てっきりヒオウギを指定したのはチェレンジムリーダーになにかあるのかと思ったが、ママが言うにはそれだけじゃないようだ。
ベルって人がこの高台にいるらしい。おれのトレーナーノートには載ってない名前だ。いったいどんな人なんだろう。
「え?これ登るの?」
高台へと続く階段はパッと見上げただけでも100段以上あり、とてもじゃないが登りたくなかった。
「行きましょうスグル君!待たせるのもあんまりです!」
「そ、そうだな……」
元気いっぱいに意気込んだタロは軽快な足取りで階段を登っていく。なんでそんなに元気が有り余ってるんだ……いや、おれが疲れすぎているのか。
おれが重い足取りでのそのそと登ればタロは歩幅を揃えるようにおれの隣に並んだ。なんでも先に見てしまうのはなんか申し訳ないだとか。
別にネタバレじゃないんだから……と思ったのは胸の内に留めた。階段をゆっくり登るのは疲れるのだ。わざわざゆっくり登ってくれてるタロに申し訳ない。
そんな気を紛らわせるために明るい話を振ることにした。
「ベル……どんな人なんだろうな」
「確か金髪に緑の帽子……でしたっけ?なんだかお人形さんみたいですね、クールな感じじゃないですか?」
「おれは落ち着いた人だと思うな、山の麓に住んでる人って温厚なイメージとかあるし」
どうでもいい話を弾ませれば自然と足取りも軽くなってきた。あんなに長く見えた階段も気付けばあと僅か。
階段を登った先には転落防止の手摺りに身を委ねて遠くを見ている後ろ姿があった。
ふんわり肩に乗るような金髪はやや横広なボブカットで、両側に触角のようにぴょこんと跳ねた毛と頭に乗っかる緑のベレー帽が特徴的だった。
……間違いない、ベルだ。
少し物憂げな雰囲気を醸し出す彼女におれは恐る恐る声をかけた。
「あの……ベルさんですか?」
「ひ、ひゃい!」
彼女はビクッと跳ね、その拍子にカバンからモンスターボールを落としてしまった。
「ふええ……またやっちゃったよお……」
涙目でそそくさと拾う様からは先ほどまでのミステリアスな雰囲気は一ミリも感じられず、少しばかり残念な雰囲気が立ち込めていた。
タロの方を見遣ればタロもまたおれの方に顔を向けていた。恐らく思うことは同じだろう。
……
「いやあお恥ずかしいところをお見せしました……それでお二人は私になんの用でしょうか?」
ボールを拾い終え、緑のハーフパンツについた土埃を叩いてベルはこちらに向き直った。
「おれスグルって言います、こっちはタロ。おれのママがヒオウギシティに着いたらまずベルさんに会えって言われて来ました」
「す、スグ……どこかで聞いたような……うーーーん」
ベルは顎を摘み、明後日の方を向いて考え始めた。
少しすると思い出したのか合点がいった様子でニコニコしながら話しかけてきた。
「あっ!スグル君ね!君のお母さんから聞いてるよ〜ジムバッジ集めてるんだよね?」
「そんな感じです、ママにまずはヒオウギジムを勧められて……」
「完璧に思い出したよお〜!そうだ、一応ポケモン連れてきたんだけど見る?」
カバンから3つのモンスターボールを取り出して見せてくれる。今度は落とさなかったようだ。
とても魅力的な提案だがおれの答えは決まってる。
「遠慮しておき──」
「見たいです!」
「おっけい!今日連れてきたのは珍しい子達でね〜出ておいで!」
タロの強力な押しによってとんとん拍子に話が決まり、ノリノリで紹介し始めた。
「まずはこの子!くさへびポケモンのツタージャ!少し気難しいところもあるけどとっても賢い子なんですよ!」
「かわいいですね!
「お次はこの子!ひぶたポケモンのポカブ!とっても食いしん坊でいつもすんすんと鼻を鳴らしているよ!」
「かわいいですね!」
「最後はこの子!ラッコポケモンのミジュマル!手先がとっても器用な技術屋さん!見たものをすぐに真似出来ちゃうの!」
「かわいいですね!」
ふふんと自分のことのように胸を張るベルと目を輝かせて同じことしか言わなくなったタロ。
彼女らは会話しているように見えて互いにポケモンのことしか見えていないようだった。
その異様な光景におれは思わず頭を抱えた。
いつまでも続くかと思われたその光景は意外にもすぐに終わりを告げた。
っかぶ!
