更新が遅れて申し訳ありません。リアル多忙と話に行き詰まってます。
今回だけ少し長いです
ランサーの消滅が告げられた翌日、アイリスフィールは隠れ家の一角で眠っていた。気絶していたという方が正しいだろうか。衛宮切嗣が用意していた古民家の中の土蔵、そこでセイバーの鞘の効力と施された結界陣の中でアイリスフィールは目を覚ます。
「──アイリスフィール、大丈夫ですか?」
「……セイバー? ごめんなさい、心配かけたみたいね……」
「いえ、貴女が大丈夫だと言うのならそれに越した事はありませんが」
すると協力者である久宇舞弥が現れる。内容は遠坂陣営からの申し入れだ。
「──遠坂から?」
「はい、遠坂時臣から共闘の申し入れがありました」
「同盟ですか、今になって……」
「──残るライダーとバーサーカーの対処に遠坂は不安を持ってるんでしょうね。そこで一番与し易しと見た私たちに同盟を申し込んだ、つまり舐められてるってことよ」
「遠坂は今夜、冬木教会で会談の場を設けたいと言ってきました。──遠坂時臣は聖杯戦争が始まるかなり前から周到な準備を進めています。またアサシンのマスターである言峰綺礼との繋がりも否定は出来ません」
「……そうね」
「──遠坂時臣が言峰綺礼に影響力を及ぼすなら、我々にとっては無視できません」
「ことみね、きれい、ですか」
「──セイバー、覚えておいて。今回の聖杯戦争で切嗣を負かして聖杯を獲る可能性があるのが言峰綺礼、そして間桐陣営であることを。言峰綺礼はかなり初期の段階から切嗣が警戒していたから何かを企んでいる可能性が高いわ」
「──その間桐ですが、聖杯戦争が始まった時点から今に至るまでの間で当主の間桐臓硯の姿が一度も確認されていません。詳細は不明ですが、間桐雁夜が間桐邸の実質的な家主となってる様子を見るに、バーサーカーに排除されたものと見ています」
「──バーサーカー……」
セイバーにとって因縁浅からぬ相手。最初の邂逅では卑怯者だと、女だと侮られ、先日の聖杯問答では自らの王道を淡いと呆れられた。この戦いで最も近しさを感じ、そして最も忌むべき相手と言える、それがバーサーカーであった。
「──まさか間桐がここまで聖杯戦争で優位を取るなんて切嗣でさえ想定してなかったでしょうね。とにかく、まだまだ聖杯戦争は混沌とするでしょう、気を引き締めないと」
するとアイリスフィールは立ち上がり、この話を受ける旨をセイバーと舞弥に伝えた。
──────
夕暮れ時、遠坂時臣は禅城の家を訪れていた。妻である遠坂葵の実家であり、聖杯戦争の間の疎開先でもある。聖杯戦争が終盤に差し掛かったこのタイミングで後腐れを断ち切っておきたいという意思からの行動だった。
「──お父様!」
父の姿を見つけ、嬉しそうに二階から降りてきたのは遠坂凛。遠坂家の
玄関から飛び出した凛の元へ母である遠坂葵は同じ目線になって語りかける。
「──凛、お父様からお話があるそうよ」
その言葉で気を引き締めたように凛は父の元へと駆けていく。
大きく頼もしい父の姿に憧れと尊敬の眼差しを送る凛を微笑みながら時臣は頭を撫でる。
「──凛、成人するまでは教会に貸しを作っておけ。それ以降のことはお前の判断に任せる。──お前なら、一人でもやっていけるだろう」
それは万が一に備えての教訓、半ば遺言のようにも聞こえる内容だった。これから聖杯戦争は厳しさを増すということが伝わってくる。
「──いずれ聖杯は現れる。あれを手に入れるのは遠坂家の義務であり、何より、魔術師であろうとするなら避けては通れない道だ。
──凛、これを」
そう言って時臣は凛に魔術の本を渡す。餞別代わりともいえる品だ。凛は嬉しそうに本を抱えて笑顔を見せる。
「──それでは行くが、後のことは分かっているな?」
「──はい! いってらっしゃい、お父様」
その光景は魔術的な会話を除けば、何処の家族でも見られる幸せな瞬間だった。父と母が微笑み、娘が笑う。
言峰綺礼はそんな光景を心底冷めた目で眺めていたのだった。
──────
遠坂時臣が禅城の家を訪ねていた頃、シャドウは遠坂邸を訪問していた。庭には外敵を排除する結果が張られていたが、これといって気にすることもなく屋内へと侵入した。
(広い家だなぁ。貴族の家ってこんな感じだよね。──よくよく考えると魔術師って陰の実力者っぽいよね。普段は表の顔を持ってるけど、裏では魔術で世界の理に挑んでたっていうのは如何にもって感じ)
