この話のキレが悪いことは自覚しています。何とか完結まで頑張ります
ウェイバーベルベットは聖杯戦争に参加するための資金は他人からかき集めたものであり、とても潤沢とは言えない。そのため、他の魔術師のような工房を作る予算は無く、拠点の確保もままならない状態だ。
そのため彼は一般人に「自分が孫である」という暗示を掛ける事で、聖杯戦争中の滞在先として彼らの家に寄宿していた。
人も寝静まった深夜にウェイバーは家主であるマッケンジーに屋根上へと呼び出された。
始めはやんわり断っていたが、ライダーの言葉もあってウェイバーは渋々ながらも2階から屋根伝いに外へ出る。
「おぉウェイバー、早くこちらへ来なさい」
マッケンジーは天窓の上にウェイバーを招くと温かいコーヒーを振る舞う。
「──お前が小さい頃はこうしてよく一緒に星を眺めたなぁ。覚えとるか?」
「──う、うん、まあね」
ウェイバーは口籠る。暗示を掛けた偽りの孫であるウェイバーにそんな思い出はない。
マッケンジーは続けた。妻と日本に移り住んだこと、深山の丘に天窓を付けた家に住み、孫たちと星を眺めることが昔からの夢だったことを語り、ウェイバーの肩にそっと手を置く。
「──本物の孫たちはこの屋根に来てくれたことなど一度も無いよ。儂が星を眺める時はいつも一人じゃった」
「──なぁウェイバー、お前さん、儂らの孫じゃないね」
「──ッ!」
ウェイバーは動揺する。口振りからして暗示が解けてから比較的時間が経過していること、そして一般人の暗示すら失敗している自らの稚拙さに狼狽えた。
「どうして儂もマーサもお前さんを孫だと信じ込んでおったのか不思議だったんじゃが、お前さん儂らの孫にしてはちょっと普段から優しすぎたわな」
「──怒って、ないんですか……?」
「まあここは怒って当然のところなんじゃがなぁ。ここ最近マーサのやつが本当に楽しそうに笑うようになってな。以前じゃ考えられんことじゃ、お前さんたちに感謝したいくらいでな」
頭を抱えるウェイバーにマッケンジーは怒ることも無く、優しく言葉を紡ぎ続ける。
「見たところお前さん、儂らに何か悪さをしようと思ってこの家に住み着いてる訳じゃ無さそうじゃしな」
「──むしろ、どうだろう」
マッケンジーはコーヒーを再び注ぐ。寒い夜明けを照らす星と明けの近い空が二人を包む。
「──出来ることならもう暫く続けて欲しいんだが」
「──申し訳ないけど、約束はできません。無事またここに帰ってこられる保障は無いんで」
「すると、命懸けなのかねお前さん方は」
ウェイバーは立ち上がって家内に戻る道すがらで「はい」と頷く。
「それがお前さんにとってどれだけ大切な事柄なのかは分からんが、人生長生きした後で振り返ってみればな、命と秤にかけるほどの事柄なんて結局のところ、一つもありはせんもんじゃよ」
ウェイバーの視界が少しだけ開けていく。
相手はただのお爺さんでもっと騙して欲しいとさえ言ってくる、悪く言えばお人好しだ。そのお人好しにさえロクに効果を維持出来ない自身の不甲斐なさと魔術師として魔術の世界に生きるが故に見えていなかった世界が見えたような気がした。
───────
ぼくの陰の実力者としての勘が告げている。聖杯戦争というシナリオはそろそろ終局へ向かっていると。他のみんなは聖杯に託す願いがあるみたいだけど、ぼくに願うことはない。
「陰の実力者になる」という目標は自分で叶えてこそ意味がある。何でも願いの叶う器なんてありきたりで明らかにパチモン感漂うもので叶えても無意味だ。そうなるとどうやってフィナーレを飾るかが重要だ。
