迷い込んだが乙女ゲーム、生まれ変われば悪役令嬢、斬って捨てるは悪しき者共、喰い止めるべきは異世界滅亡   作:渾沌炎

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第一話『妖刀/覚醒』

 きっかけは、ささいなことだった。

 

「あれ、私……?」

 

 公爵令嬢ヴィオラ・クラシカルトは、ゆっくりと体を起こした。

 ヴィオラは今、通っている学園の庭園にいる。

 取り巻きの女生徒たちと共に歩いてたところ、足を滑らせて運悪く花壇に頭をぶつけてしまったのだ。

 

 そして頭をぶつけたことにより、ヴィオラの頭脳は一気に前世の記憶を思い出した。

 前世のヴィオラは、日本に住む普通の女子高生だった。

 そしてある日、トラックに轢かれて命を落とした……そんなことを連鎖的に思い出し、吐き気を感じて口元を抑える。

 

「だっ大丈夫ですかっ!? ヴィオラ様!?」

 

 数人の取り巻きの一人であるセレナ・ネイリスが駆け寄り、ヴィオラの体を支える。

 

「あ、あー……うん。大丈夫」

 

 ヴィオラはよろめきつつも立ち上がる。

 前世と今世の記憶が混濁しようとしている頭を何とかシャキッとさせるため、両頬を自分で叩いた。

 セレナにはそれが奇怪な行動に移ったのか、ヴィオラの隣でオロオロとする。

 

「ごめん、何でもないよ。ちょっと頭がフラフラしただけ」

「ヴィ、ヴィオラ様? 何か口調がいつもと違うような気がするのですが、保健医の先生に診てもらった方がよろしいのでは……?」

「あ、いや全然大丈夫だって! そろそろ昼休みも終わるし、教室に戻ろう?」

 

 いつもと様子が違うヴィオラを、セレナたちは心配そうに見つめつつも、ヴィオラの言う通りにして教室へと歩き始める。

 

「私は一体……」

 

 とりあえず教室へと向かいつつ、ヴィオラは頭の中を整理する。

 ヴィオラの前世が日本人だったこと、交通事故に遭って死んでからこの異世界へ転生したこと。

 この二つは驚きはしたものの、今のヴィオラにとってはさしたる問題ではなかった。

 そうなっている以上、そうなることもあるのだろう、といった感じだ。

 

 しかし問題は、今の世界がどうやら前世で少し触れた『乙女ゲーム』を下地にしている異世界だということだった。

 その乙女ゲームは、前世のヴィオラの友達がやり込んでいたゲーム。

 友達の熱烈な布教により、ヴィオラも触りだけプレイしたことがあった。

 

 そしてその触りをプレイした時の知識によれば、ヴィオラ・クラシカルトはゲームで言う敵役……悪役令嬢のポジションにあたるらしい。

 悪役と言うぐらいなのだから、最後は勿論主人公に負けるポジションだ。

 人生の成功などあったものではない。

 

「ゔーん、人並みに良い人生送りたいなら、やっぱりここから何とかするべきだよなー……」

「ヴィオラ様?」

「ん、あぁいや、なんでもない!」

 

 未だ心配そうにしているセレナたちを落ち着かせつつ、ヴィオラは今後のことを考える。

 

 前世の記憶が戻ったことによって、ヴィオラは自分の過去の行動を今一度見つめ直すが、前世の価値観を基にすると、ヴィオラの今までの行動は酷いものだった。

 両親に蝶よ花よと育てられた挙句、誰に会ってもつけ上がった振る舞いをするようになり、褒められるような点は性格以外の部分、それこそ流麗な容姿ぐらいしかなかった。

 我ながらこまっしゃくれたガキだったな、と今のヴィオラならそう考える。

 

 これからの人生は今までの態度を改め、誠実に生きていこう。

 一瞬でヴィオラ・クラシカルトとしての価値観が変わったことに自分で驚きつつも、そう決意を固めてヴィオラは確かな足取りで教室へと向かった。

 

 ― ― ― ― ―

 

 教室へ着くと、後ろの席に人だかりができていた。

 その人だかりを見たセレナはヴィオラの方を向く。

 

「ヴィオラ様! もしかしてザイル様が来られているんじゃありませんか?」

「ザイル……様」

 

 ザイル・ロウウィード。

 ヴィオラの婚約者かつ、この学園があるロウウィード王国の第三王子である。

 ヴィオラの婚約者と言っても、今までのヴィオラはザイルにも横暴な振る舞いを繰り返していた。

 ザイルには嫌われていたが、それでも学園に来ているというのなら挨拶ぐらいはせねばなるまい。

 