「え?なんですか!?あー!かわいい!」
ポカブがすんすんと鼻を鳴らしタロに近づいたのだ。
思えばタロの服は機内に充満していた食欲を煽る様々な料理の匂いが付いていた。
まるで目の前の推しが壇上から降りてきたかの如く、タロは溢れんばかりのかわいいを浴びてトリップしていた。
「タロちゃん!?」
「タローやばい顔してるぞー」
「……はっ!体が勝手に……」
己を呼ぶ声にタロはハッとした様子でポカブを手放す。人目に晒されていたことを自覚したのか少し俯いて弱々しくバッテンを作っていた。……見ないでくださいとでも言いたげだ。
普段の自信満々にかわいいを主張する姿とかけ離れすぎてイジりたい気持ちに駆られるが、茹蛸のように真っ赤になった耳を見て踏みとどまった。今イジったら違う理由で真っ赤になりそうな気がした。
「そ、そうだスグル君はこの子達、どう?」
「魅力的な提案ですがおれにはこいつがいるんで」
ベルも気を利かせてロクに反応していなかったおれに話を振った。
NOという言葉の代わりにおれはリュックの中で幸せそうに寝ているラルトスをベルに見せた。
「……素敵だね。君はきっといいトレーナーになるよ」
「ありがとうございます。おれ、ラルトスと行けるとこまでいきます」
「真っ直ぐな目、そっか。あの人の息子さんだもんね」
いつかはラルトスと2人だけじゃ壁にぶつかる時が来るはずだけど、今はまだ2人だけの時間を大切にしたい。そう思っている。
数十分前の物憂げな雰囲気を纏ったベルは何やら意味深なことを言った。ベルとママはどういう関係だったのだろうか。
そういえばママって何してたんだろう。
「あ、あの!」
すっかり赤みが引いて復活したタロが声を上げた。その声は緊張からか音量調節がバグっていた。
「その子!わたしに譲ってもらえませんか!」
タロはポカブを指差した。
さっきの事でメロメロになったらしい。
「わかってます!その子達は駆け出しトレーナーのためのポケモンだって、でもかわいくて……とってもかわいくて……!」
「ベルさん、わたし絶対その子のこと幸せにしますから!だから!どうかわたしにポカブを譲ってください!お願いします!」
タロは必死だった、なんなら土下座し始めそうな空気すら醸し出していた。
この場にいる誰もを圧倒しながらタロは続けた。
「おれに打診してきたってことは渡す予定のあるポケモンだったってことですよね、おれからもよろしくお願いします」
気がつけば口を出していた。必死なタロの姿がかわいそうだったからか、はたまた少しだけ試験中のおれに重なって見えたからか。
「んーだめ!タロちゃんはなんでかわかるかな?」
「あ……あっ……わたしが駆け出しのトレーナーじゃないから……ですか?」
ついさっきまで赤かった顔が真っ青に染まっていく、なんとも残酷だ。あれだけ必死だったんだ、文字通りメロメロなことぐらいおれでもわかる。
そんなタロにベルは真似るかのように大きくバッテンを作った。
「ブッブー!正解はタロちゃんが怖いからでした〜」
「こ、こわい……?」
「そうだよ、見てみてこの子達の顔を。タロちゃんに怯えて固まっちゃってる……どうすればいいかはわかるかな?」
音量調節失敗で大声からの必死な雰囲気のコンボはポケモン達にとってかなりビックリするものだったようだ。さっきまであんなに楽しそうにしていたポカブも今は息を潜めて大人しくしているほどだ。
タロはまたしてもハッとした様子で己の手を見つめた。
「みんな、驚かせちゃってごめんなさい」
「みんなかわいくて大好きです、ちょっと好きが溢れ出ちゃいました」
にへら。やってしまいましたと言わんばかりに破顔した。
そこには先ほどまでの鬼気迫る雰囲気はなく、いつものかわいいを主張する自信満々なタロの姿があった。
「あなたも、あなたも、あなたも」
「みーんなかわいいです!とってもかわいいです!!!」
っかぶ?
手を広げかわいいを主張するタロに反応したのは不思議そうな顔をしたポカブだった。
火を吹かせながらすんすんと鼻を鳴らせて広げられた手に向かって飛び込んだ。
「タロちゃん、ポカブはあなたのことが気に入ったみたい。連れて行ってあげて?」
「……はい!!!」
その日、旅の仲間が増えた。食費も増えた。
〜ベルの家〜
タロ「ポカブちゃん……かわいい……」
ポトポト
ベル「タロちゃん!?口からスープ溢れてる溢れてる!」
ガシャン
「ふええ……食器割れちゃったよお」
っかっぶ!
スグル「すげえ割れた食器溶かしてスープと一緒に飲んでる」
ベル「ふええええええ……」
タロ「かわいい……かわいい……」
スグル「誰かナントカしてくれッ!」
きゅりりぃ〜……