?なんだバーサーカーか、びっくりさせないでくれ……」
(何か急いでるし顔色悪いなぁ。海魔間近で見て吐きそうとか? まあ確かにあれは気持ち悪いけどね)
驚いている雁夜に対しそんなことを考えていると雁夜が時臣と対峙していたことを話そうとする。
「──!そうだ聞いてくれ、さっきと「マスター、時間がない。家に戻っていてくれ」
「──バーサーカー、あの化け物を倒すのか?」
「──言ったはずだ。真なる最強を見せると。天を見ろ、光が空へと消えゆくその時こそ令呪を使え」
「令呪を? そうか、宝具に必要な魔力を令呪から補給するんだな、分かった」
「あぁーうんそうだな」
(ぶっちゃけ今ある魔力量だけでもギリギリ行けそうなんだけどね。やるなら派手にやりたいし。そもそも令呪を一度も使わないのなんか面白くないし)
そう言ってシャドウは雁夜を家へと帰還させた。
場所は変わって未遠川。セイバーたちは好転しない戦況に疲弊していた。そこでライダーが自身の固有結界にキャスターを閉じ込め、足止めしている内に必勝策を出せという者だった。馬鹿デカいキャスターの海魔を閉じ込めておけるのは、精々数分が限界。その短い時間で策を出さねばならない。
そして、ライダーが固有結界内にキャスターを閉じ込めるとその場に居合わせたウェイバー、アイリスフィール、セイバー、ランサーは話し合う。
「……でも、どうする? 時間稼ぎとか言われても、その間に僕らが何も思いつかなかったら結局は元の木阿弥だ。なぁおいアインツベルン、何か良い手はないのかよ?」
アイリスフィールにもそんな策があればとっくに示していた。どうにもできないことを苦々しく思っていた時だった。
ピピピピピ! ピピピピピ!!
「ふぇっ!? え、あ、こ、コレって確か……」
切嗣が連絡用に持たせた携帯電話が鳴る。
携帯電話と呼ぶには無骨なサイズだが、近代科学を使うことに何の躊躇もない切嗣はこれをアイリスフィールに持たせていた。
「えぇと、あの──これ、どうやって使うのかしら?」
「ああもう貸せ!」
ウェイバーはアイリスフィールから携帯を掻っ攫うように取り上げると電話に応対する。使えるものは使う主義のウェイバーには携帯電話は既知の代物だ。
『───アイリか?』
「い、いや僕は、じゃなくてえっと……」
『──そうか、ライダーのマスターだな。丁度いい、お前にも話がある。質問に答えてもらう』
「だ、誰だアンタは?」
『そんなことは今はどうでもいい。それよりキャスターを消したのは、お前のサーヴァントの仕業で間違いは無いな?』
「───そうだけど、一応は」
『質問だ。ライダーの固有結界、あれは解除したとき、中身を狙っている場所に落とすことは出来るか?』
「──ある程度、せいぜい100メートルとかそこらの範囲だとは思うけど可能なはずだ。外に再出現するときの主導権はライダーにあるだろうし……」
『いいだろう、充分だ。後で僕がタイミングを見計らって信号弾を打ち上げる。その真下でキャスターを解放しろ。できるな?』
「出来る───と、思う。多分だけど……」
『それともう一つ。その場にいるランサーに言ってやるといい。
セイバーの左手には対城宝具がある、とな』
「はぁ? おい?」
そう告げると電話は切れてしまった。
「──何かあったのか?」
「あ、あぁ。ランサー、あんたに言伝だ。セイバーの左手には対城宝具があるとかなんとか」
「──! 本当なのか? セイバー」
セイバーは無言で頷く。
「──それは、あのキャスターの化け物を一撃で葬り去れるものなのか?」
「──可能だろう…… だがランサー、我が剣の重さは誇りの重さだ。この傷はあなたと戦った結果だ、誉れであって枷ではない。この左手の代わりにディルムッド・オディナの助成を得られるのなら、それは万軍にも値する」
ディルムッドは念話でマスターであるケイネスと対話する。
(──如何しますか、我が主よ)
[やむを得まい。この惨状を放置するなど、私の魔術師としての誇りが許さん。──槍の呪いは惜しいが、ランサーよ、ここはセイバーの一撃に乗るとしよう]
(──! 主よ! 心より感謝致します!)
「──フッ。なぁセイバーよ、俺はあのキャスターが許せない。奴は諸人の絶望を是として、恐怖の伝播を悦とする者。騎士の誓いに賭けて、あれは看過できぬ悪だ」
するとランサーは二槍の内の一つ、赤き槍を地面に突き刺さともう一つの金の槍を両手で掴んだ。
「──! ランサー、それはダメだ!」
「今ここで勝たなければならないのは、セイバーか? ランサーか? 否、どちらでもない。ここで勝利するべきは、我らが奉じた『騎士の道』 そうだろう? 英霊アルトリアよ」
ランサーの槍を折るということは即ち、呪いを解除することになる。ランサーがセイバーと戦って得たアドバンテージであり、戦果とも言える呪いを解除する。それは騎士道精神に則ったランサーらしい選択だった。それは衛宮切嗣も織り込み済みだった。この状況であれば、奴は呪いを解除せざるを得ないと。
体よくセイバーの障害を排除するという作戦。上手くいくはずに見えた、ランサーが槍に手をかけ折ろうとしたその瞬間までは──
「──その必要はない。時は満ちたのだから」
雁夜活躍し過ぎかな? まあ勝てた訳じゃないから許して下さい