 そう思って、そろそろとヴィオラは人だかりに近づいていく。

 人だかりの一番外側にいた生徒がヴィオラに気付くと、すぐ横の生徒たちを小突いて道を開けさせた。

 

 人だかりが割れると、そこにはザイルが腕を組んで座っていた。

 癖のある逆立った金髪と整った顔立ちが特徴的だが、その顔はヴィオラを見るとうんざりとしたものへ変わった。

 

「またお前か、ヴィオラ」

「ご、御機嫌よう……?」

「なんで疑問型なんだ。挨拶ぐらい堂々としたらどうだ」

「あ、いや、嫌われてる人にどうやって声をかけたらいいか、一瞬悩んでしまって……」

 

 ヴィオラの言葉に、ザイルは拍子抜けしたような顔を見せる。

 

「お前、いつもは人の顔色なんて鑑みないのに、どうしたんだ一体? まさか頭でも打ったか?」

「そ、そうなのですよ、ザイル様! 先程ヴィオラ様は庭園で転んでしまって!」

 

 セレスが我慢できずにザイルに話す。

 ヴィオラはどういう言葉を発していいかわからず、モニョモニョと口を動かしながら黙り込んだ。

 

「ほう。少しはじゃじゃ馬のような振る舞いが治ったか! それは良いことだ」

「じゃ、じゃじゃ馬なんて。ヴィオラ様は他の人より少し元気が良いだけです! ね、ヴィオラ様?」

「あ、あー……いや、よく考えてみると私の今までの行動は、割とカスだったって言うか……」

「か、カス!?」

 

 普段のヴィオラからは出ないような言葉が飛び出したことにより、セレナはショックを受けたように口元を抑え、ザイルは虚をつかれたように眉を上げる。

 

「どうやら相当酷く頭を打ったらしいな。一応医者に診てもらった方がいいんじゃないのか?」

「あ、いや大丈夫です。挨拶も済んだし、じゃあ私はこれで」

 

 気まずくなったヴィオラはそそくさと自分の席へと戻った。

 人だかりの生徒全員が驚愕の表情で固まる中、ザイルは一人ため息をつく。

 

「まぁ、己を省みるいい機会になったようで何よりだ。ほら皆。もうそろそろ授業が始まるぞ」

 

 その言葉で現実に引き戻されたのか、生徒たちはぞろぞろと席に着いていく。

 それを見ながら、ヴィオラは今後の学園生活をどう過ごしていくべきか、一人考え込むのだった。

 

 ― ― ― ― ―

 

「これが極東の国、キョウコクから取り寄せた妖刀『黒牢(こくろう)』です。皆さんのほとんどは、妖刀を見るのは初めてでしょう」

 

 壇上で教師が説明するのを、ヴィオラはボケッとした顔で聞いていた。

 教壇には、ガラスケースのようなものに入った一本の刀が置かれている。

 刀の鞘は、見れば見るほど吸い込まれそうな艶のある黒色をしていた。

 

「この妖刀には魔法が込められています。皆さんの中にも魔法が使える人が数人いると思いますが、この妖刀は修練なしにいきなり魔法が使えるという、凄いものなのですね」

 

 教師の説明を流し聞きながら、ヴィオラは今後のことについて考える。

 恐らく、これから誠実な態度を取り続ければザイルとの婚約は解消されることはないだろう。

 

 ……しかし、それも『この世界の主人公の介入がなければ』の話である。

 どうやっても悪役というポジションから逃れられないのならば、ヴィオラがどれだけ態度を改めても、やがては破滅の道を辿ることになるだろう。

 そうなることだけは、何としてでも避けたかった。

 

 主人公、と言ってもヴィオラは主人公がどんな容姿をしているのかも、あまりよく思い出せなかった。

 ゲームをプレイしたこと自体も大分昔なので、記憶自体が曖昧になっている。

 

 俯いてそんなことを考えていると、ふと前方から視線を感じたのでヴィオラは前を向いた。

 てっきり、先生に『居眠りをしている』と思われて目をつけられたのかと思ったが、そうではないようだった。

 前方からの視線は感じるが、誰もヴィオラを前から見てはいない。

 

「……おかしいな」

 

 しかし、すぐに誰が……いや、『何』がヴィオラを見つめているのかがわかった。

 頭の中に突如、くぐもった声が聞こえてきたからだった。

 

『……娘、小娘。お前、俺の目線に気が付いたな?』

「誰?」

 

 思わず口に出したヴィオラを、不思議そうに周りの生徒が見る。

 しかし教師は気づかず喋り続けていたので、何も咎められなかった。

 

『誰、か。モノを問われたのも随分と久しぶりだな』

 

 頭の中の声は可笑しそうに笑った後、答えた。

 

『俺は妖刀。妖刀『黒牢』だ』

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