引き分け……誰もがアンナの勝ちだと思っていたその勝負は決着を先延ばしにした。
おれとアンナは目を回したポケモンの治療をしていた。
ミミロルには夥しい打撲の痕があるし、ラルトスにだって……あれ?傷が一つしかない。
お腹に一つ、打撲の痕があるがこれは恐らくミミロルのがむしゃらでかちあげられた時に出来たものだろう。
決着の経緯を考えていると、おれは一つの可能性に辿り着いた──
ラルトスは迫り来るミミロルのがむしゃらを避けることが出来ず宙に打ち上げられてしまった。
しかしラルトスはこの時まだ倒れていなかった。動かない体に対して頭だけは回り続けていた。
ラルトスには親しいもののきもちがわかる。薄れゆく意識の中、ラルトスはスグルのきもちを受け取ってしまった。深い深い悲しみのきもち。あれほど心の中を占めていたバトルの文字は一文字たりとも残っておらず、ただただ悲しみに暮れていた。
ラルトスはスグルの美味しそうにご飯を食べる姿が好きだった。ビリっとするアイスを噛んでしまった時の間抜けな姿が好きだった。
ラルトスはスグルに悲しいきもちになって欲しくなかった。全てを諦めたような気の抜けた顔をして欲しくなかった。
ラルトスは己を悔いていた。スグルのきもちに応えられない己の弱さに、どうしようもなく震えてしまう己の体に、いつも守ってもらってばかりで己がスグルを守れていないことに。
ラルトスはもう後悔したくなかった。なんとしてでもスグルを笑わせたかった。
最後に放ったミミロルのとびげり。ラルトスはもしかして自分で避けたんじゃないか。
──ラルトスは最後の最後まで諦めていなかったんじゃないか。
そんな可能性に思い至ったおれは確認せずにはいられなかった。
「アンナ、ミミロルの足!怪我してない?」
「わっ!なんや突然!……えらいガッツリぶつけたみたい、すごい腫れてんねん……」
アンナは心配そうにミミロルの膝を見遣った。
やっぱりそうだ、ラルトスは最後の最後でとびげりを避けたんだ!
もしかしたらそんなことはなくミミロルが外しただけかもしれない。だけど、おれにはどうにもそんな風には見えなかった。
それにもし避けてたとしたら、おれはラルトスに申し訳が立たない。
アンナは最後の最後までミミロルを信じて戦い続けていた。ミミロルもそれに応えて文字通り死力を尽くした。
でもおれはどうだ?死力は尽くしていたつもりだった……けど最後の最後まで諦めずに期待に応えようとしていたラルトスをおれはみてすらいなかった。傷付くところを、負けるところを見たくなくて目を逸らしていた。文字通り死力を尽くして抗う姿を見ようともしていなかった。
挙句ラルトスより先に自分の心配?先の未来の心配?
おれはポケモントレーナー失格だ。トレーナーがポケモンを見放してどうする。
──結局、おれはラルトスのことを対等なパートナーだなんて見ていなかったんだ。
「ごめん、ラルトス……」
……き、きゅ……りぃ……?
ラルトスは振り絞るような声で心配そうに鳴いた。
今だってそうだ、倒れているラルトスを見て守ってやらなきゃだなんてそんな風に考えている。……そうじゃないのに。
おれはずっとバカな思い込みをしていた。初めてラルトスに出会ったあの日から……ラルトスは守ってやらなければならないか弱い相手だと、蝶よりも花よりも丁重に扱うべき我が子だと。
でも違った。ラルトスは独りでも強かった。ポチエナの群れに追い立てられても、トレーナーに見放されても最後まで抗うほどに。ラルトスはおれと対等になろうと頑張っている。
おれが差し出した手を取ってくれたあの時から、パートナーになってくれと言ったあの時から。おれはラルトスと対等になるべきだった。
ラルトスがトラウマに震えている時、おれがするべきは土下座じゃなく隣にいて一緒に戦う事だった。
思い返せばおれはずっとラルトスの強さにその甘さにおんぶにだっこだった。恥ずかしい限りだ。
でもやっと気付けたんだ、おれが今するべきは後悔ではない。
おれはだいぶ回復し、顔に元気を取り戻して来たラルトスに向き直った。
「ごめんラルトス、おれ間違ってた」
きゅりぃ?