遠坂邸内を堂々と探索するシャドウ。アーチャーは出払っており、家には誰も居ないらしい。不用心だなぁと思いつつも気に留めず、屋内を隈なく歩く。
(──にしてもこの家なんか古くない?時代的にはインターホンもFAXもあるよね、謎の拘り? 拘りを持つのは良いけどお金掛からないのかなぁ)
言いたい放題に言っているとシャドウは書斎、あるいは執務室と呼ぶべき部屋に辿り着く。様々な魔術の本や魔術に使う宝石が置かれていたが、その中でシャドウは縦長の木箱を見つける。
箱を開けるとその中には短剣が入っていた。
「アゾット剣」
柄の先に宝石が付いており、魔術師の礼装として用いられることが多い。師匠が一人前になった弟子に贈るとされている武器だが、シャドウは当然知る由もなく、魔力を感じる短剣程度に見えている。
(短剣かぁ。武器としては隠し持てて便利だけど、投擲用の使い捨てで良いからここまでカチッとした感じの武器はねぇ)
シャドウはその短剣を箱に戻そうとするが、ここであることに気付く。
(もしかしてこれで誰か殺そうとしてる? それは良くない! マスターともなんか因縁あるみたいだし話し合いの場で口論からのグサっ、うん、良くないな。これはぼくが回収しておこう、こうして一人の男の凶行を止めた訳だ)
結局シャドウはアゾット剣を懐にしまうとそのまま遠坂邸を後にしたのだった。
──────────
遠坂陣営とアインツベルン陣営は冬木教会に集まっていた。遠坂時臣からの共闘の申し入れ、それに対するアインツベルンの返答が待たれる会談となる予定だ。
「──不肖、この遠坂時臣の招待に応じて頂き、まずは感謝の言葉もない」
時臣は紳士的に軽く頭を下げると後ろに控えていた男の紹介を始めた。
「──紹介しよう、言峰綺礼。私の直弟子であり、かつては聖杯を求めて互いに競い合った間柄だったが、今となっては過ぎた話だ」
その言葉にアイリスフィールは怪訝な表情を浮かべる。
「彼はサーヴァントを失い、既にマスター権も手放して久しい。──此度の聖杯戦争もいよいよ大詰めの局面を迎えている。残っているのは案の定、始まりの御三家のマスターたちと飛び入りの外様が一人。──さて、この戦局をどうお考えか、外様の手に聖杯が渡ることは万に一つも許せない、看過出来ない事態だ。そこのところはお互い合意できるはずだ」
「同盟など笑止千万。ただし、倒す相手に順列を付けて欲しいと言うのなら、そちらの誠意次第では一考してもいいでしょう」
「──つまり?」
「遠坂を敵対者と見なすのは、他のマスターを倒した後、そういう約定なら応じる用意もあります」
「──条件付きの休戦協定か。落としどころとしては妥当だな」
「こちらの要求は二つ。まず第一に、ライダーとそのマスターについて、そちらが掴んでいる情報を全て開示すること」
「──いいだろう」
「第二の要求は、言峰綺礼を聖杯戦争から排除すること」
「?──理由を説明してもらえるかな?」
「──あなたたちが聖杯戦争開始前から結託し、念入りな準備をしていたこと、そして監督役とも繋がっていることを我々は懸念せざるを得ない。特にそこの男はマスター権を失い、教会の保護を受ける身分でありながら自由裁量で動いている。あなたたちを信用するにおいて、不信感は拭えない。しかし、我々はそれに対して言及するつもりはありません。聖杯戦争を外様の手に渡したくないと言い張るなら、聖杯戦争にもはや関係ないその男は尚更退場させるべきかと」
遠坂時臣は内心で少しだけ動揺する。アイリスフィールの言ってることは現時点では憶測の域を出ない。しらを切ることも出来るが、この停戦協定は叶うのなら結んでおきたい。
致し方ないと判断した時臣は停戦協定に応じる旨を伝え、会談はお開きとなった。
アイリスフィールたちが冬木教会から立ち去っていく。セイバーはバイクという乗り物をいたく気に入り、疾走していく。「騎乗」のクラススキルを持つセイバーにはバイクを運転することは造作もない。
アイリスフィールと舞弥は切嗣からプレゼントされていた車、白のメルセデスベンツに乗り込む。舞弥が運転席、アイリスフィールが助手席に座る。しかしアイリスフィールはぐったりと舞弥に寄り掛かる、顔色も悪い。
「──! マダム……?」
「……行って……舞弥さん……」
「し、しかし……」
「……遠坂に、不信がられるわ」
急かすアイリスフィールの言葉通りに舞弥は車を走らせる。依然としてアイリスフィールの表情は優れない。
