「──色々聞きたいことが多すぎて頭に来るわねぇ、衛宮くん?」
遠坂凛は柔かにそう告げる。その顔は笑っているが目は全く笑っていない。何処か引き攣っているようにも見える。怖い笑顔とはこういうことを指すのだろう。
「私、衛宮くんが魔術師だなんて聞かされてないのだけれど?」
「自分が魔術師だと吹聴する奴なんて居ないと思うが?」
「それは確かにそうね。でもね、そういう問題じゃないの。この冬木で魔術師が活動するならセカンドオーナーである遠坂を通すのが筋なのよ。」
「やれやれ。どうにも魔術師って連中は面倒ごとに拘るなぁ。親父の言ってた通りか。」
特に申し訳ないとも思っていないよう空返事が帰って来た。これがまた凛の内心をイラつかせるのだが、士郎本人は素知らぬ顔だ。
「士郎、アーチャーのマスターと知り合いなのは分かりました。ですがここは戦場、対峙した以上は容赦はしません。」
ここは戦場。セイバーのその言葉に偽りは無い。ランサーが撤退したとはいえ、まだこの場にはアーチャーとセイバーが居る。サーヴァント同士が出会えば戦いは必至だ。
「待てセイバー。遠坂、悪いが今日は引いてくれないか。俺の今日の目的は別にあるんだ。」
「っ!どういうことですか士郎!」
「まあ落ち着けセイバー。遠坂、俺はお前とはあまり争う気はない。だから一つだけ教えてくれ。──何故この聖杯戦争に参加する?」
僅かな沈黙。そして程なくしてそれは破られる。
「──決まってるじゃない。そこに戦いがあるからよ。」
────────
衛宮士郎と遠坂凛は冬木教会へと向かっている。側にはセイバー、アーチャーが遠巻きに周囲とお互いへの警戒をしながら歩みを進める。
サーヴァントを召喚したマスターは冬木教会の監督役にそのことを申告する必要がある。ただこれは義務では無いし、申告しに来ないことも珍しくない。士郎は申告しに行くから監督役と縁がある遠坂との一時停戦を持ち掛けた。あくまでも今は監督役との邂逅を橋渡しして貰いたいらしい。
そして冬木教会の扉は開かれる。聖杯戦争を監督する立場にある聖堂教会の鎮座する中立地帯である。戦いに敗れたマスターが保護を求めたり監督役としてマスターに対する説明や指示、仲介人のような役割も果たす。ここではサーヴァント同士の争いは御法度。破れば警告や訓告でもおかしくはない。
そんな場所に士郎は足を踏み入れた。
「──おや、客人かな?」
扉の先にはこの冬木教会の神父にして今回の聖杯戦争の監督役である言峰綺礼がいる。凛からすれば後見人に当たる人物だ。
「セイバーを召喚した。この聖杯戦争に参加する。今日はそれを伝えに来た。」
「わざわざ御足労頂き感謝する。生憎もてなしの用意はしていないが、ご容赦を。」
「そんなもん要らん。」
やや不機嫌そうに士郎が返す。
「ふっ。さて、君の名前を聞かせてもらおうか。」
「衛宮士郎だ。」
「──そうか、衛宮か。」
含みのある返答だった。僅かな笑みと高揚をそれは含んでいた。
「では最後に一つ問いたい。君の願いとは何かな?」
「──わざわざお前に話すつもりは無い。」
「やれやれ、随分と嫌われたものだ。私たちは初対面のはずだが。まあ良い。君の願いは叶う、これは予言では無く確信だ。」
近くで聞いている凛には何を語り合っているのか分からないといった表情だ。双方にしか分からない探り合いと言葉が互いを行き交う。
「──なら俺からも忠告だ。10年前の件、忘れてはいない、だそうだ。」
そう言い終わると綺礼の返答も待たずに士郎は教会を後にした。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
凛の士郎を追う声だけが遠ざかりながら扉が閉じる。
「ふっ。やはり知っていたか。これは面白い結末に巡り合えるか?」
─────────
教会から足早に立ち去る士郎を凛は追いかけながら文句を垂れ流す。「連れてけと言ったのはあんたでしょ!」という言葉がだんだんと近付いてくる。
「だから待ちなさいって!」
「あっあぁ悪い。少し興奮してた、すまん。」
「別に良いけど、あんたってあのエセ神父と知り合いだったの?妙な間があったけど。」
「──まあ浅くはないくらいには。というかエセ神父って良く気付いたな。」
「当たり前でしょ。もう10年くらいの付き合いだし。正直苦手だから会いたくないのよね。だからこんなことはこれっきりにしてよ。」
「分かった分かった。悪かったって。」
そんなやり取りを続けながら教会の外へと出る。中立地帯から戦場へと降り立った。
「じゃあ衛宮くん、聞きたいことが山ほどあるからとりあえず家に案内して。」
「えっ、一時的な協力だったはずだろ。何でまたそんな。」
「あのね、遠坂の当主として素性の知れない魔術師を野放しに──っ!」
会話が突如途切れた。不自然なタイミングだ。凛は動揺、警戒、様々に受け取れる表情をしている。
「衛宮くん、協力関係は延長よ。敵がこっちに向かって来てる。それもかなりの魔力よ。」
「そのようだな。」
深い霧に包まれてそれを姿を現す。一人は銀髪の髪に真紅の瞳を携えた少女。もう一人、果たして人と呼んで良いのだろうか。そう思うしかないほどの巨体を有する筋骨隆々の戦士、間違いなくサーヴァントであった。
「初めまして、私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。アインツベルンって言ったら分かるでしょ?」
「──アインツベルン……!」
「アインツベルン……御三家の一角か。」
「ふふっ。流石ねお兄ちゃん、私のことを知ってるだなんて嬉しいわ。」
「お、お兄ちゃん……?」
当然ながら士郎はイリヤスフィールとは面識が無い。アインツベルンが御三家に数えられる魔術師であることは知っているが、それ以上は知らない。義父たる切嗣がアインツベルンについて何も語らなかったからだ。
そんなイリヤスフィールの顔は先程の凛以上に柔かに笑っている。引き攣りも無く声に澱みも無い。
「何よあれ……。」
『凄まじいな。あれ一体で他のサーヴァント全員を相手にできるな。』
「力押しが通じる相手じゃないってことね。──衛宮くん、共闘しましょう。白兵戦はセイバーに、アーチャーは貴方本来の戦い方をして。」
『了解した。精々上手く逃げてくれよマスター』
霊体化したアーチャーが足早に場を離れて行く。残ったのは凛、士郎、そしてセイバーの三人だ。
「セイバー、俺が撤退の指示を出すまでは応戦してくれ。少なくとも今の俺じゃあれはどうにもならない。」
「分かりましたマスター。」
初陣の舞台は整った。アーチャーとランサーの戦闘を初戦とするならこれが初陣なのだろう。マスターとサーヴァント、双方が戦場に揃ったこの状況こそが。
「話は済んだかしら?ならもう良いわね。じゃあ殺すね、──やっちゃえ、バーサーカー!!」