突然謝り出したおれにラルトスは不思議そうな顔を向ける。この顔に甘えて来たんだ。幾度となくこの顔に助けられて来たんだ。
「おれ今までラルトスのこと対等に思ってなかった。守るべき相手、そんな風に思ってた……でもやっとそうじゃなかったって、間違ってたって気付いた」
「遅くなってごめん、気付かなくってごめん。でももう一度だけ、もう一度だけチャンスをくれないか?こんな不甲斐ないおれを、弱虫なおれを、パートナーに選んではくれないか?ラルトス」
一度ラルトスを見放したんだ、約束を違えたんだ。拒まれたとして何一つ文句は言えない、けれどもし、やり直せるチャンスをくれるなら。今度は間違えない……そう約束させて欲しい。
しばしばする目をかっぴらいて真剣な目で見つめる。
きゅりぃ!!!
ラルトスは差し出した手を無視して真っ先におれに抱きついてくる。
伝わったことの嬉しさと許されたことの喜びでおれは人目も気にせずに涙を流し抱き返した。
あぁ、本当におれはこの甘さに弱い……
突然泣いて抱き合い始めたおれ達をアンナは待ってくれていた。
「さて、引き分けになったんやったらやらなあかん事があるとうちは思うねん」
「……もう一戦、今度はおれ
「なんや雰囲気変わった?でも今度こそうちらが勝つで!」
すっかりあたりは暗く、月明かりだけがこの場を照らしていた。初めてラルトスと出会った日から……思えばいつも暗かった気がする。それでも夜はまっくらなだけじゃない。満天に輝く星がある事を、いつも見守る月がある事を、すぐ側にラルトスが居てくれる事をおれはもう知ってるから。
今のおれとラルトスは誰にだって負ける気がしない。
「いくぞラルトス!」
きゅりぃ!!!!!
「いくでミミちゃん!」
ろろっ!!
火のように燃え上がる闘志が4つ。今この場は世界で最も熱い場所だった。
「「絶対に勝つ!!!」」
「ラルトス!ねんりき!」
先手を取ったのはもちろんおれ達、だけどさっきまでと違うところが一つあった。
バトルが始まるや否やミミロルが歩き出したのだ。
何を考えているかはわからないが距離を詰められる事は避けたい。ペースを取るためにもここはテレポートよりねんりきでよかったはずだ。
「それはもう十分見たで!」
そんな考えが打ち砕かれたのはアンナの一声だった。
ラルトスが慣れた手つきでねんりきを放つと、それは不可視であるにもかかわらず、でんこうせっかの急加速で斜め前に切り抜けることで避けられた。
「……ッ!テレポート!」
加速したミミロルはラルトスのすぐ隣まで迫り拳を突き出す。間一髪、テレポートが間に合い距離を取ることに成功する。
頬を嫌な汗が伝った。
「何をした?」
なんだ何をした?ねんりきは不可視のはずだ、おれにも見えていないことから間違いない。
しかしミミロルはいま明らかに避けた。まるで見えているかのように。
「何って避けただけやで?」
「それはおか──」
「おかしい、ねんりきは見えないはずなのに。そう顔に書いてんなぁ」
「ラルトスちゃんが打ってるそのねんりき、確かに見えへんけどそれだけ予備動作があればどこを狙ってるかからいつ着弾するまで丸わかりや」
そう言ってアンナはラルトスの手を指差した。
たしかにねんりきを打つときラルトスは手を合わせて狙いをつける……とはいえそれだけでねんりきを攻略するのははっきり言って異常だ。
アンナを見遣ればこれだけの事をしておきながら得意気な様子もなく、当たり前……落ちてたゴミを拾った時と変わらない顔をしていた。
さっきの自傷覚悟のスタミナ勝負といい、ねんりきを看破するその眼の良さといいバトル慣れしすぎだろ……
圧倒的なバトルの腕の差を見せつけられたおれは今回の試験で初めての高揚感を覚えていた。
必ず突破してみせる。