貴方は一般的な生徒である。 作:ホシのユメ
遠路はるばるからミレニアムからアビドスという長距離を自分の脚で走るという人間離れした技を駆使し、貴方は朝方から延々と走り飛ばしていた。
その速度は時速に直して105キロメートル。地球の地上で最速の生物であるチーターの最大速度とわずか5キロメートルの差しかないと言えばそのマシンスペックの高さが伺える。
しかもそのチーターも代償として身体の持久をかなぐり捨て、その結果として最大速度を発揮できる範囲が200から300メートル内という欠陥ができたのだから、マグロが如く速度を変えることなく、その癖フルスロットルで走り続ける貴方は純粋に身体スペックがイカれていた。
また追記するのであれば少しだけ速度を緩めた時間もたった一度だけであり、それもコンビニで朝食を買うためであって、時間に直すのであれば数十秒とかなり短い単位。
しかもあくまでも買うための時間であって、食事の時間はフルスロットルで走っている。
貴方は純粋に生物として何かが狂っていた。
単なる先祖返り(それも文献そのままなら娘の劣化版である)と言われればそれまでだし、世間には貴方越えのバケモンなキヴォトス人など思っているより多くいる。
例えば又聞きで得たトリニティの怪力シスターとかトリニティの出力オバケお嬢様とかトリニティの風紀委員とかホシノとかネルとかだ。
当時聞いた時はトリニティはバケモンの巣窟なのかと疑問を生じざるを得なかった。貴方が知らず、また外聞を令嬢が通う生徒と金銭の暴力で成り立つ三大校としているだけで、本当は総裁の娘みたいなバケモンが闊歩しては武力の蠱毒でもしている環境なのかとも思わざるを得なかった。
それなら一度トリニティ在学だと言っていたネッ友の1人がコントローラーを巻き込んで机を叩き折ったかのような音が聞こえたのも納得なのだが。
──そんなことを回想しつつも、さてと貴方は口に出し、目の前のタスクへと意識を明確に向けた。
貴方の口から言わせてみれば、トリニティが魔境であることや仕方なく一瞬だけ止まって買ってきた朝ごはんの量が少なくて(企業の悪徳とかではなく貴方の燃費があまりにも悪すぎるからである)腹がくうくう鳴っていることも、また例えば貴方が寝る瞬間だとしても、あるいは病に掛かっていたとしても。
──そんなことは全て至極どうでもいいことである。全ては小鳥遊ホシノのためなら簡単に投げ捨てられる事柄にすぎないものであって、その他の赤の他人がどうしたこうした、あるいは自分がどの最中であるかなど、付属にこそなりはすれ本題には決してなり得ない。
時折『赤の他人』に気を取られるのも、普通の人間がコンクリートを突き破って生えてくるタンポポに目を取られているのと同じことである。
おお、凄いド根性タンポポだと気を取られ、友人あるいは友人モドキとの話題の種にすることを思いつきつつ本命の藤園までまた歩いていくのが普通だろう。
こんなものを本命だと思って大の大人がいつまでもマジマジと見ているはずがあるまい。
貴方からすれば、ホシノ以外の赤の他人などそこらに生えているタンポポと同義。本命の紫が美しく咲き乱れる藤園には遠く遠く、どこまでも遠く及ばない。
少なくとも、今の貴方はそう思っている。
と、アビドス高校の現校舎に到着した。正門は休みの時期だからか閉じられていたが、自分自身は名誉生徒会の一員であるからと珍しく名誉生徒会である特権を振りかざして門を乗り越え校舎内へと入る。
しかし一転、普段の閑静さとは違う嫌な静けさが貴方にこう思わせる。
いやに静かだ。気味が悪いほどに静かだ。何かしらの音楽──できればバカバカしいと笑える歌を流して誤魔化したい。
さながらあの時の葬式のようだと、貴方は思い出したくもない葬式の光景を思い出す。
詳しく述べることはしない。
だが貴方が人間不信を拗らせ、常々から人を疑い厭うような性格と化した──その一因となった事だけは確かだ。
嫌な記憶だと一つため息を付きつつも委員会本部へと歩き。
「──スミカッ!」
