貴方は一般的な生徒である。 作:ホシのユメ
クリスマスの日も過ぎ(自称友達からのプレゼントはイメージデザインの施された工具、ネッ友らからは神クソ問わずのオフラインゲーム詰め合わせであった。ほんのちょっとだけ感涙していた)、大晦日の集まりにも同様に巻き込まれ、元日のお参りも信じこそしないが一応済ませ(内容はだいたいホシノと同じである)。
さて、貴方は転生して以来では始めて床に臥せっていた。
なぜこんなことになってしまったのだろう。貴方は微熱と頭痛でぼんやりとする頭で考える。
日頃の対人ストレス。
割と多めな頻度でやらかす不摂生。
アビドス生からの呼び出しによる肉体疲労。
ものぐさの果てのコタツで寝る悪癖。
その他もろもろエトセトラ。
困ったことに思い当たりが多すぎる。少なくとも今数えられるだけで2桁以上はあるので貴方は両手の指の本数を超えたあたりで数えるのを辞めた。
それにしても、やらかした。貴方はそう思う。
眠気が来ないのを少しばかり疎みつつ、咳き込みながら横向きになる。
過去の経験談上、病気がバレた時はめちゃくちゃにつけ込まれる隙になる。心配などまずされず、それを機に恩を押し売りし、そのツケを無理にでも支払わせようとしてくる人のなんと多かったことか。
タダより高いものはない。貴方はそれをよくよく思い知った。少なくとも父と母、そして友人紛いの多数から。
なので市販の薬を飲んでどうにか平常を誤魔化していたし、買うにしても祖母からもらって、その上で隠しておいたお金(なお見つからないとは言わない)を少しづつ切り崩しながらやりくりしていた。
まあ免疫がやたら強いのか定かではないが数日、早ければ一日で治るのでそこで誤魔化しが聞くのは過去の貴方としては非常に助かる点ではあった。
なお肉体的には強者の癖に免疫はそうでもない(その癖花粉にはやたら敏感である)今の貴方は同じことをした結果、普通に風邪が悪化したし、普通にバレて本気で心配されて寝かされ、今の状態な訳だが。
とはいえ今からでも抜け出そうとはしない。美甘ネルに発覚された以上、既に白石ウタハや各務チヒロにも情報が共有されていると見てもいい。大人しく休養している方が時間的にも体力的にも得とみて、貴方は大人しくベッドの上で目を閉じていた。
とはいえ眠気は来ない。本当に来ない。普通であれば身体も弱っている時は眠りたくもなるものだが、しかし未だに意識は明瞭なまま。
つまるところ風邪のダメージを受けながら、ハッキリした意識の中でそれを知覚しなければならない訳で。
貴方は今世がショートスリーパー体質であることを若干恨んだ。ついで、このまま目を閉じていたとてどうせ変わらぬとヤケクソ気味に目を開いて上体を起こした。
ある種の開き直りである。
ストローの刺さった『飲む点滴くん(ミレニアム製、ノンカフェイン)』を手に取り、ちうと飲む。ほんのりとした甘さが喉を通る。
一口に7分の1まで飲んだあと、小さい声で独りごちた。
なぜだろうか。
なぜこうも、ミレニアム周りの人に悪意を感じられないのだろうか。
今日最大にして、そして1年を通して少しずつ積み重なっていた疑問であった。
貴方にとってみれば、人とは『誰もが悪意を持って人に関わり』、『誰もが己の損を嫌い、己の得のために他を利用する』生物なのだ。そこに年齢も性別も関係しない。
アビドスのほとんどはそうであった。若くも老したも関係なく、ホシノかユメかその他か、そうでなければ貴方をだまくらかすか暴力に訴え、利益を搾取しようとしていた。貴方の性悪論を補強させた一因である。
だがミレニアムは違う。どこまでも違う。
出会う誰もが優しい。一癖か二癖あるものの、根本に善性が根付いている人ばかり。驚くことに大人さえも含めて。