「──異常ではないのよ……? 予め決まっていたこと……むしろ、今まで人として機能出来ていたことが、私にとっては奇跡みたいな幸運だったの……」
「私は聖杯戦争のために作られたホムンクルス……それは貴女も知っているわね?」
舞弥は頷く。
「アハトのお爺様は器そのものに生存本能を与え、あらゆる危険を自己回避して聖杯の完成を成し遂げるために、器に『アイリスフィール』という偽装を施したのよ。それが、私」
「!? そんな、では貴女は……?」
「──これから先、私は元の物へと還っていくわ。次はそう、貴女とこうして言葉を交わす事も出来なくなるでしょうね……だからこそ、切嗣は私にセイバーの鞘を預けた。……『アヴァロン』その効果は知ってる……?」
「──老衰の停滞と無制限の治癒能力、そう聞いています」
「──その効果が、私という『殻』の崩壊を押し留めてくれているの……尤も、セイバーとの距離が離れてしまうと途端にボロが出るんだけど……」
「──何故、私には教えたのですか?」
「──久宇舞弥、貴女なら決して私を憐れんだりしない……きっと私の事を認めてくれる……そう思ったから……」
「──マダム、私は貴女をもっと遠い存在だと思っていました。決して届かない、生きる世界の違う人だと」
「──そんなこと……ない……分かってくれた……?」
「はい。私がこの命に変えてもアイリスフィール、最後まであなたをお守りいたします。だから衛宮切嗣のために死んでください。──あの人の夢を叶えるために」
アイリスフィールは少しだけ笑うようにありがとうと言い終えると再び意識を手放した。
誰も聞き耳を立てない車中で女二人だけの秘め事と誓いが交錯した。
────────
「──まさかアインツベルンに勘付かれるとは思っていなかった」
冬木教会で遠坂時臣は停戦協定の条件を致し方なく了承した。今は二人しか居ない教会に時臣の声だけが聞こえる。
「──ここまで付き合って貰って悪いが、この戦いから身を引いてくれ、綺礼」
言峰綺礼はその言葉にこれといった反応もなく、自室へと戻っていく。時臣からすれば荷物を纏めている時間に写るが、今の綺礼にそんな時間は最初から予定されていない。
「──ここまで来ておいて、あっさりと切り捨てたか。時臣にも困ったものだ」
自室へ現れたのは英雄王ギルガメッシュ。
綺礼への別れを言いに来たのだろうか、いや違う。この二人の間にそんなものは今は必要ない。
「──結局のところ、私の願いは聖杯によって叶える必要があると判断した。そのためにそれ以外を切り捨てる、最初からそうするべきだったのだ。父をこの手で殺したあの日から私の行く道は既に決まっている」
綺礼は自らの右腕に刻まれた預託令呪をギルガメッシュに見せる。
「──それは?」
「──父からの餞別だ」
「ハハハハ!しかしな、綺礼。由々しき問題があるぞ。お前が自らの意志で聖杯戦争に参ずるならば、いよいよ遠坂時臣は敵であろうが? つまり今お前は何の備えもなく、敵対するサーヴァントと同室してるのだ、これは大層な窮地ではないか?」
「──そうでもないさ。命乞いの算段くらいはついている」
すると綺礼はギルガメッシュの近くまで歩みより口を開く。
「まだおまえが知らぬ聖杯戦争の真実を教えてやろう」
「──なんだと?」
「この冬木の儀式は7人の英霊の魂を束ねて生け贄とすることで、根源へと至る穴を開けようとする試みだ。7人のサーヴァント全てを殺し尽くすことで、大聖杯を起動させる。──分かるな、7人全員だ。我が師があれほど令呪の消費を渋っていた理由がそれだ。全ての戦いが終わった後で、自らのサーヴァントを自決させるために必要だったからだ」
「──時臣が俺に示した忠義は、全て嘘偽りだったというのか」
「──結局のところ、我が師は骨の髄まで魔術師だったというだけのことだ。英霊は崇拝してもその偶像には幻想など抱かない」
「──時臣め、最後にようやく見所を示したな。あの退屈で凡庸な男もようやく俺を楽しませる事ができそうだ」
「──さて、どうする英雄王。それでもまだ我が師に忠義立てして、私の本意を咎めるかね?」
「さあ、どうしたものかな。いかに不忠者とはいえ、今なお俺に魔力を貢いでいる。完全にマスターを見限ったのでは現界に支障をきたすしな」
わざとらしく悩むふりをする。その顔には一欠片の悩みも含まれていない。
「ああ、そういえば一人、令呪は得たが相方がおらず、契約からはぐれたサーヴァントを求めているマスターがいたはずだった」
「──そういえばそうだったな。しかしその男、果たしてマスターとして、英雄王の眼鏡にかなうのかどうか」
