「チェレンさん、最後の技……あれなんですか?」
ベーシックバッジを受け取り、バトルの約束を交わしたおれはずっと気になっていたことを尋ねた。
するとチェレンは嬉々として黒板の前まで移動し、授業を始めた。
「そうだな、仮に名付けるとすれば合体技。これは最近僕がポケモン学会で発表した新しいテクニックだ」
「コンテストやダブルバトル、最近で言えばチャンピオンのサトシ君がやっていたようにポケモンの技と技は合わせることが出来る」
「それぞれの技の特徴を抜き出して全く新しい技として昇華する。それが合体技だ」
発想としては誓い技に近いものだろうか。誓い技が技をぶつけ合った結果偶然起きた化学反応だとすれば、合体技は技と技とを配合して品種改良するようなものだろうか。
「合体技の利点は主に二つ。一つは必殺技と言ってもいい強力な技が出来ること。もう一つは二つの技を一つの技として昇華することで指示で生じるラグを無くすことが出来る点だ」
必殺技……確かにチェレンが使っていた仇討ち一閃は瞬き一つで肉薄してくるかたきうちにでんこうせっかで更に速度を上乗せしていたことで反応することすら許さない、まさしく一撃必殺の技だった。
とは言え二つ目の利点に関してはおれとラルトスには関係のない話だ。常におれが指示するより早く汲み取って動いてくれるおかげでもはや指示ではなく実況となってる始末。
「通常の技より覚えるのが難しいのがネックだが、スグル君とラルトスは既に片足突っ込んでいるようだから習得も早いだろう」
「以上だ、何か質問があれば答えよう」
「わたしのところでは聞いたことがないんですけど、合体技はどれぐらい普及している技術なんですか?」
丁度気になっていたところをタロが聞いてくれた。
初見殺しの権化のような技。あらかじめ想定してなければ為す術なくやられてしまうことはこの身で知った。
だったらこちらも習得するか対抗策を考えなければいけないだろう。
「そうだな、今はまだジムリーダーぐらいしか実戦投入出来ているトレーナーは見たことがないが、直にバトルに熱心なトレーナー……それこそスグル君のようなトレーナーは取り入れるだろう」
少年のようにキラキラと目を輝かせながらこちらを向けてくる。圧倒的期待を込めた眼差しだった。
ジムリーダーにここまで言われたんだ、必ずモノにして強くなってみせなきゃポケモントレーナーの名が廃るってもんだ。
「いい目になったね。それじゃあ改めて……チャレンジャーとして初めての勝利を収めたことを祝わせてくれ」
スグル君、キミにはこれからポケモンリーグへと続く長い旅路が待っている。
どんな困難が待ち受けていようとも胸を張れ、仲間を信じろ。そして初心を決して忘れるな。
そうすればキミはきっと誰より強いポケモントレーナーになれるから。
祝福しよう。偉大なる旅路に一歩踏み出したその勇気を、その闘志を。
──おめでとう、キミは今日から一人前のポケモントレーナーだ!
チェレンの口上を聞いてすっかり感極まったベルとタロによって開かれた記念パーティは日が暮れるまで続いた。
「おべでどおおおほんとうによがっだああああ」
主役であるはずのおれを差し置いてガブガブお酒を飲んだベルは完全に出来上がっていた。
「ベルさん!?もう飲まないでください!完全に呑まれてますよ!?」
「ふええええどまらないよおおおお」
なんだこれ。
数時間前まで記念パーティだったそこはいつしか酒とゲロの臭いが充満する酒地ゲロ林と化していた。
ゲロ処理をする傍らで無限ゲロ製造機となったベルを止めるべく奔走しているタロを見遣る。
状況はあまり芳しくない。水を渡せば酒を割り出し、腕を掴めばマーライオンが完成する。
──寝よう。
付き合っていては夜が明けてしまう、おれは咽せ返るような臭いの部屋を後にした。
酒池ゲロ林の
「おれは確かに布団に入って寝たはず……」
思い返してみてもこんな木には覚えがない。だとすればここは夢の中、そう結論付けた。
夢にしては殺風景だと文句を吐いていれば、不意に全身に絡みつくような視線を感じた。
「……ッ誰だ!」
問いは視界の端にかかる靄に吸い込まれて消えてゆく。
しかしおれの問いに応えるようにソレは姿を表した。
捉えどころのない流線形のフォルム、頭部から漏れ出るピンク色に光る煙。
その特徴的な見た目が強制的に記憶の引き出しを開けた。
「まさか、ムシャーナ……?」