貴方が口をつけた『飲む点滴くん』も貴方の不調に気がついた美甘ネルが急いで買ってきたものであるし、これまでを思い返してもやはり親切な人ばかりであった。
しかも、そのどれもで悪意アンテナは反応をしめさなかった。強く鍛え上げられ、敏感であるはずの貴方の悪意アンテナがだ。
さも人はそんな生物ではないのだと言いたげなように──あるいはどこまでも頑なに理論を固持し続けていた貴方を嘲笑するように。
ふう、と。大きなため息を付いて思う。
──もう割り切って、人を信じてみるべきなのだろうかな。
久方ぶりの風邪で気が弱っているのも確かに関係していようが、貴方は歩み寄りの姿勢をほんの僅かにみせていた。
──人間は悪性であるを通り越し、人はその全部が害であるのだから正しく滅ぶべきだと、滅ばねばならぬのだと、行き着くところまで行き着いた性悪論はもはや癌細胞のように正常の均衡を崩し、貴方の精神を蝕んでいた。
冗談のように巡り合わせが悪かっただけなことも否定しない。嫉妬が多分に含まれていることも否定しない。それどころかまったく合理性に欠けた、感情論も甚だしい八つ当たりでしかない。
だがこう思わねば、今まで一切が無意味だったのかと、今まで苦しんだことは無意味だったのかと、今まで怒り悲しみ恨み続けたのは無意味だったのかと、そう考えてしまうからだった。
これだけ苦しんで苦しんで、泣き寝入りで終わらせるなんて!
これだけ嫌な思いをずうっとし続けて、自分が死んでお終いだなんて!
これだけ理不尽な目にあい続けて、誰も損しないなんて!
許せない、許せない、許せない!
この恨みを、この怒りを、悲しみを、この憎しみを、このまま何も無かったものにしてたまるか!
誰も彼もを同じ感情に引きずり込んでやらないと、気が済まない!
──こんな感情をいつまでも根に持つなど非合理的。そんなことは頭でわかっている。ホシノに相談せずともわかる。
ここで憎しみの連鎖を断ち切らなければいけない。それが「合理的」というものだ。
人は無闇矢鱈と影響されず、あるがままにあり続けるべきなのだ。
しかし貴方は機械ではなく、人間だ。非合理を非合理だからと簡単に切り捨てられるものではない。
はいそうですかと切り捨てられるのなら、生産効率も対処方法も鑑みて、適切な整備さえしていれば不良品をほぼ出すことのない機械で事足りよう。
……だが切り捨てなければならない心理であろう。客観的に見ればその通りであったし、非合理や不健全も甚だしい。
だがくすぶる憎しみは残り続けている。
だが過去の事で、いつかは割り切って前を向かないとならない。
過去と今とで、どこまでもどこまでも板挟み。
──ヒーロー? ねえ、正義のヒーロー?
自分は一体、どうすればいいの?
いつもの貼り付いた笑顔は失せ、仮面の剥がれた本来の無表情で膝を布団越しに抱えていた。
と、コンコンと扉を叩く音が鳴った。
「邪魔するぞ」
預けた鍵を開き、特有の低めな声──美甘ネルの声が聞こえてくる。こんな顔を見せて不気味悪がられるのは結構と思い、貴方は笑顔の仮面を付けて対応する。
「ほらよ、ウタハからはいくつかのゼリーと栄養剤、チヒロからは熱冷まシート、アスナは多めの水。ついでにアタシからは漫画だ。暇だろ、どうせ?」
「ちゃんと返せよ〜?」と笑いながら言うネルからは乱雑の気配が見えつつも、しかしいつもより丁寧な対応をする。
具体的にはベッドテーブルに置いてならべている。普段の貴方への対応なら投げ渡しているだろう。取れるのでなんら問題はないが。
まあさておき。
ありえない。この自分に親切を向けるなどありえない。
やはり何か思惑があるのだろう。貴方は負の断定をする。
金か権利か、それとも物か。ネルのことだから戦闘数回分か。
感謝の言葉を前提に、茶化しも適度にそう聞くと、ネルは酷く呆れたようにしてため息をついた。