「──問題あるまい。少々青いのと堅物なのが玉に瑕だが、既に我を楽しませる素養は十分だ。ゆくゆくは存分に愉快な指揮者となることだろう」
綺礼はその言葉にフッと笑う。あまりにもドス黒い謀議が冬木教会の一室で静かに終わった。わざとらしく知らぬ顔で続いた会話が何を示すというのか。
────────
綺礼は遠坂時臣の私室に最後の挨拶へとやって来た。遠坂時臣もそれを出迎え、二人の手元には優雅さの漂うカップに紅茶が注がれている。時臣はそれを一口含む。
「──私は君という弟子を得たことを今でも誇りに思っている。どうか君も亡きお父上のように遠坂との縁故を保っていって欲しいのだが、どうだろうか?」
「──願ってもないお言葉です」
「今回の聖杯戦争が終わった後も綺礼、君には兄弟子として凛の指導にあたって欲しいのだ」
時臣は便箋に入った手紙を綺礼に差し出す。
「──まあ簡略ではあるが、遺言状のようなものだ。万が一、ということもある。凛に遠坂の家督を譲る旨の署名と成人するまでの後見人として君を指名しておいた」
「──お任せを。ご息女については責任を持って見届けさせて頂きます」
「──ありがとう、綺礼」
「──これは?」
綺礼は差し出された木箱について尋ねる。
「君個人に対して私からの贈り物だ。開けて見たまえ」
綺礼はその箱を開ける。しかしその中身はない。綺礼は思わずハッとした表情を浮かべる。
「──どうした、綺礼」
「──いえ、我が師よ。中に何も無いのですが」
「──何? た、確かにその箱に入れておいた筈なんだが。私としたことがウッカリしていたようだ。恥ずかしいところを見せたね。贈り物はアゾット剣、君が遠坂の魔道を修め、見習いの過程を終えたことを証明する品だったんだが……済まない、後日必ず贈ろう」
「──至らぬこの身に重ね重ねのご厚情、感謝の言葉もありません。我が師よ」
「君にこそ感謝だ、言峰綺礼。これで私は最後の戦いに臨むことができる。あぁもうこんな時間か。長く引き留めてすまない、飛行機の時間に間に合えば良いのだが」
遠坂時臣は部屋の出口に向かって歩みを進める。背を容易く見せるのは言峰綺礼を信頼しているからだろう。その背後を取るのが時臣の知る言峰綺礼であったならの話だが。
「──いいえ、心配には及びません、我が師よ」
ニタリと笑った綺礼は黒鍵を用いて時臣の腹部を刺し貫いた。
「ぐっあ……あ…あ…」
「元よりそんな予約も予定もありませんので」
肝臓を一刺しされ、想像を絶する痛みに声すら挙げる間も無く時臣は倒れた後、絶命した。あまりにも呆気ない最期だったが、それは言峰綺礼という人間を理解出来なかった故だろうか。
「──貴方の最大のウッカリはこの私の本質を理解できず、他人を信用し過ぎたことですよ」
黒鍵を抜き終えるとそこへギルガメッシュが霊体化を解いて現れる。
「──興醒めな幕切れだ。見よこの道化にもなれぬ間抜けな死に顔を」
ギルガメッシュは時臣の顔を踏みつけ、笑みを溢す。王を謀った報いだろう。
「──すぐ側に霊体化したサーヴァントを侍らせていたのだ。油断したのも無理はない」
「──中々に良い諧謔だな。その進歩ぶりは褒めておこう。どうだ綺礼、父親の時と比べて今の気分は?」
「──本当に異存は無いのだな? 英雄王ギルガメッシュ」
その質問を断ち切るように綺礼はギルガメッシュに問いかける。
「お前が俺を飽きさせない限りはな。まあ今お前にその心配は要らぬだろうが、凡俗に成り果てるのなら、むしろ覚悟を問われるのはお前の方だぞ」
その言葉に悪い笑みを発し、右腕の袖を捲って令呪を露わにする。
「──汝の身は我が元に。我が運命は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのなら」
「──誓おう。汝の供物を我が地肉と為す。言峰綺礼、新たなるマスターよ」
綺礼の令呪が光り、ギルガメッシュとの間に契約のパスが繋がれる。これで正式にギルガメッシュは言峰綺礼のサーヴァントとなった。
「──さぁ綺礼、始めるとしようか。お前の采配でこの喜劇に幕を引くと良い。褒美に聖杯を賜わそう」
「──異存はない。英雄王、お前も精々愉しむが良い。私の願いが叶えられるその日までこの身は道化として振る舞おう」
──裏切りの夜が終幕した。後に残されたのは二人の愉悦者と物言わぬナニカだけだった
あれ、時臣の見せ場は…… 最初から見せ場なんて無かったんや