ポケットにあかいいと   作:奈火騎士

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好奇心はニャースをも殺す

 

 

 ピカチュウ探して三千里、木々の緑もかなり深くなって来た頃、それは突如起きた。

 

 フガーッ!

 

 鳴き声というにはいささか凶暴な声が森に響く、それは一度にとどまらず、むしろさっき吠えたのを皮切りにあちらでもこちらでも森に響かせていた。

 

「なんだなんだ、何があるんだ?」

 

 好奇心に駆られ、声の正体を確かめんと木々をかき分けて道なき道を進んで行く。

 

 フガーッ!

 

 近い、走ればすぐに辿り着くであろうほどの距離で声が響いた

 しかし、間近で響く声は吠えているだとか鳴き声だとかそんなものじゃないと体が直感する──

 

「……これは威嚇、それも明確な敵意を持った……」

 

 危険だ。そんな風に本能が告げてくるのに体は足をすくませて一向に動く気配がない。

 おれは息を殺して出来るだけ音を立てないようにその場に隠れることしか出来ないのだった。

 

 ──頼む、どうかバレませんように。

 

 そんな想いが届いてか声の主は僕の前を素通りしてくれたらしい、足音が遠のく度足の震えが収まる。

 上手くやり過ごすことに成功したおれは、声の主の後ろ姿を確認出来るだけの余裕が既に生まれていた。

 

 声の主はグレーの体毛を揺らし、危険な香りをプンプンと撒き散らしていた。

 

「ポチエナか……」

 

 そうして声の正体がわかると、先ほどまでの恐怖は晴れ、次第に好奇心が雲から顔を覗かせてきた。

 足がすくむようなアレは威嚇、あちらこちらから聞こえたのは遠吠え、集団で連携を取って獲物を追い詰めていたんだ。

 ポチエナ、かっこいい。今度はもう少し近くで見てみたい──

 

 本当に図鑑で見たのと同じ行動を取るポケモンを前に、おれはどうしようもなく興奮していた。

 だからさっき近くを通っただけでビビっていたというのに、あろうことか後をつけ始めてしまったのだ。

 

 盛り上がる少年は興奮のあまりこちらを振り返るポチエナに気付くことが出来なかった。気付いていれば、あるいはポチエナのその凶暴な顔と鋭い牙を見ていれば追いかけるなどという蛮行には走らなかったかもしれない。

 

 

 

 

 

 ポチエナ達がああいった威嚇行動を取る際はだいたいナワバリを侵されたとかそんなものだった気がする。

 見れるのだ、ナワバリ争いを。生で野生のポケモンバトルを。

 

「確かこっちの方に……」

 

 ポチエナを追いかけ、更に奥へ、奥へ。気付けば辺りはしんとしていてあんなに沢山いたポケモン達は1匹も見かけなかった。

 フリフリと揺れる灰色の尻尾に誘われるように歩みを進めてしまう。

 

 

 ポチエナはどんどんと奥へ進む、それすなわち逃げ場を断ち獲物を追い詰めるその動きに他ならない。

 それはナワバリ争いだなんて生ぬるいものではなく、明確な狩りの動きに他ならない。

 ポチエナを追いかけてしまえば、辿り着く先は文字通り逃げ場のない奴らのナワバリに他ならない。

 

 

 少年は好奇心のあまり平常な思考回路が、危険を告げる本能が、麻痺をしていた。

 故にソレを見るまで己がどのような状況に置かれているか気付かなかった。

 

 ア゛ォォォォン……

 

 周囲を緊張一色に染め上げるその雄叫びはポチエナなどとは比べ物にならず、灰などと半端な色を塗りつぶす真っ黒な体毛、美しくも雄々しい顔からはポチエナなど赤子であったと言わんばかりに鋭い牙を光らせていた。

 ポチエナの群れを統率していたのは純黒の狩人。

 

「な……んで……グラエナがこんなとこに……」

 

 ありえない、さっきまで周りにいたのはトランセルとかそれぐらいのポケモンで!こんなところにグラエナなんて……

 突然の絶望を前に頭は現実を受け入れることを放棄し、帰り道のシミュレートを始める。

 そういえばもう随分前からポケモン1匹も見ていなかったかもしれない……

 

「あ、ぁ……どうしよう」

 

 こわい。殺される……!

 パニックに陥り震えるおれの周りを続々と集まって来るポチエナが素通りする。まるでおれの姿が見えていないかのように一心不乱にグラエナの方へ歩みを進めて行く。

 そ、そうだ。ポチエナ達の目的はナワバリに踏み入れた愚か者の処刑。

 まだおれに意識が向いてない今なら──

 

 おれは一刻も早くこの場を離れたくて足をもつらせながらも走り出す。

 しかし、その場から動いたことで偶然にもポチエナ達が追い立てていた侵入者を目撃してしまう。

 ──そこには本来あるはずの真っ白な足が土色に染まり、息も絶え絶えといった様子のへとへとのラルトスがいた。

 

「……ッ!なんで!」

 

 おれは勘違いしていた……ナワバリに踏み入れたからにはある程度好戦的なポケモンだと思っていた。ここまで逃げ回れるほどにはずる賢いポケモンだと思っていた。

 生のポケモンバトルが見られると興奮すらしていた。

 それがなんだこれは、目の前にいるのはポチエナのナワバリだと気付かず哀れにも足を踏み入れてしまったであろうラルトス。

 これから起こるはナワバリ争いなんてそんな対等なものではなくただ一方的な蹂躙。

 

 おれよりも圧倒的に貧弱なその体で、走って逃げることもままならないその体で精一杯生きようとしているラルトスを。足掻きに足掻いてるラルトスを。

 ──おれは囮にして逃げ出そうって?

