貴方は一般的な生徒である。   作:ホシのユメ

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二十一話 ホシノは無邪気な方が好きという個人的な感想

 

 夏休み前半のほとんどを過労と最低限の生活に捧げていたらホシノに身柄を拘束され、無事にアビドスへと移送されることになった生徒。

 つまりは貴方である。

 こんなことをされる謂れは……まあ、貴方でも思い当たりしかないほどにあまりにも多すぎた。

 正直なところ、ここまで過労をするつもりは全くなかったし、むしろ仕事などクソ喰らえという体制で向き合おうとしていた。

 そうしようとしていたのだが、依頼に全て応えなければならないという無駄な義務感と信頼を損なわれるかもしれないという無駄な憂慮がこんな事態へとなってしまった。

 活かされるかどうかまでは別として、深く反省だけはしている。

 今思えば寝袋インザ職場もしくは椅子寝も普通におかしい事である。一般人は仕事に恨みを募らせながら寝袋や椅子で意識を落とすのでなく、リラックスして普通の寝具で寝るものだ。

 キャパシティを超える依頼は依頼人と話を擦り合わせても許されるのだし、嫌味な依頼人は中指突き立てて無視したっていい。

 仮に依頼人特権を振りかざして偉ぶってくるのなら「二度と連絡してくんじゃねぇぞこの自分の身分を勘違いしやがった(規制音)で(規制音)の(規制音)な(規制音)野郎」と口汚く罵って一方的に通話を切ったって問題になりえないのだ。

 ましてやプラモ作成やゲーム、読書、怠惰の微量でさえもできないのはもはや『還来地スミカ』という一個人を否定しているようなものであろう。過去の貴方とはまるきり違う。

 貴方は頭アナハ──訂正し、エンジニアリング部一行およびミレニアムヤリガイゾンビらとは違い、開発は好きだが命を削ってまでやりたいとは思えない側だ。

 そこまで追い込むなら部活を辞める(状況によっては学校までもを辞めるだろう)選択肢を選ぶし、そも貴方の個性は『頭ロマンチストな発明家』ではなく『発明もできるロマンバカ』である(何が違うのかと言われそうだが、貴方の中では違うらしい)。

 第一思い詰めてまで何かをするなどこりごりだ。感情が決壊してからがどうしようもなく怖い。

 そうなった末路など、貴方が自らの身をもって体感している。

 ──つまるところ、今回の反省点は『資本主義に染まるのも程々にしよう!』ということである。

 貴方はこれを心の石版に刻み込んでおくことにした。彫り入れなければ脳は忘れるものだ。

 

 ……それはそれとして、仕事の連絡用のスマートフォンまで取り上げるのはいかがなものだろうか? 貴方は訝しんだ。

 これがないと仕事の連絡のしようがないし、真っ当な依頼人にも迷惑がかかりそうなものだが。

 

「妥当だよ〜」

 

 なるほど妥当なら仕方がない。

 よもやすると仕方がなくないことかもしれないが、ホシノが言うからには世間一般だとそういうものなのだろう。ホシノの言うことは大体は世間の視点であると貴方は10年以上の月日を経て学習している(ただし強さは例外だ)。

 貴方はひとまずホシノの言い分をもとに自分自身を納得させることにした。

 

 

 

 そんな訳で現在の位置は水族館である。

 貴方の意見を通すのなら家でプラモ作成なりゲームなりでだらけていたかったのだが、ホシノが「水族館行こうよ、ね! ね!」と妙に押しが強かったので、貴方の意見を無かったことにしてここへと行き着いた訳だ。

 して実際に行ってみた感想だが、感性が鈍感よりな貴方でも納得できた。

 というのも、今いる水族館ではクジラに関するフェアが敢行されているのだ。

 具体的にはイルカショーに始まり、特設コーナーの設置に、果ては会場を用いたクジラの展覧会だ。とりわけクジラ好きなホシノにはそれこそ多忙に満ちた日常の時間を割いてでも行きたいに違いない。

 それは長年海洋生物好きなところを見てきた貴方にもわかる。

 日頃のトクサツト・ロボットスキーを発症している貴方の姿をホシノに投影した形となり。

 

「わぁ、すごいすごい! あんなにも高く飛んでる!」

 

 それすなわちは最も子供らしい無邪気さを露出させた姿であるということである。

 貴方はイルカのショーを見て、子供のようにはしゃいでいる姿を見て、貴方はもう一度あることを認識した。

 

 こんな無邪気であどけない姿の方が、ホシノにはよほど似合う。

 最近のホシノは何かを思い詰めたような表情がよく浮かんでいた。貴方からしてみれば、まるで面白みのない表情だ。

 対外的な何かに追い立てられ、無理に大人らしさを演じているよりも、そんなものと関係なく子供らしく笑って、心のままに歩んでいる方が綺麗だ。

 それなら骨の折りがいがあるというもの。心労と肉体疲労を重ねてでもやりがいが生まれてくる。

 今のホシノのためなら、いくらでも自分の自由を犠牲にしてやれる。

 

