貴方は一般的な生徒である。 作:ホシのユメ
わからないので引いて理解しようと思います。
時は夏。それも夏休みが始まったばかりの頃。
頭皮が枯れそうなくらい暑くなるし、ろくでもない事がやけに舞い込みやすい時期なので貴方としては盛大に中指を全方位射出したくなる時分ではあるが、一般的な学生(一応貴方もそこに割り振られている)にとってはとても嬉しい時期になる。
学生であればおよそ1ヶ月もあろうかという長大な休みの期間が与えられ(なお補習者は補習の分だけ短くなるが。ネルはまたしてもそうだった)、同時にまるで休ませる気概が感じられない課題の山を盛り付けられる時期だ。
ちなみに補習が確定したネルを煽り散らした貴方はダブルラリアットからのロシアンスープレックス、最後にパイルドライバーを叩きつけられてキッチリと地面に埋められた。悪いこと、つまりはアーケードゲームを教えて後悔したとは貴方の弁である。
さておき、当のキヴォトスでもその課題の山の量は変わらず(アビドスの方は流石に不明だが)、ただ遊び呆けたりアルバイトや部活動に精を出しているだけではいられない。
とはいえ貴方はアルバイトと開発とシロコ&ホシノ、令嬢も相手しての帰郷もあってか文字通り死にそうなほど忙しくなるのが予見できていたので、初日で全ての課題を終わらせておいた。
こういうのは本来毎日コツコツやるものだろうがと言われたら正座で頷く他に択がない案件ではあったが、それはそれでこれはこれ。
こんな物に割いている時間が貴方にしてみれば勿体ないのだ。残りのクズ四天王だってそう言っている。
まあ……口頭で社交ダンスのステップを刻むトリニティマン、エンドコンテンツ周回で目の光を失っているゲヘナマン、『電撃ナイフとシャッガンで詰むのホント素敵』とほざきながらクソゲーを愛好するヴァルキューレマンらという様子のおかしい連中が最終日にすらも手をつけているかどうかは怪しいが大体はこんなものだろう。
……そろそろ育毛剤を送ってやるべきか。貴方はヴァルキューレのクソゲー愛好家に対してそう思った。
さて、本題に入ろう。
現在の貴方は運営している最中の工房──『GSメカニカルワークス』としての業務にとんでもなく奔走されていた。
最近の話だが、貴方は個人受注している依頼をもう少し幅広く対応できるように(そしてお金のためにも)と、新しく工房を開いていた。
貴方という総員一名の超極小規模な工房だが、これが思っていたよりも依頼が多い。全く来ない日も勿論あるが、依頼が飛んでくる日も割とある。二件か三件飛んできた日さえある。
お陰で銀行口座の方もそろそろ資産運用ができるレベルになってきていた。ちょっと銀行強盗が怖くなってきたのでそろそろ分けてみてもいいのではないかと考え始めている。理由はシロコ。
だがタンス貯金はよりダメである。これまでの経験上、治安が死人の出ないメキシコも同然なキヴォトスではわかりきった結末が2つも見えている。
すなわち、爆発オチか火事場泥棒オチである。経験上とあるので、つまりはそういうことだ。
犯人は適切な所へと留置したので安心してほしい。
まあそんなことはさておきとしよう。
忙しいということは、当然のことながら時間が足りないということである。初日以来、貴方はゲームのログインやプラモ弄りですら手をつけられない日々が続いていた。
というのも、銃器の修理に機器の新造、既存製品の改良と顧客対応とその他もろもろエトセトラと、てんやわんやして大忙しだったのだ。これでは休む暇も見当たらない。
仕事に夏休みは関係ない。腹立つが、現実社会では当然のことである。
……帰宅寸前での業務の押し付け、祝日関係なしの休日出勤。暗闇最中でのサービス残業。
ウッ、頭が。
貴方はふと思い出させられた記憶で目のハイライトを失いながらどこか思う。
──せめて事務経験持ちの一人でも雇えるならな。
貴方のいつまでたっても慣れない作業である事務作業、それがこなせるアルバイトを心の中で願った。
ここ数日間はゲームの画面は当然、そもそも自分の部屋にすらも帰っていないのだ。そろそろストレスで禿げそうだ。