そんなことを考えながら歩いていると、だだっ広い敷地の古民家を見つけた。家自体に誰かが住んでいる様子もないし、所々荒れている。ただこういう場所は隠れ家として打ってつけだったりする。隠そうとしないことが逆に隠すことに繋がることもある。ぼくはとりあえずその家に入ってみることにした。
入り口に簡単な結界のようなものが張られている。ビンゴ、ぼくの嗅覚に狂いはない。
相変わらず人が住んでいるような感じはしないが、魔力の反応は感じる。空き家を装って何かをしようとしているらしい、これは覗きに行かなければ。
この古民家の一角にある土蔵を警護する久宇舞弥は侵入者の存在を感知し、身構えていた。土蔵を警護する理由はアイリスフィールの保護のためだ。既に自らの足では動けない彼女は聖杯そのものであり、儀式における最重要人物でもある。その存在を握ることは大きな意味を持ち、言うなれば聖杯戦争の実施理由にも直結する。
木陰に隠れ、銃を構えて慎重に様子を伺っていると一人の少年がこちらへ向かって来ていた。見覚えのない少年だが、入り口の結界を突破している以上は侵入者であり、始末するしかない。
舞弥は飛び出し引き金を引いた。銃弾は確かにその少年を捉え、少年は倒れた。
一息付き、銃を構えつつ少年に近づく。明らかにヒットした跡があり、確実に仕留めたはずだ。
「──なるほど、そういう手合いか」
「──!」
舞弥は咄嗟に下がりながら再び引き金を引く。しかしその弾丸は少年に届くことは無く、突如現れた剣によって全て弾かれた。
「──近づく者は全て殺せか、ありがちだが妥当な判断だ」
「──バーサーカー……!」
サーヴァントが侵入して来てはどうしようもない。舞弥は切嗣に連絡を取ろうと携帯電話を取り出すが、その刹那に携帯は粉々に壊される。シャドウの魔力制御技術によって放たれた圧縮魔力の狙撃だ。携帯のみを正確に射抜いており、舞弥自身は無傷だ。
そしてシャドウは一瞬で間合いを詰め、舞弥の首元に一撃を叩き込み、舞弥は気絶した。並みの人間なら死んでいる威力だが、シャドウにそこまで殺意が無かったこと、舞弥が並みの人間では無かったことが幸いし、気絶で済んだ形だ。
(さあて、ここを守ってたってことはこの奥に何かがあるってことだよね)
シャドウは勢いよく土蔵の扉を開ける。しかし中に何かがある訳もなく、居たのはアイリスフィールただ一人である。
「──なぁんだ、小綺麗な人形か」
アイリスフィールはバーサーカーの出現に驚き身じろぐ。外で何かしらあった音は聞こえていたが、今の自分にはどうしようもない。
バーサーカーはこちらを一瞥だけすると興味を無くしたようにその場から立ち去っていった。
そこから僅か数分後に別の来客が現れる。当然招かれざる客だが、それは言峰綺礼だった。
アインツベルンの隠れ家を割り出し、機会を狙って襲撃を掛けようとしたが、既に結界は破られボディガードの女も気絶している。この状況を起こし得る相手の心当たりなど一人しか居ないが、今はアイリスフィールの確保を優先し土蔵の中へ侵入する。
アイリスフィールは当然逃げようとするが、歴戦の代行者の一撃に敵うべくも無く手刀で気絶させられ運び出されたのだった。
──────
「──女。聞こえているか、女」
「──言峰、綺礼……!」
言峰綺礼はキャスターのマスター潜伏先の跡地でアイリスフィールと対峙していた。回復系の魔術結界を施したのは、抜け殻同然の彼女が言葉を交わすために必要な最低限のエネルギーを確保するためだ。衛宮切嗣でさえ見つけ出せなかった場所で綺礼は尋問を始める。
「──まもなく聖杯戦争は決着する。恐らくはこの私がアインツベルンの悲願を遂げる担い手となるだろう。──私ではそんなに不満かね?」