 ……などと、奥底の未成熟な大人じみた思索もそこそこに、貴方はとかく目の前の事柄を楽しむことにした。

 どこまでも海洋生物好き、特にクジラスキーなホシノのことを時折「エイハブ船長」と揶揄する(その後はバッチリ怒られる)貴方ではあるが、かく言う貴方とて今現在はイルカのショーに見入っている。

 というのも、訳あってイルカのショーというものを、名前は知っていても見たことがなかったのだ。

 初手の段階でお祖母様とホシノから教わった以外の娯楽に疎いと言われればそれまでだが……まあ本題から逸れるので置いておくこととしよう。

 過去にも述べた通り、貴方は本質的に怠惰な人格である。

 外出することこそあれ、それはゲームセンターやプラモ販売店といったところだけ。遊園地はもちろんのこと、流行りの店だとか行列のできる店だとかは行く気も起きない。水族館に行くなんてもっての外。

 そも混雑嫌いの気がある以上、The・人気まみれなテンプレートイメージのある場所へは足を向けようとも思わなかった。

 精神的にも肉体的にも歳を取った今だってそうだ。その本質に変わりはない。

 周りのミレニアム生なり中学校の同級生なりに半ば無理やり連れ出され、振り回される一日に辟易したことだってある。

 「家に帰ったらデイリー消化と読んでいない本とフルスクラッチプラモの右脚部分と……」などと関心のない野外活動中に考えたこととて、いくつあったことか。

 ……まあ、それでもたまにはいいじゃないか。隣のホシノのことを思えば。

 貴方は1つ安堵のこもったため息を付き、少しばかり隣へと目を見やる。

 

「ねっ、スミカ、凄かったでしょ!? ねっ!?」

 

 偶然目が合い、興奮冷めやらぬという様子で珍しく早口でまくし立ててくるホシノの姿にほのかな笑みを浮かべる。

 ──だって、こんなにも楽しそうだ。

 今更になって面倒だの部屋に転がりたいだのゲームしていたいだのとのたまうだなんて、あまりに無粋じゃないか。

 たまにはこういうのだって悪くない。友達付き合いだっていいことだ。

 ……それに、他の誰よりも信用している友達だから。

 貴方は口にするには小恥ずかしい言葉を胸に秘めておくことにし、素直に頷いて同調することにした。

 

 ──久しぶりだな、と貴方は思った。

 ストレスも焦燥も、圧迫感も徒労感もなく、他人の視線も自らへの嫌悪感も関係なく──純粋に、楽しいな、なんて感じたことを。

 

 


 

 

 そこから、貴方は今まで面倒だからと手をつけることを渋っていた心を一度留めておき、ホシノのやりたいことに付き合った。

 友達と水族館を見て回った。思っていたよりも綺麗だったのが面倒だった心持ちを粉砕した。

 友達と買い物をした。貴方の買った量が多かったので荷物持ち役をさせられることになった。

 友達とプリクラというものを撮った。思っているよりも不器用らしい純粋な笑顔を笑いあった。

 友達と思いっきりカラオケで歌った。中身のロボオタも特撮オタも含め大声で心地よく歌った。

 今まで乗り気ではなかったことに乗せられている故、体力気力とその他もろもろの摩耗度合いこそ今までよりもはるかに激しいものであった。

 しかしその具合とは反対に、今世最大の満足感を得ていた。愉悦や嘲りの混じり気もない、純粋な満足感だった。

 思えば、誰もが思いそうな青春らしい青春というのは今が始めてのように感じられる。

 過去は誰かの顔色をうかがうことで心がいっぱいいっぱいだったし、今世もそれを心的ストレスを抱えながらこなし、オマケに下らない責任感まで負っていた。

 ……いわゆる治しようがない貴方の悪い性分だろう。これだから還来地は。

 貴方は自分自身の性格を冷笑し、しかし気を切り替えて今へと向き合う。

 今は違う。今、過ぎている時間は違う。今は誰かの機嫌も視線も考えなくていいし、責任を負うべきことがらもない。

 許容できる限りの最大まで気が緩んでいる状態と言ってもいい。

 ただし緩みすぎるとかえって立ち上がりが悪くなるので多少は気を使っている状態の方が良い。貴方が荷物持ちに甘んじているのはこれが理由だ。重いしバランス感覚を誤ると中身がごっちゃになるので割と役に立っている。

 

「本当に良いの? こんな悪いことさせちゃって」

 