夢と密接に関係するポケモンで、頭部からピンク色の煙を発するその特徴的な見た目も、その全てが目の前の存在をムシャーナだと告げていた。
それでも脳が理解を拒んだ。
目の前の存在は記憶の中にあるムシャーナの様子とはかけ離れていた。
手足を畳んで浮いているはずが、地に2本の足をつけて意思を感じ取れない棒立ちをしている。
かわいらしく閉じられた瞳は限界までかっぴらかれており、真っ赤な目が瞬き一つせずこちらを見ていた。
ただそこに在るだけと言わんばかりに立ち尽くしているムシャーナ、しかしその目からはナニカを訴えかけられているような気がして……それが不気味だった。
思わず目を背けると目線の先には何故かムシャーナがいた。
ムシャーナは最初から存在したかのように微動だにせず立ち尽くしている。気付けばムシャーナは1匹どころではなく、おれと木を囲むように四方に1匹ずつ存在した。
ふと気付いてしまった。
四方にいるはずのムシャーナはおれがどこに移動しても常に正面を向いている。ムシャーナの裏に回っても正面以外を見ることは叶わなかった。
──ミられテいル
怖い、こわいこわいこわイコワイ……
おれは夢中で走り出した。不気味な視線に晒されていると気が狂いそうだった。
夢ならば早く醒めて欲しい。この小さな島に伸びている靄のかかった橋に飛び込んだ。
「いってて……」
飛び込んだ先は青々と生い茂る芝生だった。思いっきり顔から行ってしまい大怪我待ったなし……そう思われた。
「あれ?痛く……ない?」
転んだというのに土一つ付いていない体は、これがまだ夢の中であることを主張していた。
とはいえ先ほどの不気味な様子はなく、和気藹々とのびのびと暮らしているポケモン達の姿が見られた。
「サンギ牧場……そういえばヒオウギシティに来る時、道路案内板にそんな名前があった気がする」
メリープ、ヨーテリー、ミネズミ、果てはリオルまで。皆一様に楽しそうにしている。
夢見心地とはこのことだろう、ずっと見ていられる幸せな空間だ。
ば、ばうわああー!
遠吠えにも似た勇ましい鳴き声が幸せ空間を破った。
おれはこの鳴き声に聞き覚えがあった、つい最近聞いたあのポケモン……ハーデリアの鳴き声にそっくりだった。
「おいおい……夢の中はトラブルが起きないと気が済まないのか?」
声に誘われるようにおれは牧場に生えた木々をかき分けて進む。
途中、声の下へ向かうおれとは反対に、さっきまで楽しそうにしていたポケモンが怯えた様子で逃げてきた……どうやらかなりまずいことになっているらしい。
たくさんのポケモンと木々をかき分けながら声の下に辿り着くも、そこには灰色のローブに身を包んだ人がいるだけでハーデリアは居なかった。
……いや、ハーデリアと呼ぶには異質すぎるポケモンがそこにはいた。
忠犬を思わせるキリッと顔立ちは目まで覆う毛によって損なわれ、後ろ足が異様に発達したことで四足歩行から二足歩行へと変化を遂げていた。
そして体を覆う黒い体毛がマントのように伸びていた。
「ハーデリア!おねがい!話を聞いて!」
灰色のローブに身を包んだトレーナーと思われる人が叫んだ。
ハスキーで少し高い声が悲痛さを増している。
「ハーデリア!私よ!フラマよ!」
変貌したハーデリアのマントに泣きつくトレーナー。
見上げるような形で泣きついたことで灰色のフードが落ち、そばかす混じりの端正な顔が赤毛と共に露わになる。目に涙を溜めて懇願するその姿は捨てられまいとするポケモンのようだった。
ハーデリアはようやく女性を認識したようで、マントを翻し振り払ってしまった。
更にハーデリアは身を低くした。
──まずい、この構えは……!
今でも脳にこびりついているグラエナとの戦闘の記憶。
振り払ったことで女性を認識しているのは確かだ。加えて身を低くするあの行動、四足歩行のポケモンが噛みつき攻撃を仕掛けようとする時にやる狙いを定める動き。
間違いない、ハーデリアは今この女性を……敵と見做している。
ばうわああー!
合体技、ヒオウギの漢字を秘奥義と勘違いして生まれ落ちた独自設定。
サトシのカウンターシールドみたいにポケモンの技を面白く使いたい!という気持ちと厨二病が混ざった結果、技と技を組み合わせて新しい技を作って必殺技みたいにしよう!という話に。
ベルの「ふええええ……」を一度聞いた時から思ってたんですよね、酒カスベル概念いいなって。
え?それじゃ「ふええええ……」じゃなくて「おええええ……」じゃないかって?
ふ、ふええええ……