いつもの呼びかける声が聞こえ、しかし焦燥感で満ちているような感触がある。貴方はいつもの茶化し癖を抑えて相対する。
髪は整えている様子がないらしくボサボサであり、目には深い隈ができている。
制服はシワが着いていて、身だしなみも整えている様子がまるでなく、女性としてありえない無精を小鳥遊ホシノの元来の見た目の良さでどうにか誤魔化しているような状況だった。
「ハァッ……ハァッ……ごめん、スミカ……本当は私一人でどうにか終わらせ、たかったんだけど……」
いつもの独りよがりでこうもなろうか。およそより大きい問題に発展しているに違いない。
貴方は脳内で当たりを付ける。
貴方内部だとユメキチで名の通るホシノだが、その付近にはユメがいない。ということはユメが関連する事象に違いない。
そして自分を呼んだということはホシノ単独でさえ解決できない問題。その段階でまず詐欺企業かに捕まったという線は消えるだろう。
ファイター最強を唄うパチモンのオールマオウ(本当に強い。あくまでもパチモン内ではの話だが)でもホシノ単独にボロ負けするし、かのカイザーでさえ対処出来ないのだから、対処できないなどとは考えられない。
おおよそ例の機械大蛇か黒服か、はたまたあるいは。
「……ごめん。ユメ先輩を一緒に探してほしい……」
なんとなく付けた当たりそのままであることに少々複雑な気持ちになる(過去に喧嘩別れになり、仲裁役になった経験が2回ほどある。今回もそういったものと考えた)が、それはさておきと貴方は早々に割り切った。
ホシノの尊敬する先輩探しに、一体どうして協力しない理由があろうものか。
貴方は事情も聞かず、真剣さを増した顔で快諾した。
1日目。
とりあえずは身だしなみを整えてから捜索してほしいということを伝え、まずは貴方一人で探し出すことにした。昼頃からはちゃんとした身なりに着替えたホシノも参加し、総勢2人の捜索活動となった。
今日も痕跡は見つからなかった。
3日目。
衣服を何日も連続で使い回すのが気に食わないのでアビドス付近の衣服量販店で幾つかを揃えることにした。
洗濯は仕方ないのでコインランドリーで済ませることにしたが、できれば頼りたくはなかったと貴方は思っている。
いくらCEOの娘であるからといっても、不要な出費はできる限り抑えておきたいというのが貴方の心情だからである。
ホシノのメンタルは多少安定してきたが、ユメが見つからないことにはやはりぐらついている様子が伺えている。
今日も痕跡は見つからなかった。
5日目。
貴方が知るサバイバル生活の掟として『3の法則』がある。
端的に説明するのであれば、酸素無しでの生存可能時間は3分間、水分補給無しでの生存可能時間は3日間、食料補給無しでの生存可能時間は3週間というもの。
──そこから考えれば、梔子ユメの生存は絶望的だと考えられる。仮に水筒を持っていて、脱水症寸前で少量ずつ飲んでいたとしても、およそ保つはずがない。
さながらミイラのように乾いて死んでいるかそれとも栄養失調で倒れているか、はたまた何らかの襲撃でも受けて袋叩きにされてから前述の2つの末路か。
苦しんでから死んでいるかより酷く苦しみ抜いてから死んでいるかの差異でしかない。貴方は脱水症で死にかけた覚えがあるからこそよくわかる。
──だからこそ、この段階で見つからないのならもう死んだと割り切ってしまい、天の成り行きに任せるべきだろう。
そう言い出すのはなぜかはばかられた。
貴方の
だがそれでも貴方は何度も唱えた。そうでもしなければ誰がホシノとユメの無謀な行為にブレーキをしようものか。
それに、自分自身の理論が間違っているとは思っていなかったというのもある。少なくとも貴方の中においては最も合理的な選択を提示しているのだから。
そんな貴方が、異議を唱えることさえもはばかられるなど今までになかった。
今もなおユメを懸命に探し続けるホシノの内心を珍しく慮ってのことだろうか。
──それとも貴方の心に浮かぶ、ぼんやりとした『何か』に答えを出したくないのだろうか?