「あのな、お前が何を考えてそんなになったんだか知らねぇけどな……友達関係ってのは、損得勘定しなきゃあ助けにも行っちゃあいけない関係なのか?」
少なくとも貴方が知る限りではそうであったが、その答えなど求めていないはずだ。
その損得勘定をし、利用し、利用されるのが人間社会ではないか。
人間が望み、夢に思い、業が極まってもなお手を伸ばす世界ではないのか。
その考えを封じ、さりとていつも通りのように巧言令色を施すにも気力が足りないのでその質問については曖昧に濁した。
「そうかよ。……アタシはそうは思わないがな。友達だから何も考えないで助け合う、友達だから何も求めない。そういうモンだろ?」
「それに、ずっとわからない事を考えてるなんて気が疲れるだろ?」と快活そうな笑顔を浮かべるネルに、同意したような態度を見せつつ目を逸らす。
美甘ネルは知らない。どこまでも暗く、淀み、汚れきった人間の負の側面を知らない。
知らないから言える。知らないからこそ言え、またその姿が愛おしく、そして尊い。
貴方は知りすぎた。その人間の負の側面を知りすぎた結果、人間不信を発症し、何もかもを安易に信頼できない人格に成り代わった。
美甘ネルは普通にすくすくと育ち、普通にのびのびと生きていたのだろう。何もかも真逆な貴方とは違って。
──羨ましい。妬ましい。
羨ましくて、妬ましい。
そうして僻む心をひた隠し、表面上の肯定だけして目を瞑り、会話を終わらせた。
普段眠っている時間帯になるまで、眠気は来なかった。
『……ハァ。ようやく死にやがったよ、あの死に損ない』
葬式の終わって、分家本家問わず集まるその場所に、貴方はいた。
貴方は今日、誰よりも敬愛して止まなかった祖母の葬式を終えたばかりであった。
涙の一筋さえない、だが無をそのまま表情に体現したような顔であった。
薄情ではない。感情を殺しているだけのこと。泣けば『喧しい、ガキ!』と言われるのは明確であったからだ。
昔からずっとそんな対応であったからか。貴方は気がつけば感情を押し殺すことに慣れていた。
今のように、笑顔までは浮かべられないけれど。
きっと『なんだ、こっち見やがって。文句あんのか?』と言われるだろうからと、貴方は目を伏せたまま周囲を見回す。
貴方を挟むように配置されているのは、底のない穴の空いた人型の『なにか』。
姿かたちこそ明確な男の大人、あるいは女の大人と分かるとはいえ、今すぐにでも逃げ出したかった。
だが環境がそうさせてはくれなかった。今は随分と大事な取り決めがあるから、それが終わるまでは待たなければならなかった。
『──では、遺産分配はこの取り決めとする。良いな?』
『……おい……おいまて、ジジィ! ふっざけんなよクソ野郎! これだと俺が損するだけだろうが! 俺ァ確かに分家だ、分家だがそれでも遺産を受け取る権利はあるだろうが! それに誰よりもあのババァのケツ拭きをしたのは俺たちだ!』
『ほざけ分家風情! 貴様がいくらくだをまいたとて変わらぬわ! ほざいていろ戯けが! 第一正統な血統を継ぐ本家がほとんどを引き継ぐなど当然であろう! それも知らぬか常識外れ!』
『うるっせェんだよこのクズ! ただ自分が利益を吸いたいだけだろうが!』
『同じことを言えた口か、この、薄汚れた野良犬畜生!』
『なんっ、この……だったらテメェは鳥だ! 高く止まっちゃ、自分のことを希少価値だと思い込んだプライド以外のなんにもねぇカラスだ!』
遺産を巡っての言い争いが目の前で生じる。ある人は言い争い、ある人は暴言を吐き、ある人は直接の暴力に走り、ある人は我関せずと遺産の方に目を向ける。
──どうして?
か細い声で、誰にも聞こえない声で独りごちる。
どうして誰もお祖母様のことを悼まないの?
どうして誰もお金の話しかしないの?
どうして誰も譲り合わないの?
どうして誰も自分のものにしようとするの?
