貴方は一般的な生徒である。   作:ホシのユメ

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△:強いキャラが好き
○:強いだけでそれが役に立たないキャラが好き
◎:強いけどそれが役に立たないし、過去がずっと足を掴んでくるせいで精神がズタボロな上で強さが自分を追い詰める理由にもなるキャラが好き


十八話 こういう可能性もあるよねってだけの夢

 ──降りつけてくる雨は寒く、凍結するような痛覚を認知させてくる。

 ひどく伸びたまま、白さが随分と増した髪が顔に首筋にとへばりついてくる。酷く気分が悪かったが、散髪するつもりにはなれなかった。

 ましてや、直接の原因である雨粒を、傘を差すなり雨合羽を着るなりでもして防ぐつもりにさえもなれなかった。

 この嫌気の差してくる感覚が、まだ生きている……生かされているという、知性のある実感を得るための何かだったから。

 ……だが、未だに己自身を人間──忌まわしくも普遍的な人間の身であるとはさらさら思えなかった。

 それもそのはずだ。

 がらんどうの左目。武器と化した左腕。昆虫の外骨格のように変質した右腕。役たたずの両足。

 昆虫と機械と人体の、3種が混合したかのような全身。

 その姿は最早人というには気味の悪い姿と「変身」していて、それを新たな人であると開き直ることなど出来なかったから。

 だからこうして不愉快な環境に身を晒し、不愉快だと感じ取り、それを堪えることでまだ知性ある身であると……そう信じていたかったからだった。

 だが、そうやって不愉快を堪えている度に、あることを実感する。

 意味もなく生かされていると──どうしても思わざるを得なくなってしまう。

 なんとも、まあ、惨めな生物だ。誰かの手によってみすぼらしく生き永らえて、まだ死にたくないからと、誰かを消費してみっともなく生きている。

 さながら、呪われているようだ。生きてくれと。生きて無様な姿を見せ、それを肴にさせてくれと。上位種に言われるがままに呪われ、縋り付かれている感覚がする。

 その度に、どうにか記憶を掘り起こそうとした。これは断じてお前の玩具なんかではないと。1人の生きてきた存在だとどうにか言い訳を付けようとしたかったからだった。

 だが結局、何も変えれない。変わらない。

 無意味と信じ、過去を思い出すことから逃げ、この「変身」した見た目以後しか知らず、聞こえず。

 ……その果ての終局。どうやって止められるのだろう。

 止められるのなら止めて、もう静かに死んでいたかった。

 だが止まらなかった。止められないのなら、諦めて課せられた義務を果たすしか無かった。

 だから、こうして仮初の役目に従って生きる。

 全ての学園都市を囁く声のままに轢き潰し、立ち向かってくる神秘の人型を棺に納め、そして……そし、て……。

 …………そこから、何をするのだろう?

 今となっては、何が理由でこうやって生きているのか、あるいは誰のためにこうやって事を成しているのかなどはわからない。

 きっと忘れてしまったのだろう。忘れて、ただそれを遂行するためだけの惨めな存在に成り果ててしまったのだろう。

 この思いを吐き出したいと希う誰かがいたような気がする。この苦しみを共有して、許されるなら泣きついていたいと思う誰かがいたような気がする。

 こんな誰かを、望んでいたような気がする。

 そこまでをとうとうと考えて、ようやく一呼吸した。

 …………思い出す必要も無いのだろう。

 逆に考えればよろしい。

 ──忘れたのなら、それは些細なことなのだ。

 今こうして刺してくる雨風と凍えさせる気候、また同じことを繰り返す退屈に晒されてなおも思い出せないというならば、それは今の無様と比べれば遥かに下らなく、つまらなく、みっともなく──些事にすぎない追憶なのだろう。

 あるいはこの学園都市と名乗る全てを月光の晒される廃墟としてしまえば、ようやく思い出せるやもしれない。

 仮にできなくとも、そうすれば義務と役目は果たせるのだから。

 大人……仮初にも大人か。

 そういった身分の存在は、妥協と諦観を重ねながら、暖かく穏やかな理想を見捨てて寒苦しい現実に染まっていく。そんな世界だからと、変身していた直後からそう思わされ、そのままに愚直に生きてきた。

 ……本当は、疲れた。そうして妥協や諦観を重ねることに。

 本来は疲れたと言うべきではない……その気がするが、とかくもう、何もしたくない。

 かつて憧れていたような何かに反している……そう考えさせられるから。

 可能性の獣。仮面のヒーロー。

 正義の、ヒーロー。

 そんなものが……あったような気がする。

 なりたかった?