貴方は果たして、そのどちらかであるかなど分からなかった。
今日も痕跡は見つからなかった。
10日目。
この日から貴方はずた袋を持ち歩くようになった。
およそホシノが死んだなどと認めるはずもなく、ではもし遺体として発見されたのならどうやって持ち運ぶのかを考えなければならないとなったとき、ずた袋に入れて運ぶべきだろうと貴方は考えたからだ。
……実際の所、死んだだろうとは思っていても、貴方はそれをホシノに伝えておらず、また他にも言っておらず、そして貴方自身でさえも口に出していない。
理由など当然、伝えることがはばかられるからだ。
──それ以上に、貴方が『何か』に名を与えたくないから、というのも否定できなかった。
人を亡くして感情的になるなどもう結構。貴方はその一心で、心の奥底に埋め立てていた感情であった。
今日も痕跡は見つからなかった。
21日目。
日に日に少しづつ貴方への当たりが不安定になっていくのを感じている。
「スミカならこんな状況をどうにかしてくれるって思ったのに!」と強く怒鳴り散らすことがあれば、「ごめん……さっきは怒ってごめん……いなくならないで……」と涙声で貴方の胸元に顔をうずめて泣く。
貴方も、慣れない状況とどうすればいいのかわからない葛藤とで板挟みになっている。
口を開いては何も言わず、また何かを言おうとしては口を閉じる。
貴方が伝えられたのは、今日から3日は部屋で安静にしているべきだということだけだった。
それと追記だが、一応理由は伏せてドローンを要請し、それが今日やっと届いたのだが、どうも砂塵の環境がドローンの稼働にあまり適していないらしく、現状では砂の少ない地域でしか使えないのだという。
その点ではあまり役に立たないだろうが、無いよりはマシだろうと貴方は割り切った。
今日も痕跡は見つからなかった。
25日目。
21日目からはホシノがいない代わりにと文字通りの意味で三日三晩寝ずに、そして何も食べることなく探したがもはや笑えてしまうほどに何も見つかっていなかった。
合理主義を主軸とする貴方にしては随分と非合理的な行動であり、そのツケが表出した結果が1日休み。朝に気絶するようにベッドへと倒れ込み、気づいた時には辺りには星々が浮かんでいるような夜空。
やらかしたな、と貴方は苦笑いしかできなかった。仕方なくその日はホシノに任せていたが、それを貴方は少しばかり反省している。
ちなみにホシノからはそれはそれは恐ろしい形相で叱られた。「もう二度と度を超えた無茶なんてするな!」と叱られた。それはホシノ、君もだろうと貴方は強い語気で言い返したくもなったがすんでの所で堪え、作り笑いをして承諾した。
──貴方の中で燻る『何か』は今や言葉を与えられていないだけの確固たる形を得たものへと変貌している。
貴方はそれを過去の葬式で経験している。
人間の本性は悪意であると知覚した瞬間。無垢で健全な精神の人間を羨むようになった瞬間。自分自身はそれとはもう程遠い人間になったのだと自覚させられた瞬間。
それらと同時に、心の奥深くに刻みつけられている。
26日目。
無駄に回復能力が高い貴方は1日程度休めば捜索活動に即時復帰できる程度にまで体力を確保したのだが、当の小鳥遊ホシノはミノムシがごとく引っ付いていた。
およそ3日ほど無理をした貴方の監視のためだろうが、普段からどこぞのピンキーヘッドなラーの目のように常日頃から無茶をしている人格ではない。
そもそも人手を増やすために貴方を呼んだというのに、その呼んだ人物の捜索活動に常日頃から引っ付いていたらそれは俗に言う本末転倒ではないだろうか。
貴方は考える限り合理的にそれを提言したのだが「うっさい! スミカが無理するからだ!」とホシノにしては珍しい正論と共に鋭い視線で突っぱねられた。貴方が無理した結果ほぼ一日中眠りこけていたのは事実なので否定もできなかった。
今日も痕跡は見つからなかった。
29日目。
残すところは1箇所となった。
同時に、おそらく死んでいるだろうという見切りを貴方は付けていた。
前述の『3の法則』を考えるなら水分があっても餓死は免れないだろうし、第一水分も確保できるような環境ではなかった。ここ29日──ホシノが一人で捜索していたのも含めれば32日間は曇りの日こそあれ、たったの1日とて降雨することはなかったのだから。