わかんない。わかんないよ。
思わず遺影を胸に抱えて飛び出した。
『こら███、待ちなさい! ここにちゃんといなさい!』
聞こえないふりをする。
知らない。どこまでも体裁と保身と自分の自慢が大切な母なんて知らない。
知らない。どこまでもお金と人の不幸と自分が大切な父なんて知らない。
知らない。知らない。知らない。他人の不幸と自己利益のためならいくらでも醜くなれる人間なんて何も知らない。
1人、祖母の部屋に閉じこもる。誰も入ってこないよう鍵を掛けて。
途端、決壊したようにポロポロと涙が出てきた。人の汚さでいっぱいいっぱいだった貴方には、これ以上我慢するなんてできなかった。
貴方は助けを呼んだ。──可能性の獣は来なかった。
貴方は助けを呼んだ。──正義の象徴は来なかった。
貴方は助けを呼んだ。──誰も応えてくれなかった。
助けての四文字を何度も何度も、何度も何度も何度も。
まだ幼い声が枯れるまで、涙腺が痛むまで泣きながら小さな声で叫び続けた。
──正義のヒーローは、来なかった。
なんで来ないんだろう? どうしてもわからず、自問自答する。
自分が悪い子だから、来ないのかな。
自分が悪い子だから、助けに来ないんだ。
自分は悪い子だから、助けられちゃいけないんだ。
貴方は結論付けた。
自分が悪い人だから、ヒーローは助けに来ないと。
自分のような悪い人は、助けを呼んではいけないことを。
自分は嘘つきで、卑怯者で、だからより悪い人の餌食になるのだと。
だから、そうならないために、誰かを利用できるような強さを持たないといけないことを。
自分は悪い子だから、1人で頑張らなきゃ。
誰よりも強い人にならなくちゃ。
そうだよね?
──助けてよ、ヒーロー。
喉の奥で噛み殺し打ち砕き、貴方は崩れかけの精神状態で決意した。
息荒く飛び起きた。
辺りを見回せば、そこは見慣れた貴方の部屋。
丁寧に掛けられた貴方の銃器。整理された勉強机。わざわざ分けられたゲーム専用のスペース。思いを込めて作られたプラモと綺麗に揃えられた特撮作品のそれを模したベルト。
昨日と何も変わらず、そして何も捨てられていない、紛うことなき貴方の部屋である。
半年ぶりに酷い夢を見た。瞳を大きく見開かせ、冷や汗を拭う。ネルはいない。ウタハもいない。チヒロも、コタマもいない。盗聴器やらが仕掛けられていたなら話は別だが、その時はその時だ。
ほうと、一息付いた。弱みを握られずに済んだと思うと同時に、今が過去の貴方の夢ではなかったという安堵から。
──貴方にとって、睡眠は苦痛であった。
大抵、酷い悪夢を見るからであった。貴方が人を悪意の塊だと断定させ、人間不信に陥らせた理由の、その一端を。
悪夢に現れたあの人型らしき化物は、貴方が人間不信の末期になった際の、貴方視点の人の映り方であった。
人という人が個人で認識できず、『ヒト』という化物の単位でしか目に映らなかったのだ。
特撮ヒーローも、アニメに出てくるキャラクターでさえもそのように見えていた。例外といえば、その変身形態とロボットだけがそう見えていなかった。
今は違う。
白石ウタハは『白石ウタハ』として認識している。
美甘ネルは『美甘ネル』として認識している。
少なくとも特撮ヒーローの変身前も個人として認識できているし、キャラクターもロボットに搭乗する前の姿を認識できている。
皮肉なことに、そうであるからこそ人の純粋な善意を目の当たりにして、今の矛盾の苦しみがあったのだったが。
過去に貴方は小鳥遊ホシノを「クチナシ病」患者と称していた。
しかし実際の所、もう1つ付け足すべきことがあった。
つまるところは、もし小鳥遊ホシノが「クチナシ病」なら──貴方はさしあたり「オバアサマ病」であろう。
どこまでも人は悪意が本性であるとのたまい、だが人の善意も決してありえないと見切りを付けることができない。人の善意の権化であろう『ヒーロー』に縋り、救いを求め、だが架空の存在ではないかと己自らを嘲笑する。
そうした自己矛盾の塊、人間性の象徴そのものに、貴方はずっと昔から苛まれ、汚染され続けていた。
ぶっちゃけもうちょっとクソ家庭環境にできたかなと反省してます。