というか最近だと白髪の量が増えている。銀髪ではなく白髪だ。ハゲを気にするべきは貴方の方なのかもしれない。
ともかく、今までもほとんど過労気味だったし、ミレニアム1年生であった昨年もアビドスにて夏休みを全て費やし、それで、まあ……あの結果だ。
そろそろキヴォトスでもまともな長期休暇の一日くらいは満喫したい所なのだ。その後に納期のデーモンにぶん殴られようがべらぼうに腹が立つ戦法をされて『YOU DEAD』されようが構わないのでいい加減纏まった休みが欲しい。
なので労働力が欲しい。具体的には事務作業ができ、可能なら制作の補助もできる誰かが。
ただこればっかりはいくら星に願おうがどうしようもないことである。
第一、雇った所でちゃんとした戦力になるかどうかさえもわからない。わからなければ教えなければならず、その場合は本題である貴方の休息など余計になくなるだろう。下手をしたら今の睡眠時間を削ってでも、という自体になるかもしれない。
それに──これは貴方の悪癖でしかないが──やはり人は容易に信用しにくい訳だ。
人類は軒並み厚顔無恥でド畜生な恥的生命体だというのが貴方のスタンスであるので、それを法なり契約なりで縛り付けて追い立てるのが正しいと考えている。
だがその中にも「うるせぇ〜契約とか法とか知らねぇ〜」なんて輩は存在する。例としてクソの不良や産廃の仮面ファイターなど。
そういうのはSNS映えやノリを意識した、いわゆるバイトテロで被害を被る可能性さえありえる。
それなら一人の方がマシまであろう。
貴方はそう考えており、その結果として変わらず休日返上で過労に勤しんでいた。
「で、今はそう嘆きながら一人で工房をやってるって訳か……脳筋だろ、お前」
と、作業中に垂れ流していた独り言を事業とはなんら関係性を持たない──強いて言えば現在進行形で銃器の修理を担当させてもらっているだけの一般顧客様野郎でしかないガヤのネルがほざいた。
仕方ないだろうと貴方は訴える。しょうもない事で依頼を台無しにされるリスクとどうせ少ないのに変わりない休暇を仕事に充てて地獄を見るリスクに比べれば、貴方なりには後者の方がまだマシだと言えるからだ。
「それで世話ねぇだろ……つーか、ミレニアムの友達に頼ったらどうだ? アイツらなら快く助けてくれるだろうに」
その発言にバカを言えリトルメイドと反論する。
「あ゛ぁん? 喧嘩か? ……ちっ、後で覚えとけ」
ネルは一瞬声を荒らげてキレたが場所が場所なので静かに座ってくれた。おそらく埋められることは確定したが。
だがこう言うにも多少なれど理由はある。貴方は3つほど例を挙げて説明した。
各務チヒロ──ただでさえ割と過労気味なのが見えているのにこれ以上負荷を掛けたらいよいよ死にそうだ。原因はカフェインの中毒死か過労による衰弱死の2択。なので頼るわけにはいかない。
調月リオ──頼り先としては最上だが最近は忙しさが目に見えて酷くなっている。セミナーの新人らしい……誰だったか──そうだ、早瀬ユウカと生塩ノアの2人の教育に注力すべきだろうから、頼らない方が今はいい。
エンジニア部──今までの生徒が依頼内容ガン無視の頭ロマンチスト、新しく入った生徒がブルートゥース狂いのロマンチストなのを見てもまだそう言えるのなら大したものだ。医者に診てもらおう。頭のだ。
「いや、お前もエンジニア部だろ……」
ロマン火力教な貴方を含め様子と頭がおかしいのは実際その通りだが、今はその話ではない。それはそれでこれはこれと1度その話題を置いておく。
「おい」
おいもお芋も関係なく普通にそういう話ではない。
次いで言えば──貴方はそう口を開けた所で言いかけた言葉を濁らせ、これくらいだなと締めくくった。
「ついで言えば……なんだって?」
ニヤリと、弄りどころを見つけたかのように口角を上げたネルの顔。
これくらいはこれくらいなのさHAHAHA! なんて冗談に見せかけた愛想笑いを表にしつつ、自問する。
──まだ心から信頼出来ないから、なんて言えたものか?