よって常識的に考えれば──それこそユメがクマムシの子孫か究極生命体だったというトンチキでもない限りは、死んでいると考えるのが妥当。
そんな冗談を誰もいない夜の屋上で、一人でほざいては乾いた笑いを飛ばしている。貴方もホシノの精神状態を笑ってはいられない程度にはやられてきているのかもしれない。
できれば『何か』になど気づきたくない。
貴方は一言だけ夜の空に吐き捨ててから、寝床に戻った。
30日目。
発見した。
ユメの遺体状況に際してはあえて言うまい。
ただ、貴方はやはり自覚した。自覚してしまった。
それのつまるは『近しい誰かを喪った時の痛み』であり──二度と経験したくもないものだった。
だからこそ、か。
知らず知らずのうちに、独り言を零していた。
「……ここにいたんですね、ユメ先輩」
奇しくも隣のホシノが発した言葉と同じであった。
中身入りのずた袋を担ぎ、貴方とホシノはアビドス校舎へと戻った。
万年笑顔を浮かべている貴方とて、元を辿れば人の子である。性根の乾いた人型の怪物ではない。
悲しいときは悲しいと思う。苦しいと思うときは苦しいと思う。怒りも感じるし、羨みもする。
──だからこそ貴方は笑うのだ。いつもと変わらないように、何も無かったかのように笑うのだ。
──笑えば理不尽な目に合わない。笑えば不必要に苦しまない。笑えば不合理に痛めつけられない。
得をするために笑う。
──悲嘆に暮れれば付け入られる隙になる。怒ればより大きな力で押さえつけられる口実になる。無表情でいれば不気味だと迫害される。
損をしないために笑う。
楽しいか苦しいかどうかは関係ない。理由も原因も全て関係ない。
魂に刻みつけられた、貴方の信念。
それをたかだか『懇意にしていた先輩一人が死んだ』程度で振り解いてはならない。
その鎖を引きちぎれるほど強くはない。
抜け道を見つけだせるほど賢しくもない。
貴方は知識はあれども愚かである。肉体的強者であれども精神的弱者である。
傀儡のように『生きているなら笑いなさい』という敬愛していた人の言いつけを、愚直に守るしか貴方にはできないのだ。
こんな自分を嫌いになっただろうか。こんな自分を見捨てたくなっただろうか。
小鳥遊ホシノに後ろめたさを感じながら、貴方は何も言わずに袋を運ぶ。
「……ね、スミカ」
ふと、ホシノが口を開いた。
非難するような声色はない。侮蔑するような声色もない。縁を切ろうという魂胆もない。
貴方を親友と見ているのがわかる。心から頼れる人だと思っている時の態度で、だから貴方は聞きたくなかった。
「……もしかしたらこの後の事で色々と頼ることがあるかもだから、さ」
──諦めを帯びた声色を。夢から醒めたような声を。
駄目だと貴方は情に任せて叫びたかった。
現実を見たとてあるのは汚さだけで、救いにもならない。ホシノのような理想が綺麗で、こんな、なんの意義も持たない現実主義などが、支えになるはずがあるものか。
言葉に突っかえてでもこう叫んでしまいたくて。
「……その時は、よろしくね」
──だがそれが貴方という現実主義者の言うべきことだろうか?
知っている。
理想を見たとて現実の差異で苦しむだけだと。理想や感情論などただ人を苦しめるだけの幻想であるからと。だから今現実を知って良かったのだと。
貴方の合理性がぎゃあぎゃあと堪え性のない子供のように喚く。──貴方は、いつも通りに従った。
叫びを噛み砕く。刺々しい叫びが砕け、口の一帯へと突き刺さる。ザリと、どこまでも不愉快な舌触りがする。
口内と喉に走る幻の痛み、ふざけた様な味を堪えながら無理に飲む。
走る激痛で吐き戻したくなるのを、糞と吐瀉物を染み込ませた雑巾を思わせる味で飲み込むのを拒否して口に手が伸びるのを、拳を握って我慢する。爪がくい込み、血がつぷと指先に付着する。
永遠にも感じられるような激痛と味がほんの少しずつ弱まっていく。
──そんなものが正しい訳あるものか! 正論が助けになるものか! お前はクズだ、クズ野郎だ!
封されていく怨嗟を残して。
長く、長く、永く堪え。
──一生、許すなよ。
そう貴方を呪い、完全に消えた。手のひらに残された血だけを残して。
なんともなかったような笑顔で──しかし悲嘆がほんの僅かに滲んだ目元で。
貴方は快諾した。
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