 ……多分、なりたかったはずだ。

 記憶こそないが……そんな正義に憧れていたような気がする。

 善人を助け、悪人を挫く。そうでなくても──迷い、幾度か間違えながらも、誰かを自然に助けられる存在。

 ……きっとかっこいい存在だろうな。そうだろうさ。

 仮想の中でそう思うしかなかった。

 ──いいや、本当にそうだろうか? ただ正義という酩酊状態にかこつけて暴力を振るいたいだけじゃあなかろうか?

 堂々巡りが繰り返されるばかり。

 ──わからない。何も、わからない。

 そうなりたかったのか、あるいはただ正義に酔って暴力を振るいたいのかさえもわからない。何もわからない白痴のまま。

 ……いや、いい。

 わからないのならそれでよろしい。知らなくとも、それで今の己がある。

 今の悪達を──嘘吐きと悪意ある全ての未来を握り──そして、潰す。

 握り潰して、過去にする。

 今の存在はただ悪と定義された存在を握り潰して過去にするだけの生物兵器にすぎないのだから、そのままに、ありのままにただ生きる。いわゆる悪の敵だ。

 今は、その存在だ。

 

「なぜ、君が……スミカ、なんでそんなに……!」

 

 ……目の前の誰かがどうたらと話している。

 生憎と、聞こえない。こうなってからずっと人の声が聞き取れない。……いや、全ての音がまともに聞こえない。

 1度ばかり誰かの手に握られていた音楽プレーヤーを使ったが、どこか規則性があるだけの、掠れてばかりの砂嵐にしか聞こえなかった。

 そればかりではない。

 味は無く。目は霞み。触れた心地は全てが冷たく、嗅覚は全てが鉄のように香る。

 身体も重い。思う通りに動かせない。ただ出力のままに振り回しているだけに過ぎない。

 惨めだ。もう何かを好きになる権利さえない。

 ……いや、違う。

 そうじゃないか。権利は義務を果たさなければ手に入らない。今は全ての義務を終えていないから、権利を与えられていないのだろう。

 全ての義務を果たそう。果たしてから考えよう。

 ──狩ろう。悪を狩り、握り潰し、そうして終わらせる。

 ……何のためにかなど、知らない。あるいは忘れた。

 ……だが、人殺しは確か……許されないことだったはずの記憶がある。

 ……まあ、いい。それが今の課された義務だ。よくある汚れ仕事で、それをこの私だか俺だか僕だか……とかく、この身分が偶然引き受けているだけだ。

 今はオレと名乗るこの一人称が合っているかも、記憶にない。

 【私】だったろうか? 【僕】だったろうか? 【俺】だったろうか?

 【我】か? 【卿】か? 【余】なのか?

 ……思い出せない。

 ただ、虚しく感じる。全てが虚しく。

 

「……あのバカ野郎の相手はアタシがする。引き下がってろ」

「そうだね。……これは私が……ううん、私たちで解決しなきゃいけなさそうな問題だし。……ねぇ、スミカ?」

 

 ザア、ザアと2つの砂嵐が鳴り響いている。

 ……今にして、ようやく思い出した。こうもみすぼらしい存在になった理由を。

 誰かの死が理由だったはずだ。

 今はがらんどうになった左目の義眼が衝撃で壊れるほどに頭を打ち付け、流れる血の中、その誰かを死に至らしめた全てに復讐を誓った時からだった。

 乾いた笑いしか出ない。

 どこまでも惨めだな、お前は。

 それが今や無差別に復讐を振りまき、会う人全てを不幸にする畜生未満に成り果てたではないか。

 嵐舞う丘の主人にも成れず、ましてや元は船漕ぎだった伯爵のようにもなれない。どこまでもどこまでも穢らしい……獣未満だ。言葉を介しているでさえ烏滸がましい。

 地獄に落ちれば良いんだ、こんな奴。どうしてこれが人の面をして歩んでいる?