「──私が聖杯を託すのはただ一人……断じて、お前などではないわ……代行者。お前の中身は全て衛宮切嗣に見抜かれている……覚悟することね……」
「それは私にとって福音だ。衛宮切嗣はやはり私が考えていた通りの男だったな」
「──片腹痛いわね。誰よりも彼とは遠い男のくせに」
綺礼はその言葉に怒りの感情を露わにする。
「切嗣にお前が見抜けたとしても、その逆はありえないわ。あの人の心にあるものをお前は何一つ持ち合わせてはいない」
「──何故貴様が私について語る。私の一体何を知り得ると言うのか」
綺礼はアイリスフィールの首を掴み、絞めあげる。片手とはいえ代行者の男の握力にアイリスフィールは声を出せない。
「──確かに私は空虚な人間だ。だが、私と奴とはどう違う?長きに渡りなんの意義もない闘いにばかり身を投じ、ただ殺戮ばかりを繰り返してきた男が、あれほどの無軌道が、徒労が、迷い人でなくてなんなのだ!?」
「答えろ!衛宮切嗣を何を望んで聖杯を求める!? 奴が願望器に託すほどの願いとは何だ!」
綺礼は首を掴んだ手を離す。アイリスフィールは咳き込み呼吸を荒くする。
「──フッ、いいわ……教えてあげる。衛宮切嗣の悲願は、人類の救済……凡ゆる戦乱と流血の根絶……恒久的世界平和よ……」
「──なんだ、それは」
言峰綺礼は心底呆れていた。失望にも近いだろう。己と同じ空虚を抱えながら、その願望はあまりにも稚拙、幼稚と言える代物であったこと。何より殺戮ばかりに明け暮れてきた自らを否定し矛盾した願いはもはや滑稽極まりなく映った。
「お前にわかるはずもない……それがお前と彼との差……信念の有無よ……」
「──闘争は人間の本性だ。それを根絶するということは人間を根絶するも同然だ。そもそも理想として成り立っていない。まるで子供の戯言、空想すら生温い妄言だ」
「──だからこそ彼は……とうとう奇跡に縋るしか無くなったのよ……あの人は追い求めた理想のために、常に愛する人を切り捨てる決断を迫られてきた……あの人、理想を追うには優しすぎるの……」
「──分かったよ」
綺礼はアイリスフィールの首を両手で掴むとそのまま力を込め、その首をへし折った。アイリスフィールは力無く腕を脱力させ、そのまま動かぬ人形と化した。
「──よく分かった、それが衛宮切嗣か。優し過ぎただと? 結局のところは何一つ救えず、覚悟も決められない軟弱者か。何より、その自らの行動が人間という生物に対するこの上ない邪悪とも気付かず、あまつさえそれを正当化しようとする愚かさ。──もはや私には我慢ならん。衛宮切嗣、お前の理想とやら、目の前で聖杯もろとも木っ端微塵に打ち砕いてやろう」
魔術結界を解くとアイリスフィールだった人形を再び運び出す。その顔には怒りと笑みが混在していた。
───────
ウェイバーとライダーはマッケンジー夫妻の家の中から空に放たれた魔力の波動に気付き、外へ飛び出す。あまりにも静かすぎる夜が、今夜辺りに決着が付きそうな予感をさせていた。
放たれた信号は達成と勝利。狼煙を上げて勝手に勝鬨を宣言し、文句があるならここに挑発してくるのは言峰とギルガメッシュの陣営だ。それを不服そうにするライダーは声をあげる
「今夜は決戦の大一番となりそうだな!さぁ、目指す戦場が定まったとあれば余もまたライダーのクラスに恥じぬ形で馳せ参じなくてはなるまいぞ! いでよ!我が愛馬!」
イスカンダルが剣を振るうと雷鳴が轟き、そこから愛馬であるブケファラスが現れる。征服王の相棒であり、幾多の戦場を駆け抜けた名馬だ。イスカンダルはウェイバーに早く乗れと催促するが、ウェイバーは首を振って動かない。
「──ここからは本当に強い者しか行っちゃいけないんだろう」