 

「こ、こっち見ろ!グラエナ!!!」

 

 一瞬でも早く、より多くの不興を買うべく震える体を押さえつけてボールを投げつける。

 

 ……少しでいい、少しでもグラエナの嫌悪感を刺激出来れば標的(ターゲット)は俺になる。

 震えは今も止まらない。でも体力はまだ十分にある。走ればなんとかなるかもしれない。

 

 おれの願望を乗せ、放物線を描いたモンスターボールは全く意にも介されることなく、黒く立派な尻尾で叩き落とされた。

 

「おい!こっち向けって!なぁ……!」

 

 手元にはこれしか無いんだ……再度グラエナ目掛けてモンスターボールを投げつける。

 しかし、おれの懇願も虚しく、虫ケラを払うように叩き落とされた。

 

 ……なにか、なにかないのか!どうすればアイツの気を引ける、どうすればラルトスは助かる!

 考えろ、グラエナにだって弱点はあるはずだ!

 頭の中にあるポケモン図鑑を開き、一縷の望みを探す。

 

 

 少年が頭を回すその間も非情なことに時は進む。

 ついに集まり終え、ラルトスをゆっくり、じっくりと囲んでいく。数にして1対21。ラルトスは既に気合いを、体力を使い果たしており、ただ怯えて結末を受け入れることしか出来ない。

 グラエナの鋭い牙がラルトスを捉えたその時!

 

 

「待ったあああああああ!!!」

 

 おれは諦めずにモンスターボールを投げる。ただし今回はグラエナじゃなくてポチエナ目掛けて。

 性懲りもなく投げられたモンスターボールは、空を切り、一筋の線を残して灰色の体へと吸い込まれて行く。

 

 フグ……ッ!

 

 ポチエナは突然の攻撃に為す術なく被弾し声をあげる。

 ただ速度だけを意識して投げられたボールは、ボールとしての機能を果たさず確実にポチエナにダメージを与えた。

 効果は抜群のようで、その場にまるくなり目に涙を浮かべていた。

 

「群れのリーダーたるお前が!自分のモノに手を出されてまだ黙ってられるか!?」

 

 喉から声を振り絞り、全力でグラエナを挑発する……おれを見ろ、矮小な虫ケラなどではない、明確な敵意を持ってお前らを傷つけ続けるからな……!

 

 おれの祈りが届いたのか、はたまたポチエナの悲鳴が届いたのか……グラエナは心底不機嫌な表情でこちらへ向き直った。どうやらおれは群れにとって危険な存在、群れに仇なす害虫だと認められたようだ。

 グラエナはラルトスの時と同じようにポチエナ達におれを囲ませた。逃げも隠れももう出来ない。お前は狩られる側だと言わんばかりに勝ち誇った表情を浮かべ、唸り声を上げた。

 

 ……来た!グラエナは唸り声を上げて姿勢を低くする……それは噛みつき攻撃をしてくる合図!

 これはぶっつけ本番でも思いつきでも無い、幼少の頃から読み込んだポケモン図鑑の知識だから。

 

 ──だから。怖がる必要なんてない。震える必要なんてない。ただ前を見てればいい。

 

「気合い入れろおれ!」

 

 頬を叩き、恐怖に立ち向かう勇気を注入する……かかってこいグラエナ!

 

 おれが走り出したが先かグラエナが走り出したのが先か、ほぼ同時に互いに向かって駆け出した。

 体躯の差は一歩に如実に現れ、グラエナが一歩早く跳ぶ。

 

「行くぞグラエナ!」

 

 それをわかっていたと言わんばかりに姿勢を低くし、飛んでくるグラエナを潜る形で避けた。一歩の差は勇気と知識の差によって補われたのだ。

 俺は急いで手を伸ばし……そして、すれ違い様にグラエナへとモンスターボールをぶち当てた。

 

 フガーッ!

 

 ポチエナ達から心配するような声があがり、続いて鈍い音が地面から聞こえてくる。

 

 ──振り返るな。今振り返ったら全てが無駄になる。ラルトスの抵抗も、俺の勇気も。

 

 ただひたすらに足を前に動かし、土だらけのラルトスを掬い上げ森を駆け抜ける。

 足が地面に着くたびに漏れ出る息と無数の木々が折れる音だけが森に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ……はぁ、ここまで来れば流石に、大丈夫、だよな……はぁ……」

 

 おれは木に背中を預け、怯えではない……疲れで震える足を休ませた。

 既に臨戦態勢だったグラエナが捕まるはずはない、すぐにぼわんと気の抜ける音を出してボールを壊して飛び出て来るはずだ。

 でも、一瞬でも群れのリーダーがその場から消えたら、一瞬でもグラエナの視界からおれ達が外れられたら……逃げられる。そう踏んでの賭けだった。

 どれだけ走ったか、辺りには懐かしい虫ポケモンの顔ぶれ、すっかり日も暮れ、見覚えのない景色だけが広がっている。

 

 ……賭けには勝ったみたいだな。

 

 ホッとしたおれは腕の中で安堵した表情を浮かべて眠るラルトスの顔を見ながら独りごちる。

 

「おつかれさま、よくがんばったな……」

 

 

 

 

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