いいや、言えるはずがあるものか。
その答えは、当然のように否定するものであった。
きっと彼女たちはそんな答えなんて求めていない。
貴方はわかる。貴方が思った答えを返した時の反応などおおよそ見え透いている。
だから貴方は選ばない。わかりきった地雷をわざわざ踏んでやるほどバカでも愚かでも、ましてや気が狂った訳でもない。
…………せめて友人と名乗る人くらい、ハリボテでも構わないから信頼をしたいから。
内心も知らず、知ろうともせず、ただ信頼していたいだけ。
──その考えをちょうど修理を終えた銃器を手渡すことで、ネルとの会話と同時に区切りをつけた。
「おう、いつもありがとよ」
お礼をしてから着々と動作確認を進めるネルへと付け足しに、もう少しは優しく使って修理と検査の頻度を少なくしろと普段より強めに言い含めた。
「あぁ〜……善処しとく」
つまり頻度は変わらないということだ。貴方はかなりの数値のストレス値を上げた。
──と、メールの通知音。
また依頼か、休暇が無くなると鬱屈とした感情でメールの内容文をエナジードリンク片手にちらりと見やった貴方は、瞬間、顔色を僅かに、しかし色濃く変えさせた。
具体的には──また来たぞ、お前の出番が、と──歓喜とも挑発ともとれる笑みへと。
「休暇欲しいっていうワリにゃ、今回は随分と喜ばしそうな雰囲気だが? 仕事が楽しいってことで?」
そんな雰囲気の転換を感じ取ったのか、ネルが煽るような口調で問いかける。
当然仕事など嫌いだ。仕事はクソである。その意見には変わりない。だが今回の話とは少し別になる。
お黙りと手短く言ってから貴方は外行きの服装へと着替え、依頼が格納されたUSBメモリを緩衝材入りのアタッシュケースへと丁重にしまいこんでから依頼主の元へと向かうことにした。
その依頼主の求めるものとは──すなわちは、『H.O.R.U.S』である。
対象が誰かに関わらず、誠実で素直な依頼主は好きだ。大抵は依頼金が高く、契約にも従順で、納期も常識的で、なによりリテイクを何度も何度も何度も何度も出さないからだ。
その反対など言うまでもあるまい。足元見るクソ顧客様は修羅道に落ちろ。
──まあ、貴方のそんな怒りはさておくとして、本題に入ろう。
「遠路遥々、ありがとうございます。粗茶ですが、こちらをどうぞ」
今回の依頼主である機械仕掛けの人物は貴方の想定するようなクソ顧客様ではないらしい。少なくとも表に差別意識は出していない。
数多くの頭の湧いたクソ顧客様を相手してきた(勿論その時は契約を破棄する)貴方はその事実にしたくもない安堵を覚えながら、契約の作業を進める。
──時間に換算して苦節780時間。数多くの自由時間とストレスと疲労を代償にして、貴方はついに『H.O.R.U.S』を完成させた。
苦行や拷問も正直いい所ではあったものの、完成した時の感情といったら、それは素晴らしく感慨深い。薄暗さのこもったそれも含め、その時はおおいに喜んでいた。
無論おおよその機械で正常に動作することを確認した後、貴方がこれを作った理由である業チェックのために売りに出すことにした。様々な制約と、顧客が契約違反をした際に貴方へと警告される機能も付けて。
さて、閑話休題。
顧客の理解の速さや丁寧さも相まって、快くそして手早く契約事項の確認と禁則事項の伝達、顧客のための動作確認を終え、いよいよ押印とサインをするというその直前、何か聞きたいことはあるだろうかという貴方の問いかけにひとつ応じることとなった。
「この最後にある文章はなぜ書いてあるんですか?」
──もし全契約者の中で1人でも違反を生じた場合、申し訳ありませんが本製品とその類似品を例外なく全て回収、場合によっては消去および破壊させていただきます。
この一文を指して、彼は言う。
他には中々見受けられない一文であるため、疑問を生じて聞いたのだろう。
ああ、いつも聞かれることだ。貴方は第一人称を外向けのものに変え、丁寧に対応する。
建前上はこうであり。
しかし、本音は全く違う。
──選んだのだろう? 自己利益を得るだけの選択を。その責任を、善良な人たちを犠牲にして負いたまえよ。お前を一生恨むだろうな。
ただ違反者を呪うためだけの規約だ。
責任という銘を打たれた、憎しみを込めた規約でしかなかった。
──全員に結ばれた契約は「普通の常識があるなら」破ることなどそうそうない契約だ。
軍事転用しない、コピー品を作らない、一般に違法とされる行為に使わない──どれもこれも「常識」、「良識」があれば違反のしようがないではない。
かつての少年兵の再発見、かつてのマジックコンピューターの再発明、かつてのマフィアの再組織さえしなければそれで終わる話だ。
それさえも守れないのなら──お前を人類の意志の代弁者として呪い、自らの手で最後の扉を開けてやる。
他ならない、還来地スミカがだ。
──貴方の黒く染まった腹とは別に、今回の契約者は貴方の弁に納得し、押印とサインがなされ、契約が締結された。
……腹黒い目的で生まれたとはいえ、苦労して
貴方の過去の母親のように。