 だからそんな心配はいらないと何度も言ったつもりなのだが。貴方は口にしながら苦笑する。ホシノの性格も、大概自分と似たり寄ったりなのだろうと貴方は思う。

 他人を安易に信用しない点。不信感を相手にはひた隠しにする点。無駄に心配性な点。信頼した相手には安心した心持ちと体勢を見せつけてくる点。なのにそこ信頼した相手にも自分の思いはあまり伝えない点。

 さながら『嵐が丘』の……いや、あの言い回しだけは辞めておこう。貴方は心の中で黙ることにした。

 そもどこぞのヒースなクリフとは生まれと特徴が真反対なので失礼だし、原典の通りになるとあまりにも救いがない。

 更に言えば、ホシノにも失礼だ。中身が年増で疑り深い癖に心持ちが葬式の頃から停滞したままのオタクの野郎であるなど、嫌であろうよ、普通。

 貴方は自己嫌悪も兼ねて反省し。

 

「所でね……聞きたいことがあったんだ」

 

 そう呟いたホシノの声で現実に引き戻された。真摯な声色だった。

 聞きたいこと。ホシノの聞きたいことか。一体なんだろうか。貴方は2度3度反芻する。

 

「……スミカはさ、将来どうしたい? ほら、いつもは『完全なユニコーンを造る』とか『フリーダムを完成させる』ってはぐらかしてるでしょ? だから一回は本当に思っていることを聞きたいなって」

 

 対貴方とは思えないくらいとても丁寧で、つまりはどう解釈しようとも茶化しようのない態度で、貴方の柔らかい部分──貴方が今まで誰にも言おうとしなかったことを問われた。

 困った。こうなると貴方のいつものごまかしでさえ使えなくなる。

 貴方は普段夢を聞かれた時にはごまかして(主にロボットアニメのネタを使って)いるのだが、あくまでも隙間を埋める話題としてならはぐらかして答えるのであって、真剣に聞かれたらそう返す必要がある。

 

 とはいえ、貴方が「現実的に考えて」役に立たないだろうと捨てたものだ。今更ゴミ箱を漁ったとて、惨めな思いを感じるだけだ。

 そんなのお断りだ。もう惨めな思いを重ねるのはもう飽きた。

 ……そう思っていたはずなのに。

 

 ──人の役に立ちたい。

 

 ポツリ、と。貴方は漏らす。意図に反して。

 

 ──人の役に立って、成果を誇れるような人になりたい。

 人を傷つけない成果が欲しい。誰もが喜んでくれる成果がほしい。

 

 そんな夢を、静かに話した。

 ……まあ、結局は過去の、愚かだった貴方の話に過ぎない。

 人の汚さを直視し、計略して利用しようとしなかった愚か者の、愚にもつかない話だ。

 ホシノにも話していないだけで正確には過去形の話であるし、どの道潰えた話だから、結局は産業廃棄物漁りも同然。つまりは役に立ちようもない。

 どれもこれも「したかった」「なりたかった」の話だ。向き合うだけバカを見る。

 そんな向き合ってきてバカを見てきた夢を再び掲げるなど、それこそ今浮かんでいる星を掴もうとするような愚行だろう。

 脱出できる確率の極端に低い蜜蝋(みつろう)接ぎの羽の翼で飛び立つ程、貴方はかの大工のようになりきれない。

 一度墜落したのに、また自分を過信して墜落するなど勘弁だ。

 外を夢みて、飛び立とうとする人の背中を押し出してやる程度の人間にしかなろうと思わない。畜生にも善人にもなりきれない中途半端でしかない。

 

「……うん、いい夢だと思うな」

 

 ──そうやって嫌悪していた自分の夢を、ホシノは肯定した。

 

「そうやって夢を見たって、何も悪くないんだから。人のことを助けてあげたい──そんな普通の夢を誇りに思っちゃいけないなんておかしいでしょ?」

 

 否定する。

 

「誇りに思っちゃいけないなら、なんで私はアビドス復興なんて夢物語に手を伸ばしたんだろうね、スミカ。私はこんな夢、諦めた方が良かったのかな」

 

 有り得ない。それだけはありえないと、貴方はまた否定する。

 

「じゃあなんで私は1番の友達の夢を否定しなきゃいけないの?」

 

 ……口を閉じる。反論しようにもできなかった。

 

「……スミカがやっていたみたいに応援させてよ。私とユメ先輩のことを、面倒くさそうな顔しながら手を差し伸べてたみたいに」

 

 そうか、と。貴方は一言だけ呟いて黙りこくった。

 

 ──いやな気分だ。

 また夢を見ようとする気にさせられてしまう。

 

 

 

 帰っているその終始、貴方はしばらく口を閉じていた。

 妙に視界がぼやけていた気がするが、きっと気のせいだろう。




夢やぶれて自嘲する癖が付いたけど理想家に対してはうんぬんかんぬん言いながら素直に背中押せないけど手助けはするめんどくさい性格のキャラクターが好きって話する?
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