 もういいだろうよ、こんな無様を晒しながら生きるのも。

 獄門を受け、磔刑にされ、全ての針にさされながら苦しめばいい。

 …………そうして地獄で苦しむのは、ただ1人だけでいい。追憶によぎっている黒い誰かたち全ては、天で安らいでいないとおかしい。

 これの人間不信が悪質なだけで、きっと優しくあろうとしただけだろうから。ただ普通の人で、これとは断じて一緒にされてはならないから。

 ……だが、それでも別のことを思う。

 いつかは、皆に会いたい。

 そう願うなら、きっと皆が地獄にいなければ会えないはずで、しかしそうあってはならないから天国にいてほしいと希う。

 矛盾だ。

 己の弱さが願うが故の矛盾だ。本来許されない願いだ。

 だから、今はその願いを忘れ、全てを棺に納めよう。

 ──いつから始まったかもわからず、いつ終わるかも知れない悲嘆。歯軋りし、悲しみに暮れ、果てしれない哀惜。

 それら全てを乗せ、首無し馬を模造した機械に跨りながら声高らかに吠え立てる。

 ──今のオレは握り潰す者! 悪を握り、杭を叩きつけ浄化する者! 故にデュラハンよ! 死ぬまで駆けろ!

 

 


 

 

 ガバリ、と。

 音として表現するなればそうなるだろう勢いで、貴方は飛び起きた。

 息は荒く、瞳孔は開いている。動悸は轟々と鳴り止まず、汗ばんだ身体が気分に悪い。

 …………嫌な記憶を無理やり蜂起させられ、弱点を抉られたような気分──つまるところは焦燥と寒心、恐慌と不安定が入り交じった気分だった。

 いいや、違う。今は過去じゃない。ここは忌々しいあの旧家なんかでもない。

 出身はアビドス、現在住はミレニアム自治区。家族運にも多少の友人運にも恵まれて生まれた、ヘリオポリス重工の跡継ぎを期待された還来地スミカだ。還来地スミカなんだ。

 決して、惨めで、醜くて、ただただ無様なあの頃なんかじゃ。

 過去とはもう離れた。もうあの時とは違うと。ただそのことを口にする。

 一度、二度……七度、八度……三十九度、四十度。

 そこまで唱えても、巣食う焦燥と恐慌、不安と恐怖は晴れていない。

 ああそうだ。あんなものは所詮泡沫の夢でしかなくて、これと全く同じように辿るわけではない。

 だがこうも気が悪いのはよろしくないことで、ああ今から電話でもして、こんな焦燥や不安を紛らわしてしまおう。紛らわし、そして海馬の奥底に埋め立て忘れてしまおうか。

 貴方はほんの少しおぼつかない手元でスマートフォンを手に取り、今やそれなりに相手の増えたモモトークを開いて通話ボタンを押す──その僅か数センチ。

 ふと、躊躇した。

 微かに残っていた心の中の他人を敬う良心か、あるいは常識知らずと罵られたくないがための無意識の保身か。

 その躊躇こそが、貴方の判断にもう1つの判断を作らせ、また選ぶことにさせた。

 ……抱えて、しまおう。

 およそこんなもの、弱みにしかならない。弱みだ、弱みでしかないから、話すべきじゃない。

 それに、言ったってしょうがないことだ。解決できる訳でも

 第一、あまりにも現実的でないじゃないか。夢の内容を真に受けるなどバカバカしい。そんなのを話したとて「起き抜けに寝言を抜かしよって」と冷笑されて一蹴されるが関の山だ。

 そんなの、コンマ数秒考えれば誰にだってわかることじゃないか。

 誰の記憶にも残らないよう、自分の中に埋立てよう。

 話して共感されなくとも良い。誰にだって知られなくとも良い。知らず知らずにも、きっと埋まってくれる。

 ただそう考えて貴方はスマートフォンの電源を落とし、布団の中に潜り込んだ。

 眠気など来なかったが、ただ潜っていた。

 

 

 

 ──過去が生傷として膿んでいる。




夢で見ていた可能性はかなり可能性としては薄いです。具体的にはホシノがユメ先輩のエミュを全捨てするくらい薄いです。
ちなみにコイツの可能性の姿はただの性癖です。
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