意を決したようにウェイバーは右手を掲げる。
「──我がサーヴァントよ、ウェイバーベルベットが令呪をもって命ずる。ライダーよ、必ずや最後までお前が勝ち抜け」
「──重ねて令呪をもって命ずる。ライダーよ、必ずお前が聖杯を掴め」
「更に重ねて令呪で命ずる。ライダーよ、世界を掴め。失敗なんて許さない」
これまで一度たりとも使わなかった令呪を全て使い切ったウェイバー。作戦としては早計にも映るが、魔術師としての力量はお世辞にも高くないウェイバーに出来る最大限の支援であることも事実だ。またマスター権を実質的に放棄することでイスカンダルを戦いに集中させる意味も含まれている。
本人にその意図があろうとなかろうと。
「──さあ、これで僕はもう、お前のマスターでもなんでもない。もう行けよ、どこへなりとも行っちまえ。お前なんか……もう……
「──勿論、すぐにでも行かせてもらうが、
あれだけ口喧しく命じた以上は当然、貴様も見届ける覚悟であろう」
そう言ってイスカンダルはウェイバーを摘み上げ、自らの前に乗せる。
「バカバカバカ!令呪ないんだぞ!マスターやめたんだぞ!なんでまだ僕を連れて行く!?」
「マスターじゃないにせよ、余の友であることに違いはあるまい」
イスカンダルはにかっと笑い、そして大粒の涙を流すウェイバー。
「僕が、僕なんかで、本当にいいのか?お前なんかの隣で僕は……」
「あれだけ余と友と戦場に臨んでおきながらなにを言うのだ。バカもの!」
「貴様は今日まで余と同じ敵に立ち向かってきた。ならば友だ。胸を張って堂々と余に比類せよ。さて、ではまず第一の令呪に答えるとしようか。坊主、刮目して見届けよ!」
「──ああ、やってみろよ!この僕の目の前で!」
ブケファラスは空へと舞い上がる。友を乗せた愛馬は夜天を嘶きと共に駆ける。
そんな遠のいていく二人を寝室から寝たふりをしながらも気付く老人が居たのはまた別のお話だろう。
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言峰綺礼が身構えていたのは施工中の冬木市民会館だ。街のシンボルとも呼べる建物の一つであり、冬木における第四の霊脈要点となっている。
「──今宵はいつになく猛々しい面構えではないか、綺礼」
ギルガメッシュはそう言って近づくと更に言葉を続ける。
「さて、どうするのだ。我はここで待ち構えていれば良いと?」
「──お前の力を間近で解放されたら、儀式そのものを危険に晒しかねん。存分にやりたいというのなら迎撃に出てもらおう」
「良かろう。だが我の留守にここを襲われた場合は?」
「その時は令呪の助けを借りるが構わないかね?」
「許す。ただし聖杯の安全までは保証できんぞ。今宵の我は手加減抜きで行く」
「──それは最悪の展開だが、そうなったらそれもまた運命か」
「──それにしても随分と激っているようにも見えるが、何か沸き立つことでもあったか?」
「──別に何も。打ち砕かねば気の済まない敵が生まれただけだ」
「──フッはは! 見違えたな綺礼。以前のお前に見せてやりたい代物だ」
笑いながら立ち去る。そしてギルガメッシュは思い出したように振り返る。
「──あぁ。もし仮に我が戻るより先にセイバーが現れるようなら暫くバーサーカーと戯れさせてやるといい」
「──承知した」
「セイバーといえば、あれが後生大事に守っていた人形めはどうした? 何やら企ていた様子だったが、聖杯の器とやらはあれの中にあるのだろう?」
「──殺したさ、生かしておく必要も無かったのでな」
ギルガメッシュは不敵に笑うと霊体化して消えていった。
聖杯戦争、最後の夜が幕を開ける